ランド

和名:ランド

英名:Lando

1990年生

鹿毛

父:アカテナンゴ

母:ラウレア

母父:シャープマン

名手マイケル・ロバーツ騎手の慧眼によりジャパンCに参戦して独国調教馬として史上初の同競走優勝を果たした独ダービー馬

競走成績:2~5歳時に独仏伊米日で走り通算成績23戦10勝2着2回3着1回

誕生からデビュー前まで

独国イットリンゲン牧場の生産・所有馬で、幼少期から垢抜けた馬体と優秀なスピード能力を誇り素質を高く評価されていた。独国ハインツ・イエンチ調教師に預けられた。

競走生活(2歳時)

2歳8月にケルン競馬場で行われたマイロケットレネン(T1400m)で、主戦となるアンジェイ・テュリッヒ騎手を鞍上にデビュー。ここではドラッカーノワールという馬の短頭差2着に敗れたが、3着馬セコンディア以下には3馬身以上の差をつけており、デビュー戦としてはまずまずだった。

次走は9月にデュッセルドルフ競馬場で行われたリステッド競走ジュニオレン賞(T1600m)だった。ここでは米国産まれのナスルアラーという馬が対戦相手となった。ナスルアラーは後に独国のGⅡ競走カウフホフ大賞を勝つなかなかの実力馬だったが、単勝オッズ3.2倍の評価を受けた本馬が2着ナスルアラーに3馬身半差をつけて快勝した。

その後はケルン競馬場に戻り、10月のリステッド競走ヴァンターファヴォリット賞(T1600m)に出走。このレースは、これを含めて本馬と11回も対戦する事になる好敵手コルナドとの初顔合わせとなった。今回は単勝オッズ1.9倍の1番人気に支持された本馬が2着コルナドに1馬身3/4差をつけて快勝。2歳時は3戦2勝の成績で、独最優秀2歳馬に選ばれた。

競走生活(3歳時)

3歳時は4月にクレフェルト競馬場で行われたリステッド競走ドクトルブッシュ記念(T1700m)から始動した。ここではコルナド、ナスルアラーなどとの再戦となった。しかし結果はコルナドが勝ち、ナスルアラーが4馬身差の3着で、本馬はコルナドから7馬身1/4差をつけられた5着と完敗してしまった。敗因はおそらくこのレースが重馬場で施行されたためであり、本馬はこの後も重馬場には悩まされることになる。

次走の独2000ギニー(独GⅡ・T1600m)も生憎の重馬場となった。そして重馬場を苦にしないコルナドが2着ナスルアラーに2馬身半差をつけて快勝し、本馬はナスルアラーからさらに3馬身半差の6着と完敗してしまった。

続いて出走したウニオンレネン(独GⅠ・T2200m)では良馬場となり、本領を発揮できる状況のはずだったが、このレースで2着シュテルンケーニッヒに半馬身差で勝ったのはまたしてもコルナド。本馬はコルナドから9馬身3/4差をつけられた7着と惨敗してしまった。

大敗続きの本馬だったが、それでも独ダービー(独GⅠ・T2400m)には参戦してきた。コルナドに加えて、ウニオンレネンで2着だったシュテルンケーニッヒ、同3着だったアルターアデル、独国のGⅡ競走ヘルティー大賞やGⅢ競走シュタイゲンベルガーホテル大賞などを勝ってきたモンズーン、ヘルティー大賞で2着だったコムツール、独オークスを勝ってきたアルコナなどが出走していた。シュテルンケーニッヒが単勝オッズ4.6倍の1番人気、コルナドが単勝オッズ5.7倍の2番人気となる一方で、3戦連続で大敗していた本馬は単勝オッズ24.5倍の12番人気まで評価を落としていた。

レースではシュテルンケーニッヒが先行して、コルナドやモンズーンが馬群の中団好位につけた。一方の本馬は出走19頭中の19番手、すなわち最後方からレースを進めた。三角に入ってきた段階でも最後方だったが、残り600m地点から大外を通って徐々に進出を開始し、7番手で直線に突入してきた。そして大外一気の豪脚を繰り出し、2番手で直線に入って残り400m地点で先頭に立っていたモンズーンをゴール前で一気に捕らえると1馬身半差をつけて優勝。

