和名:ミルジョージ |
英名:Mill George |
1975年生 |
牡 |
鹿毛 |
父:ミルリーフ |
母:ミスカリズマ |
母父:ラグーザ |
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競走馬としては4戦2勝と振るわなかったが種牡馬として日本でブレイクし全日本首位種牡馬の座も獲得した個性派種牡馬 |
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競走成績:3歳時に米で走り通算成績4戦2勝3着1回 |
誕生からデビュー前まで
ジョン・T・L・ジョーンズ・ジュニア氏が所有する米国ケンタッキー州ウォルマックワーナートンファーム(現ウォルマック国際ファーム)で生産された。1歳時のキーンランドセールで、北海道三石町の有限会社中村畜産の代表者である中村和夫氏により購入された。中村氏はスタリオン中村畜産という牧場で、競走馬の生産を行っている他、自身も馬主であった。これは後の話になるが、1979年に当時史上最高額の1億8500万円で競り落とされたハギノカムイオーのセリに参加して敗れ、ハギノカムイオーを競り落とした日隈広吉氏に共同所有を持ちかけ、半額を払って共同馬主となった事でも知られる。さらに言えば、ハギノカムイオーと因縁があるサルノキングの共同所有者の一人でもあった。現在では「モエレ」の冠馬名で馬主を続けている。話が横道に逸れたが、本馬は名牝タイプキャストの調教師でもあったA・トマス・ドイル師に預けられた。
競走生活
3歳2月にサンタアニタパーク競馬場で行われたダート8.5ハロンの未勝利戦でデビューしたが、7着に敗退。その2週間後に行われた同コースの未勝利戦では3着。なお、いずれかのレースにおいて、1位入線したが降着になったとする説もあるが資料不足のため真偽は不明である。その3週間後に行われた同コースの未勝利戦を4馬身差で快勝した。続いてハリウッドパーク競馬場に向かい、ダート9ハロンの一般競走に出走。2着馬との差は3/4馬身ながら、1分50秒8という好タイムで勝ち、素質の片鱗を覗かせた。ところがその直後に脚を骨折し、そのまま現役引退となってしまった。
血統
Mill Reef | Never Bend | Nasrullah | Nearco | Pharos |
Nogara | ||||
Mumtaz Begum | Blenheim | |||
Mumtaz Mahal | ||||
Lalun | Djeddah | Djebel | ||
Djezima | ||||
Be Faithful | Bimelech | |||
Bloodroot | ||||
Milan Mill | Princequillo | Prince Rose | Rose Prince | |
Indolence | ||||
Cosquilla | Papyrus | |||
Quick Thought | ||||
Virginia Water | Count Fleet | Reigh Count | ||
Quickly | ||||
Red Ray | Hyperion | |||
Infra Red | ||||
Miss Charisma | Ragusa | Ribot | Tenerani | Bellini |
Tofanella | ||||
Romanella | El Greco | |||
Barbara Burrini | ||||
Fantan | Ambiorix | Tourbillon | ||
Lavendula | ||||
Red Eye | Petee-Wrack | |||
Charred Keg | ||||
マタティナ | Grey Sovereign | Nasrullah | Nearco | |
Mumtaz Begum | ||||
Kong | Baytown | |||
Clang | ||||
Zanzara | Fairey Fulmar | Fair Trial | ||
First Flight | ||||
Sunright | Solario | |||
Democratie |
父ミルリーフは当馬の項を参照。
