和名:ゼニヤッタ |
英名:Zenyatta |
2004年生 |
牝 |
黒鹿 |
父:ストリートクライ |
母:ヴェルティジヌー |
母父:クリスエス |
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徹底した追い込み戦法により牝馬として史上初のBCクラシック優勝を果たすなどデビュー19連勝を飾った米国競馬界が誇る至高の名牝 |
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競走成績:3~6歳時に米で走り通算成績20戦19勝2着1回 |
誕生からデビュー前まで
米国ケンタッキー州において、マーヴェリックプロダクション社により生産された。父ストリートクライにとっては初年度産駒に当たる。同じストリートクライの初年度産駒には、史上初めてBCジュヴェナイルとケンタッキーダービーのダブル制覇を成し遂げたストリートセンスがいる上に、本馬の1歳年上の半姉バランスはラスヴァージネスS・サンタアニタオークス・サンタマルガリータ招待HとGⅠ競走で3勝を挙げた活躍馬であるから、後から振り返ってみれば悪い血統ではない。しかし本馬が1歳時のキーンランドセールに出品された時点は、まだ父や姉が結果を出す前だった上に、出品時点で皮膚病を患っていたことも影響して、取引価格は僅か6万ドル(当時の為替レートで約610万円)だった。
本馬を購入したのは米国の音楽会社A&Mレコードの創設者で音楽プロデューサーのジェローム・S・モス氏とアン夫人だった(実際に本馬をセリで購入したのはモス夫妻の競馬マネージャーをしていたドッティー・インゴード・シレフス夫人と息子のデビッド・インゴード氏の両名)。モス夫妻は馬主でもあり、1990年のサンタアニタHの勝ち馬ルールマン、1994年のケンタッキーオークス馬サーデュラ、2005年のケンタッキーダービー馬ジャコモなども夫婦で所有していた。
モス氏は本馬を初めて目にしたときのことを「大きくてがっちりした良い馬でした。セリで一目見た瞬間に気に入りました。あんなに安い価格で購入できたのは実に幸運でした」と述懐している。本馬は、インゴード夫人の夫で、ジャコモなども手掛けた、米国西海岸を本拠とするジョン・A・シレフス調教師に預けられた。
馬名は、モス氏がプロデュースした世界的ロックバンドである「ポリス(The Police)」の3枚目のアルバム「ゼニヤッタ・モンダッタ(Zenyatta Mondatta)」に由来する。この「ゼニヤッタ・モンダッタ」という言葉の由来に関して日本国内では、モス氏が来日した際にたまたま耳にした関西弁を適当にもじったのだという説が流布している。しかし筆者が調べてみると、仏教の「禅」、ケニアの初代大統領であるジョモ・ケニヤッタ(Jomo Kenyatta)氏の名前、仏国語で「世界」又は同名の仏国の新聞を意味するル・モンド(Le monde)、ポリスの2枚目のアルバム「レガッタ・デ・ブランク(Reggatta de Blanc)」のタイトルを合成した多国籍な造語であるというのが正しいようである。もっとも、どちらにしても意味がある言葉というわけではないらしい。
本馬はデビュー前からとても牝馬とは思えないほど雄大な馬格を誇っていた。成長すると体高は17.2ハンド、競走馬全盛時代における馬体重は1217ポンドに達した。調教助手のスティーヴ・ウィラード氏(かつてはエクリプス賞年度代表馬アリシーバを筆頭に、プリークネスSの勝ち馬ゲートダンサー、ハリウッドフューチュリティの勝ち馬アフタヌーンデイライツ、パシフィッククラシックSの勝ち馬デアアンドゴー、ハリウッド金杯の勝ち馬ジェントルメンなど数々の名馬を育成してきた)は「肩も腰もお尻も胸も全て優れていた」と評しており、しかも四肢が非常に長く、人間で言えばグラマラスなダイナマイトボディの持ち主だったようである。
やたらと食欲旺盛な馬でもあり、担当厩務員のマリオ・エスピノザ氏が、通常の馬であれば確実に満足するであろう量の飼い葉を与えても、まだ催促してきたという。また、好物はギネスビールであり、美味しそうにギネスビールを飲んでいる写真が残っている。しかしギネスビール以外のビールは好きではなかったようである。
筋肉質な馬体の持ち主でもあった本馬は、調教においても抜群の速さを見せ、同年代の牡馬や牝馬で遅れずに本馬に付いていくことができる馬は皆無だったという。本馬を初めて見たシレフス師は「私が正しく育成さえすれば、この馬は私にとってのマイケル・ジョーダンになるだろう」と感じたという。しかし身体が大きすぎた上に食欲もありすぎて体重が絞り切れず、しかも軽度の負傷を繰り返した影響でデビューは遅れた。
競走生活(3歳時)
ようやく迎えたデビュー戦は、3歳11月にハリウッドパーク競馬場で行われたオールウェザー6.5ハロンの未勝利戦となった。鞍上はデビッド・フローレス騎手が務めた。単勝オッズ6.5倍で12頭立て5番人気と、それほど高い評価は得ていなかった。レースではスタートから行き脚がつかずに最後方からの競馬となった。そのまま三角入り口まで最後方を走っていたが、四角で上がっていき、直線入り口で先頭を射程圏内に捉える位置まで押し上げた。そして大きなストライドで豪快に末脚を伸ばして、2着となった単勝オッズ11.6倍の6番人気馬カーメルコーヒーに3馬身差をつけて快勝した。
次走ハリウッドパーク競馬場オールウェザー8.5ハロンの一般競走では、前走のレースぶりも評価されて、単勝オッズ2.2倍の1番人気に支持された。今回もスタートで出遅れて最後方の位置取りとなり、そして今回も三角に入る頃まで最後方のままだった。しかし三角から四角にかけて大外を通って上がっていくと、直線入り口では既に先頭に並びかけていた。そしてそのまま押し切って、2着に逃げ粘った単勝オッズ8倍の4番人気馬クワイトアストームカットに3馬身半差をつけて勝利した。
勝ちタイム1分40秒97はコースレコードであり、まだ未勝利戦と一般競走の2戦しかしていないにも関わらず、実況は「スーパースターの登場です」と伝えた。3歳時の成績は2戦2勝だった。
競走生活(4歳前半)
年明け初戦のエルエンシノS(GⅡ・AW8.5F)では、ハリウッドスターレットS・バヤコアHの勝ち馬ロマンスイズダイアン、レディーズシークレットS・ハリウッドオークスの勝ち馬タフティジズシスという2頭のGⅠ競走勝ち馬が対戦相手となった。しかしその2頭より斤量が6ポンド軽かった本馬が単勝オッズ2.2倍の1番人気に支持され、ロマンスイズダイアンが単勝オッズ3.9倍の2番人気、タフティジズシスが単勝オッズ4.2倍の3番人気となった。