晴天続きで高速馬場となっていた影響もあり、勝ちタイム2分26秒8は1936年にネレイーデが計時したレースレコード2分28秒8を57年ぶりに更新するものであり、2015年現在でも独ダービー史上2位(1位は1999年にベレヌスが計時した2分25秒81)という見事なタイムだった。2着のモンズーンは馬主こそ異なるが同じイエンチ厩舎の所属であり、2頭はこの後に切磋琢磨して独国最強馬への道を進んでいくことになる。

8月のオイロパ選手権(独GⅢ・T2400m)では、独ダービー4着後にメルクフィンク銀行賞でGⅠ競走制覇を果たしてきたコルナド、独ダービー6着だったアルターアデルに加えて、仏国の名伯楽アンドレ・ファーブル調教師が送り込んできたゴドルフィン所属のパリ大賞・ノアイユ賞の勝ち馬フォートウッド、キングエドワードⅦ世Sを勝ってきたベネフィシャル、スコティッシュクラシックを勝ってきたリヴァーノースと3頭の独国外調教馬が参戦してきて、独国のGⅢ競走としてはレベルが高い争いとなった。しかし結果は独国調教馬のワンツーフィニッシュ。コルナドが勝ち、本馬が1馬身差の2着だった。

9月のバーデン大賞(独GⅠ・T2400m)では、メルフィンク銀行賞・ミラノ大賞・独2000ギニー・オイロパ選手権・バーデン経済大賞を勝ち前年のバーデン大賞・オイロパ賞で2着していた1歳年上のプラティニ、アラルポカルで1位入線するもモンズーンの2着に降着となっていたタタソールズ金杯・ロイヤルホイップS・ティームトロフィの勝ち馬ジョージオーガスタス、EPテイラーS・プリティポリーS・ナッソー2回・リディアテシオ賞・メルセデスベンツ大賞・ゴードンリチャーズSなどを勝ち伊オークス・ビヴァリーDSで2着していたルビータイガー、プリンセスオブウェールズS・ジョッキークラブSの勝ち馬で英セントレジャー2着・前年のエクリプスS・バーデン大賞3着のサピエンス、メルセデスベンツ大賞の勝ち馬ホンドモンドなどが出走してきた。レースは3番手を先行したプラティニと、後方2番手を追走して残り800m地点で仕掛けた本馬の2頭が残り400m地点で並んで大激闘となった。そして本馬が首差で勝利した。

3歳時の成績は6戦2勝で、独ダービーとバーデン大賞という独国の2大競走を勝った事から独年度代表馬の有力候補に挙げられたが、6戦中3戦が5着以下という不安定さが嫌われたのか、アラルポカルとオイロパ賞のGⅠ競走2勝を含む8戦6勝2着2回のモンズーンにタイトルを譲ることになった。

競走生活(4歳時)

4歳時は6月のバーデン経済大賞(独GⅡ・T2200m)から始動した。宿敵コルナドに加えて、ボスフォラストロフィーの勝ち馬シュルードアイデア、本馬とは同馬主同厩のオーリアンダーレネンの勝ち馬エンバカデロ、ヘッセンポカル・アンブロシアノ賞の勝ち馬スグナス、ノイス牝馬賞の勝ち馬オストヴァール、独ダービー3着後にフュルシュテンベルクレネンを勝っていたシュテルンケーニッヒ、それにエクスビュリ賞の勝ち馬マタランの合計7頭が対戦相手となった。しかしレースは生憎の重馬場、それも本馬にとって最悪の不良馬場だった。その結果として本馬はまったく本領を発揮できず、勝ったコルナドから7馬身1/4差の7着と大敗した。

次走のハンザ賞(独GⅡ・T2200m)からは、主戦がペーター・シールゲン騎手に交代となった。宿敵コルナドの姿は無かったが、前走2着のエンバカデロ、同4着のシュテルンケーニッヒ、ゲルリング賞の勝ち馬プロテクトールなどが出走してきた。レースでは本馬とシュテルンケーニッヒが後続を10馬身近くも引き離して一騎打ちを演じた末に、シュテルンケーニッヒより2kg重い61kgを背負っていた本馬が半馬身差で勝利した。

