和名:ユーモリスト |
英名:Humorist |
1918年生 |
牡 |
栗毛 |
父:ポリメラス |
母:ジェスト |
母父:アブサード |
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結核を患いながらそれと知らずに片方の肺だけで走り続け英ダービーを優勝するも僅か18日後に急死した悲運の名馬 |
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競走成績:2・3歳時に英で走り通算成績7戦4勝2着2回3着1回 |
誕生からデビュー前まで
南アフリカのダイヤモンド王で英国三冠馬ポマーンなどの所有者でもあったソロモン・バーナート・ジョエル氏の兄で、本馬の父ポリメラスを弟と共同所有していたジャック・バーナート・ジョエル氏により、英国ハートフォードシャー州セントオールバンズ近郊のチャイルドウィックベリースタッドにおいて生産・所有され、ジャック・ジョエル氏の専属調教師だったチャールズ・モートン師に預けられた。
顔には非常に大きな流星が走った、単に美しいというだけでなく優美で上品な馬であり、しかも穏やかな気性と利発な頭脳を有していると評された。競走能力も高く、デビュー前調教からかなりの素質を見せていた。しかしある日突然咳き込んで体調を崩すという健康不安を抱えており、当時はその理由が分からなかったジャック・ジョエル氏やモートン師を困惑させた。モートン師は「ユーモリストはいつもどこか調子が悪いように私には感じられました。完全な状態だと思った次の日には元気が無くなっていました」と不思議に思っていたという。
競走生活(3歳初期まで)
2歳6月にエプソム競馬場で行われたウッドコートS(T6F)でデビューした。しかし出走の直前に本馬は体調を崩し、出走回避が検討された。回復したために出走した本馬はスタートから先頭をひた走り、そのまま楽勝と思われたゴール前で失速したものの、2着ハイランダーの追撃を首差で凌いで勝ち上がった。その後はロイヤルアスコットミーティング(コヴェントリーSかノーフォークSのいずれか)に向かう予定だったが、またしても咳の発作が出たため回避した。代わりにドンカスター競馬場で施行される英シャンペンS(T6F)に登録した。今回もレースの直前に咳が出たが、回復したために出走した。しかし今度はゴール前で差されて、レモノーラの首差2着に敗れた。続くバッケナムSには順調に出走して勝利。さらにクリアウェルSも鮮やかに勝利した。暮れの2歳戦の大一番ミドルパークプレート(T6F)では、ジュライS勝ち馬モナークの首差2着に入り、ジムクラックS勝ち馬ポールマーク(3着)には先着した。2歳時を5戦3勝2着2回の優秀な成績で終えた本馬は、この年の2歳馬の中でもトップクラスであるとの評価を得た。
3歳時はぶっつけ本番で英2000ギニー(T8F)に出走し、26頭立ての1番人気に支持された。スティーブ・ドノヒュー騎手が騎乗した本馬はレース序盤から終盤まで快調に先頭を走り続けて、一時は勝負あったと思われた。しかしゴール直前で突如失速し、クレイグアンエランとレモノーラの2頭に差されて、クレイグアンエランの3着に敗れた。この結果のため本馬の闘争心に対する疑問を呈する声が出たが、ドノヒュー騎手は肉体的な問題があったと主張した。また、モートン師は本馬の調教方針を変更し、次走の英ダービーまでは非常に軽いトレーニングを行った。
英ダービー制覇と直後の死
23頭が出走した英ダービー(T12F)では、クレイグアンエランが単勝オッズ6倍の1番人気に支持され、本馬は単勝オッズ7倍の2番人気での出走となった。このレースでドノヒュー騎手は本馬を先頭に立たせずに、逃げ馬を先に行かせてその直後につける先行策を採った。そして直線に入ると残り2ハロン地点で先頭に立った。そこへ後方からクレイグアンエランが襲い掛かってきて、英2000ギニーの二の舞になるかと思われたが、今回の本馬は最後まで激しく戦い続け、クレイグアンエランを首差の2着、レモノーラを3着に抑えて優勝した。
