オリオール

和名:オリオール

英名:Aureole

1950年生

栗毛

父:ハイペリオン

母:アンジェロラ

母父:ドナテロ

極度の気性難ながら英国エリザベスⅡ世女王陛下の所有馬としてキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスSを制覇する

競走成績:2~4歳時に英で走り通算成績14戦7勝2着3回3着2回

誕生からデビュー前まで

英国ナショナルスタッドで誕生した馬で、生産者は映画「英国王のスピーチ」で知られる英国王ジョージⅥ世である。しかし本馬が2歳時の1952年2月にジョージⅥ世が56歳で死去したため、本馬はジョージⅥ世の娘である現英国エリザベスⅡ世女王陛下に相続され、セシル・ボイド・ロックフォート調教師に預けられた。本馬は気性が激しい馬だったが、ロックフォート師は、ハイペリオン産駒は調教が難しいくらい元気であるほうが優れた馬になると考えていたため、本馬の気性の激しさをむしろ歓迎していたという。

競走生活(2・3歳時)

2歳8月にヨーク競馬場で行われたエイコムS(T6F)でデビュー。スタートで騒動を起こして出遅れたものの、2着ブローリーとの着差は頭差ながら、後のパリ大賞勝ち馬ノーザンライトなどを相手に楽勝した。次走は10月のミドルパークS(T6F)となったが、スタートで致命的な出遅れを犯して、コヴェントリーS2着馬ニアルーラの6馬身差6着と大敗し、2歳時の成績は2戦1勝となった。

3歳時は英2000ギニー(T8F)から始動したが、ゴール前で鋭く追い込むも、勝ったニアルーラから7馬身以上離された5着に終わった。しかし次走のリングフィールドダービートライアルS(T12F)では、2着マウンテンキングに5馬身差で圧勝。このレースにより、英ダービーの有力候補に躍り出た。

そして迎えた英ダービー(T12F)では、デューハーストS・ニューマーケットSをいずれも圧勝してきたピンザと、本馬の同厩馬でブルーリバンドトライアルSを勝ってきたプレモニションが並んで単勝オッズ6倍の1番人気に支持され、ハリー・カー騎手が騎乗する本馬は単勝オッズ10倍の3番人気で、ニアルーラ(4番人気)よりも上位人気だった。発走前に激しく焦れ込んでいた本馬だったが、勝ったピンザから4馬身離されながらも2着を確保し、いずれも着外だったプレモニションとニアルーラには先着した。

その後はエクリプスS(T10F)に出走したが、英ダービーの後に軽い咳が出ていたため本調子ではなく、クイーンアンSを勝ってきた仏国調教の4歳馬アーガーの9馬身差3着に敗退。次走はエリザベスⅡ世陛下の両親であるジョージⅥ世とエリザベス王太后にちなんで命名されたキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS(T12F)となった。ここでは、直線で爆発的な加速を見せたピンザの後塵を再度拝して3馬身差の2着に敗れたが、後のワシントンDC国際S勝ち馬ワードン(本馬から3馬身差の3着)や、前年の凱旋門賞・コロネーションC勝ち馬ヌシオには先着した。

夏場は気性難を改善するために神経学者のカウンセリングを受けて過ごし、秋は英セントレジャー(T14F)に直行した。ピンザは英セントレジャーに向けた調教中に故障を起こして競走馬を引退していたために不在であり、本馬がパリ大賞の勝ち馬ノーザンライトや愛ダービーで1位入線しながら着外に降着となったプレモニションを抑えて単勝オッズ2.5倍の1番人気に支持された。ドンカスター競馬場にはエリザベスⅡ世陛下とウィンストン・チャーチル首相を含む25万人の大観衆が詰め掛けた。しかし本馬は例によってレース前から激しく焦れ込んでいた。そして道中では本馬を抑えようとするカー騎手に激しく抵抗し、直線で伸びを欠いて、勝ったプレモニションから6馬身差、2着ノーザンライトからは3馬身差の3着に敗れた。

その後はカンバーランドロッジS(T12F)に出走。主戦のカー騎手が減量に失敗したために、本馬には代わりにエフ・スミス騎手が騎乗した。結果は本馬が2着フィロスに1馬身半差で勝利したため、スミス騎手が新たな主戦として迎え入れられる事になった。3歳時の成績は7戦2勝だった。

競走生活(4歳時)

4歳時は4月にサンダウンパーク競馬場で行われたコロネーションS(T10F)から始動して、単勝オッズ1.8倍の1番人気に支持された。結果は前年の愛ダービーでプレモニションの降着により繰り上がって勝利馬となっていたシャミエの1馬身差2着に敗れたが、このレースは接触や進路妨害などが相次ぐ非常に波乱の内容だったらしく、本馬の敗戦は不運だったと評されている。次走のヴィクターワイルドS(T12F)は、単勝オッズ15.29倍の低評価ながらも4馬身差で快勝。続くコロネーションC(T12F)では単勝オッズ3.5倍の1番人気に応えて、2着となったグレートジュビリーH・マンチェスターCの勝ち馬チャッツワースに5馬身差(ニアルーラは3着)をつけて圧勝し、ようやく大競走を制覇した。この勝ち方にさすがのロックフォート師も喜びを隠せなかったという。次走のハードウィックS(T12F)でも単勝オッズ1.73倍の1番人気に応えて、仏国調教馬ジャニターに短頭差の辛勝ながら勝って3連勝。