4歳3戦目のメルクフィンク銀行賞(独GⅠ・T2400m)では、モンズーンと独ダービー以来の顔合わせとなった。他の出走馬は、プリンセスオブウェールズSで2着してきたハードウィックSの勝ち馬ボブザオ、この年のウニオンレネン2着馬デュイトール、シュテルンケーニッヒ、前走7着のエンバカデロ、前年のバーデン大賞で本馬から6馬身1/4差の3着後に米国のターフクラシックSで3着など各方面において堅実に走っていたジョージオーガスタスなどだった。ボブザオが単勝オッズ3.2倍の1番人気、モンズーンが単勝オッズ3.4倍の2番人気、本馬が単勝オッズ3.7倍の3番人気と、完全な3強対決と目されていた。ところが、ハイペースで逃げるエンバカデロを追いかけて先行して早め先頭に立って押し切ろうとしたモンズーンは2馬身1/4差の3着、馬群の中団を進んだ本馬はさらに1馬身半差の4着、中団から伸びなかったボブザオはさらに3馬身差の6着と、上位人気3頭は揃って敗退。先行したデュイトールを最後方からの豪脚一閃で差し切って勝ったのは単勝オッズ10.9倍の5番人気馬シュテルンケーニッヒだった。

次走のアラルポカル(独GⅠ・T2400m)でも、モンズーンとの対戦となった。他には、ミラノ大賞・加国際S・ドーヴィル大賞2回を勝ちクリテリウムドサンクルー・ベルリン大賞・アラルポカル・愛セントレジャー・ミラノ大賞2着・凱旋門賞3着などの実績もあった4年前の英セントレジャー馬スナージ、前年のオイロパ選手権で3着だったリヴァーノース、前走8着のエンバカデロなどが出走していた。このレースを勝ったのはリヴァーノースで、モンズーンは2馬身半差の2着、本馬はモンズーンからさらに7馬身1/4差の5着と凡走した。

続くバーデン大賞(独GⅠ・T2400m)では、モンズーンとコルナドの2大好敵手に加えて、この年の独ダービーを勝っていた本馬の半弟ラロッシュ、ガネー賞・モーリスドニュイユ賞・エドヴィル賞の勝ち馬で凱旋門賞3着のヴェールタマンドなども参戦してきて、独国頂上決戦となった。モンズーンが単勝オッズ2.4倍の1番人気、本馬とコルナドが並んで単勝オッズ5.1倍の2番人気、ラロッシュが単勝オッズ7.1倍の4番人気となった。スタートが切られると、独ダービーを逃げて3馬身差で完勝していたラロッシュが先頭に立ち、モンズーンがそれを追って先行、コルナドは中団、本馬は後方につけた。残り600m地点でスパートを開始した本馬は直線で鋭く伸び、先に先頭に立っていたモンズーンを一気にかわすと、2馬身差をつけて勝利を収め、同競走2連覇を達成した。なお、ラロッシュは7頭立ての6着(故障競走中止が1頭いたため事実上最下位)に終わった。

