リドパレス

和名:リドパレス

英名:Lido Palace

1997年生

栗毛

父:リッチマンズゴールド

母:ソナダ

母父:クイックディシジョン

史上6頭目のウッドワードS2連覇を果たすなど米国一線級で活躍したチリのダート三冠馬だが、ジャパンCダートではクロフネの引き立て役となってしまう

競走成績:2~5歳時に智首米日で走り通算成績23戦11勝2着7回3着2回

誕生からデビュー前まで

南米のチリにあるフィグロン牧場の生産馬で、馬主団体アメルマン・レーシングの所有馬として、チリのアルフレッド・バッグ調教師に預けられた。

競走生活(智国時代)

南米産馬にとっての2歳時である1999/2000シーズンの2月にイポドロモチリ競馬場で行われたダート1200mの未勝利戦でデビューして、1馬身1/4差で勝利した。翌3月にはセレクシオンデポトリヨス賞(智GⅢ・D1200m)に出走して、2着スペンサーに1馬身1/4差で勝利。さらに翌4月にはラウルスポエレルカルモナイウルルティ賞(D1400m)に出走したが、ここでは好敵手となるパリテキサスの3馬身差2着に敗退。さらに翌5月に出たイポドロモチリ競馬場ダート1400mのユンベル競走(一般競走)では、パリテキサスの9馬身差4着に敗れた。翌6月に出走したヴィクトールマテティックフェルナンデス賞(智GⅢ・D1500m)でも、パリテキサスの3/4馬身差2着に終わり、パリテキサスの前に3連敗。

しかし2歳シーズン最後のレースとなったタンテオデポトリリョス賞(智GⅠ・D1500m)では2着ミリャロンコに2馬身半差で快勝し、GⅠ競走勝ち馬となった。2歳時の成績は6戦3勝で、チリ最優秀2歳牡馬に選出された。

3歳時の2000/01シーズンは9月のクラシコドスミルギネアス(智2000ギニー:智GⅠ・D1600m)から始動して、2着プアンギーノに2馬身差で勝利した。

同月末の智グランクリテリウム(智GⅠ・D1900m)では、宿敵パリテキサスを半馬身差の2着に破って勝利した。

その後は11月末のエルエンサヨ賞(智GⅠ・T2400m)に向かった。このレースは別名チリダービーと呼ばれており、2月に行われるエルダービーと共にチリのダービーに相当する競走である。エルダービーもそうだが、このエルエンサヨ賞も芝競走だった。今までダート競走しか走ってこなかった本馬にはやや不利であり、既にポージャデポトリジョス賞・ナシオナルリカルドリヨン賞と芝のGⅠ競走を2勝していたペナマコールという馬に敵わず、2馬身差をつけられて2着に敗れた。

しかし3週間後の智セントレジャー(智GⅠ・D2200m)はダート競走であり、今度はペナマコールを半馬身差の2着に破って借りを返した。クラシコドスミルギネアス・智グランクリテリウム・智セントレジャーの3競走を総称して“Chilean Dirt Triple Crown(チリのダート三冠競走)”と呼ぶらしいが、この3競走を全て制してチリのダート三冠馬になったのは本馬が史上初めてであり、三冠達成のボーナスとして約40万米ドルが陣営に支給された(チリでは3つの競馬団体が個別に競馬を主催しているが、この3競走は全てチリ競馬協会という団体が主催するものである)。なお、一般的にチリの三冠競走と言った場合には、エルエンサヨ賞・智セントレジャー・エルダービーの3競走を指すが、この3つは全て施行団体が異なっており、3競走全てに出走する馬自体が稀であるらしい。