そして2度目の挑戦となったキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS(T12F)では、英2000ギニー・英シャンペンS・セントジェームズパレスSの勝ち馬でエクリプスS2着・英ダービー3着のダリウス、リュパン賞の勝ち馬でロワイヤルオーク賞2着のヴァモ、伊2000ギニー・伊ダービー・イタリア大賞・ミラノ大賞などを勝っていたボッティチェリ、シャミエなどを抑えて、単勝オッズ5.5倍の1番人気に支持された。しかしスタート前にスミス騎手を振り落とすほど大暴れした(スミス騎手には怪我は無かった)本馬は、スタートで大きく出遅れてしまった(日本の資料には10馬身又は11馬身も出遅れたと書かれているものがある。しかしこのレースの結果を伝える当時の記事には“several lengths”と書かれている。“several”は概ね3~5くらいの数字を表すから、実際の出遅れは4馬身程度だったと思われる。それでも大きな出遅れには間違いない)。しかし速やかに馬群に追いつき、レース半ばには先頭に並びかけ、そのまま直線に突入して粘り込みを図るという滅茶苦茶なレースぶりながらも、2着ヴァモに3/4馬身差、3着ダリウスにはさらに2馬身差をつけて優勝。この勝利は英国競馬史上最もポピュラーな勝利であると評され、アスコット競馬場のロイヤルボックスで観戦していたエリザベスⅡ世女王陛下は、自身の両親の名を冠したレースを自身の所有馬が勝ったことに喜びを隠せず、レース後の祝勝会には報道関係者達に自らシャンペンを振る舞った。本馬はこのレースを最後に4歳時5戦4勝の成績で競走馬を引退したが、この年エリザベスⅡ世女王陛下は本馬の活躍等によって英首位馬主になっている。

馬名は「(聖人・聖像の)後光・光輪」の意味で、太陽神を意味する父ハイペリオンと天使を意味する母アンジェロラにちなんで名付けられたと思われる。

血統

Hyperion Gainsborough Bayardo Bay Ronald Hampton
Black Duchess
Galicia Galopin
Isoletta
Rosedrop St. Frusquin St. Simon
Isabel
Rosaline Trenton
Rosalys
Selene Chaucer St. Simon Galopin
St. Angela
Canterbury Pilgrim Tristan
Pilgrimage
Serenissima Minoru Cyllene
Mother Siegel
Gondolette Loved One
Dongola
Angelola Donatello Blenheim Blandford Swynford
Blanche
Malva Charles O'Malley
Wild Arum
Delleana Clarissimus Radium
Quintessence
Duccia di Buoninsegna Bridge of Earn
Dutch Mary
Feola Friar Marcus Cicero Cyllene
Gas
Prim Nun Persimmon
Nunsuch
Aloe Son-in-Law Dark Ronald
Mother in Law
Alope Gallinule
Altoviscar

ハイペリオンは当馬の項を参照。

母アンジェロラは現役成績9戦4勝、ヨークシャーオークス・ニューマーケットオークスなどの勝ち馬で、英オークスでは2着だった。初子である本馬以外に特筆できる産駒はいないが、本馬の全妹エンジェルブライトの娘スターウィットネスは日本に繁殖牝馬として輸入されて現在も牝系を維持している(ただし、それほど活躍馬は出ていない)。また、本馬の半妹ホサンナ(父ハニーウェイ)の孫にはシルベルタル【アランデュブレイユ賞・ルノーデュヴィヴィエ賞】がいる。