今回もスタート直後は最後方で、三角から四角にかけて外側を通って上がっていく戦法を採った。さすがにGⅠ競走勝ち馬はそう簡単には後退せず、本馬はその2頭から少し離れた4番手で直線を向いた。しかし大外から見事な末脚を繰り出して先行馬勢を差し切り、2着タフティジズシスに1馬身3/4差、3着ロマンスイズダイアンにさらに鼻差をつけて快勝した。
その後はラカナダSとサンタマルガリータ招待Hの2競走に出走予定であったが、カリフォルニア州が雨天続きで十分に調教を積むことが出来なかったために両競走とも回避し、4月に米国中南部のアーカンソー州にあるオークローンパーク競馬場で行われたアップルブロッサムH(GⅠ・D8.5F)に向かった。鞍上は同日にサンタアニタパーク競馬場で行われたサンタアニタダービーにおいて有力馬エルガトマーロに騎乗すると表明していたフローレス騎手に代わって、かつて同馬主同厩のジャコモがケンタッキーダービーを制覇した際に騎乗していたマイク・スミス騎手が務めた。オールウェザーを主戦場としていた本馬にとっては、最初のダート競走となった。
このレースにおける最大の難敵は何と言っても、前年にBCディスタフ・ゴーフォーワンドH・ラフィアンH・ファーストフライトHを勝利してエクリプス賞最優秀古馬牝馬に選ばれていたジンジャーパンチであった。122ポンドのジンジャーパンチが単勝オッズ1.4倍の1番人気、116ポンドの本馬が単勝オッズ2.8倍の2番人気、117ポンドのフォールズシティH・シックスティセイルズHの勝ち馬ケトルワンアップが単勝オッズ12.2倍の3番人気となった。
スタートが切られるとジンジャーパンチが逃げを打ち、過去3戦に比べれば心なしかスタートが良かった本馬は、そのまま後方2番手を追走した。ジンジャーパンチの逃げはさすがに快調であり、本馬は一時期10馬身ほども離されてしまった。しかし四角で一気に位置取りを上げて先頭のジンジャーパンチから3馬身ほど後方の4番手で直線を向くと、大外から先行馬勢を一気に差し切り、2着に入った単勝オッズ19.4倍の4番人気馬ブラウニーポインツに4馬身半差、3着ジンジャーパンチにはさらに3馬身半差をつけて圧勝。GⅠ競走初勝利となった。このレースで本馬に初騎乗したスミス騎手は、本馬の主戦となり、以降の本馬の全競走に騎乗する事になる。
5月のミレイディH(GⅡ・AW8.5F)では、エルエンシノSから直行してきたロマンスイズダイアン、サンタマリアHの勝ち馬でサンタマルガリータ招待H3着のダブルトラブルの2頭が強敵だった。122ポンドのトップハンデを課せられた本馬が単勝オッズ1.3倍の1番人気に支持され、118ポンドのロマンスイズダイアンが単勝オッズ5.4倍の2番人気、116ポンドのダブルトラブルが単勝オッズ8.2倍の3番人気、前走ホーソーンHで2着してきたサンタルシアHの勝ち馬サンタテレシタが116ポンドで単勝オッズ12.1倍の4番人気となった。
スタート直後に両脇のロマンスイズダイアンとダブルトラブルが本馬の側によってきて、2頭に体当たりを食らった本馬は最後方からの競馬となった。最後方から走ること自体はいつもどおりであったが、今回は他馬から不利を受けての最後方だっただけに、精神的なダメージが懸念された。しかし非常に雄大な馬体を誇る本馬にとっては、たいしたことではなかったようである。レースは本馬を押しのけるようにスタートを切ったロマンスイズダイアンが逃げを打ち、ダブルトラブルが2番手を追走したが、本馬に体当たりしたダメージはむしろこの2頭の方にこそあったようで、四角では2頭とも失速。一方の本馬は四角で一気に位置取りを上げて直線入り口で先頭に立つと、翌年にサンタマリアHを勝つサンタテレシタを直線半ばで競り落とし、最後は2馬身半差をつけて勝利した。
ロマンスイズダイアンは4着、ダブルトラブルは5着最下位と、共に本馬から13馬身以上の大差をつけられて敗れた。このレース前に、ロマンスイズダイアンを管理していたマイク・ミッチェル調教師は「ゼニヤッタに負けるならば不思議ではありません。あの馬はハリウッド金杯に出て牡馬相手に勝てる馬です。偉大かつ巨大な馬です」と既に敗北を覚悟したようなコメントを残しており、本馬に体当たりしたのは意図的なラフプレイなのではとも思われたが、真相は不明である。
競走生活(4歳後半)
7月のヴァニティ招待H(GⅠ・AW9F)では、エルエンシノS2着後にサンタマリアHで2着してホーソーンHを勝ってきたタフティジズシス、ブルボネットBCSの勝ち馬でEPテイラーS2着のシーリーヒルなどが主な対戦相手となった。124ポンドのトップハンデを課せられた本馬が単勝オッズ1.3倍の1番人気、118ポンドのシーリーヒルが単勝オッズ6.4倍の2番人気、121ポンドのタフティジズシスが単勝オッズ8倍の3番人気となった。
本馬はここでもスタート直後は最後方だったが、大逃げを打った単勝オッズ12.8倍の4番人気馬シルヴァーゼットを意識したのか、向こう正面で徐々に位置取りを上げて4番手で三角に入ってきた。そして三角から四角にかけて上がっていき、直線入り口ではシルヴァーゼットと並んで既に先頭。しかし本馬にいったんは抜かれたタフティジズシスがゴール前で猛然と食らい付いてきて、今までで一番苦戦する内容となった。それでも最後はタフティジズシスの追撃を半馬身抑えて勝利した。
8月のクレメントLハーシュH(GⅡ・AW8.5F)では、前走で苦戦させられたタフティジズシス、ミレイディH4着後にアグリームHで3着してきたロマンスイズダイアン、レキサスレイヴンランSで2着になった以外は全て勝っていた5戦4勝の上がり馬ウエストコーストスウィング、前走4着のシルヴァーゼットなどが対戦相手となった。ここでも124ポンドのトップハンデとなった本馬が単勝オッズ1.6倍の1番人気、113ポンドのウエストコーストスウィングが単勝オッズ5.5倍の2番人気、119ポンドのタフティジズシスが単勝オッズ7.8倍の3番人気となった。