本馬も年明け2月のエルダービーには出走せず(2歳時のタンテオデポトリリョス賞で本馬が2着に破ったミリャロンコが勝っている)、その代わりに向かったのはチリから遠く離れたドバイで3月に施行されるUAEダービー(首GⅡ・D1800m)だった。対戦相手は、前走UAE2000ギニーを勝ってきた前年のBCジュヴェナイル3着馬ストリートクライ、ロイヤルロッジSの勝ち馬アトランティスプリンス、亜国のGⅠ競走ナシオナル大賞の勝ち馬タパティオ、伯国のGⅠ競走パラナ大賞の勝ち馬ミスタープレゼントファー、ホーリスヒルS2着馬プライズマン、3連勝で臨んできた地元ドバイのエクスプレスツアーなどだった。英国ブックメーカーのオッズではストリートクライが単勝オッズ2.5倍の1番人気で、3頭いた南米GⅠ競走勝ち馬の中で実績最上位の本馬が単勝オッズ3.5倍の2番人気となった。しかしレースでは5番手で直線を向くも、逃げたエクスプレスツアーと直線で追い上げたストリートクライの大接戦から置き去りにされてしまい、勝ったエクスプレスツアーから6馬身差の3着に敗れた。

それでもチリ国外で戦っていける目処が立ったためか、所有者のアメルマン・レーシングは本馬をそのまま米国ロバート・J・フランケル厩舎に転厩させ、本馬はこれ以降に米国を主戦場とする事になった。

競走生活(米国移籍後:2001年)

移籍初戦は5月のホーソーン金杯(米GⅡ・D10F)となった。サンアントニオH・名誉の殿堂BCHの勝ち馬ガイデッドツアー、スーパーダービー・ジムダンディSの勝ち馬でパシフィッククラシックS3着のエクトンパーク、ナショナルジョッキークラブHを勝ってきたシカゴシックスなどが出走してきた。斤量差も116ポンドのトップハンデだったガイデッドツアー、シカゴシックスと比べて本馬は114ポンドと大差はなく、まずはチリ最強馬のお手並み拝見といったところだった。人気は非常に割れており、ガイデッドツアーが単勝オッズ3.3倍の1番人気、エクトンパークが単勝オッズ3.4倍の2番人気、デヴィッド・フローレス騎手騎乗の本馬が単勝オッズ4.4倍の3番人気、シカゴシックスが単勝オッズ5.1倍の4番人気だった。スタートが切られると112ポンドの最軽量だった単勝オッズ12.8倍の5番人気馬ダックホーンが先頭に立ち、エクトンパークやガイデッドツアーが2~3番手を追走。本馬は馬群の中団につけた。ダックホーンは道中で後続を5馬身以上引き離す大逃げを打ち、それを追いかけたエクトンパークやガイデッドツアーは先に失速。代わりに本馬が2番手に上がってきた。しかし逃げたダックホーンはゴールまで持ちこたえて勝利し、本馬は1馬身1/4差の2着に敗れた。それでも3着ガイデッドツアーには7馬身半差をつけていたから、移籍初戦としては合格点の内容だった。

次走は7月1日のサバーバンH(米GⅡ・D10F)となったが、ちょうどこの日は南米産馬の馬齢が加算される日であり、この日を持って本馬は4歳馬になった。3歳時の成績は6戦3勝(チリでは4戦3勝)であり、2000/01シーズンのチリ年度代表馬及びチリ最優秀3歳牡馬に選出されることになる。

さて、このサバーバンHの対戦相手は、ジョッキークラブ金杯・ドワイヤーS・ブルックリンHの勝ち馬でトラヴァーズS・ドンH・ブルックリンH2着のアルバートザグレート、ピムリコスペシャルH・ニューオーリンズH・マサチューセッツHなど5連勝中のインクルード、前年のトラヴァーズS・レキシントンSの勝ち馬でベルモントS3着のアンシェイデッド、前々走オークローンHでGⅠ競走を勝っていたトラディショナリーといった面々であり、前走ホーソーン金杯よりレベルは確実に上昇していた。123ポンドのアルバートザグレートが単勝オッズ2倍の1番人気、122ポンドのインクルードが単勝オッズ3.55倍の2番人気、115ポンドの本馬が単勝オッズ5.1倍の3番人気、117ポンドのアンシェイデッドが単勝オッズ11.8倍の4番人気となった。