バーデン大賞の翌月に本馬は初めて独国を飛び出し、凱旋門賞(仏GⅠ・T2400m)に出走した。さすがに対戦相手の層の厚さは今までとは桁違いであり、キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDS・レーシングポストトロフィー・クレイヴンSの勝ち馬で英ダービー・愛ダービー2着のキングズシアター、ユジェーヌアダム賞・ニエル賞など3連勝中のカーネギー、キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDS2年連続2着・前年の凱旋門賞でも2着していた伊ダービー・ドーヴィル大賞の勝ち馬ホワイトマズル、デビューからジャンプラ賞・パリ大賞・ギシュ賞・プランスドランジュ賞など10戦無敗のミルコム、ヨークシャーオークス2回・フォワ賞の勝ち馬オンリーロワイヤル、前年の凱旋門賞では1番人気に支持された仏ダービー・リュパン賞・ニエル賞・ゴントービロン賞の勝ち馬で愛ダービー2着のエルナンド、仏ダービー・リュパン賞・コンデ賞の勝ち馬セルティックアームズ、ヴェルメイユ賞・マルセルブサック賞の勝ち馬シエラマドレ、オイロパ賞・ターフクラシック招待S・コロネーションC・サンクルー大賞・グレフュール賞・プランスドランジュ賞の勝ち馬でサンクルー大賞2着のアップルツリー、チェスターヴァーズ・ゴードンSの勝ち馬で前走英セントレジャー2着のブロードウェイフライヤー、英国際S2回・エクリプス賞・アールオブセフトンSの勝ち馬で愛2000ギニー・英チャンピオンS2着のエズード、ポモーヌ賞2回・エヴリ大賞・ミネルヴ賞の勝ち馬でヴェルメイユ賞3着のブライトムーン、サンタラリ賞・英オークス・ヴェルメイユ賞の勝ち馬でガネー賞2着のイントレピディティ、前走バーデン大賞で5着だったヴェールタマンドといった各国の実力馬が集結していた。独国最強馬とは言っても、独国の競馬レベルは英国や仏国などに比べて明らかに見劣りするという現実が当時は存在しており(本馬やモンズーンの登場以降は格差が縮小傾向にある)、マイケル・ロバーツ騎手と初コンビを組んだ本馬は単勝オッズ32倍で12番人気の低評価だった。レースでは終始中団後方を進み、直線に入るとそれなりに脚を伸ばしてきたが、勝ったカーネギーから3馬身差の8着に敗れた。

しかしレースは本馬にとって不得手な湿った馬場で行われていたから、勝ち馬との着差を考慮すると健闘したとも言えるだろう。ここで本馬に騎乗したロバーツ騎手は既に日本競馬に対する造詣が深く、翌年から毎年のように短期免許を取得して来日する事になるのだが、本馬の走りは日本の馬場向きだと感じたという。

次走は伊ジョッキークラブ大賞(伊GⅠ・T2400m)となった。イタリア大賞の勝ち馬クローズコンフリクト、イタリア大賞2着馬スワーヴターン、次走のローマ賞を勝つビッグトービン、イタリア大賞・ガリニュールS・ゴードンS・ジョンポーターSの勝ち馬ライトウィンなどが対戦相手となった。不得意な重馬場となった影響もあったのか、本馬は単勝オッズ7.5倍の評価に留まったが、このメンバーの中には今の本馬に敵う馬はいなかったようである。今まではどちらかと言えば後方からレースを進める事が多かった本馬だが、前走に続いて手綱を取ったロバーツ騎手は、本馬のペースメーカー役として速いペースで先頭を飛ばすエンバカデロを追いかけて2番手を走る積極策を選択。残り500m地点で先頭に立つとそのまま後続をどんどん引き離し、2着スワーヴターンに6馬身差をつけて圧勝した。

4歳時の成績は7戦3勝だったが、この年の独年度代表馬・独最優秀古馬・伊最優秀古馬に選出された。

競走生活(5歳時)

5歳時は前年同様にバーデン経済大賞(独GⅡ・T2200m)から始動した。対戦相手は、モンズーン、コルナド、ペースメーカー役のエンバカデロ、前年のバーデン大賞で4着だったアラティコスといった顔馴染みと、英チャンピオンハードル・ドラール賞・セレクトSを勝ってきたオールダーブルック、アルクール賞・ジョンシェール賞・パース賞の勝ち馬フリーダムクライ、ティームトロフィの勝ち馬バートベルトリッヒ、ドイツ牝馬賞の勝ち馬テオファヌだった。シールゲン騎手がモンズーンに騎乗したため、本馬には久々にテュリッヒ騎手が騎乗した。結果はフリーダムクライが勝ち、オールダーブルックが3/4馬身差2着と、独国外からの参戦馬が1・2位を占めたが、道中で最後方を進みながらも残り600m地点から猛然と追い込んだ本馬はオールダーブルックから半馬身差の3着と、重馬場の割には好走した。