しかし本馬はレース直後から疲労が激しく、当日中に厩舎に戻る事が出来ずに、エプソム競馬場の小屋で一夜を過ごし、回復してから厩舎に戻っていった。その後はロイヤルアスコットミーティングを目標に調整されていたが、鼻出血を発症したために調教は中断された。
英ダービー優勝から18日後、本馬は自分の馬房において、馬の絵を描かせたら英国史上最高と言われた画家アルフレッド・ジェームズ・マニングス卿が描く絵のモデルとなっていた。それが終わってマニングス卿が立ち去り、しばらく時間を置いて関係者が馬房を覗くと、本馬が血を流して倒れているのが発見された。発見時点で既に本馬は息を引き取っていた。馬房中には身体から流れ出した血が大量に溜まっており、まるで血の海のように見えた。検死の結果、本馬は結核を患っており、それが原因で肺から出血を起こしていた事が判明した。現役時代に本馬を悩ませた健康不安の正体はそれであった。本馬は現役時代を通じて正常な片方の肺だけで走っていたのだった。
本馬の死の一報を受けたドノヒュー騎手は「彼は苦しい中でも持っていた物全てを私にくれました。これほどの勇気を示した馬は他にいませんでした」と本馬の頑張りを称え、その死を悼んだ。ドノヒュー騎手は既に英ダービーを2勝しており、本馬での勝利が3勝目だったが、前の2勝(1915年のポマーンと1917年のゲイクルセイダー)は第一次世界大戦の影響によりニューマーケット競馬場における代替開催だったため、エプソム競馬場における英ダービー優勝は本馬が最初だった。ドノヒュー騎手は翌年にはキャプテンカトルで、翌々年にはパパイラスで英ダービーを勝ち、史上初の英ダービー3連覇を達成。さらに1年置いて、本馬の死から4年後にはマンナで英ダービーを勝ち、最終的には英ダービー6勝を挙げたが、彼が言うように、本馬に騎乗した経験が、彼が英ダービーに強かった理由の一つだった事は事実であろう。本馬がレースで破った同世代馬には実力馬が多く、クレイグアンエランは英ダービー後にセントジェームズパレスSとエクリプスSを連勝し、レモノーラは渡仏してパリ大賞を制覇し、ポールマークは秋の英セントレジャーを勝利した。本馬の遺体は生まれ故郷のチャイルドウィックベリースタッドに埋葬され、墓石が置かれ、周囲には花が植えられた。
血統
Polymelus | Cyllene | Bona Vista | Bend Or | Doncaster |
Rouge Rose | ||||
Vista | Macaroni | |||
Verdure | ||||
Arcadia | Isonomy | Sterling | ||
Isola Bella | ||||
Distant Shore | Hermit | |||
Land's End | ||||
Maid Marian | Hampton | Lord Clifden | Newminster | |
The Slave | ||||
Lady Langden | Kettledrum | |||
Haricot | ||||
Quiver | Toxophilite | Longbow | ||
Legerdemain | ||||
Young Melbourne Mare | Young Melbourne | |||
Brown Bess | ||||
Jest | Sundridge | Amphion | Rosebery | Speculum |
Ladylike | ||||
Suicide | Hermit | |||
Ratcatcher's Doughter | ||||
Sierra | Springfield | St. Albans | ||
Viridis | ||||
Sanda | Wenlock | |||
Sandal | ||||
Absurdity | Melton | Master Kildare | Lord Ronald | |
Silk | ||||
Violet Melrose | Scottish Chief | |||
Violet | ||||