レースはアルバートザグレートが逃げて、本馬が3番手の好位、インクルードが5番手を進む展開となった。そして四角で本馬とインクルードが同時にアルバートザグレートに詰め寄ろうとしたが、ここからアルバートザグレートが二の脚を使って伸び、そのまま逃げ切って勝利。本馬はインクルードとの2着争いを頭差で制したが、アルバートザグレートから2馬身1/4差を付けられて敗れた。アルバートザグレートやインクルードとの斤量差を考慮すると、まだこの2頭の実力には達していない雰囲気だった。

次走のホイットニーH(米GⅠ・D9F)では、フローレス騎手に代わって、UAEダービーで本馬に騎乗経験があったジェリー・ベイリー騎手とコンビを組んだ。対戦相手は、アルバートザグレート、メドウランズCH・サラトガBCHの勝ち馬でピムリコスペシャルH・ガルフストリームパークH2着のプレザントブリーズ、前走6着のアンシェイデッドなどだった。アルバートザグレートが124ポンドの斤量でも単勝オッズ1.8倍の1番人気に支持され、115ポンドの本馬が単勝オッズ3.95倍の2番人気、114ポンドのプレザントブリーズが単勝オッズ6.1倍の3番人気、115ポンドのアンシェイデッドが単勝オッズ9.4倍の4番人気となった。

スタートが切られると、単勝オッズ30.75倍の6番人気馬エリートメルセデスが先頭を奪い、アルバートザグレートは無理に逃げずに3~4番手の好位を追走。そしてその直後に本馬がつけていた。三角でアルバートザグレートが上がっていくと本馬もそれを追って上がっていき、直線入り口では2頭が先頭で並んだ。9ポンドのハンデを貰った馬が後方から並びかけたわけであるから負けるわけにはいかず、直線で徐々に前に出た本馬が、2着アルバートザグレートに2馬身差をつけて勝利した。

次走はウッドワードS(米GⅠ・D9F)となった。対戦相手は僅か4頭だったが、3戦連続の顔合わせとなるアルバートザグレート、BCクラシック・サンタアニタH・スーパーダービー・グッドウッドBCH・サンフェルナンドBCS・アファームドHを勝ちスワップスS・パシフィッククラシックSで2着していた前年のエクリプス賞年度代表馬ティズナウ、この年のプリークネスS・ゴーサムSの勝ち馬レッドビュレットの3頭がその中に含まれており、しかも過去3戦と異なり定量戦で全馬同斤量だったため、前走でハンデを活かして勝った本馬にとって厳しい戦いが予想された。アルバートザグレートが単勝オッズ2.3倍の1番人気、サンタアニタH以来久々のレースとなるティズナウが単勝オッズ3.4倍の2番人気、本馬が単勝オッズ3.9倍の3番人気、レッドビュレットが単勝オッズ5.9倍の4番人気だった。

今回はアルバートザグレートが好スタートから先頭を奪い、ティズナウが内側からそれに並ぶように2番手、本馬も前2頭に積極的に絡んで3番手につけた。そのままアルバートザグレートが先頭を維持した状態で直線へと入ってきた。先頭を死守するアルバートザグレートは内側のティズナウではなく外側の本馬を相手と見定めて馬体を併せてきた。しかし同時に本馬がアルバートザグレートを並ぶ間もなく抜き去り、2着アルバートザグレートに1馬身差、3着ティズナウにはさらに半馬身差をつけて勝利。同斤量でこの2頭を負かしたため、本馬も米国競馬におけるトップホースの1頭としての地位を確立するに至った。