次走のミラノ大賞(伊GⅠ・T2400m)には、ロバーツ騎手鞍上で出走した。前年の凱旋門賞では15着に終わっていたブロードウェイフライヤー、ジョンポーターSを勝ってきたストラテジックチョイス、伊共和国大統領賞2着馬グアドダンニバーレ、ローマ賞3着馬スクリバノなどが対戦相手だった。レースはペースメーカー役のエンバカデロが先頭を快調に飛ばし、本馬は4番手の好位を追走。残り400m地点で仕掛けると、先に先頭に立っていたブロードウェイフライヤーをかわして残り200m地点で先頭に立ち、2着ブロードウェイフライヤーに2馬身1/4差をつけて、2分24秒8のコースレコードで勝利した。

地元に戻って出走したメルクフィンク銀行賞(独GⅠ・T2400m)では、シールゲン騎手が騎乗した。モンズーンは不在だったが、コルナド、バーデン大賞惨敗後にエリントン賞を勝っていた半弟ラロッシュ、前年のハンザ賞で4着だったプロテクトール、バーデン経済大賞で4着だったアラティコス、同7着だったバートベルトリッヒ、この年の独2000ギニー馬マンゾーニ、オイロパ選手権の勝ち馬フライングドリームが対戦相手となった。目下7連敗中と1年間勝ち星から遠ざかっていたコルナドはここでは本馬の敵とはみなされておらず、本馬が単勝オッズ1.6倍の1番人気に支持された。レースは逃げたラロッシュを3番手で追走した本馬が残り300m地点で弟をかわすと、2着ラロッシュに2馬身半差、3着コルナドにはさらに3馬身差をつけて、独ダービー馬の兄弟によるワンツーフィニッシュを演出した。

その後はバーデン大賞(独GⅠ・T2400m)に出走した。対戦相手は、これが最後の顔合わせとなるコルナド、ダルマイヤー大賞を勝ってきたジャーマニー、ミラノ大賞3着後に出走したキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDSでラムタラの1馬身3/4差3着と好走していたストラテジックチョイス、ハードウィックS・プリンセスオブウェールズSを勝っていたボーシャンヒーロー、前走アラルポカルでウインドインハーヘアの2着してきたウニオンレネンの勝ち馬ルクロワなどだった。シールゲン騎手騎乗の本馬には、1879年のキンチェム、1929年のオレアンダーに次ぐ史上3頭目の同競走3連覇が懸かっており、単勝オッズ2.2倍の1番人気に支持された。ジャーマニーが単勝オッズ4.7倍の2番人気、ストラテジックチョイスが単勝オッズ4.9倍の3番人気となった。ところがレースはかなり悪い馬場状態となってしまい、馬群の中団を追走するのが精一杯だった本馬は残り600m地点から大きく失速。2番手から抜け出して5馬身差で圧勝したジャーマニーから25馬身差もつけられた7着に惨敗してしまい、同競走3連覇の夢は潰えた。コルナドが4着に入っており、対戦成績は本馬が5勝6敗と負け越してしまった。

次走は2度目の出走となる凱旋門賞(仏GⅠ・T2400m)だった。英ダービー・キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDSを勝っていたラムタラ、前年の凱旋門賞勝利後にこの年のサンクルー大賞・フォワ賞を勝っていたカーネギー、前年の英オークス・愛ダービーを勝ち英1000ギニーで2着していたバランシーン、仏オークス・ヴェルメイユ賞・レゼルヴォワ賞の勝ち馬で仏1000ギニー2着のカーリング、愛オークス・ヨークシャーオークス・プレステージS・ムシドラSの勝ち馬で英オークス3着のピュアグレイン、ドーヴィル大賞・リス賞など5戦無敗で挑んできたスウェイン、バーデン大賞9着後に愛セントレジャーを勝ってきたストラテジックチョイス、バーデン経済大賞勝利後に愛チャンピオンSで2着してきたフリーダムクライ、この年の伊ダービー・チェスターヴァーズの勝ち馬でサンクルー大賞2着のルソーなどが対戦相手となった。前年もそうだったが、独国や伊国のGⅠ競走でいくら活躍しても、英国や仏国の一線級で戦ってきた馬に比べると明らかに格下であると見なされており、本馬は単勝オッズ25倍で10番人気の低評価。しかも馬場状態は不良で、本馬にとって有利な要素は鞍上が4回目のコンビとなるロバーツ騎手であった事くらいだった。レースは単勝オッズ3.1倍の1番人気に支持されたラムタラが直線入り口で先頭に立ってそのまま1度も先頭を譲らず優勝。3/4馬身差の2着にフリーダムクライ、さらに2馬身差の3着にスウェインが入った。他の馬達の大半は直線で前から引き離される一方だったが、道中で最後方を進んだ本馬は馬場状態が悪い中を直線でよく伸び、スウェインから1馬身半差の4着(ラムタラからは4馬身1/4差)と見せ場を作った。

