ビホルダー

和名:ビホルダー

英名:Beholder

2010年生

鹿毛

父:ヘニーヒューズ

母:レスリーズレディ

母父:トリッキークリーク

米国競馬史上初めて2~5歳時まで4年連続GⅠ競走を勝つなど多くの記録を打ち立て牡馬相手のGⅠ競走も圧勝した米国競馬史上に残る稀有の名牝

競走成績:2016年開始時点で現役競走馬。2~5歳時に米で走り通算成績20戦15勝2着3回

21世紀に米国のみならず世界各国で大量に登場した歴史的名牝の1頭で、2016年開始現在ではまだ現役競走馬の身であるが、既に将来的には米国競馬の殿堂入りはほぼ確実と思われるほどの実績を残している。

誕生からデビュー前まで

米国ケンタッキー州クラークランドファームの生産馬である。1歳時のキーンランド9月セールに出品され、スペンドスリフトファームの所有者である米国の不動産信託業者ブラッドリー・ウェイン・ヒューズ氏により18万ドルで購入され、カリフォルニア州に拠点を置くリチャード・マンデラ調教師に預けられた。

本馬は幼少期から非常に気性に問題がある馬だったらしく、「常軌を逸脱している」として評判の馬だった。しかし本馬の身の周りの世話をしていた人達は、そうした一般的な評価とは違う一面を見ていたようである。例えば、本馬の調教助手を務めているデヴィッド・ニュースク氏は「あれやこれや指示をされる事は好きではないようですが、彼女自身がするべきだと感じた事に関しては、彼女は素直に従います」と語っている。また、本馬の担当厩務員ルベン・メルカド氏は「レースに出ると性格が変わりますが、厩舎内では彼女は小さな天使です」と語っている。

どうやら周囲の騒音に対して敏感過ぎる馬だったらしく、マンデラ師はレースに出るとき以外でも本馬にメンコや耳栓を装着させて、騒音に悩まされることが無いように工夫を凝らした。マンデラ師はそれ以外にも本馬の一挙手一投足に着目して、本馬が何を好きで何を嫌がるのかを注意深く観察。本馬が嫌がるものを極力排除し、逆に本馬が好きなものを積極的に取り入れた。食事面でも栄養が偏らないように気を配りながらも本馬の好物を大いに取り入れた。調教においても、走る気がなさそうな時は無理強いせずに、走る気になるまで辛抱強く待った。

マンデラ師のこうした姿勢は、次第に本馬の精神状態に良い影響を与え始めた。本馬とマンデラ師の間にはいつしか、外部の人間にも分かるほど強い信頼関係が構築され、「マンデラ師は、ビホルダーにとっての完璧な調教師だ」とマスコミの記事に載るまでになった。

もっとも、完全に気性が良くなったわけではなく、レース前に焦れ込むなどの問題行動はしばしば見られた。しかし頭が悪い馬では無かったようで、物覚えは良く、精神的に安定さえしていれば騎手の思いどおりに走らせる事が可能だった。スピードとパワーもずば抜けており、後に本馬の主戦となるゲイリー・スティーヴンス騎手は本馬を「ポルシェのスピード機能と、ロケットを開発する科学者の頭脳が付いた、マックトラック(筆者注:米国を代表するトラック)」と表現している。

競走生活(2歳時)

2歳6月にハリウッドパーク競馬場で行われたオールウェザー5.5ハロンの未勝利戦で、最初の主戦となるギャラント・ゴメス騎手を鞍上にデビュー。単勝オッズ22.8倍で9頭立ての5番人気という低評価だった。このレースで単勝オッズ1.8倍という断然の1番人気に支持されていたのは、1979年のニューヨーク牝馬三冠馬ダヴォナデイルの曾孫に当たるエグゼクティヴプリヴィレッジという馬で、血統だけでなくその素質も非常に評価されていた。レースは単勝オッズ7.6倍の3番人気馬レニーズクイーンが先頭を引っ張り、本馬が好位、エグゼクティヴプリヴィレッジがさらにその後方を進んだ、本馬は四角で順位を上げて直線入り口ではいったん2番手まで上がったが、ここで本馬の後方から上がってきたエグゼクティヴプリヴィレッジにかわされると、レニーズクイーンを捕らえることなく先に失速。2着レニーズクイーンに4馬身半差をつけて完勝したエグゼクティヴプリヴィレッジから8馬身半差の4着に敗れた。

次走は翌7月にデルマー競馬場で行われたオールウェザー5.5ハロンの未勝利戦となった。ここでは単勝オッズ3.3倍で9頭立ての2番人気に推された。スタートから単勝オッズ21倍の7番人気馬カインズファンキーモンキーが先頭を伺ったが、本馬がすぐに並びかけて、2頭が先頭を引っ張る形となった。そして四角でカインズファンキーモンキーを突き放して単独で先頭に立つと、直線をずっと先頭で走り抜け、2着に追い込んできた単勝オッズ10.4倍の4番人気馬ファンティコラに3馬身1/4差をつけて快勝した。

その後は9月のデルマーデビュータントS(米GⅠ・AW7F)に向かった。対戦相手は、デビュー戦で本馬を寄せ付けなかった後にランダルースS・ソレントSも勝って3戦全勝としていたエグゼクティヴプリヴィレッジ、未勝利戦を勝ってきたばかりの1戦1勝馬ながら素質が評価されていたメチャヤ、ベストパルSで2着してきたヘアキティなどだった。エグゼクティヴプリヴィレッジが単勝オッズ1.8倍の1番人気、メチャヤが単勝オッズ3.6倍の2番人気、本馬が単勝オッズ9.1倍の3番人気で、実績最上位のエグゼクティヴプリヴィレッジにメチャヤがどこまで迫れるかが焦点だった。