今回もシルヴァーゼットが先頭に立ち、本馬はやはりスタート直後は最後方の位置取りとなった。前走と異なりシルヴァーゼットは大逃げを打たなかったが、それでも馬群が縦長となる展開となった。前走で早めに上がっていった結果として最後に脚が鈍ったことがスミス騎手の脳裏になかったはずはないが、それでもやはり向こう正面で徐々に上がっていく作戦に出た。そして四角で馬群の間を突いて位置取りを押し上げると、4番手で直線を向いた。単勝オッズ30.4倍の7番人気馬モデルが112ポンドという軽量を活かして粘りを見せたが、それを直線半ばでかわした本馬がゴール前では馬なりで走り、1分41秒48のコースレコードを計時して、2着モデルに1馬身差で勝利した。
9月のレディーズシークレットS(GⅠ・AW8.5F)では、ヒューマナディスタフS・ハリウッドオークス・モリーピッチャーH2回・アゼリS・フルールドリスH・デラウェアHなどの勝ち馬で前年のBCディスタフ・レディーズシークレットS2着のヒステリカレディとのの対戦となった。ヒステリカレディもグレード競走3連勝中と好調だった。本馬が単勝オッズ1.7倍の1番人気、ヒステリカレディが単勝オッズ1.9倍の2番人気、ミレイディHで本馬の2着だったサンタテレシタが単勝オッズ15.9倍の3番人気となり、完全な2強対決となった。
レースではヒステリカレディが逃げを打ち、本馬は最後方からと、人気馬2頭が対照的な位置取りとなった。しかし直線入り口でヒステリカレディの直後まで詰め寄ってきた本馬が、そのまま2着ヒステリカレディに3馬身半差という決定的な差をつけて完勝した。
次走はサンタアニタパーク競馬場で行われた、暮れの大一番BCディスタフ改めBCレディーズクラシック(GⅠ・AW9F)となった。前哨戦のスピンスターSを勝ってきたヒューマナディスタフS3着馬キャリッジトレイル、南米のチリでGⅢ競走を3勝した後に米国に移籍して前哨戦のベルデイムSを勝ってきたココアビーチ、この年のマザーグースS・CCAオークス・ガゼルSを勝ちアラバマSで2着していたミュージックノート、アップルブロッサムHで本馬の3着に敗れた後にもルイビルS・オグデンフィップスH・ゴーフォーワンドH・パーソナルエンスンHを勝ちベルデイムSで2着など衰えぬ強さを見せていたジンジャーパンチ、ヒステリカレディ、レディーズシークレットSで3着だったサンタテレシタ、シリーンS・コティリオンH・ケンタッキーカップディスタフSの勝ち馬ベアナウの計7頭が対戦相手となった。本馬が単勝オッズ1.5倍の1番人気、キャリッジトレイルが単勝オッズ7.4倍の2番人気、ココアビーチが単勝オッズ8.8倍の3番人気、ミュージックノートが単勝オッズ10.3倍の4番人気、ジンジャーパンチが単勝オッズ11.1倍の5番人気となった。
レースは単勝オッズ75.7倍の最低人気馬ベアナウが先頭を引っ張る一方で、スタートで出遅れた本馬は最後方からの競馬となった。そのまましばらく最後方で走っていたが、三角から四角にかけて大外をまくって瞬く間に位置取りを上げ、直線入り口ではもはや先頭。後はゴールまでひた走るだけで、2着ココアビーチに1馬身半差をつけて優勝。1988年のパーソナルエンスン以来20年ぶり史上2頭目となる無敗での同競走制覇を果たし、7戦全勝で4歳シーズンを締めくくった。
その後、本馬の地元ハリウッドパーク競馬場の開催最終日であった11月30日は「ゼニヤッタ・デイ」と銘打たれ、場内でその姿を一般ファンに公開。勝ち馬表彰場においてこの年の活躍を称えるセレモニーが行われた。
エクリプス賞年度代表馬の獲得も有力視されていたが、前年の年度代表馬カーリンの次点となり、タイトルは最優秀古馬牝馬のみに留まった。全米サラブレッド競馬協会が選定する“Moment of the Year”には、本馬が勝利したBCレディーズクラシックが選ばれた。
競走生活(5歳時)
5歳時は5月のミレイディH(GⅡ・AW8.5F)から始動した。126ポンドのトップハンデであったが、当然のように単勝オッズ1.2倍という断然の1番人気に支持された。しかしこのレースには、本馬と同じシレフス厩舎の所属馬(ただし馬主は異なる)で、エルエンシノS・ラカナダS・サンタマルガリータ招待Hと3連勝中の上がり馬ライフイズスウィートも出走していた。本馬から4ポンドのハンデを貰ったライフイズスウィートも単勝オッズ3.8倍の2番人気と、対抗馬として評価されていた。
今回も本馬は最後方を追走し、ライフイズスウィートは本馬から1馬身ほど前を走っていた。この2頭を大きく引き離してそれ以外の出走馬が先頭争いを展開していたが、三角に入ってようやくライフイズスウィートが仕掛けると本馬も同時に上がって行き、直線入り口ではライフイズスウィートをかわして先頭に立っていた。もう抜かれる心配をする必要はなく、2着ライフイズスウィートに1馬身3/4差をつけて勝利した。
6月のヴァニティH(GⅠ・AW9F)では、前走ミレイディHでライフイズスウィートから3/4馬身差の3着だったオールアイキャンセイイズワウ、ラカナダSの勝ち馬でサンタマルガリータ招待H2着のドーンアフタードーン、バヤコアHの勝ち馬ブリーキャットなどが出走してきた。しかし本馬にとって最大の強敵は、他馬より13~16ポンドも多い129ポンドという、牝馬としては過酷な斤量だった。それでも本馬の勝利を疑う人は少なく、単勝オッズ1.3倍の1番人気に支持された。113ポンドのオールアイキャンセイイズワウが単勝オッズ6.1倍の2番人気、116ポンドのドーンアフタードーンが単勝オッズ10.7倍の3番人気、114ポンドのブリーキャットが単勝オッズ11.8倍の4番人気だった。
今回は後方2番手を追走して、向こう正面ではそれほど先頭から離れていない場所を走っていた。そして三角で仕掛けて四角で上がってきたが、やはり斤量差が影響したのか四角における勢いはいつもより悪く、直線入り口では先頭から2馬身半ほど離された3番手だった。しかしここからの走りはやはり格が違い、あっさりと前を差し切って、2着ブリーキャットに2馬身半差をつけて完勝した。
8月のクレメントLハーシュS(GⅠ・AW8.5F)では、ミレイディH2着後に出走した前走ハリウッド金杯で牡馬に混じって3着してきたライフイズスウィートと2度目の対戦となった。本馬が単勝オッズ1.2倍の1番人気、ライフイズスウィートが単勝オッズ5.4倍の2番人気、前々走のミレイディHで5着だったサンタルシアHの勝ち馬シャンパンアイズが単勝オッズ15.6倍の3番人気、前走ヴァニティHで3着だったドーンアフタードーンが単勝オッズ22.2倍の4番人気、仏国のサンタラリ賞で3着した後に米国に移籍してきたアナバーズクリエーションが単勝オッズ23倍の5番人気となった。