続いてロバーツ騎手と共に米国に遠征して、ベルモントパーク競馬場で施行されたBCターフ(米GⅠ・T12F)に出走。対戦相手は、フリーダムクライ、凱旋門賞で6着だったカーネギー、英ダービーでラムタラの2着だったタムレ、前走オークツリー招待Sを勝ってきたリス賞・ユベールドショードネイ賞の勝ち馬でエディリードH3着のノーザンスパー、本馬が8着に敗れた前年の凱旋門賞で2着した後にゴントービロン賞の2連覇を果たし前走ターフクラシック招待Sで2着してきたエルナンド、アーリントンミリオン・セクレタリアトS・ETマンハッタンS・パンアメリカンH・ピルグリムS・ブーゲンヴィリアH・ハイアリアターフCHの勝ち馬でソードダンサー招待H2着のアワッド、米国競馬名誉の殿堂博物館S・ローレンスリアライゼーションHを勝ってきたフリッチ、前走ターフクラシック招待Sを勝ってきたボーリンググリーンH・ハイアリアターフCの勝ち馬タークパサー、セルティックアームズなどだった。カーネギーとタムレのカップリングが単勝オッズ4.75倍の1番人気、ノーザンスパーが単勝オッズ4.95倍の2番人気、フリーダムクライが単勝オッズ5倍の3番人気など上位人気は割れていたが、本馬は単勝オッズ24.9倍の10番人気と蚊帳の外だった。レースではタークパサーが逃げを打ち、本馬は2~3番手を積極的に先行した。しかし三角に入るところで早くも失速してしまい、フリーダムクライを首差抑えて勝ったノーザンスパーから28馬身半差の12着と惨敗してしまった。敗因は重馬場だけでなく、レース中に負傷していたためでもあった。

ジャパンC

幸いにも怪我は軽度であり、次走はジャパンC(日GⅠ・T2400m)となった。これは、本馬の走りは日本向きだと確信していたロバーツ騎手が陣営に進言したための来日であり、日本の新聞にもその旨が掲載されて本馬の人気に一定の影響を与える事になった。

地元日本からは、朝日杯三歳S・皐月賞・東京優駿・菊花賞・有馬記念・スプリングS・阪神大賞典・共同通信杯四歳Sを勝っていた前年の中央競馬牡馬クラシック三冠馬ナリタブライアン、阪神三歳牝馬S・エリザベス女王杯・ニュージーランドトロフィー四歳S・ローズS・オールカマー・京都大賞典・クイーンC・クリスタルC・クイーンSと重賞9勝を挙げて前年の有馬記念でも2着していた現役最強牝馬ヒシアマゾン、宝塚記念2着・安田記念3着馬タイキブリザード、前年の天皇賞秋とジャパンCで3着していたロイスアンドロイス、前年のジャパンCでは鼻出血のため除外されていた目黒記念・アメリカジョッキークラブC・高松宮杯・ダイヤモンドSの勝ち馬マチカネタンホイザ、京都新聞杯・鳴尾記念・高松宮杯・小倉記念の勝ち馬で有馬記念3年連続3着のナイスネイチャの6頭。