スタートが切られるとゲートに身体をぶつけながらも本馬が一気に先頭に立ち、メチャヤが2馬身ほど後方の3番手、エグゼクティヴプリヴィレッジがその直後の4~5番手を追走してきた。そのままの態勢で直線に入ると、本馬が二の脚を使って後続を引き離しにかかった。メチャヤにはそれほど伸びが無かったが、エグゼクティヴプリヴィレッジは追い上げてきて、着実に本馬との差を縮めてきた。そして内側の本馬と外側のエグゼクティヴプリヴィレッジが殆ど並んでゴールイン。写真判定の結果はエグゼクティヴプリヴィレッジの鼻差勝ちであり、本馬は2着に敗れた。しかし3着メチャヤには4馬身1/4差をつけていたし、デビュー戦で8馬身半差をつけられた相手に鼻差まで迫った(斤量は本馬のほうが4ポンド軽かったが)のだから、本馬の競走能力が向上してきていることは明らかだった。

次走は10月にサンタアニタパーク競馬場で行われたダート6ハロンの一般競走となった。マンデラ師は暮れにサンタアニタパーク競馬場で行われる予定のBCジュヴェナイルフィリーズを目指していたのだが、その前哨戦として一般競走を選択した理由について、レース前に焦れ込む癖がある本馬を、まずは同じサンタアニタパーク競馬場の観衆が少ないレースに出走させて慣れさせようとしたのだという。

このレースにはメチャヤも出走してきて、本馬との2強ムードとなった。本馬が単勝オッズ1.6倍の1番人気で、メチャヤが単勝オッズ2.7倍の2番人気だった。スタートが切られると今度は無事にゲートを出た本馬が即座に先頭に立ち、メチャヤが2番手を追いかけてきた。出走頭数は6頭と少なかったが、本馬が実に快調に速い流れで先頭を走ったため、後続馬は追走するのにも悪戦苦闘していた。それは2番手のメチャヤも例外ではなく、最初は1馬身程度しかなかった本馬との差が向こう正面では4馬身差、直線入り口では6馬身差くらいまで広がっていた。そして直線ではさらにその差が広がり、ゴール前で馬なりのまま走った本馬が2着メチャヤに11馬身差をつけて大圧勝。メチャヤも3着馬ワイルドキャットアンジーには6馬身3/4差をつけていたのだが、本馬にはまったく歯が立たなかった。

次走は翌11月のBCジュヴェナイルフィリーズ(米GⅠ・D8.5F)となった。対戦相手は、デルマーデビュータントS勝利後にシャンデリアSでGⅠ競走2勝目を挙げて通算成績5戦全勝としていたエグゼクティヴプリヴィレッジ、フリゼットSなど3戦全勝のドリーミングオブジュリア、アディロンダックS・メイトロンSなど3戦全勝のカウアイケイティ、アルキビアデスSの勝ち馬でナタルマS2着のスプリングインジエアー、アルキビアデスSで2着してきたブロークンスペル、5戦1勝馬オルモストアンエンジェル、デビュー戦で本馬に先着する2着した後に2連敗したが前走オークツリージュヴェナイルフィリーズターフSで初勝利を挙げてきたレニーズクイーンの計7頭だった。エグゼクティヴプリヴィレッジが単勝オッズ2.5倍の1番人気、本馬が単勝オッズ4.9倍の2番人気、ドリーミングオブジュリアが単勝オッズ5.5倍の3番人気、カウアイケイティが単勝オッズ6.5倍の4番人気、スプリングインジエアーが単勝オッズ6.7倍の5番人気となった。

スタートが切られるとやはり本馬が即座に先頭に立って逃げ、カウアイケイティが1~2馬身ほど後方の2番手、エグゼクティヴプリヴィレッジがさらに2~3馬身ほど後方の3番手を追走してきた。本馬は最初の2ハロンこそ22秒62のペースで入ったが、次の2ハロンは23秒85と、一息入れて逃げることに成功していた。そして三角で後続馬が加速してきたのを見計らってから、ゴメス騎手の合図に応えて加速。先頭を維持したまま直線に入ってきた。直線で本馬を追い詰めてきたのは予想どおりエグゼクティヴプリヴィレッジで、本馬より3馬身ほど後方の2番手で直線を向くと、過去2度の対戦と同じように本馬を抜き去ろうと必死に追ってきた。しかし過去2戦とは異なり、本馬とエグゼクティヴプリヴィレッジの差は縮まりそうで縮まらなかった。最後は逃げ切った本馬が2着エグゼクティヴプリヴィレッジに1馬身差、3着ドリーミングオブジュリアにはさらに4馬身1/4差をつけて勝利を収めた。

2歳時の成績は5戦3勝だった。勝ち星もGⅠ競走の勝利数も対戦成績も本馬よりエグゼクティヴプリヴィレッジの方が上だったのだが、エグゼクティヴプリヴィレッジはBCジュヴェナイルフィリーズの後に出走したハリウッドスターレットSで4着に完敗してしまっていた。それがエグゼクティヴプリヴィレッジの評価を下げたようで、この年のエクリプス賞最優秀2歳牝馬の座はエグゼクティヴプリヴィレッジではなく本馬の頭上に輝いた。それも僅差ではなく、有効得票数254票中225票を獲得してのものだった。3歳時に3戦未勝利で競走馬を引退していったエグゼクティヴプリヴィレッジと、3歳時以降も大活躍した本馬とを比較すると、これは結果論だが本馬のほうが女王に相応しかったのは確かだった。

競走生活(3歳時)

3歳時の本馬は1月のサンタイネスS(米GⅡ・D6.5F)から始動した。他の全馬より4ポンド重い123ポンドの本馬が単勝オッズ1.2倍の1番人気、前走の未勝利戦を10馬身3/4差で勝ち上がってきたドーンズチャームが単勝オッズ9.5倍の2番人気、前走の一般競走で鼻差2着してきたレディロザムンドが単勝オッズ10倍の3番人気と、本馬が絶対的な本命となった。

