ニアークティック

和名:ニアークティック

英名:Nearctic

1954年生

黒鹿

父:ネアルコ

母:レディアンジェラ

母父:ハイペリオン

加国の天才馬産家エドワード・テイラー氏が送り出した加年度代表馬は20世紀最大の種牡馬ノーザンダンサーの父となる

競走成績:2~5歳時に加米で走り通算成績47戦21勝2着5回3着3回

加国の天才馬産家エドワード・プランケット・テイラー氏

20世紀が始まったばかりの1901年1月、エドワード・プランケット・テイラー氏は加国オンタリオ州オタワにおいて誕生した。裕福な家庭の出だったテイラー氏は大学卒業後に投資仲介会社に勤務した後、祖父から受け継いだビール醸造業を発展させた。最終的に彼の会社であるカナディアン・ブルワリーズ社は、世界でも有数のビール製造会社までに成長することになる。また、第二次世界大戦においては後の加国首相クラレンス・ハウの要請を受けて、英国に対する軍事物資供給を担当。大西洋横断中に乗っていた船が独国潜水艦の魚雷を受けて撃沈されたが、九死に一生を得るという一幕もあった。大戦中の功績により世界的に名を馳せた彼は、ビール醸造業以外の各方面にも進出して活躍し、加国において最も成功した事業家となった。

一方で彼は大学在学中から競馬に興味を抱いていた。そして1950年代になって、トロント近郊のパークウッドステーブルを購入すると、オシャワにナショナルスタッド(後にウインドフィールズファームと改名)を設立し、妻のウィニフレッド夫人と共に本格的な馬産を開始した。

誕生からデビュー前まで

テイラー氏は1952年12月に英国ニューマーケットにおいて行われた繁殖牝馬のセリにおいて、レディアンジェラという名前の牝馬を3万5千ドルという高額で購入した。レディアンジェラは20世紀初頭英国の名牝プリティポリーの玄孫であり、名馬ハイペリオンを父に持つ良血馬だった。レディアンジェラは当時ネアルコの子をお腹に宿しており、テイラー氏に購入された後も英国に留まり、翌1953年に牡駒エンパイアデイを出産した。テイラー氏はレディアンジェラに再びネアルコを交配させるように要求していたため、エンパイアデイを産んだレディアンジェラは再度ネアルコと交配される事になったが、さすがのテイラー氏もこの要求がサラブレッドの生産におけるターニングポイントになろうとは思わなかった事であろう。レディアンジェラは再びネアルコの子を受胎した後に、ウインドフィールズファーム(当時はまだナショナルスタッドの名称)に移動した。そして翌年に出産した牡駒が本馬である。

成長した本馬はウインドフィールズ名義で競走馬となり、ウインドフィールズの専属調教師だったゴードン・J・マッキャン師の管理馬となった。気性面では気まぐれ、又は激しやすいと評されており、マッキャン師やウインドフィールズの経営者ハリー・グリー氏を困らせていたという。体質的には丈夫だったが、裂蹄の持病があり、現役時代を通じてそれに悩まされたという。

競走生活(2・3歳時)

2歳時に加国でデビュー。7月にウッドバイン競馬場で行われたクラレンドンS(D5F)で、同年のカップ&ソーサーSを勝つアリスプライドを2着に破ってステークス競走初勝利を挙げた。それから12日後に出走したウッドバイン競馬場でヴィクトリアS(D5.5F)では、この後にユースフルS・カウディンS・ゴーサムSを勝つことになるミスタージャイヴを2着に、アリスプライドを3着に破って勝利。

翌8月には米国に遠征して、サラトガスペシャルS(D6F)に出走。後にウッドワードS・ウィザーズS・アーリントンクラシックS・ワシントンパークH・ユナイテッドネーションズH・パームビーチSを勝利する強豪馬クレムを2着に、後にカウディンSで2着・ベルモントフューチュリティS・ガーデンSで3着するアマルーラを3着に破って勝利した。