スタートが切られると、前年のハリウッドオークス馬でありながら単勝オッズ25.6倍の6番人気だったリーサルヒートが逃げを打ち、シャンパンアイズが2番手を追走。ライフイズスウィートは後方2番手、本馬は最後方という、いつもどおりの位置取りとなった。しかしレース展開はいつもどおりとはいかなかった。本馬は三角に入ったところで仕掛けて大外を上がっていったが、いつもより反応が悪く、鞍上のスミス騎手が必死で追い続ける羽目になった。しかも今回は先行馬勢の脚がなかなか止まらなかった。特に、道中は3番手を追走したアナバーズクリエーションの脚色が良く、逃げたリーサルヒートと共に快調にゴールを目指した。直線入り口では連勝ストップを予感した観衆の悲鳴が上がったが、ゴール寸前で本馬が前の2頭を差し切り、2着アナバーズクリエーションに頭差、3着リーサルヒートにはさらに3/4馬身差をつけて何とか勝利した。おそらく過去12戦中で最も厳しいレースだったが、それでも無敗記録を死守した。惜しくも大金星を逃したアナバーズクリエーション鞍上のタイラー・ベイズ騎手は鞭を振り上げて悔しがった。
10月のレディーズシークレットS(GⅠ・AW8.5F)では、前走で本馬を苦しめたアナバーズクリエーション、リーサルヒートの2頭に加えて、前年のBCレディーズクラシック2着後にメイトリアークSを勝っていたココアビーチ、前走で4着だったライフイズスウィートなどが対戦相手となった。本馬が単勝オッズ1.4倍の1番人気、ココアビーチが単勝オッズ6.1倍の2番人気、アナバーズクリエーションが単勝オッズ7.4倍の3番人気、ライフイズスウィートが単勝オッズ9.2倍の4番人気、リーサルヒートが単勝オッズ19.1倍の5番人気となった。
本馬は例によって出遅れ気味のスタートから後方2番手を追走。そして三角に入ったところで仕掛けると、四角で外側を通って上がっていった。前走とは異なり反応が良く、直線入り口では既に先頭だった。そしてそのまま鞭を使わずに、2着に粘ったリーサルヒートに1馬身1/4差をつけて楽勝し、パーソナルエンスンが有するデビュー13連勝という北米牝馬記録に並んだ。
BCクラシック(5歳時)
その後は、パーソナルエンスンの記録を更新する14連勝を狙ってBCレディーズクラシック(この年のブリーダーズカップも前年に引き続きサンタアニタパーク競馬場で行われた)に参戦すると思われたが、陣営は悩んだ末にレース10日前になって、BCレディーズクラシックではなく、牡馬相手のBCクラシック(GⅠ・AW10F)に参戦することを決めた。
本馬陣営に対しては以前から、スピード指数などの要素が牡馬と比べても何ら遜色無いとして、牡馬相手の競走に出るようにマスコミ連中から圧力がかかっていたという。本馬陣営は長らくそれに否定的だったのだが、この年に3歳牝馬のレイチェルアレクサンドラが牡馬相手のGⅠ競走に果敢に3度挑戦してしかも全て勝利を収めていた事もあり、本馬もまた牡馬に挑戦するべきだという声がますます高まっていたのだった。1975年にラフィアンがフーリッシュプレジャーとのマッチレース中に故障して命を落とした直後には、牝馬を牡馬と戦わせるべきではないという意見が圧倒的になったのだが、それから30年以上が経過してラフィアンの悲劇が風化していたことも、そうした声が高まる一因となったと思われる。
それにしても、本馬にとっては初の10ハロンという距離に加えて、牡馬相手のレースも生涯初、しかもこともあろうに米国最強馬決定戦ということで、いくら圧力がかかっていたとは言っても、これは陣営の果断な決断だったと言える。本馬がBCクラシックに出ることを知った全米中の競馬ファンは驚愕し、日本の競馬ファンの間でも期待と不安が入り混じる声が聞かれたほどだった。
当然、今までに本馬が出走してきたレースとは対戦相手のレベルが段違いだった。地元米国からは、この年のエクリプス賞最優秀3歳牡馬に選ばれるベルモントS・トラヴァーズS・ジョッキークラブ金杯の勝ち馬でハスケル招待S2着のサマーバード、フランクEキルローマイルH・マンハッタンH・マンノウォーS・アーリントンミリオンとこの年にGⅠ競走4連勝を記録して前走ターフクラシック招待Sで2着してきた芝の強豪ジオポンティ、この年のケンタッキーダービー馬でプリークネスS2着・ベルモントS3着のマインザットバード、芝・ダート・オールウェザーを問わずに活躍してサンタアニタH・ガルフストリームパークBCターフS2回・ターフクラシックS・ドンH・マーヴィンムニツジュニア記念H・クラークHを勝ちメイカーズマークマイルS・スティーヴンフォスターH・パシフィッククラシックS2着していたアインシュタイン、パシフィッククラシックSを勝ちグッドウッドSで3着してきた上がり馬リチャーズキッド、BCクラシック2連覇の名馬ティズナウの息子でサンタアニタダービー・トラヴァーズS・シャムSを勝ちキャッシュコールフューチュリティ・グッドウッドSで2着していたカーネルジョン、ジェロームHなど3連勝中のジローラモ、UAEダービー・スーパーダービーの勝ち馬リーガルランサム、サンフェルナンドS・ホーソーン金杯Hの勝ち馬でパシフィッククラシックS・グッドウッドS・エディリードS2着のオーサムジェムの9頭が参戦。欧州からは、サセックスS・クイーンエリザベスⅡ世Sを連勝してきたエクリプスS2着馬リップヴァンウィンクル、英チャンピオンS・ユジェーヌアダム賞・クレイヴンSの勝ち馬で前年の英チャンピオンS2着のトゥワイスオーヴァーの2頭が参戦し、合計11頭の牡馬達が本馬の前に立ち塞がってきた。
本馬は1番人気に支持されたものの、単勝オッズは3.8倍と、今までの牝馬限定戦に比べると明らかに高く、ファンは半信半疑でレースを迎えた。リップヴァンウィンクルが単勝オッズ4.4倍の2番人気、サマーバードが単勝オッズ7.8倍の3番人気、トゥワイスオーヴァーが単勝オッズ10.2倍の4番人気、アインシュタインが単勝オッズ11.4倍の5番人気となった。