海外からは、本馬、ブラジルでリネアヂパウラマシャド大賞・クルゼイロドスル大賞・フランシスコエドゥアルドデパウロマチャド大賞・ANPC杯クラシカとGⅠ競走4勝を挙げた後に米国に移籍してオークツリー招待S・サンルイレイS・シーザーズ国際H・シーザーズパレスターフCSHを勝ちハリウッドターフH・アーリントンミリオン・オークツリー招待Sで2着していた前年のジャパンC5着馬サンドピット、前走BCターフで5着だったエルナンド、同6着だったアワッド、スプリングチャンピオンS・ローズヒルギニー・ドゥーンベンC・コーフィールドS・マッキノンSと豪州GⅠ競走5勝のデーンウイン、ランヴェットS・ザBMWと豪州GⅠ競走2勝のストーニーベイ、凱旋門賞で5着だったピュアグレイン、同9着だったカーリングの8頭が参戦してきた(BCターフで9着だったタークパサーも出走予定だったが直前に取り消し)。

前走天皇賞秋惨敗からの復活が期待されたナリタブライアンが単勝オッズ3.7倍の1番人気、ヒシアマゾンが単勝オッズ4.3倍の2番人気、前年は1番人気だったサンドピットが単勝オッズ6.7倍の3番人気、タイキブリザードが単勝オッズ9.2倍の4番人気、アワッドが単勝オッズ10.9倍の5番人気と続き、ロバーツ騎手騎乗の本馬は単勝オッズ14.5倍の6番人気だった。

スタートが切られるとサンドピット、デーンウイン、ストーニーベイなどが先頭を伺ったが、それをかわしてタイキブリザードが先頭に立ち、サンドピットやストーニーベイが2~3番手につけた。ナリタブライアンは馬群の中団、本馬はナリタブライアンの外側で、ヒシアマゾンはいつもどおり最後方待機策を採った。三角に入るところでナリタブライアンより先に本馬が仕掛けて上がっていき、遅れてナリタブライアンも外側に持ち出してスパート。後方からはヒシアマゾンも進出を開始した。そしてタイキブリザードが先頭で、本馬が5~6番手、ナリタブライアンがその外側後方で直線に入ってきた。ナリタブライアンには伸びが無く、逃げたタイキブリザードが粘り続けたが、馬場の真ん中から突っ込んできた本馬が残り200m地点でタイキブリザードをかわして先頭を奪取。そこへ後方からエルナンド、大外からヒシアマゾンが追い込んできたが、本馬の影を踏むことは出来なかった。本馬が2着ヒシアマゾンに1馬身半差をつけて優勝。ロバーツ騎手の先見の明がもたらした見事な勝利だった。独国調教馬がジャパンCを勝ったのは現在でもこれが唯一の例である。

本馬はこの勝利を最後に、5歳時7戦3勝の成績で競走馬を引退し、2年連続の独年度代表馬・独最優秀古馬・伊最優秀古馬に選ばれた。また、獲得賞金総額は565万7829ドイツマルク(ドル換算で約307万ドル)に達し、これは欧州調教馬としては当時史上最高額であった。

血統

Acatenango Surumu Literat Birkhahn Alchimist
Bramouse
Lis Masetto
Liebeslied
Surama Reliance Tantieme
Relance
Suncourt Hyperion
Inquisition
Aggravate Aggressor Combat Big Game
Commotion
Phaetonia Nearco
Phaetusa
Raven Locks Mr. Jinks Tetratema
False Piety
Gentlemen's Relish He
Bonne Bouche
Laurea Sharpman Sharpen Up エタン Native Dancer
Mixed Marriage
Rocchetta Rockefella
Chambiges
Miss Manon ボンモー Worden
Djebel Idra
Miss Molly Molvedo
Miss Glasso
Licata Dschingis Khan Tamerlane Persian Gulf
Eastern Empress
Donna Diana Neckar
Donatella
Liberty Birkhahn Alchimist
Bramouse
Lis Masetto
Liebeslied