その後は加国に戻り、9月にオールドウッドバイン競馬場で行われたカールトンS(D7F)に出走して勝利した。2歳時の成績は13戦7勝で、2着と3着は1度も無しというムラのある内容だったが、この年の加最優秀2歳牡馬に選出された。

3歳時はあまり調子が良くなく、名のあるレースの勝利は8月にフォートエリー競馬場で出走したインターナショナルターフH(T8.5F)のみだった。もっともこのレースでは、同年の加国三冠競走最終戦ブリーダーズSで2着する芝巧者スティンソンズボーイを6馬身差の2着に、加国三冠競走第2戦の加プリンスオブウェールズSを勝ったアワーサーダーを3着に破り、1分43秒4のコースレコードタイを計時して完勝している。他にも距離6.5ハロンのコースレコードを計時するなど、3歳時は13戦4勝2着2回3着1回の成績を残した。

3歳時に不振だった理由は加国三冠競走などの長距離戦を使われたため(距離が長いレースでは抑えが利かなかったと言われる)であると思われ、4歳時にマイル前後の距離に照準を絞ると大活躍した。

競走生活(4・5歳時)

4歳初戦は4月にフォートエリー競馬場で行われたボールドヴェンチャーH(D5F)となり、まずはこのレースを2着ニルダール以下に勝利。翌5月にフォートエリー競馬場で出走したヴィジャルH(D5.5F)でも2着ニルダール以下に勝利を収めた。同月にはオールドウッドバイン競馬場でスウィンフォードS(D7F)に出て、ニルダールを2着に、かつてヴィクトリアSで2着に破ったミスタージャイヴ(同年のヴォスバーグHで2着する)を3着に破って勝利。6月にウッドバイン競馬場で出走したジャックカルティエS(D6F)では、1分09秒8のコースレコードを計時して勝利した。同月にウッドバイン競馬場で出走したカナディアンマテュリティS(T9F)は微妙に距離が長かった上に、前年の加プリンスオブウェールズSを勝っていたアワーサーダーの姿もあったのだが、本馬が勢いそのままにアワーサーダーを2着に破って勝利した。

そしてシーズン5連勝で米国に向かい、デトロイト競馬場でミシガンマイルH(D8F)に出走。1分36秒2のコースレコードを計時して勝利を収めた。その後は加国に戻り、9月にオールドウッドバイン競馬場でサンダウンSに出走して勝利。その12日後には同じくオールドウッドバイン競馬場でグリーンウッドHに出走して勝利。その14日後には同じくオールドウッドバイン競馬場でオータムH(T10F)に出走したが、やはり距離が長かったか、ネッティーH(現EPテイラーS)を2連覇する事になる牝馬キティガールの2着に敗れた。しかし翌10月にウッドバイン競馬場で出走したシーウェイH(D6F)では勝利した。それから9日後ににウッドバイン競馬場で出走したキングアーヴィーS(D8.5F)では2着。さらに5日後にウッドバイン競馬場で出走したチャレンジH(D6F)でも2着と、シーズン後半は疲労が出たのかやや勢いに陰りが出た。それでも4歳時18戦9勝2着3回3着1回の好成績で、この年の加年度代表馬に輝いた。

5歳時も現役を続けたが、前年より距離が少し伸びたヴィジャルH(D6F)で2連覇を果たしたのが目立つ程度で、5戦3勝の成績に留まり、この年限りで競走馬を引退した。

血統

Nearco Pharos Phalaris Polymelus Cyllene
Maid Marian
Bromus Sainfoin
Cheery
Scapa Flow Chaucer St. Simon
Canterbury Pilgrim
Anchora Love Wisely
Eryholme
Nogara Havresac Rabelais St. Simon
Satirical
Hors Concours Ajax
Simona
Catnip Spearmint Carbine
Maid of the Mint
Sibola The Sailor Prince
Saluda
Lady Angela Hyperion Gainsborough Bayardo Bay Ronald
Galicia
Rosedrop St. Frusquin
Rosaline
Selene Chaucer St. Simon
Canterbury Pilgrim
Serenissima Minoru
Gondolette
Sister Sarah Abbots Trace Tracery Rock Sand
Topiary
Abbots Anne Right-Away
Sister Lumley
Sarita Swynford John o'Gaunt
Canterbury Pilgrim
Molly Desmond Desmond
Pretty Polly