Paradoxical | Timothy | Hermit | ||
Lady Masham | ||||
Inchbonny | Sterling | |||
Casuistry |
父ポリメラスは当馬の項を参照。
母ジェストは本馬と同じくジャック・ジョエル氏の生産・所有馬で、管理調教師も同じモートン師だった。現役成績は8戦4勝で、英1000ギニー・英オークス・ブレットビーS・フリーHを勝った名牝だった。しかし息子である本馬と異なり気性が非常に激しい馬で、モートン師を散々に悩ませたという。なお、英セントレジャーには登録が無かったために不参戦であり、英国牝馬三冠馬になる機会は当初から無かった。繁殖入り後はなかなか子宝に恵まれなかったが、8歳時になってようやく初子となる本馬を産んだ。その後は2頭の子を産んだが、いずれも競走馬としては活躍できなかった。本馬の死と同じ1921年に難産のため11歳で他界(本馬の死から数週間後とする資料もあるが、英ダービーの施行時期とサラブレッドの通常の分娩時期を考慮すると、おそらくジェストのほうが本馬より先に亡くなっている)し、墓碑は本馬と並んで建立された。
本馬以外の2頭の子はいずれも競走馬としては不成功だったが、繁殖としては共に成功。本馬の2歳年下の半弟チーフルーラー(父ザテトラーク)は新国で種牡馬入りし、2回の新首位種牡馬になる成功を収めた。また、本馬の1歳年下の半妹ラフター(父ポマーン)の曾孫には日本で活躍したグレートヨルカ【菊花賞・朝日杯三歳S】がいる。なお、ラフターの牝系子孫は現在でも南米を中心に残っており、トップハット【ABCPCCマティアスマシュリネ大賞(伯GⅠ)2回・ブラジル大賞(伯GⅠ)】などGⅠ競走勝ち馬も複数登場している。
ジェストの全兄には新国で5度の首位種牡馬に輝いたアブサード【ミドルパークプレート】、半弟にはブラックジェスター(父ポリメラス)【英セントレジャー・コロネーションC・サセックスS・リッチモンドS】がいる。また、ジェストの全妹フォリーの牝系子孫は豪州で発展し、現在も残っている。さらにジェストの半妹ジェスチャーの孫にはピクチャープレイ【英1000ギニー】がおり、その牝系子孫には、ロイヤルパレス【英2000ギニー・英ダービー・コロネーションC・エクリプスS・キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS】、クロケット【ミドルパークS・セントジェームズパレスS】、ウェルシュページェント【クイーンエリザベスⅡ世S・クイーンアンS・ロッキンジ2回】、ニゾン【ローマ賞(伊GⅠ)】、グレイントン【サンタアニタH(米GⅠ)・ハリウッド金杯(米GⅠ)・カリフォルニアンS(米GⅠ)】、スタイリッシュセンチュリー【スプリングチャンピオンS(豪GⅠ)・ヴィクトリアダービー(豪GⅠ)・クイーンエリザベスS(豪GⅠ)】、ユーザーフレンドリー【英オークス(英GⅠ)・愛オークス(愛GⅠ)・ヨークシャーオークス(英GⅠ)・英セントレジャー(英GⅠ)・サンクルー大賞(仏GⅠ)】、デザートプリンス【愛2000ギニー(愛GⅠ)・ムーランドロンシャン賞(仏GⅠ)・クイーンエリザベスⅡ世S(英GⅠ)】、ドワイエン【キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS(英GⅠ)】、ロウマン【仏ダービー(仏GⅠ)・ジャンプラ賞(仏GⅠ)】、ケープブランコ【愛ダービー(愛GⅠ)・愛チャンピオンS(愛GⅠ)・マンノウォーS(米GⅠ)・アーリントンミリオンS(米GⅠ)・ジョーハーシュターフクラシック招待S(米GⅠ)】、ドバウィハイツ【ゲイムリーS(米GⅠ)・イエローリボンS(米GⅠ)】、エソテリク【ロートシルト賞(仏GⅠ)・ジャックルマロワ賞(仏GⅠ)・サンチャリオットS(英GⅠ)】、メイクビリーヴ【仏2000ギニー(仏GⅠ)・フォレ賞(仏GⅠ)】、日本で走ったベストウォーリア【マイルCS南部杯(GⅠ)2回】など世界各国の活躍馬がいる。
母父サンドリッジは当馬の項を参照。