スタートが切られると先頭に立ったのはドーンズチャームであり、本馬は逃げずに馬群の中団に控えた。しかし向こう正面で位置取りを上げて、先頭のドーンズチャームのすぐ横までやってきた。そして2頭が先頭を並走しながら直線に入ってきた。ドーンズチャームが非常によく粘ったために本馬は付き抜けられずに叩き合いとなった。2頭が叩き合っているところに、道中は1頭だけ置かれた最後方を走っていた単勝オッズ21.9倍の4番人気馬レニーズタイタンが猛然と追い込んできた。そしてゴール直前で叩き合う2頭を抜き去って勝利。本馬はドーンズチャームとの叩き合いを鼻差で制したが、勝ったドーンズチャームから3/4馬身差の2着に敗れた。

レース後に本馬の喉に口内炎が出来ていることが判明したために、治療が施された。

その後は3月のラスヴァージネスS(米GⅠ・D8F)に向かった。対戦相手は、本馬を破ったサンタイネスSから直行してきたレニーズタイタン、前走サンタイザベルSを5馬身3/4差で圧勝してきた新星フィフティシェイズオブハイ、8戦1勝馬だがシャンデリアS2着・ハリウッドスターレットS・サンタイザベルS3着と堅実に走っていたスカーレットストライク、未勝利戦を7馬身1/4差で勝ち上がってきたレディアサノ、デルマーデビュータントS5着後に一般競走を勝ちサンタイザベルSで2着してきたヘアキティなどだった。122ポンドの本馬が単勝オッズ1.8倍の1番人気、119ポンドのフィフティシェイズオブハイが単勝オッズ2.9倍の2番人気、117ポンドのスカーレットストライクが単勝オッズ13.9倍の3番人気、117ポンドのレディアサノが単勝オッズ16.5倍の4番人気、117ポンドのレニーズタイタンが単勝オッズ17.3倍の5番人気と、本馬とフィフティシェイズオブハイの完全なる一騎打ちムードだった。

前走で控えて敗れた反省からか、今回の本馬は好スタートからすぐに先頭に立った。本馬をすんなりと逃げさせると手強いことは他馬の騎手達も十分に承知しており、対抗馬のフィフティシェイズオブハイも本馬を追って2番手を追走してきたし、他馬達も本馬からあまり離されまいとしていた。しかし快調に逃げる本馬のペースに、後続馬達は次々に脱落していった。最後まで残ったのはフィフティシェイズオブハイだったのだが、それも直線入り口では既に本馬から3馬身差をつけられていた。後は本馬がしっかりと脚を持続させるだけで、2着フィフティシェイズオブハイに3馬身3/4差をつけて完勝した。

次走はサンタアニタオークス(米GⅠ・D8.5F)となった。対戦相手は、フィフティシェイズオブハイ、未勝利戦と一般競走を連勝してきたスペルバウンド、同じく未勝利戦と一般競走を連勝してきた2戦2勝のイオタパなど5頭だった。本馬が単勝オッズ1.3倍の1番人気、フィフティシェイズオブハイが単勝オッズ4.6倍の2番人気、スペルバウンドが単勝オッズ10.7倍の3番人気、イオタパが単勝オッズ17.1倍の4番人気となった。

スタートが切られると同時に本馬が真っ先に飛び出して先頭に立った。他馬の騎手にしてみれば自分が追いかけると潰されるのは既に分かっていたから、誰か他の馬が競りかけてくれないかと思っていた様子だが、誰も競りかけなかったために、本馬は自分のペースで着実に逃げを刻んでいった。対抗馬のフィフティシェイズオブハイは今回も2番手だったが、前走ほど本馬を追いかけることは無かった。こうなればもはや貰ったも同然。本馬は後続に2~3馬身ほどの差をつけながら四角を回って直線を向くと、鞍上のゴメス騎手が鞭を使う必要もなく、4番手追走から2着に上がってきたイオタパに2馬身3/4差をつけて勝利した。

カリフォルニア州3歳牝馬の頂点に君臨した本馬の次の目標は、ケンタッキーオークス(米GⅠ・D9F)だった。対戦相手は9頭で、そのうち8頭が本馬とは初顔合わせだった。前年のBCジュヴェナイルフィリーズ3着後にダヴォナデイルSで2着して前走ガルフストリームオークスを21馬身3/4差という記録的大差で大圧勝してきたドリーミングオブジュリア、未勝利戦を7馬身1/4差・前走サンランドパークオークスを8馬身差で圧勝してきた2戦2勝のミッドナイトラッキー、デモワゼルS・レイチェルアレクサンドラS・フェアグラウンズオークスとグレード競走3連勝を含む4戦無敗のアンリミテッドバジェット、前走ガゼルSを3馬身1/4差で勝ってきた3戦無敗のクローズハッチズ、デルタダウンズプリンセスS・ハニービーS・ファンタジーSとグレード競走3勝を挙げていたローズトゥゴールド、ハリウッドスターレットSで本馬の好敵手だったエグゼクティヴプリヴィレッジを5馬身半差の4着に破って勝っていたピュアファン、ゴールデンロッドSの勝ち馬で前走フェアグラウンズオークス3着のシーニーンガール、ガゼルSで2着してきた6戦4勝馬プリンセスオブシルマー、前走ブルボネットオークスを勝ってきたシルシタが対戦相手だった。

カリフォルニア州では頂点に君臨していた本馬の影が薄くなってしまうような同競走史上屈指の好メンバーであり、今までの本馬は井の中の蛙のようなものだった。それは人気にも現れており、ドリーミングオブジュリアが単勝オッズ2.5倍の1番人気、ミッドナイトラッキーが単勝オッズ4.4倍の2番人気、アンリミテッドバジェットが単勝オッズ5.4倍の3番人気、クローズハッチズが単勝オッズ8.7倍の4番人気で、本馬は単勝オッズ10倍の5番人気に留まったのだった。本馬はレース前から競馬場に詰めかけていた観衆の大声援にかなり敏感に反応しており、非常に焦れ込んでいた。誘導馬のポニーを攻撃しようとしたり、ゴメス騎手を振り落とそうとしたりする場面も見られた(ゴメス騎手は振り落とされる前にいったん自分から下馬した)。