ネアルコは当馬の項を参照。

母レディアンジェラは、プリティポリーの娘であるチェヴァリーパークSの勝ち馬モリーデスモンドの曾孫である。現役時代は11戦して1勝だったが、その血統の良さから繁殖牝馬として期待されていた。本馬の全兄である前出のエンパイアデイを産む以前には4頭の子を産んでいたが、いずれも活躍できなかった。しかし加国輸入以後は活躍馬を続出させた。エンパイアデイは36戦3勝、バイソンシティSで3着した。本馬の半妹プリンセスアンジェラ(父ブルページ)は31戦3勝、メイプルリーフSで2着、ナッソーS・ダッチェスSで3着した。本馬の半妹ミスアンジェラ(父トゥルヌワ)は28戦3勝、ウッドバインオークスで3着した。本馬の半妹カウンテスアンジェラ(父ブルページ)は16戦3勝、プリンセスエリザベスSで2着した。半弟チョパリオン(父チョップチョップ)は、コロネーションフューチュリティSを勝ち、クイーンズプレート・加プリンスオブウェールズSで2着、ブリーダーズSで3着するなど26戦5勝の成績を挙げた。本馬の半弟ブリテンズアリー(父エスパリエ)はステークス競走では活躍できなかったが頑健に走り、162戦15勝の成績を残した。本馬の半妹レディヴィクトリア(父ヴィクトリアパーク)はメイプルリーフS・プリンセスエリザベスS・タトリングHに勝つなど20戦4勝の成績を挙げた。カウンテスアンジェラの子にはタイトルドヒーロー【クイーンズプレート】が、レディヴィクトリアの子には日本の大種牡馬ノーザンテースト【フォレ賞(仏GⅠ)・エクリプス賞(仏GⅢ)・トーマブリョン賞(仏GⅢ)】がいる。加国競馬では、競走成績が良くなくても繁殖成績が優秀であれば殿堂入りできるのだが、レディアンジェラもその1頭であり、2010年に殿堂入りしている。

レディアンジェラの母シスターサラも卓越した繁殖牝馬であり、その子孫には活躍馬が大勢いる。レディアンジェラの半姉にはレディシビル(父ネアルコ)【チェヴァリーパークS】、半兄にはブラックピーター(父ブルーピーター)【ジョッキークラブS】、半弟にはウェルシュアボット(父アバーナント)【チャレンジS】がいる。

レディアンジェラの半姉カーリッサ(父カーリアン)の子にはザウェブ【愛フェニックスS】、孫にはセントパディ【英ダービー・英セントレジャー・エクリプスS】、曾孫にはオーレフォル【マリブS】、ハシント【サンフェリペS】、フェリシオ【サンクルー大賞】、玄孫世代以降には、フライングウォーター【英1000ギニー(英GⅠ)・ジャックルマロワ賞(仏GⅠ)・英チャンピオンS(英GⅠ)】、クトゥブ【ダルマイヤー大賞(独GⅠ)・オイロパ賞(独GⅠ)・伊ジョッキークラブ大賞(伊GⅠ)】、ボーダレスコット【ナンソープS(英GⅠ)2回】、 日本で走ったフェートノーザン【帝王賞】、ノーザンレインボー【中山大障害春】、アドラーブル【優駿牝馬(GⅠ)】、マイネルラヴ【スプリンターズS(GⅠ)】などがいる。レディアンジェラの半姉アラゴン(父ウインザーラッド)の牝系子孫には、シーズシンセーショナル【ザビールクラシック(新GⅠ)・新国際S(新GⅠ)・オークランドC(新GⅠ)・スプリングクラシック(新GⅠ)】がいる。