スタートが切られると単勝オッズ40.1倍の11番人気馬リーガルランサムが先手を取り、リップヴァンウィンクル、アインシュタイン、カーネルジョン、ジローラモなどが先行集団を形成。一方の本馬に目をやると、スタートで後手を踏んでおり、実況が「Dead Last!」を連呼するほどの最後方の位置取りとなった。道中で1つだけ順位を上げるも四角入り口ではまだ後方2番手。しかしインコースを上手くさばいて進出すると、先頭から2馬身ほど離れた6番手で直線を向いた。先頭を射程圏内に捉えた位置取りではあったが、前方には先行馬勢が壁になっていた。そこでスミス騎手は残り1ハロン地点で本馬を大外に持ち出した。そしてここから豪脚一閃、先行馬勢を一気に捕らえた。最後は実況の「This is Unbelievable!Zenyatta!」の絶叫と共に先頭でゴールイン。2着に粘った単勝オッズ13倍の8番人気馬ジオポンティに1馬身差、3着トゥワイスオーヴァーにはさらに1馬身1/4差をつけて優勝した。
これはブリーダーズカップ創設26年目にして初の牝馬によるBCクラシック制覇と、初の無敗でのBCクラシック制覇、初のブリーダーズカップ2種類の制覇(同一種類のブリーダーズカップ競走を2度勝った馬はいたが、2歳限定戦のBCジュヴェナイルやBCジュヴェナイルフィリーズなどを含めても異なる種類の2競走を勝った馬は過去に1頭も存在しなかった)と、記録ずくめの歴史的競走となった。本馬を管理したシレフス師にとっては前日のBCレディーズクラシックを制したライフイズスウィートに続く2日連続のメイン競走制覇となった。
引退の撤回
BCクラシックの後に本馬の現役引退が発表され、11月29日にハリウッドパーク競馬場で引退式が行われた。当日は「ゼニヤッタ ~生ける伝説~」と題された非売品のDVDとポスターが来場者に無料で配布され、カリフォルニア州のアーノルド・シュワルツェネッガー知事が登場して祝辞を披露した。
年末の12月26日にはサンタアニタパーク競馬場において、ファンを前にしての最後の走りが披露されるなど、引退に向けて着々と準備が進められているように見えたが、何故か陣営は本馬の調教を続行していた。そして年明けの1月16日に、現役引退を撤回して6歳時も現役を続行する事が、シレフス師から正式に発表された。
本馬を現役復帰させた理由についてモス氏は次のように述べている。「引退を決めた後のある日、ゼニヤッタを見るためにジョン(シレフス師)の元を訪れたところ、厩舎中が暗い雰囲気に包まれていました。帰宅して妻のアンにその旨を話すと彼女は、それはあなたがジョンの馬を引退させてしまったからですと非難しました。そこで私はゼニヤッタの現役復帰を考慮しました。エクリプス賞の選考結果が出た後に復帰を発表するのが嫌だったので、その前に決めておこうと思いました。私がもう1年現役を続けさせたいと思いますがどうですかとジョンに尋ねると、彼はできると思いますと応えました。そこで私は贔屓の競馬記者に電話して情報をリークし、彼にスクープを与えました。」
この2日後の1月18日に発表されたエクリプス賞の選考結果においては、ケンタッキーオークス・プリークネスS・マザーグースS・ハスケル招待S・ウッドワードSとGⅠ競走5勝(うち3勝が牡馬相手の勝利)を含む8戦全勝のレイチェルアレクサンドラと、5戦全勝(うちGⅠ競走4勝)の本馬のどちらが前年の年度代表馬を受賞するかが大きく注目されていた。結果は130票を獲得したレイチェルアレクサンドラが年度代表馬を受賞し、99票だった本馬は最優秀古馬牝馬のみの受賞となった。
全米サラブレッド競馬協会が選定する“Moment of the Year”には、本馬が勝利したBCクラシックが選ばれ、2年連続の受賞となった。また、AP通信が企画した“Female Athlete of the Year”では、この年の全豪オープンと全英オープンを制したテニス選手セリーナ・ウィリアムズに次ぐ2位に入った。
競走生活(6歳時)
復帰初戦となった3月のサンタマルガリータ招待H(GⅠ・AW8.5F)では、前走ラカナダSを勝ってきたストライキングダンサー、同2着してきたグリップスホルムキャッスル、同3着してきたフローティングハート、エルエンシノSの勝ち馬プリティアンユージャルなどが対戦相手となった。他馬より11~16ポンドも重い127ポンドのトップハンデが課せられた本馬が単勝オッズ1.3倍の1番人気に支持され、116ポンドのストライキングダンサーが単勝オッズ8倍の2番人気、115ポンドのグリップスホルムキャッスルが単勝オッズ10.7倍の3番人気となった。
スタートが切られると単勝オッズ52.8倍の最低人気馬ダンストゥマイチューンが逃げを打ち、本馬は例によって最後方を追走。そのまま四角入り口まで最後方だったが、ここから馬群の間を縫うようにして進出。直線入り口5番手から、珍しく内側を通って追い上げてきた。逃げていたダンストゥマイチューンが予想外の粘りを見せたために、やや捕らえるのに手間取ったが、ゴール前ではスミス騎手が手綱を緩める余裕を見せて、2着に逃げ粘ったダンストゥマイチューンに1馬身1/4差で勝利した。
次走は翌月のアップルブロッサム招待S(GⅠ・D9F)となった。このレースにはレイチェルアレクサンドラも出走を予定しており、オークローンパーク競馬場は2頭を招待するために、アップルブロッサムHをアップルブロッサム招待Sに改めていた。ところがレイチェルアレクサンドラ陣営は前哨戦のニューオーリンズレディーズSでまさかの2着敗戦を喫したことを理由に回避してしまった。本馬にとってもデビュー4戦目の同競走以来久々のダート競走となったが、ハンデ競走でもない上に、レイチェルアレクサンドラが不在とあっては、本馬が負ける場面を想像するのは非常に困難であり、単勝オッズ1.05倍という究極の1番人気に支持された。レイクジョージSの勝ち馬ビーフェアが2番人気となったが、その単勝オッズは16倍だった。
本馬はスタート直後からいつも以上の後方待機策を採り、道中は後方2番手から4馬身も離された最後方を追走。しかし三角に入ると大外を通って一気に進出し、四角途中で早くも先頭に立つと、そのまま2着に粘った単勝オッズ36.3倍の最低人気馬タプタムに4馬身1/4差をつけて圧勝した。これで本馬の連勝はコリンの15連勝を上回り、サイテーション、シガーの2頭が保持していた米国近代競馬の最多連勝記録に並ぶ16連勝となった。なお、レイチェルアレクサンドラは結局本馬と同じ競走に出る事はなく引退となった。