スタートが切られるとミッドナイトラッキーが先頭を奪い、スタートでよれて少し後手を踏んだ本馬は1~2馬身ほど後方の2番手で我慢することになった。アンリミテッドバジェットが本馬の少し後方につけ、本命のドリーミングオブジュリアは馬群の中団後方につけた。道中はずっと2番手にいた本馬だが、三角に入ったところで仕掛けて四角途中で先頭に立ち、そのまま直線へと入ってきた。アンリミテッドバジェットには本馬を捕らえるほどの伸びが無く、ドリーミングオブジュリアの末脚も案外だったから、直線半ばまではそのまま押し切れそうな雰囲気だった。しかし1頭だけ本馬に猛然と迫ってきた馬がいた。本馬と同じくスタートで後手を踏んだために道中は10頭立ての9番手で脚を溜めて、向こう正面からのロングスパートで追い上げてきた単勝オッズ39.8倍の9番人気馬プリンセスオブシルマーだった。ゴール前で本馬は並ぶ間もなくかわされてしまい、半馬身差の2着に敗退。5番人気で2着だから好走したとも言えるが、世の中には上には上がいる事を思い知らされる結果ともなった。

本馬はニューヨーク牝馬三冠路線には参加せず、カリフォルニア州に戻って休養入りした。本馬不在のニューヨーク牝馬三冠路線は、エイコーンSをケンタッキーオークス5着のミッドナイトラッキーが6馬身1/4差で圧勝し、CCAオークスとアラバマSはプリンセスオブシルマーが連勝してケンタッキーオークス馬の実力をまざまざと見せつけた。また、この段階ではニューヨーク牝馬三冠路線から外れていたマザーグースSは、ケンタッキーオークス7着のクローズハッチズが勝利した。

本馬陣営が目標としていたのは、この年は地元サンタアニタパーク競馬場で行われることになっていたBCディスタフ(2008年から前年まで5年間はBCレディーズクラシックの名称で施行されたが、この年からBCディスタフの名称に戻った)だった。

マンデラ師は2戦叩いてから本番へと向かう計画を立て、まずは本番ちょうど2か月前にデルマー競馬場で行われたトーリパインズS(AW8F)から始動した。対戦相手の中にはこれはという馬はおらず、前走アメリカンオークスで5着していたベッキールー、英国から米国に移籍していきなりGⅢ競走セニョリータSを勝つもその後は3戦着外だったチャーリーエムがいる程度だった。そのために本馬が単勝オッズ1.1倍の1番人気に支持され、ベッキールーが単勝オッズ8.6倍の2番人気、チャーリーエムが単勝オッズ10.6倍の3番人気となった。

本馬の主戦は、過去全戦で騎乗してきたゴメス騎手から、スティーヴンス騎手に交代となっていた。スティーヴンス騎手は2005年に減量苦と騎乗回数減少によりいったん騎手を引退(1999年に関節炎で一度騎手を引退していたから、2度目の引退だった)していた身だったが、この年の1月に騎手に復帰して、プリークネスSをオクスボウで勝つなどいきなり結果を残していた。鞍上が変わっても本馬の戦法は変わらず、スタートしてすぐに先頭に立ち、後続に1~2馬身ほどの差をつけて逃げ続けた。そのままの状態で直線に入ると、スティーヴンス騎手は鞭を使わずに手と足だけで本馬を追い、2着に入った単勝オッズ25.6倍の最低人気馬ウィトゲンシュタインに2馬身3/4差をつけて勝利した。

次走はそれから約4週間後のゼニヤッタS(米GⅠ・D8.5F)となった。前走より対戦相手はかなり強化されており、サンタマルガリータ招待S・ファンタジーS・モリーピッチャーS・ハニービーSの勝ち馬でマザーグースS・前年のゼニヤッタS2着・フリゼットS3着のジョイフルヴィクトリー、ラトロワンヌS・シュヴィーHの勝ち馬でオグデンフィップスH・パーソナルエンスンH2着のオーセンティシティ、サンタマルガリータ招待H・クレメントLハーシュS・ラカナダS・マージョリーLエヴェレットHの勝ち馬でヴァニティH2着・前年のBCレディーズクラシック・ゼニヤッタS3着のインクルードミーアウト、ラカナダSの勝ち馬でサンタマルガリータ招待S・ヴァニティH・クレメントLハーシュS2着のモアチョコレート、アイオワディスタフS・アラダS・ロカストグローヴSの勝ち馬でシュヴィーH2着のラッシーアメリカン、レイルバードSの勝ち馬でデラウェアオークス2着・アラバマS3着のヴィアヴィラッジオの計6頭が対戦相手となった。本馬が単勝オッズ2.6倍の1番人気、ジョイフルヴィクトリーが単勝オッズ3.6倍の2番人気、オーセンティシティが単勝オッズ5.6倍の3番人気、インクルードミーアウトが単勝オッズ8.6倍の4番人気、モアチョコレートが単勝オッズ8.9倍の5番人気となった。

今回も本馬は好スタートからすぐに先頭に立ち、そのまま逃げを打った。1馬身ほど後方の2~3番手がジョイフルヴィクトリーとインクルードミーアウトで、オーセンティシティは最後方からレースを進めた。そのままの態勢で直線に入ってきた。本馬を追いかけて先行したジョイフルヴィクトリーとインクルードミーアウトは伸びを欠き、四角で4番手まで押し上げていたオーセンティシティのみが本馬を追撃してきた。しかし本馬が2着オーセンティシティに1馬身1/4差をつけて悠々と逃げ切った。