ジャパンCダート

常識的には次の目標は、ウッドワードSの4週間後に同じベルモントパーク競馬場で行われるジョッキークラブ金杯か、さらにその3週間後にベルモントパーク競馬場で行われるBCクラシックのいずれかになるはずだった。しかし本馬はそのいずれにも出走しなかった。まず、ウッドワードSの僅か3日後に米国同時多発テロが勃発してニューヨークが大混乱に陥った。そしてその混乱が冷めやらぬ中で本馬は熱発したために、ジョッキークラブ金杯は回避となった。その後のBCクラシックも、南米出身でブリーダーズカップ登録が無い本馬が出るためには80万ドル(当時の為替レートで約8700万円)という超高額の追加登録料を支払う必要があったために回避。そこで本馬陣営が目を向けたのが、日本の東京競馬場で11月下旬に行われるジャパンCダート(日GⅠ・D2100m)だったのである。本馬を管理していたフランケル師は、前年にもベルエアHの勝ち馬ユーカーをこの競走に送り込んでいたのだった。

この年に創設2年目を迎えたジャパンCダートは、前年にこれといった有力海外馬の参戦が無く、本馬が同競走に出走した最初の大物海外馬となった。日本からは、前走の武蔵野Sで1分33秒3という日本レコードを樹立して9馬身差で圧勝してきたNHKマイルC・毎日杯の勝ち馬クロフネ、前年のフェブラリーSとジャパンCダートを筆頭にスーパーダートダービー・ブリーダーズゴールドC2回・名古屋優駿・グランシャリオC・ユニコーンSを勝ちダービーグランプリ・マイルCS南部杯・フェブラリーSで2着して2回に渡り中央競馬最優秀ダート馬に選出されていたウイングアロー、マーキュリーC・白山大賞典など3連勝してきたミラクルオペラ、この年のフェブラリーS・根岸Sを勝ちマイルCS南部杯で3着していたノボトゥルー、ダービーグランプリ・川崎記念・JBCクラシックとGⅠ競走3勝を挙げて東京大賞典でも2着していたレギュラーメンバー、ダイオライト記念の勝ち馬で帝王賞2着のリージェントブラフ、東海Sの勝ち馬で前走JBCクラシック3着のハギノハイグレイド、関東オークス・クイーン賞・マリーンC・スパーキングレディーCとGⅢ競走で4勝を挙げていた牝馬プリエミネンス、兵庫チャンピオンシップ・佐賀記念を勝っていた公営笠松競馬所属の前年のNARグランプリサラブレッド系四歳最優秀馬ミツアキサイレンス、エンプレス杯の勝ち馬オンワードセイント、一昨年の東京大賞典の勝ち馬ワールドクリークの計11頭が出走。海外からは、本馬、前走ジョッキークラブ金杯で2着してきたターフウェイパークフォールCSS・ゴードンリチャーズSの勝ち馬ジェネラスロッシ、ユジェーヌアダム賞の勝ち馬でジャンプラ賞2着のキングオブタラ、パシフィッククラシックS3着馬ディグフォーイット、ハンザ賞の勝ち馬アエスクラップの5頭が出走していた。前走の凄まじい勝ち方が評価されたクロフネが単勝オッズ1.7倍の1番人気、本馬が単勝オッズ3.5倍の2番人気、ウイングアローが単勝オッズ6倍の3番人気、ミラクルオペラが単勝オッズ14.7倍の4番人気、ノボトゥルーが単勝オッズ25.6倍の5番人気で、上位人気3頭による争いになると目されていた。

スタートが切られると、ディグフォーイットとジェネラスロッシの海外馬2頭が先頭を飛ばし、逃げ馬のレギュラーメンバーは逃げられずに3~4番手を追走。本馬は最初のコーナーで窮屈なところに入ってしまい、外側に持ち出して馬群の好位まで上がっていった。そして出遅れたクロフネとウイングアローはいずれも馬群の後方につけた。レースが動いたのは向こう正面に入ったところであり、後方にいたクロフネが上がってきて、先行集団を見るように走っていた本馬の直後までやって来た。そして三角に入るとクロフネが本馬を置き去りにして一気に先頭に立った。本馬もそれを追いかけてスパートしたが、逆に差を広げられていった。後続との差を広げながら直線を向いたクロフネは直線でも後続馬をどんどん引き離し、逆に本馬は馬群の中でもがいていた。最後は2分05秒9という超非常識な日本レコードを計時したクロフネが2着ウイングアローに7馬身差をつけて圧勝し、本馬はウイングアローから6馬身半差の8着と完敗した。