レディシビルの孫にはルーシーロウイ【コロネーションS・ナッソーS・サンチャリオットS】、牝系子孫には、フルート【ケンタッキーオークス(米GⅠ)・アラバマS(米GⅠ)】、ブライアンボル【レーシングポストトロフィー(英GⅠ)・英セントレジャー(英GⅠ)】、ワークフォース【英ダービー(英GⅠ)・凱旋門賞(仏GⅠ)】、クオリファイ【英オークス(英GⅠ)】、日本で走ったコトノアサブキ【道営記念2回】などがいる。

レディアンジェラの半姉シビルズシスター(父ネアルコ)の子にはシビルズニース【クイーンメアリーS】、孫にはグレートネフュー【ムーランドロンシャン賞】、玄孫世代以降には、ゴージャス【アッシュランドS(米GⅠ)・ハリウッドオークス(米GⅠ)・ヴァニティ招待H(米GⅠ)】、リーガルケース【英チャンピオンS(英GⅠ)・ローマ賞(伊GⅠ)】、ゴールデンアトラクション 【スピナウェイS(米GⅠ)・メイトロンS(米GⅠ)・フリゼットS(米GⅠ)】、スウェイン【キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS(英GⅠ)2回・コロネーションC(英GⅠ)・愛チャンピオンS(愛GⅠ)】、ファンタスティックライト【BCターフ(米GⅠ)・マンノウォーS(米GⅠ)・香港C(香GⅠ)・タタソールズ金杯(愛GⅠ)・プリンスオブウェールズS(英GⅠ)・愛チャンピオンS(愛GⅠ)】、フラッシング【テストS(米GⅠ)・ガゼルS(米GⅠ)】、タービュレントディセント【ハリウッドスターレットS(米GⅠ)・サンタアニタオークス(米GⅠ)・テストS(米GⅠ)・バレリーナS(米GⅠ)】、アルファ【トラヴァーズS(米GⅠ)・ウッドワードS(米GⅠ)】、ダンエクセル【チャンピオンズマイル(香GⅠ)・シンガポール航空国際C(星GⅠ)2回】などがいる。

レディアンジェラの半妹ヘルズフュリー(父ダンテ)の孫には、トゥアゴリムー【英2000ギニー(英GⅠ)・セントジェームズパレスS(英GⅡ)・クリスタルマイル(英GⅡ)・クイーンエリザベスⅡ世S(英GⅡ)】がいる。

レディアンジェラの半妹ザヴェイル(父ニンバス)の子にはロードデヴィッド【ラビングハウスS(英GⅢ)】、孫にはマサリカ【仏1000ギニー(仏GⅠ)・ロベールパパン賞(仏GⅠ)】、玄孫世代以降には、パークアピール【モイグレアスタッドS(愛GⅠ)・チェヴァリーパークS(英GⅠ)】、シャダイード【英1000ギニー(英GⅠ)・マルセルブサック賞(仏GⅠ)】、ケープクロス【ロッキンジS(英GⅠ)】、ディクタット【モーリスドギース賞(仏GⅠ)・スプリントC(英GⅠ)】、ルシアンリズム 【英1000ギニー(英GⅠ)・コロネーションS(英GⅠ)・ナッソーS(英GⅠ)・ロッキンジS(英GⅠ)】、ダンク【BCフィリー&メアターフ(米GⅠ)・ビヴァリーDS(米GⅠ)】などがいる。→牝系:F14号族①