6月のヴァニティH(GⅠ・AW9F)では、4連勝でサンタマリアHを勝利したセントトリニアンズ、バヤコアHの勝ち馬ザルダナなどが主な対戦相手だった。本馬には129ポンドのトップハンデが課された。これは斤量2位のセントトリニアンズより9ポンド、斤量3位のザルダナより11ポンド重く、それ以外の馬とは15~17ポンドもの差があった。本馬は単勝オッズ1.5倍の1番人気に支持されたが、この斤量差ならもしかするかもしれないと思われたセントトリニアンズが単勝オッズ3倍の2番人気、ザルダナが単勝オッズ7.8倍の3番人気に推されていた。
スタートが切られると本馬はやはり最後方を追走し、その2馬身ほど前の後方2番手をセントトリニアンズが走っていた。やがてセントトリニアンズが三角手前で仕掛けて上がっていくと、本馬もそれを追って上がっていった。そして四角で外側をまくったセントトリニアンズが先頭で直線を向き、本馬はセントトリニアンズから2馬身半ほど後方の3番手で直線に入ってきた。ここからセントトリニアンズが粘りを見せ、本馬はなかなかそれを捕らえることは出来なかったため、観客席から悲鳴が上がった。しかしゴール寸前でなんとかかわして半馬身差で勝利を収め、同競走3連覇を果たした。そして、米国近代競馬における最多連勝新記録となる17連勝を達成した。また、欧州調教馬ロックオブジブラルタルが保持していた7連続GⅠ競走出走7連勝の世界記録に並んだ。
8月のクレメントLハーシュS(GⅠ・AW8.5F)では、苦戦した前走と異なりハンデ競走ではなく別定重量戦だった上に、これといった実績馬も他にいなかった。123ポンドの本馬が単勝オッズ1.1倍という断然の1番人気に支持され、シカゴHで2着してきた119ポンドのリンターヴァルが単勝オッズ11.6倍の2番人気となった。
しかし今回も本馬はかなりの苦戦を強いられる事になった。逃げたリンターヴァルが作り出したペースは、最初の2ハロンが25秒41という極端なスローとなったのである。一方の本馬は出遅れ気味のスタートから後方2番手を追走し、三角から四角にかけて外側を通って上がっていった。そして先頭のリンターヴァルをほぼ射程圏内に捉えた状態で直線を向いたのだが、マイペースで逃げていたリンターヴァルはここから驚異的な粘りを見せて、外側の本馬に並びかけて叩き合いに持ち込んできた。しかし本馬がこの叩き合いを首差で制して勝利を収め、同競走3連覇を果たした。これでロックオブジブラルタルの記録を更新する、8連続GⅠ競走出走8連勝の世界新記録を樹立した。さらには、バヤコアが保持していたGⅠ競走12勝の牝馬北米記録、及び18世紀英国の伝説的名馬エクリプスが保持していたデビューからの無敗連勝記録に並んだ。
次走は10月のレディーズシークレットS(GⅠ・AW8.5F)となった。このレースは本馬陣営が前年に一度引退を表明した後にゼニヤッタSに改称されていたが、結局は元の競走名に戻っていた。骨がある相手はこの年のハリウッドオークスの勝ち馬で後にラブレアS・サンタモニカSとGⅠ競走2勝を挙げることになるスウィッチくらいだった。本馬が単勝オッズ1.1倍という断然の1番人気に支持され、スウィッチが対抗馬として単勝オッズ5.2倍の2番人気となった。
本馬はいつも以上にスタートが悪く、後方2番手から3馬身ほど離された最後方を追走した。三角で仕掛けて四角で外側から上がってきたが、3番手追走から四角途中で先頭に立っていたスウィッチから3馬身ほど離された3番手で直線を向くことになった。直線に入ってもスウィッチの手応えはかなり良く、直線半ばではそのまま逃げ切ると思われたため、またも観客席から悲鳴が上がった。それでも一完歩ごとにスウィッチを追い詰めた本馬がゴール前でかわして半馬身差で勝利を収め、同競走3連覇を果たした。そして前走クレメントLハーシュSにおいて並んでいた、バヤコアとエクリプスの記録をいずれも更新し、牝馬北米記録のGⅠ競走13勝、デビューからの無敗連勝記録19連勝を樹立した。さらに獲得賞金総額は640万4580ドルに達し、ウィジャボードが保持していた米国出走経験がある牝馬の最多獲得賞金記録631万2552ドルを更新した(米国内限定での牝馬最多獲得賞金記録は本馬以前にはアゼリの407万9820ドルで、これは前年のBCクラシック優勝により既に更新していた)。
BCクラシック(6歳時)
その後は、この年にチャーチルダウンズ競馬場で行われるブリーダーズカップ出走のために東上した。ティズナウ以来史上2頭目の2連覇を狙って参戦したBCクラシック(GⅠ・D10F)では、前年から2年連続で出走した馬は本馬のみ(前年の2着馬でエクリプス賞最優秀古馬牡馬に選ばれたジオポンティはこの年はBCマイルに出走した)であり、対戦相手はまったく様変わりしていた。プリークネスS・デルマーフューチュリティ・ノーフォークS・キャッシュコールフューチュリティ・ハスケル招待S・ベストパルS・レベルS・インディアナダービーを勝ちBCジュヴェナイルで2着していた前年のエクリプス賞最優秀2歳牡馬及びこの年のエクリプス賞最優秀3歳牡馬ルッキンアットラッキー、スティーヴンフォスターH・ホイットニーH・ファイエットS・クラークH・ウィリアムドナルドシェイファーSを勝ちジョッキークラブ金杯で2着してきたブレイム、フロリダダービー・ドンH・メトロポリタンH・ウッドワードS・ファウンテンオブユースS・アムステルダムS・ハルズホープSを勝ちジョッキークラブ金杯・ホイットニーHで2着していたクオリティロード、ジョッキークラブ金杯・サバーバンH・ディスカヴァリーHの勝ち馬ヘインズフィールド、ドワイヤーSの勝ち馬でベルモントS・トラヴァーズS2着・ジョッキークラブ金杯3着のフライダウン、イリノイダービー・タンパベイダービーの勝ち馬でカーターH・メトロポリタンH2着・ケンタッキーダービー・プリークネスS・ホイットニーH3着のマスケットマン、セクレタリアトS・コロニアルターフC・ヴァージニアダービー・パームビーチSを勝ちターフクラシック招待Sで2着してきた芝の強豪だがダートでもブルーグラスS2着・ケンタッキーダービー3着と実績を残していたパディオプラード、プリークネスS2着・ブルーグラスS・ベルモントS・ハスケル招待S・トラヴァーズS3着と勝ち切れないまでも堅実に走っていた翌年のハリウッド金杯の勝ち馬ファーストデュード、メドウランズカップS・モンマスカップSの勝ち馬エッチド、オハイオダービーの勝ち馬でフロリダダービー2着のプレザントプリンス、そしてかしわ記念2連覇・マイルCS南部杯・ジャパンCダート・フェブラリーSとダートGⅠ競走5勝を挙げていた日本調教馬エスポワールシチーの合計11頭が対戦相手となった。