管理するフランケル師は熱発による調整不足を敗因として挙げたが、騎乗したベイリー騎手は「ペースが少し速かったようですが、心配されていたダートの質の違いはあまり関係ありませんでした。最初のコーナーでの不利も関係ありません。とにかく勝った馬が強かったのです。13馬身くらい離されたのだから、何も言い訳はできませんよ」と脱帽した。このレースをリアルタイムで観戦していた筆者は、クロフネが本馬を圧倒したのを見て、来年のドバイワールドCはクロフネで決まりと思ったのだったが、クロフネが屈腱炎のためそのまま引退してしまったのは周知のとおりである。

2001年はこれが本馬最後のレースで、この年の成績は6戦2勝だった。

競走生活(2002年)

翌2002年は、2月に米国西海岸のサンタアニタパーク競馬場で行われたサンアントニオH(米GⅡ・D9F)から始動した。対戦相手は、一昨年のジャパンCダートに参戦してウイングアローの8着に敗戦するも前年にオールアメリカンH・コーンハスカーBCHとグレード競走2勝を上乗せしていた同厩馬ユーカー、ブラジルのGⅠ競走ブラジル共和国大統領大賞を勝った後に米国に移籍してエディリードH・サンフランシスコBCマイルHを勝ちアーリントンミリオンで3着していたリダットーレ、メドウランズCHの勝ち馬でジョッキークラブ金杯2着・ウッドワードS・ドンH・ホイットニーH3着のガンダー、ブラジルでサンパウロ大賞・ブラジル大賞とGⅠ競走を2勝した後に米国に移籍してきてこれが2戦目のストレートフラッシュといった面々だった。本馬が121ポンドのトップハンデながらも単勝オッズ1.8倍の1番人気に支持され、119ポンドのユーカーが単勝オッズ3.6倍の2番人気、116ポンドのガンダーが単勝オッズ10.4倍の3番人気、116ポンドのリダットーレが単勝オッズ12.7倍の4番人気となった。ジャパンCダートでいずれも8着に終わった2頭が人気を分け合った事から、米国の競馬ファンは日本のレース結果など気にしていない(又は知らない)事が読み取れる。レースはユーカーが逃げて、本馬は馬群の中団を追走した。しかし最後まで反応が悪かった本馬は、逃げるユーカーを半馬身かわして勝ったリダットーレから3馬身差の4着に敗れた。

立て直しのためにその後はしばらく間隔を空け、次走は7月のサバーバンH(米GⅡ・D10F)となった。主な対戦相手は、一昨年のBCジュヴェナイル・グレイBCSを制してエクリプス賞最優秀2歳牡馬に選ばれた後はペンシルヴァニアダービー勝ちがある程度だったが前走マサチューセッツHを勝って復活したマッチョウノ、ドワイヤーSの勝ち馬でトラヴァーズS・スーパーダービー2着のイードバイ、ディスカヴァリーH・クイーンズカウンティH・アケダクトHの勝ち馬で前走マサチューセッツH2着のイヴニングアタイアなどだった。119ポンドのマッチョウノが単勝オッズ2.1倍の1番人気、同じく119ポンドの本馬が単勝オッズ3.65倍の2番人気、116ポンドのイードバイが単勝オッズ5.9倍の3番人気、114ポンドのイヴニングアタイアが単勝オッズ6.7倍の4番人気となった。

まず先手を奪ったのはイードバイで、それにプレザントブリーズが競り掛けていき、本馬は3番手につけた。しかしイードバイとプレザントブリーズの競り合いは見た目以上に遅いペースであり、プレザントブリーズが失速した後もイードバイには十分な余力があった。本馬は三角で仕掛けてイードバイに詰め寄ろうとしたが、イードバイも同時に加速して本馬に抜かさせなかった。結局はイードバイが逃げ切ってしまい、本馬は3/4馬身差の2着に敗れた。