母父ハイペリオンは当馬の項を参照。なお、父ネアルコ×母父ハイペリオンの配合からは活躍馬が殆ど出ておらず、ネガティヴニックスの代表例として知られており、本馬はその唯一と言ってもよい例外とされるという説を見かけたことがある。この組み合わせで活躍馬が出なかった理由は、ガロピンセントサイモンチョーサーの過剰なラインブリードが良くなかったからであるらしい。しかし本当にこの組み合わせは相性が悪かったのだろうかという疑問を抱いた筆者は、簡単な調査を試みてみた。まずは父ネアルコ×母父ハイペリオンの配合で誕生した馬を一通り調べてみると、本馬を含めて45頭を見つける事が出来た。その中でステークスウイナーとなったのは本馬や愛オークス馬ヌーリーなど6頭で、ステークスウイナー率は13.3%だった。今度はハイペリオン以外の馬を父に持つ母馬から誕生したネアルコ産駒を一通り調べてみると、407頭を見つけることが出来た。その中でステークスウイナーとなったのは41頭で、ステークスウイナー率は10.1%だった。これらの調査は名前が付いた産駒のみで、命名前に他界した馬や死産までは調べきれていないから、いずれもステークスウイナー率は本来より高い数字が出ているはずだが、2つの調査が同条件である以上いずれかに有利不利に働いていることは無いはずである。上記数値を見れば分かるどおり、父ネアルコ×母父ハイペリオンの組み合わせの方が、それ以外の組み合わせよりも、ステークスウイナー率が高いという結果が出た。交配された繁殖牝馬の質や、勝ったステークス競走の質(当該競走をステークス競走とみなすかどうかも筆者は自信を持って判断できない場合がある)を無視した調査なので、瑕疵が無い調査というわけではないが、少なくとも父ネアルコ×母父ハイペリオンの組み合わせがネガティヴニックスなどではない事だけは立証できたことと思う。

競走馬引退後

競走馬を引退した本馬はウインドフィールズファームで種牡馬入りした。後の1967年に105万ドルの種牡馬シンジケートが組まれて、ケルソの生産・所有者として知られるリチャード・アルーレ・デュポン夫人が所有していた米国メリーランド州ウッドストックファームに移動している。本馬は43頭のステークスウイナーを出して種牡馬としては現役時代以上の成功を収めた。その中でも最大の功績と言えば、初年度産駒からケンタッキーダービー・プリークネスSの勝ち馬ノーザンダンサーを送り出したことに尽きるだろう。ノーザンダンサーが種牡馬として20世紀世界最大級の大成功を収めたことにより、本馬の血もまた世界中に広がることになったのである。本馬の死の一報を耳にした、後に加国競馬の殿堂入りを果たすルー・カヴァラリス・ジュニア調教師は「彼は私達の注意を世界地図に向けさせた馬でした」と語った。ノーザンダンサーのほかにはアイスカペイドノノアルコが後継種牡馬として成功している。1973年7月に慢性リンパ節炎のために19歳で安楽死の措置が執られ、ウッドストックファームに埋葬された。1977年に加国競馬の殿堂入りを果たした。

主な産駒一覧

生年

産駒名

勝ち鞍

1961

Arctic Hills

加ブリーダーズS

1961

Northern Dancer

ケンタッキーダービー・プリークネスS・クイーンズプレート・レムセンS・フロリダダービー・フラミンゴS・ブルーグラスS

1962

Northern Queen

加オークス・ネッティーH

1963

Bye and Near

ドミニオンデイH2回

1963

Ice Water

ネッティーH

1963

Northern Minx

加オークス

1964

Battling

加プリンスオブウェールズS

1965

Rouletabille

加プリンスオブウェールズS

1967

Cold Comfort

メイトロンS・バーバラフリッチーH・ギャロレットH・ヘンプステッドH

1967

Mary of Scotland

加ブリーダーズS・ネッティーH

1969

Explodent

スウィフトS・ベイショアS

1969

Icecapade

ウイリアムデュポンジュニアH(米GⅡ)・ケルソH・サラナクS・スタイヴァサントH・ナッソーカウンティH(米GⅢ)

1969

North Sea

ウエストチェスターH(米GⅡ)・ポーモノクH(米GⅢ)

1971

Nonoalco

英2000ギニー(英GⅠ)・モルニ賞(仏GⅠ)・サラマンドル賞(仏GⅠ)・ジャックルマロワ賞(仏GⅠ)・ロンポワン賞(仏GⅢ)

1974

Freeze the Secret

ネルグウィンS(英GⅢ)

1974

Nordic Prince

ウィルロジャーズH(米GⅡ)

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