最近苦戦を強いられることが増えていた上に、前年のオールウェザーとは異なりダート競走(生涯3度目)であったが、本馬の同競走2連覇とデビュー20連勝を期待する人は多く、本馬が単勝オッズ2倍の1番人気に支持された。そしてルッキンアットラッキーが単勝オッズ5.9倍の2番人気、ブレイムが単勝オッズ6.2倍の3番人気、クオリティロードが単勝オッズ7.5倍の4番人気、ヘインズフィールドが単勝オッズ19倍の5番人気となった。
レース直前にはパドックで焚かれた大量のフラッシュが本馬に浴びせかけられ、関係者がそれを制止する事態となった。それが影響したのか、本馬は過去20戦中で最悪と言っても過言ではないほどスタートダッシュが悪く、先頭のファーストデュードからは最大18馬身差、後方2番手のマスケットマンからも最大7馬身差も離れた最後方をぽつんと1頭で走ることになった。レースはファーストデュードを先頭に、エスポワールシチー、クオリティロード、ヘインズフィールドの4頭が先頭集団を形成し、ブレイム、ルッキンアットラッキー、エッチドなどが6馬身ほど離れた5番手集団で追走する展開となっていた。三角に入ると逃げた4頭の脚色は鈍り、5番手集団のブレイムやルッキンアットラッキーが外側から先行馬勢に襲い掛かっていった。一方の本馬は四角に入っても、実況が「Dead Last!」と叫ぶような最後方の位置取りだったが、さすがに前との差はかなり縮めていた。そして後方4番手で直線を向くと、外側に持ち出して豪快な末脚を繰り出した。次々に内側の馬達をかわしていく本馬。一方、内側ではブレイムが馬群から抜け出して先頭に立ち、ルッキンアットラッキーなどを置き去りにしてゴールへと突き進んでいた。本馬は残り半ハロン地点でルッキンアットラッキーをかわして2番手に上がり、そして先頭を走るブレイムとの差を縮めていき、頭差まで迫ったのだが、無情にもここでゴールラインを通過。ブレイムの頭差2着に敗れた本馬のデビューからの連勝は遂に19で途切れてしまい、19世紀の名馬ケンタッキーが保持していた北米競馬の一線級における最多連勝記録20連勝に並ぶことは出来なかった。
本馬の敗戦を悔しがる声は多く聞かれたし、筆者も少々残念に思ったのは確かなのだが、レース内容的には本馬の強さを再確認できたと感じたものだった。並の一流馬であれば、あれほど他馬から離れた最後方の位置取りから勝ち負けに絡むのは、先行馬有利な米国競馬においてはまず考えられない。負けてなお強しとは、このレースにおける本馬のためにある言葉なのではないかと思えるほどである。
この生涯最初で最後の敗戦を最後に、今度こそ正式に引退することが、BCクラシックから11日後の11月17日に発表された。ハリウッドパーク競馬場とキーンランド競馬場の2箇所で引退式が行われた。キーンランド競馬場における引退式は、摂氏氷点下7度という非常に寒い日であったが、数千人のファンが競馬場に押し寄せて本馬との別れを惜しんだ。
BCクラシックの2着賞金90万ドルが加算されたことにより、ブリーダーズカップにおいて獲得した賞金総額は468万ドルに達した。これはティズナウの456万400ドルを上回るブリーダーズカップ史上最高額である。獲得賞金総額は730万4580ドルで、断然の北米賞金女王となっている。
6歳時の成績は6戦5勝で、エクリプス賞では3年連続の最優秀古馬牝馬だけでなく、年度代表馬の選考においても128票を獲得して、102票のブレイムを抑えて、過去2年連続で次点に泣いたタイトルを獲得した。BCクラシックを制したブレイムではなく本馬を選出したことに対しては、競馬専門家の間からは色々な意見が出ているようだが、デイリーレーシングフォーム社が実施した、エクリプス賞年度代表馬に相応しい馬はどの馬かという一般人向けのアンケートにおいては、本馬が87%の得票率で1位となっており、大衆の声が反映された結果ではある。
全米サラブレッド競馬協会が選定する“Moment of the Year”には、本馬が敗戦を喫したBCクラシックが選ばれ、3年連続で本馬が出走したレースが受賞することとなった。また、AP通信が企画した“Female Athlete of the Year”では、ワールドカップで総合優勝を果たしたアルペンスキー選手リンゼイ・ボンに次ぐ2位に入った。
また、2010年に創設された、ファンを最も興奮させた馬に贈られる「セクレタリアト民衆の声賞」の初代受賞馬に選出され、セクレタリアトの所有者だったヘレン・チェネリー女史から翌年1月に賞が贈られた。
また、3月にはウィリアム・H・メイ賞の受賞も決定。これは競馬界に大きな功績を残した個人又は団体に贈られる賞であり、ブリーダーズカップ創設に尽力したジョン・R・ゲインズ氏、全米競馬記者協会を創設したジョー・ハーシュ氏、名馬主として知られたロバート・ボブ・ルイス氏と妻のビバリー夫人、繋駕速歩競走の普及に尽力したスタンレー・バーグスタイン氏、アーリントンパーク競馬場の会長リチャード・ダチョソワ氏といった人々が過去に受賞していたのだが、馬が受賞したのは史上初であった。
本馬が3連覇したレディーズシークレットSは、前述のとおり本馬の1度目の現役引退表明を受けていったんはゼニヤッタSに改称されたが、本馬の現役復帰を受けて再びレディーズシークレットSの名称に戻されたという経緯があった。これは本馬陣営の要望に基づくものであったが、本馬が完全に引退した後の2012年になって今度こそゼニヤッタSに改称されている。
血統
Street Cry | Machiavellian | Mr. Prospector | Raise a Native | Native Dancer |
Raise You | ||||
Gold Digger | Nashua | |||
Sequence | ||||
Coup de Folie | Halo | Hail to Reason | ||
Cosmah | ||||
Raise the Standard | Hoist the Flag | |||
Natalma | ||||
Helen Street | Troy | Petingo | Petition | |
Alcazar | ||||
La Milo | Hornbeam | |||
Pin Prick | ||||