次走はホイットニーH(米GⅠ・D9F)となった。前走で本馬から1馬身差3着だったマッチョウノに加えて、前年のUAEダービー以来の顔合わせとなるこの年のドバイワールドC・スティーヴンフォスターH・マクトゥームチャレンジR3の勝ち馬ストリートクライ、ヴォスバーグS・シガーマイルH・トムフールH・ディスカヴァリーH・ボールドルーラーHの勝ち馬でこの年のエクリプス賞最優秀古馬に選ばれるレフトバンク、前年のホイットニーHで本馬の6着に敗れた後は1戦しかしていなかったアンシェイデッドなどが対戦相手となった。ベイリー騎手がストリートクライに騎乗したため、本馬にはホルヘ・シャヴェス騎手が騎乗した。123ポンドのストリートクライが単勝オッズ2倍の1番人気、118ポンドのレフトバンクが単勝オッズ4.6倍の2番人気、119ポンドの本馬が単勝オッズ4.8倍の3番人気、118ポンドのマッチョウノが単勝オッズ5.6倍の4番人気となった。

スタートが切られると単勝オッズ37.25倍の最低人気馬セイントヴェールが単騎逃げに持ち込み、レフトバンクが2~3馬身ほど離れた2番手、さらに6~7馬身ほど離された3~4番手が本馬とストリートクライだった。短距離路線で活躍していたレフトバンクの快速は距離が伸びたここでも健在であり、セイントヴェールが失速して単独先頭に立った後も脚を維持していた。そこへ三角から四角にかけて本馬とストリートクライが一緒になってレフトバンクとの差を詰めにかかった。そして直線でも2頭揃ってレフトバンクを追撃。しかし結局レフトバンクが押し切って勝ち、2着争いに鼻差で敗れた本馬は、レフトバンクから1馬身1/4差の3着に終わった。

そのままシャヴェス騎手を主戦に迎えた本馬の次走はウッドワードS(米GⅠ・D9F)となった。対戦相手は、前年のUAEダービーで本馬やストリートクライを破って勝った後にジェロームHを勝っていたエクスプレスツアー、フィリップHアイズリンH・ウエストチェスターH・エクセルシオールBCHの勝ち馬キャッツアットホーム、この年のサンアントニオHで7着に終わった後に4戦して勝ったのは一般競走1戦のみのガンダーなど5頭だった。ウッドワードSはレースの格や伝統の割には妙に出走馬の層が薄くなる(大物が1~2頭だけ出て他は格下馬ばかり)という事が頻繁にあり、この年もそんな感じだった。本馬が単勝オッズ1.45倍の1番人気、UAEダービー後はジェロームHを勝った以外全て着外だったエクスプレスツアーが単勝オッズ7.5倍の2番人気、キャッツアットホームが単勝オッズ7.8倍の3番人気、ガンダーが単勝オッズ9倍の4番人気であり、完全に本馬の1強ムードだった。

レースはエクスプレスツアーが逃げて、ガンダーが直後の2番手、本馬がさらに1~2馬身ほど後方の3番手、キャッツアットホームが4番手につけた。前の4頭が先頭集団を形成して、他2頭はレース序盤で圏外に消えた。三角に入ったところで先行馬4頭が一斉に仕掛けて、先に書いた順番のままで直線に入ってきた。キャッツアットホームはここで圏外に去り、叩き合いながら伸びるエクスプレスツアーとガンダーを外側から本馬が追いかける展開となった。そして残り半ハロン地点で内側2頭に並びかけた本馬が突き抜けて、2着ガンダーに3/4馬身差をつけて勝利。同競走史上6頭目の2連覇を達成した。過去の5頭は、ソードダンサーケルソ(3連覇)、フォアゴー(4連覇)、スルーオゴールドシガーと、全てが米国競馬の殿堂入りを果たした名馬であり、ウッドワードSの成績だけで言えば本馬はそれらに肩を並べた形となった。