そして迎えたBCディスタフ(米GⅠ・D9F)。対戦相手は5頭と前走よりも少なかったが、質は大幅に向上していた。対戦相手の筆頭格は、BCレディーズクラシック2連覇に加えて、アラバマS・ベルデイムS・デラウェアH・パーソナルエンスンH・ブラックアイドスーザンS・フルールドリスH・デラウェアH・セイビンHを勝ち、ベルデイムS2回・パーソナルエンスンHで2着、CCAオークスで3着するなど、これまた将来的には米国競馬の殿堂入り確実なほどの実績を既に積み上げていた現役米国最強古馬牝馬ロイヤルデルタだった。他にも、ケンタッキーオークス・CCAオークス・アラバマSに加えてベルデイムSも勝ちGⅠ競走4連勝としていたプリンセスオブシルマー、ケンタッキーオークス7着後に出走したエイコーンSでは2着だったがマザーグースS・コティリオンSとGⅠ競走を連勝してきたクローズハッチズ、オーセンティシティ、前走コティリオンSで3着してきたストリートガールの4頭が出走していた。同競走3連覇を狙うロイヤルデルタが単勝オッズ2.4倍の1番人気、プリンセスオブシルマーが単勝オッズ3.6倍の2番人気、本馬が単勝オッズ3.8倍の3番人気、クローズハッチズが単勝オッズ8.5倍の4番人気、オーセンティシティが単勝オッズ9.8倍の5番人気となった。

実は本馬にとって嫌なデータが1つあった。それは、BCジュヴェナイルフィリーズの勝ち馬がBCディスタフ(BCレディーズクラシック)を勝った事例は過去に1回も無いというものだった。本馬以前に登場したBCジュヴェナイルフィリーズの勝ち馬28頭のうち、BCディスタフ(BCレディーズクラシック)に出走したのが11頭で、出走回数も同じ11回。その内訳は、アウトスタンディングリーが3着、トワイライトリッジが6着、エピトムが7着、オープンマインドが3着、ゴーフォーワンドが競走中止、メドウスターが7着、マイフラッグが4着、シルヴァービュレットデイが6着、ストームフラッグフライングが2着、オーサムフェザーが6着、マイミスオレーリアが2着だった。ゴーフォーワンドが故障していなければ勝っていたかも知れないが、いずれにしてもここまで勝てないと完全なジンクスだった。

そのジンクスに挑んだ本馬はレースが始まると好スタートを切ったが、本馬を逃がしてはならないとオーセンティシティが加速して先頭を奪い、さらにロイヤルデルタも本馬の前に出てオーセンティシティの直後2番手につけ、逃げられなかった本馬はロイヤルデルタから1馬身ほど後方の3番手を追走した。しかしマンデラ師は他馬に先手を取られる事を事前に想定しており、前に馬がいても落ち着いて走るように本馬に特訓を課していた。そのために本馬は3番手でもしっかりと折り合っていた。そして向こう正面でロイヤルデルタをかわして2番手に上がると、三角で仕掛けてオーセンティシティに並びかけていった。たちまちオーセンティシティを抜き去ると、後続に2馬身ほどの差をつけて直線に入ってきた。ロイヤルデルタには伸びが無く、むしろオーセンティシティのほうが脚色は良いくらいだった。後方を進んだプリンセスオブシルマーにも全く伸びが無く、直線で本馬を追いかけてきたのは、道中は本馬をマークするように4番手を走っていたクローズハッチズだった。しかしクローズハッチズと本馬の脚色はほとんど同じであり、その差が縮まることは無かった。最後は本馬が2着クローズハッチズに4馬身1/4差、3着オーセンティシティにはさらに1馬身3/4差をつけて優勝し、BCジュヴェナイルフィリーズとBCディスタフの両方を勝った史上初の馬という名誉を手にした。

スティーヴンス騎手は2000年のBCマイルをウォーチャントで制して以来のブリーダーズカップ制覇であり、実況は「スティーヴンス騎手が(ブリーダーズカップの舞台に)帰ってきました!」と叫んだ(彼は翌日のBCクラシックもムーチョマッチョマンで制覇した)。

3歳時の成績は7戦5勝(うちGⅠ競走4勝)で、BCディスタフで最下位に終わった8戦6勝(うちGⅠ競走4勝)のプリンセスオブシルマーに大差をつけて、この年のエクリプス賞最優秀3歳牝馬を受賞した。

競走生活(4歳時)

4歳時も現役を続け、復帰戦は4月にサンタアニタパーク競馬場で行われたサンタルチアS(D8.5F)となった。これといった対戦相手はおらず、他馬より6ポンド重い123ポンドの本馬が単勝オッズ1.1倍の1番人気に支持され、この段階ではステークス競走の勝利も無かったムーランドムージャンが単勝オッズ8倍の2番人気、ステークス競走初出走のレガシーが単勝オッズ12.4倍の3番人気となった。スタートが切られるとレガシーが先頭を奪い、本馬は好スタートを切りながらも2番手に控えた。しかし向こう正面でレガシーをかわして先頭に立つと、この時点で既に勝負は決していた。スティーヴンス騎手は手だけで本馬を追い続け、2着レガシーに5馬身1/4差をつけて楽勝した。

その後は初めてニューヨーク州に姿を現し、オグデンフィップスS(米GⅠ・D8.5F)に出走した。対戦相手は、前年のBCディスタフ2着後にアゼリS・アップルブロッサムHと2戦2勝だったクローズハッチズ、シーズン初戦のキャットケイSを勝ってきたプリンセスオブシルマー、ステークス競走未勝利ながら3連勝で臨んできたベルギャランティ、ステークス競走初出走のアンティパシー、前年のオナラブルミスH2着馬クラシックポイントの計6頭だった。グレード競走未勝利の3頭も全て後にグレード競走を勝つ馬であり、特にベルギャランティはデラウェアH・ベルデイムSとこの年にGⅠ競走を2勝する実力馬だったのだが、現時点の実績からすれば、本馬、クローズハッチズ、プリンセスオブシルマーの3頭が飛び抜けており、完全な3強対決と目された。本馬が単勝オッズ2倍の1番人気、プリンセスオブシルマーが単勝オッズ2.85倍の2番人気、クローズハッチズが単勝オッズ3.9倍の3番人気で、この3頭より8ポンド斤量が軽いベルギャランティが単勝オッズ26.25倍の4番人気だった。