アンジェロラの母フェオラは現役成績13戦2勝、英1000ギニーで2着している。フェオラは母アロエや祖母アロープと同様に優秀な繁殖牝馬で、アンジェロラの半兄キングストーン(父キングサーモン)【ヨークシャーC】、半姉ハイペリキューム(父ハイペリオン)【英1000ギニー・デューハーストS】、半妹アバヴボード(父ストレートディール)【ヨークシャーオークス】を産んでいる。牝系は世界的名牝系と言っても良いほどで、アンジェロラの半姉ナイツドーター(父サーコスモ)の子には米国の歴史的名馬ラウンドテーブル【ブリーダーズフューチュリティS・ブルーグラスS・ハリウッド金杯・アメリカンダービー・ユナイテッドネーションズH2回・ホーソーン金杯H2回・マリブS・サンフェルナンドS・サンタアニタマチュリティS・サンアントニオH・サンタアニタH・ガルフストリームパークH・アーリントンH2回・サンマルコスH・マンハッタンH・スターズ&ストライプスH・ワシントンパークH】、牝系子孫には欧米統一2歳王者ヨハネスブルグ【BCジュヴェナイル(米GⅠ)・愛フェニックスS(愛GⅠ)・モルニ賞(仏GⅠ)・ミドルパークS(英GⅠ)】などが、ハイペリキュームの子にはレストレーション【キングエドワードⅦ世S】、孫にはナシュワンやディープインパクトの牝系先祖であるハイクレア【英1000ギニー(英GⅠ)・仏オークス(仏GⅠ)】、アバヴボードの子にはバスティノの母父であるドーテル【リングフィールドダービートライアルS・カンバーランドロッジS・ジョンポーターS・オーモンドS】と、ハードツービートの母父であるアバヴサスピション【セントジェームズパレスS・ゴードンS】、牝系子孫にはペブルス【英1000ギニー(英GⅠ)・エクリプスS(英GⅠ)・英チャンピオンS(英GⅠ)・BCターフ(米GⅠ)】など、とてもここには書き切れないほど世界各国の活躍馬が綺羅星の如く出ている。→牝系:F2号族②

母父ドナテロはアリシドンの項を参照。

競走馬引退後

競走馬を引退した本馬は英国サンドリンガムスタッドで種牡馬入りした。本馬が種牡馬入りする際にエリザベスⅡ世女王陛下は「(キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスSで見せた)パフォーマンスをサンドリンガムスタッドでも発揮する事を望みます」と述べたが、その期待通りに本馬は種牡馬としても成功し、1960・61年と2年連続で英愛首位種牡馬に輝いた。1975年に25歳で他界した。

後継種牡馬としてはヴィエナが最も後世に影響力を残したと言え、凱旋門賞馬ヴェイグリーノーブルを出して本馬のサイアーラインを伸ばした。また、セントクレスピン、ミラロゴ、ヴィエナ、アストラルグリーン、オーロイ、ヴァルドアーなど、本馬の産駒は数多く日本に種牡馬として輸入されている。セントクレスピンはタイテエム、エリモジョージの両天皇賞馬を出し、オーロイは天皇賞秋と有馬記念を制したカブトシローを出した(エリモジョージやカブトシローのムラ駆けは本馬譲りだろうか)が、既に日本では直系は途絶えている。また、本邦輸入種牡馬ではないが、セントパディはジャパンC優勝馬ジュピターアイランドを出している。

主な産駒一覧

生年

産駒名

勝ち鞍

1956

Saint Crespin

凱旋門賞・エクリプスS・ギシュ賞

1957

St. Paddy

英ダービー・英セントレジャー・エクリプスS・ロイヤルロッジS・ダンテS・グレートヴォルティジュールS・ハードウィックS・ジョッキークラブS

1957

Vienna

アルクール賞

1958

Aurelius

英セントレジャー・クレイヴンS・キングエドワードⅦ世S・ハードウィックS

1959

Ferneley

ロイヤルS

1959

Miralgo

ハードウィックS・タイムフォーム金杯・ウェストベリーS

1959

Silver Cloud

チェスターヴァーズ・プリンセスオブウェールズS・カンバーランドロッジS

1960

Apprentice

ヨークシャーC・グッドウッドC

1960

Aubusson

セントジェームズS

1960

Insulaire

ミネルヴ賞

1961

Sunseeker

オックスフォードシャーS

1962

Aurabella

愛オークス

1962

Provoke

英セントレジャー

1963

Black Gold

プリティポリーS

1963

Hermes

ダンテS・グレートヴォルティジュールS・ジョッキークラブC

1964

Hopeful Venture

サンクルー大賞・プリンセスオブウェールズS・ハードウィックS・オックスフォードシャーS・オーモンドS

1965

Laureate

ディーS・リングフィールドダービートライアルS

1966

Borana

プリティポリーS

1966

Laser Light

キングジョージS

1967

Orosio

シザレウィッチH

1967

Saintly Song

セントジェームズパレスS・英シャンペンS・セントジェームズS

1968

Millenium

ギシュ賞(仏GⅢ)・フォルス賞(仏GⅢ)

1969

Paysanne

ヴェルメイユ賞(仏GⅠ)・ミネルヴ賞(仏GⅢ)

1970

Authi

伊ジョッキークラブ大賞(伊GⅠ)・ヴィシー大賞(仏GⅢ)

1970

Buoy

コロネーションC(英GⅠ)・グレートヴォルティジュールS(英GⅡ)・ヨークシャーC(英GⅡ)・プリンセスオブウェールズS(英GⅢ)

1970

Kalpour

エドヴィル賞(仏GⅢ)

1971

Contraband

ジョンシェール賞(仏GⅢ)

1971

Jupiter Pluvius

チェスターヴァーズ(英GⅢ)

1973

Dir el Gobi

伊1000ギニー(伊GⅡ)

1973

Lighter

ワールドハードル

1974

Brightly

チェシャーオークス(英GⅢ)

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