その後は前年に出走しなかったジョッキークラブ金杯(米GⅠ・D10F)に向かった。ケンタッキージョッキークラブS・ルイジアナダービー・ケンタッキーカップジュヴェナイルS・リズンスターSの勝ち馬でBCジュヴェナイル・トラヴァーズS2着の3歳馬リペント、サンタアニタH・オハイオダービー・カリフォルニアンS・マリーンSの勝ち馬でハスケル招待H・ハリウッド金杯・パシフィッククラシックS3着のミルウォーキーブルー、フロリダダービー・ブルーグラスS・イロコイS・ペンシルヴァニアダービーの勝ち馬でファウンテンオブユースS2着のハーランズホリデー、サバーバンH4着後にサラトガBCHを勝っていたイヴニングアタイアなどが対戦相手となった。デビューから1度も着外が無いリペントが単勝オッズ2.7倍の1番人気、本馬が単勝オッズ4.2倍の2番人気、ミルウォーキーブルーが単勝オッズ5.6倍の3番人気、ハーランズホリデーが単勝オッズ6.5倍の4番人気となった。

スタートが切られるとハーランズホリデーが先頭に立って馬群を牽引し、本馬は中団につけた。ハーランズホリデーが刻んだペースは非常に遅く、最初に中団につけていた本馬は向こう正面で早々に仕掛けて三角では3番手まで上がってきた。しかしここで、あえて後方で我慢していたイヴニングアタイアが内側を駆け上がり、直線で本馬を含む他馬を次々に抜き去っていった。出し抜かれた本馬は直線入り口4番手からイヴニングアタイアを追いかけたが、ハーランズホリデーをかわすのが精一杯で、2馬身3/4差をつけられて2着に敗れた。

その後は例によって巨額の追加登録料を嫌ってBCクラシックは回避し、BCクラシックの5日前にベルモントパーク競馬場で行われたダート9ハロンの一般競走に向かった。さすがにここでは格が違っており、単勝オッズ1.25倍の1番人気に支持された。レースでは珍しくスタートから先頭に立ち、そのまま1度も先頭を譲らすに、追い込んできた単勝オッズ14.1倍の4番人気馬グリフィナイト(ラファイエットSの勝ち馬)の奇襲を半馬身抑えて勝利した。

その後はクラークH(米GⅡ・D9F)に向かった。ウッドワードS2着後にエンパイアクラシックHを勝っていたガンダー、ワシントンパークH・ウィリアムドナルドシェイファーH・フェイエットHの勝ち馬でスティーヴンフォスターH3着のテンピンズ、ケンタッキージョッキークラブS・リズンスターSの勝ち馬でスティーヴンフォスターH2着・トラヴァーズS・オークローンH3着のダラービル、ピーターパンSの勝ち馬ヒーローズトリビュート、ナショナルジョッキークラブH・ホーソーン金杯Hを連勝してきたヘイルザチーフ、レベルS・エセックスH・ターフウェイパークフォールCSSの勝ち馬クラフティーショウ、ペリービルSなど4連勝中のナジラン、ドワイヤーS3着馬アメリカンスタイルなどが対戦相手となった。121ポンドのトップハンデを課された本馬が単勝オッズ3倍の1番人気に支持され、118ポンドのテンピンズが単勝オッズ4.8倍の2番人気、113ポンドのナジランと113ポンドのアメリカンスタイルのカップリングが単勝オッズ7.1倍の3番人気、114ポンドのヒーローズトリビュートが単勝オッズ7.6倍の4番人気、117ポンドのダラービルが単勝オッズ7.7倍の5番人気、116ポンドのガンダーが単勝オッズ9.1倍の6番人気となった。スタートが切られるとテンピンズが逃げを打ち、本馬は中団につけた。そして直線入り口4番手から、逃げるクラフティーショウを追撃。最後は計ったように差し切って頭差で勝利した。この年の成績は7戦3勝だった。