スタートが切られると単勝オッズ31倍の5番人気馬クラシックポイントが先頭に立ち、しばらくして後続を大きく引き離した。同じく単勝オッズ31倍の5番人気馬アンティパシーが2番手、クローズハッチズが3番手で、本馬は4番手を追走した。一時は後続に5馬身以上の差をつけたクラシックポイントだったが、向こう正面で失速。代わってクローズハッチズが先頭に立ち、それをアンティパシーと本馬が追いかけていき、さらに後方からはプリンセスオブシルマー、ベルギャランティも加速して、5頭が一団となって三角と四角を回って直線に入ってきた。馬群が密集したためにベルギャランティのように不利を受けた馬もおり、何がどうなるのか分からない直線の攻防だったが、クローズハッチズが最後まで粘り切って勝利。頭差の2着がプリンセスオブシルマー、さらに首差の3着がアンティパシーで、本馬はさらに3/4馬身差の4着に敗れてしまった。

前年のケンタッキーオークスと同じくカリフォルニア州外における敗戦だけに、気性に問題がある本馬は遠征競馬では実力を発揮できないのではと言われた。しかし本馬はこのレース中に脚を負傷してしまっており、それも敗戦の要因だったようである。

負傷を癒した上で調教が再開されたために、次走はオグデンフィップスSから3か月半後のゼニヤッタS(米GⅠ・D8.5F)となった。対戦相手は、前年のサンタアニタオークスで本馬の2着に敗れた後に堅実に走り続けてこの年になってヴァニティS・クレメントLハーシュS・サンタマリアSを勝ちサンタマルガリータ招待S2着など開花していたイオタパ、未勝利を脱出してから3連勝でステークス競走に初めて臨んできたティズミッドナイト、アドレーションS2着馬ヤヒルワ、前年のトーリパインズSで本馬の2着に入ったがその後は全く活躍していなかったウィトゲンシュタインの計4頭だった。121ポンドの本馬が単勝オッズ1.4倍の1番人気、この年の実績では本馬より上だったため斤量システムの関係で124ポンドのトップハンデとなったイオタパが単勝オッズ3.1倍の2番人気、119ポンドのティズミッドナイトが単勝オッズ8.6倍の3番人気となった。

このレースに限り、本馬の鞍上はスティーヴンス騎手ではなくマイク・スミス騎手だった。スタートが切られるとティズミッドナイトが先頭に立ち、本馬は1馬身ほど後方の2~3番手を追走した。そして三角でティズミッドナイトに並びかけて、直線入り口でかわして先頭に立った。いったんはティズミッドナイトに2馬身ほどの差をつけたのだが、ゴール前でティズミッドナイトが差し返してきた。あわやと思われたが、本馬が凌いで、3/4馬身差で勝利を収め、同競走2連覇を達成した。

苦戦を強いられたが、この段階の本馬は調整途上であり、目標は前年と同じくサンタアニタパーク競馬場で行われる事になっていたBCディスタフだった。そしてBCディスタフ出走後に競走馬を引退して繁殖入りする計画であり、既にファシグ・ティプトン社が実施する繁殖牝馬セールへの出品予約がされていた。

ところが本馬はBCディスタフの直前に熱発してしまい、BCディスタフは回避。さらには繁殖牝馬セールへの出品にも間に合わなくなってしまった。

4歳時の成績は3戦2勝で、さすがにエクリプス賞最優秀古馬牝馬のタイトルには手が届かなかった(アップルブロッサムH・オグデンフィップスS・パーソナルエンスンSとGⅠ競走を3勝したクローズハッチズが、BCディスタフで惨敗しながらも受賞した)。

競走生活(5歳時)

クローズハッチズ、プリンセスオブシルマーといった好敵手達は4歳限りで競馬場を去ったが、本馬は予定を変更して5歳時も現役を続行することになった。

まずは前年と同じく4月のサンタルチアS(D8.5F)に出走した。対戦相手は、前年のゼニヤッタS2着後に出走したBCディスタフでは6着だったがその後に出走したバヤコアSを勝っていたティズミッドナイト、この年のサンタマリアS2着馬ウジエル、インディアナオークス2着馬オスカーパーティーなど4頭だった。123ポンドの本馬が単勝オッズ1.3倍の1番人気、同じく123ポンドのティズミッドナイトが単勝オッズ4.8倍の2番人気、118ポンドのウジエルが単勝オッズ6倍の3番人気となった。スタートが切られるとウジエルが真っ先に先頭に立ち、本馬は1~2馬身ほど後方の2番手を進んだ。そして三角に入ってからウジエルに並びかけて四角で抜き去り、直線入り口では完全に先頭。そしてスティーヴンス騎手は前年と同じく手だけで本馬を追い続け、2着ウジエルに3馬身3/4差をつけて楽勝した。前年のゼニヤッタSで本馬に3/4馬身差まで迫ったティズミッドナイトは、本馬から10馬身1/4差の4着に沈んでいた。

前年はこの後にニューヨーク州に遠征したが、この年は遠征せずにカリフォルニア州に留まり、6月にサンタアニタパーク競馬場で行われたアドレーションS(米GⅢ・D8.5F)に出走した。対戦相手は5頭いたが、強敵と言えるのは、この年に本格化してサンタマルガリータS・サンタマリアSを勝ち前走ヴァニティHで3着してきたウォーレンズヴェネダくらいだった。121ポンドの本馬が単勝オッズ1.2倍の1番人気、斤量システムの関係で124ポンドとなったウォーレンズヴェネダが単勝オッズ4.7倍の2番人気で、3番人気のワイルドインザサドルは単勝オッズ15.6倍だった。スタートが切られると単勝オッズ19.7倍の4番人気馬マイモネが先頭に立ち、本馬はその直後の2番手を進んだ。そして三角手前で先頭に立つと、そのまま直線に入ってきた。直線ではウォーレンズヴェネダが後続馬を7馬身以上引き離して追撃してきたが、本馬が悠々とその追撃を抑えて、2着ウォーレンズヴェネダに1馬身1/4差で勝利した。