アカテナンゴは当馬の項を参照。

母ラウレアも本馬と同じくイットリンゲン牧場の生産・所有馬だったが、誕生したのは独国ではなく愛国だった。競走馬としては3戦未勝利に終わっているが、繁殖牝馬としては優秀な成績を残し、本馬と対戦経験もある半弟ラロッシュ(父ネボス)【独ダービー(独GⅠ)・エリントン賞(伊GⅡ)・ゲルリング賞(独GⅡ)】を産んでいる。また、本馬の半妹ローレンシア(父シャーリーハイツ)の子にはラウロ【スカイクラシックS(加GⅡ)】、ラヴアカデミー【ヴィンターケーニヒン賞(独GⅢ)】、全妹ローレラの子にはラヴリン【伊ジョッキークラブ大賞(伊GⅠ)・伊オークス(伊GⅡ)・ハンザ賞(独GⅡ)】がいる。ラウレアの母リカタは独1000ギニー(独GⅢ)の勝ち馬。ラウレアの半妹ランシア(父モンシニョール)の子にはランチアーノ【ウニオンレネン(独GⅡ)】がいる。母系は1920年代に英国から独国に導入されて発展した独国の土着血統で、本馬の父方の曽祖父である独2000ギニー馬リテラトもこの牝系出身馬(リカタの母リバティの1歳年上の全兄がリテラト)である。本馬の母系は代々頭文字が「L」で始まる馬ばかりであり、Lラインとでも呼ぶべきものである。→牝系:F7号族②

母父シャープマンはシャーペンアップの直子で、現役成績は11戦3勝。グループ競走勝ちは無いが、仏2000ギニー(仏GⅠ)でアイリッシュリヴァーの2着、リュパン賞(仏GⅠ)でトップヴィルの2着、仏ダービー(仏GⅠ)でトップヴィルの3着と好走している。

競走馬引退後

競走馬を引退した本馬は、生まれ故郷のイットリンゲン牧場で種牡馬入りした。2005年には仏国エトレアム牧場に移動して種牡馬供用され、2011年にイットリンゲン牧場に戻った。独国繋養種牡馬として史上最大級の成功を収めたと言える好敵手のモンズーンにはさすがに及ばないが、31頭以上のステークスウイナーを出すなど、まずまずの好成績を挙げている。2013年8月に疝痛の手術が行われたが、術後に立ち上がる際に脚を骨折したため23歳で安楽死の措置が執られた。

主な産駒一覧

生年

産駒名

勝ち鞍

1997

Caracciola

シザレウィッチH

1997

Paolini

伊共和国大統領賞(伊GⅠ)・ミラノ大賞(伊GⅠ)・ドバイデューティーフリー(首GⅠ)

1999

Epalo

シンガポール航空国際C(星GⅠ)・メルセデスベンツ大賞(独GⅡ)

2000

Touch of Land

メルセデスベンツ大賞(独GⅡ)・ドラール賞(仏GⅡ)2回・ジェベルハッタ(首GⅡ)・ヴィシー大賞(仏GⅢ)2回

2001

Intendant

ダルマイヤー大賞(独GⅠ)

2002

Donaldson

ドイツ賞(独GⅠ)

2002

Gonbarda

ドイツ賞(独GⅠ)・オイロパ賞(独GⅠ)・アリスC(独GⅢ)

2003

Prince Flori

バーデン大賞(独GⅠ)・メルセデスベンツ大賞(独GⅡ)・メツレル春季賞(独GⅢ)・バーデン貯蓄銀行賞(独GⅢ)・ドイツ統一賞(独GⅢ)

2005

Ostland

アウフギャロップ大賞(独GⅢ)

2006

Calvados Blues

シェーヌ賞(仏GⅢ)・ギシュ賞(仏GⅢ)

2006

Shahwardi

ハーバートパワーS(豪GⅡ)

2007

Ivory Land

ヴィコンテスヴィジェ賞(仏GⅡ)・エドヴィル賞(仏GⅢ)・グラディアトゥール賞(仏GⅢ)

2007

Scalo

オイロパ賞(独GⅠ)・ギョームドルナノ賞(仏GⅡ)・ゲルリング賞(独GⅡ)・バンクハウスメッツラー春季賞(独GⅢ)・バーヴァリアンクラシック(独GⅢ)

2007

Sir Lando

ストックホルムストラ賞(蘇GⅢ)・ワルターニールセンズミネロップ(那GⅢ)

2007

Val Mondo

独セントレジャー(独GⅢ)

2009

Prince Cheri

キングストンタウンS(豪GⅢ)

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