翌年も現役を続行する予定だったが、熱発や球節の負傷などのトラブルが続いたために、年齢も考慮して競走馬引退が決定した。

陣営の談話によると、本馬はとても賢い馬で、騎手の指示を待って素直に反応する乗りやすい馬であったという。

血統

Rich Man's Gold フォーティナイナー Mr. Prospector Raise a Native Native Dancer
Raise You
Gold Digger Nashua
Sequence
File Tom Rolfe Ribot
Pocahontas
Continue Double Jay
Courtesy
Honest Joy Honest Pleasure What a Pleasure Bold Ruler
Grey Flight
Tularia Tulyar
Suntop
Dimashq Damascus Sword Dancer
Kerala
Romanita Roman
Mablen
Sonada Quick Decision Pronto Timor Tourbillon
Samya
Prosperina Gusty
Beoka
Moment of Truth マタドア Golden Cloud
Spanish Galantry
Kingsworthy Kingstone
Sotades
Siempre Arriba Scelto Scratch Pharis
Orlamonde
Elite Seductor
Eme
Siempre Linda Sertorius Sicambre
Sylvine
Moina Dichato
Noche de Ronda

父リッチマンズゴールドはフォーティナイナーの直子。現役成績は7戦2勝で、レベルS(米GⅢ)で2着がある程度だった。競走馬引退後はチリで種牡馬入りして、初年度産駒から本馬を出して、2000/01シーズンのチリの新種牡馬ランキングでトップとなった。それと時を同じくしてチリから南アフリカに輸出されたが、2005年に心臓麻痺のため13歳で他界している。

母ソナダはチリの土着牝系の出身で、現役成績は15戦2勝だった。繁殖牝馬としては、本馬の半姉クリームキャラメル(父ロイ)【タンテオデポトリジョス賞(智GⅠ)・ミルギネアス賞(智GⅠ)・アルベルトビアルインファンテ賞(智GⅠ)・チリ生産者賞(智GⅠ)・セントレジャークリスタル(智GⅠ)】、半弟モルトヴィヴァイス(父ロイ)【2着エルエンサーニョ賞(智GⅠ)・2着智グランクリテリウム】を産むなど活躍した。本馬の半妹インフォーマル(父アンブライドルズソング)は日本に繁殖牝馬として輸入され、フラッシュモブ【ひまわり賞】の祖母となった。本馬の母系は20世紀初頭に英国から亜国に輸入され、1940年代頃からチリの土着血統となった南米の名門牝系で、 活躍馬の大半も南米に集中している。→牝系:F4号族①

母父クイックディシジョンは米国産馬で競走馬としても米国で走り47戦13勝の成績を挙げたが、リグズH(米GⅢ)で3着がある程度に終わった。9歳時にチリに輸出されて彼の地で活躍した。クイックディシジョンの父プロントは亜国産馬で、亜国の大競走ミゲルアルフレドマルティネスドホス大賞の勝ち馬。種牡馬としても当初供用されていた亜国で1968/69・69/70・71/72シーズンと3度の首位種牡馬になる成功を収め、後に米国ケンタッキー州クレイボーンファームに輸入されたが、米国では亜国ほどの成功は収められなかった。プロントの父タイモアはトウルビヨン産駒で、オカール賞の勝ち馬。凱旋門賞馬サモスの半弟という血統も評価されて亜国で種牡馬入りして活躍した。

競走馬引退後

競走馬を引退した本馬はフロリダ州オカラのラムホルムサウススタッドで種牡馬入りした。2009年からはペンシルヴァニア州ノースビュースタッドに移動。2012年にペルーのエルチェンタウロ牧場に輸入されている。

な産駒一覧

生年

産駒名

勝ち鞍

2006

Vineyard Haven

ホープフルS(米GⅠ)・シャンペンS(米GⅠ)・フランクJドフランシス記念ダッシュS(米GⅠ)

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