次走は8月のクレメントLハーシュS(米GⅠ・D8.5F)となった。対戦相手は、アドレーションS2着後に出走したグレートレディMSで4着に終わっていたウォーレンズヴェネダ、前走の一般競走を4馬身半差で完勝してきた前年のサンタアニタオークス4着馬ハニーライド、この年のラカナダSを勝ちサンタマルガリータ招待Sで3着していたザガールインザットソング、前年のゼニヤッタSで本馬の4着に敗れた後にシックスティセイルズHを勝っていたヤヒルワ、前々走のヴァニティSを勝っていたマイスイートアディクション、アドレーションSで3着だったマイモネ、前年のサンタルチアSで本馬の2着だったレガシーの計7頭だった。本馬が単勝オッズ1.3倍の1番人気、ウォーレンズヴェネダが単勝オッズ9.1倍の2番人気、ハニーライドが単勝オッズ12.2倍の3番人気、ザガールインザットソングが単勝オッズ14倍の4番人気、ヤヒルワが単勝オッズ14.3倍の5番人気であり、完全に本馬の1強独裁状態だった。

スタートが切られると単勝オッズ17倍の6番人気馬マイスイートアディクションが先頭に立ち、本馬はハニーライドやマイモネなどと一緒に2番手集団につけた。しかし向こう正面ではもうマイスイートアディクションに並びかけると、三角から四角にかけて後続との差を広げていった。さらに直線では馬なりのまま差をさらに広げ、2着ヤヒルワに7馬身差をつけて圧勝した。

これで本馬は、2歳・3歳・4歳・5歳時にGⅠ競走を勝ったことになったが、これは牡馬を含めても過去に米国では達成馬がおらず、本馬が史上初という快挙だった(4年連続でGⅠ競走を勝った米国調教馬は他にもいるが、いずれも2歳からの記録ではない)。

もはやこれ以上カリフォルニア州で他の牝馬と戦っても意味が無いとマンデラ師が判断したためか、次走は前走から3週間後、本馬にとっては初の牡馬相手の競走となる賞金総額100万ドルのパシフィッククラシックS(米GⅠ・D10F)となった。過去に本馬は9ハロン以下のレースしか走っておらず、10ハロンのレースに出るのも初めてだった。

対戦相手は、前年にBCクラシック・ハスケル招待S・ウッディスティーヴンスS・ペンシルヴァニアダービーを勝ちアーカンソーダービーで3着していたバイエルン、3連勝で迎えた前走サルヴェイターマイルSで2着だったレッドヴァイン、クラークH・レベルS・サンパスカルSの勝ち馬でサンタアニタダービー・サンタアニタ金杯2着・スティーヴンフォスターH3着のホッパチュニティ、カリフォルニアンS・サンディエゴH・プレシジョニストSの勝ち馬でサンタアニタH・サンタアニタ金杯3着のキャッチアフライト、前走サンタアニタ金杯を勝ってきたハードエーシズ、チャールズタウンクラシックSの勝ち馬で前年のサンタアニタ金杯・パシフィッククラシックS3着のインペラティヴ、デルマーダービーの勝ち馬でシューメーカーS2着のミッドナイトストーム、東京シティC・クーガーH2着のベイルアウトボビー、サーバートンSの勝ち馬クラスリーダーの計9頭の牡馬・騙馬だった。本馬が単勝オッズ3倍の1番人気、バイエルンが単勝オッズ4.7倍の2番人気、レッドヴァインが単勝オッズ5.6倍の3番人気、ホッパチュニティが単勝オッズ5.9倍の4番人気、キャッチアフライトが単勝オッズ8.8倍の5番人気であり、さすがに断然の人気とはいかなかったがそれでも本馬は1番人気に支持された。

スタートが切られると前年のBCクラシックを逃げて勝っていたバイエルンが先頭に立ち、ミッドナイトストームが直後の2番手につけた。本馬は単独3番手だったが、前2頭からは5~6馬身ほど離されており、いつものような先頭を射程圏内に捉えた3番手追走ではなかった。バイエルンが刻んだペースは最初の2ハロンが22秒36、半マイルが45秒45という、牝馬限定競走ではあまり見られないハイラップだったから、本馬にとっては自分のペースを守った結果だった。そして三角に入った瞬間にスティーヴンス騎手が合図を送ると、本馬は一気に加速。失速するバイエルンとミッドナイトストームを瞬く間に抜き去り、三角途中では既に単独先頭に立っていた。そして後続馬に4馬身ほどの差をつけた状態で直線に入ってきた。後方から本馬に詰め寄ってくる馬は1頭もおらず、完全に本馬の独走態勢となった。そしてゴール前で2着に上がった同厩馬キャッチアフライトに8馬身1/4差をつけて圧勝。1991年に創設されたパシフィッククラシックSにおいて牝馬は勝つどころか入着した事例も1度も無かったのだが、本馬は圧倒的な強さで同競走史上初の牝馬制覇を成し遂げてしまった。

その後は3連覇をかけてゼニヤッタS(米GⅠ・D8.5F)に向かった。対戦相手は、クレメントLハーシュS3着から直行してきたウォーレンズヴェネダ、同4着から直行してきたマイスイートアディクション、アドレーションS4着後にトランクイリティーレイクSを勝ってきたワイルドインザサドル、前走トーリパインズSで2着してきたビッグブック、クレメントLハーシュS6着後にトランクイリティーレイクSで2着してきたマイモネなど7頭だった。本馬が単勝オッズ1.1倍の1番人気、ウォーレンズヴェネダが単勝オッズ12.6倍の2番人気、マイスイートアディクションが単勝オッズ21.7倍の3番人気であり、何かアクシデントでもない限りは本馬が負ける要素は見当たらなかった。