Waterway | Riverman | Never Bend | ||
River Lady | ||||
Boulevard | Pall Mall | |||
Costa Sola | ||||
Vertigineux | Kris S. | Roberto | Hail to Reason | Turn-to |
Nothirdchance | ||||
Bramalea | Nashua | |||
Rarelea | ||||
Sharp Queen | Princequillo | Prince Rose | ||
Cosquilla | ||||
Bridgework | Occupy | |||
Feale Bridge | ||||
For the Flag | Forli | Aristophanes | Hyperion | |
Commotion | ||||
Trevisa | Advocate | |||
Veneta | ||||
In the Offing | Hoist the Flag | Tom Rolfe | ||
Wavy Navy | ||||
Mrs. Peterkin | Tom Fool | |||
Legendra |
父ストリートクライは当馬の項を参照。
母ヴェルティジヌーは米国で走り現役成績7戦2勝。その産駒には本馬の半姉ウェアズベイリー(父アルジャブル)【リーミントンパークオークス】、同じく半姉のバランス(父サンダーガルチ)【ラスヴァージネスS(米GⅠ)・サンタアニタオークス(米GⅠ)・サンタマルガリータ招待H(米GⅠ)・ラカナダS(米GⅡ)】がいる。2008年には本馬の活躍によりケンタッキー州最優秀繁殖牝馬に選ばれた。バランスを除けば、近い親戚にはそれほど活躍馬がいるわけではないのだが、ヴェルティジヌーの祖母インジオフィングの半妹であるスウィートアライアンス【ケンタッキーオークス(米GⅡ)】の息子にはシャリーフダンサー【愛ダービー(愛GⅠ)】がいる。少し離れて牝系を俯瞰してみると、ヴィクトリアマイルの勝ち馬コイウタ、朝日杯フューチュリティSの勝ち馬ゴスホークケン、エリザベス女王杯の勝ち馬クィーンスプマンテ、桜花賞馬レッツゴードンキなどの名前も見られ、他にも世界各国の活躍馬が多数出ているから、まずまずの牝系である。→牝系:F4号族⑤
母父クリスエスは当馬の項を参照。
競走馬としての特徴など
本馬はその卓越した競走成績もさることながら、様々な点で非常に個性的な競走馬であった。先に記したとおり体高は17.2ハンド、体重は1217ポンド(約553kg)にも達し、これは牡馬でも滅多にいない巨体である。巨漢馬として知られる米国三冠馬セクレタリアトでも、体高16.2ハンド、体重1175ポンドだった。日本で巨漢馬として鳴らしたヒシアケボノがスプリンターズSを勝ったときの体重が560kg、同じくタイキブリザードが安田記念を勝ったときの体重が546kgだったから、本馬はこの2頭のほぼ中間くらいということになる。
またスタートが非常に苦手で、道中は常に最後方かそれに近い位置を進み、最終コーナーで進出して追い込むのが毎度お決まりのパターンだった。平坦小回りの競馬場が多く、概ね先行馬有利とされる米国競馬では珍しい追い込み一手の一流競走馬だった。例えば4歳時に勝利したレディーズシークレットSでは、最初の2ハロンを24秒8で通過したが、その後は23秒8、23秒2、22秒6と、どんどん加速している。また非常に跳びが大きいためにコーナーで加速する際には勢い余って外側に膨れながら回ることがしばしばであった。スタート直後は必ず後方を進む本馬の巨大な姿は、遠くから見ても一目で判別できた。
本馬がスタートを大の苦手にした理由に関して、競馬評論家の石川ワタル氏は著書「石川ワタル、世界をワタル」の中において、本馬が出走した2度のBCクラシックを生観戦した際の印象として、身体が大きいために脚が長すぎ、まるで脚を縺れさせるように歩いていたという旨を述べており、それがスタートの悪さに繋がっていたのではないかと推測している。確かに米国競馬史上の巨漢馬として名高いマンノウォー、セクレタリアト、アリダー、イージーゴアなどはいずれもスタートが下手だったから、本馬のスタート下手に体格の大きさが影響している可能性は十分にあるだろう。
19連勝というのは、20世紀以降の北米競馬の一線級における最多連勝記録であり、海外の資料では18世紀英国の名馬エクリプスの18連勝を更新する記録とも紹介されている(54連勝したキンチェムについては黙殺されている)。なお、日本では、本馬の19連勝は、2008年に無敗のまま引退したペッパーズプライドと並ぶ北米記録であり、2011年に22連勝を記録したラピッドリダックスによって更新されたと紹介される場合がある。しかし海外の資料では、本馬の連勝記録が紹介される際にペッパーズプライドやラピッドリダックスが引き合いに出されることはまず無いし、逆にペッパーズプライドやラピッドリダックスが紹介される際に本馬が引き合いに出されることもまず無い。本馬が走ったレースと、ペッパーズプライドやラピッドリダックスが走ったレースでは格が違いすぎて、同列に論じるのはまったく無意味なためであろう。米国ではチャンピオン級の馬の記録と、そうではない馬の記録は明確に分けられているのである。
本馬が米国西海岸で連勝を続けていた頃、米国東海岸には牡馬相手に勝利を積み重ねていたレイチェルアレクサンドラがおり、両馬の対戦はファンのみならず関係者の間でも大きな関心事であった。しかし2頭の主戦場がダートとオールウェザーとで異なっていたこともあり、結局対戦は実現しないまま終わった。もし両馬が対決していたらどのような結果になったかは各方面で様々な議論がされているが、その解答が出ることは永久に無く、将来にわたって米国競馬のファンや関係者に格好の議論材料を提供し続けることになりそうである。
競走馬引退後
競走馬を引退した本馬は、米国ケンタッキー州レーンズエンドファームで繁殖入りした。初年度の交配相手はバーナーディニが指名された。最初の交配では不受胎だったが、2度目の交配で受胎し、翌2012年3月8日に初子となる牡駒コズミックワンを産んだ。翌年にはタピットとの間に牡駒ジコニックを、自身の誕生日である4月1日に出産している。追記:2016年にレイチェルアレクサンドラと共に米国競馬の殿堂入りを果たした。