こんな書き方をすると、それではアクシデントがあったのかと思う人もいるかもしれないが、特に何も無く、大方の予想どおりの結果となった。本馬の逃げ脚を封じるためか、マイスイートアディクションを筆頭に4頭が本馬に絡み、大外枠発走の本馬は馬群の外側を走らされる羽目になったくらいだった。三角に入ったところで本馬が仕掛けて上がっていき、直線入り口で先頭に立った。もはやスティーヴンス騎手は本馬の鞍上に座っているだけで、少しばかり手を動かす程度だった。2着に逃げ粘ったマイスイートアディクションに3馬身1/4差をつけた本馬が勝ち、同競走の名称がレディーズシークレットSだった時期に走っていたゼニヤッタ以来史上2頭目の同競走3連覇を達成した。

この時期の米国競馬界の主役を張っていたのは、37年ぶりに出現した史上12頭目の米国三冠馬アメリカンファラオだった。アメリカンファラオはBCクラシックに出走して、そのまま引退種牡馬入りする事が内定していた。前年の米国競馬界の主役を張ったカリフォルニアクロームは故障休養中であり、他の古馬牡馬勢にもアメリカンファラオに敵いそうな馬はいなかった。しかし本馬であればアメリカンファラオと好勝負できるのではという声が挙がり始めた。この年のブリーダーズカップはケンタッキー州キーンランド競馬場で行われることになっており、本馬にとっては不得手な遠征競馬になるのだったが、それでもマンデラ師は「BCクラシックに出て、史上初のブリーダーズカップ3競走制覇を目指します」と宣言し、アメリカンファラオVSビホルダーの現役米国最強馬の座を賭けた牡牝の頂上決戦が実現する見通しとなった。

ところがキーンランド競馬場に到着した本馬はすぐに微熱を出してしまった。熱はすぐに引いたために調教が行われたが、レース2日前になってマンデラ師は、本馬の肺に炎症が起きている旨と、先に微熱を出していた旨を明らかにし、本馬の出走回避を表明。本馬不在となったBCクラシックはアメリカンファラオが圧勝して引退の花道を飾っていった。

5歳時を5戦全勝の成績で終えた本馬に関してマンデラ師は「6歳時も現役を続行させます」と明言。2歳時から第一線で活躍してきた本馬の戦いはまだ続くことになりそうである。追記:2016年1月16日に発表されたエクリプス賞の年度表彰において本馬は2015年の最優秀古馬牝馬に選出された。さらに追記:2016年の初戦となった5月のアドレーションS(米GⅢ・D8.5F)を勝って迎えた6月のヴァニティマイルS(米GⅠ・D8F)で、スタート後の先頭争いを制してそのまま押し切って1馬身半差で勝利。これで2歳時から5年連続GⅠ競走制覇となった。

馬名に関して

ところで、本馬の馬名に関して少し補足しておく。馬名の“Beholder”は直訳すると「見つめる者」であるが、これは米国最古(世界最古でもある)のテーブルトーク・ロールプレイングゲーム「ダンジョンズ&ドラゴンズ」に登場する一つ目の怪物の名称でもある。同名の一つ目の怪物が日本産のコンピューター・ロールプレイングゲームにも以前はしばしば登場しており、筆者もそれらで遊んだ経験があるため、本馬の名前を見て真っ先にそれを思い起こした。しかし「ダンジョンズ&ドラゴンズ」を発売した会社が著作権に厳しい姿勢を示したために、現在では同名の一つ目の怪物がゲームに登場する事はなく、過去に同名の一つ目の怪物が出ていたゲームをリメイクする際にも別名に差し替えられている。ただし、“Beholder”を一つ目の怪物に名付けると著作権違反になるかもしれないが、“Beholder”は普通名詞でもあるために、それ以外のものに命名するのは全く問題ない。そのために本馬の命名に関しても「ダンジョンズ&ドラゴンズ」の発売元から了承を得ているわけではない。

血統

ヘニーヒューズ ヘネシー Storm Cat Storm Bird Northern Dancer
South Ocean
Terlingua Secretariat
Crimson Saint
Island Kitty Hawaii Utrillo
Ethane
T. C. Kitten Tom Cat
Needlebug
Meadow Flyer Meadowlake Hold Your Peace Speak John
Blue Moon
Suspicious Native Raise a Native
Be Suspicious
Shortley Hagley Olden Times
Teo Pepi
Short Winded Harvest Singing
Wind Cloud
Leslie's Lady Tricky Creek Clever Trick Icecapade Nearctic
Shenanigans
Kankakee Miss Better Bee
Golden Beach
Battle Creek Girl His Majesty Ribot
Flower Bowl
Far Beyond Nijinsky
Soaring
Crystal Lady Stop the Music Hail to Reason Turn-to
Nothirdchance
Bebopper Tom Fool
Bebop
One Last Bird One for All Northern Dancer
Quill
Last Bird Sea-Bird
Patelin

ヘニーヒューズは当馬の項を参照。

母レスリーズレディは現役成績28戦5勝。フージャーデビュータントSというステークス競走を勝っている。母としては、本馬の半兄イントゥミスチーフ(父ハーランズホリデー)【キャッシュコールフューチュリティ(米GⅠ)】も産んでいる。レスリーズレディの祖母ワンラストバードの半弟にはローノーク【カリフォルニアンS(米GⅠ)】がいる他、ワンラストバードの半妹ラストコーズの曾孫にはアイルハヴアナザー【ケンタッキーダービー(米GⅠ)・プリークネスS(米GⅠ)・サンタアニタダービー(米GⅠ)】がいる。近親と言うには遠すぎるが、ディスカヴァリーダンススマートリー、アクラメーションなども同じ牝系である。→牝系:F23号族②

母父トリッキークリークは現役成績37戦9勝。ケンタッキージョッキークラブS(米GⅡ)・ディスカヴァリーH(米GⅡ)・ナッソーカウンティH (米GⅡ)・オマハ金杯(米GⅢ)を勝利した。種牡馬としては18頭のステークスウイナーを出したが、グレード競走の勝ち馬は出ていない。トリッキークリークの父クレヴァートリックはフェイヴァリットトリックの項を参照。

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