母ミスカリズマは英国産馬で、現役時代も英国で走り1勝を挙げている。本馬の半姉ピカティナ(父ウェルシュページェント)の牝系子孫からは、オールドファッション【レイルウェイS(豪GⅠ)】、スペシャルハーモニー【MRC1000ギニー(豪GⅠ)・クラウンオークス(豪GⅠ)・アローフィールドスタッドS(豪GⅠ)】などが出ている。ミスカリズマの母マタティナは、主に英国の短距離路線で活躍し、ナンソープS・キングジョージSを勝ち、キングズスタンドS・ジュライC2回・ナンソープS・モールコームS・コーンウォリスS・パレスハウスSで各2着している。マタティナは本邦輸入繁殖牝馬でもあり、ミスカリズマの半弟にはサニーシプレー(父エリモシブレー)【阪神三歳S・デイリー杯三歳S】がいる他、ミスカリズマの半妹マティネラ(父クレペロ)の孫にはイルバチオ【アイビスサマーダッシュ(GⅢ)】、ミスカリズマの半妹フェアウェイファン(父テューダーメロディ)の孫にはレカバイト【VRCサイアーズプロデュースS(豪GⅠ)】がいる。マタティナの半弟には豪州の名種牡馬となったショウダウン【ミドルパークS・クイーンアンS】がいる他、マタティナの半姉エンタイスメントの牝系子孫にはプラチナムウィットネス【新1000ギニー(新GⅠ)】が、マタティナの半姉アンディアーモの曾孫にはパテッツァ【ドンカスターマイル(豪GⅠ)】が、マタティナの半妹カンミナの子にはプリンセスボニータ【モイグレアスタッドS】、曾孫にはレディカーラ【英オークス(英GⅠ)】、玄孫にはガストオブウインド【AJCオークス(豪GⅠ)】がいる。近親と言うにはやや遠いが、ヒシアケボノとアグネスワールド兄弟も同じ牝系に属する。→牝系:F6号族①
母父ラグーザは当馬の項を参照。
競走馬引退後
競走馬を引退した本馬は、その年のうちに来日して、翌4歳時からスタリオン中村畜産で種牡馬供用された。その冴えない競走成績の割には当初からなかなかの人気種牡馬であり、初年度の1979年は65頭、2年目は81頭、3年目は64頭、4年目の1982年は50頭の繁殖牝馬を集めた。初年度産駒はこの1982年にデビュー。すぐには結果が出なかったが、翌1983年から産駒が活躍を開始。2年目産駒のロッキータイガーが地方競馬で大活躍し、1985年のジャパンCでシンボリルドルフの2着に入る健闘を見せて注目された。この1985年には全日本種牡馬ランキングで8位に入り、初のトップテン入りを果たした。1986年は11位だったが、1987年は7位、1988年は9位とランキング上位の常連となった。
そして1989年には5年目産駒のイナリワンが中央競馬で、7年目産駒のロジータが地方競馬で大活躍したため、ノーザンテーストの8連覇を阻んで全日本首位種牡馬の座を獲得した(中央競馬のみだとノーザンテーストが首位)。翌1990年にはノーザンテーストに首位を奪い返されたが2位を確保。1991年に5位、1992年に4位、1994年に7位に入り、合計で8度の全日本種牡馬ランキングトップテン入りした。こうして本馬は人気種牡馬となり、5年目の1983年は67頭だった交配数も、6年目は93頭、7年目の1985年は自身最高の132頭、8年目は96頭、9年目は126頭、10年目は99頭、全日本首位種牡馬を獲った11年目の1989年は98頭、12年目は91頭、13年目は79頭、14年目は72頭、15年目は77頭、16年目は69頭、17年目は64頭、18年目の1996年も64頭と確保され続けた。しかしこの時期から受精率の低下が目立ち始めたために交配数は急激に減少。19年目は39頭、20年目は31頭、21年目は20頭の交配数だった。そして22年目の2000年に8頭と交配して1頭も受胎しなかったために、この年限りで種牡馬を引退。その後はスタリオン中村畜産で悠々自適の余生を送った。2007年10月に老衰のため他界、32歳の大往生であった。この年、地方競馬における活躍馬を多く出した功績を讃えて、地方競馬全国協会によりNARグランプリ特別表彰馬に選出された。
本馬の成功に触発され、日本には続々とミルリーフ直系の種牡馬が輸入された。しかしイブンベイやクリエイターがそれなりに活躍した程度に終わった(ミホノブルボンの父マグニテュードや、タケノベルベットの父パドスールもミルリーフ直子だが、本馬の成功前に既に輸入されている)。
本馬はクラシック競走の優勝馬も出しているが、基本的に産駒は晩成馬が多い。また、芝とダートを問わないが、どちらかと言えばダート向きである。そのため地方競馬における成績は中央競馬以上に優良で、1984年から1996年まで13年連続でトップテン入りしており、1985・87・88・89・95年には首位になっている。また、祖母マタティナの競走成績から産駒は短距離向きに出る事が当初は予測されていたが、産駒の距離適性は明らかに中長距離向きに出た(この点では同父のマグニテュードとは正反対である)。気性が激しい産駒が多いのも特徴で、そのために競走成績が安定しない産駒が多いが、激しい気性が闘争心に転じて好成績を収めた場合も多い。
本馬の直系は後継種牡馬がことごとく失敗したため、現在は途絶えている。繁殖牝馬の父としてはセイウンスカイやカネツフルーヴを出しているが、かなり多くの牝駒がいる割には活躍が目立たない。名種牡馬は大抵の場合繁殖牝馬の父としても優秀なのだが、本馬の場合は当てはまらない様である。もっとも、本馬の血を引く繁殖牝馬はかなり多いはずなので、本馬の血が全く途絶える事は当分の間は無いだろう。
主な産駒一覧
生年 |
産駒名 |
勝ち鞍 |
1980 |
ミルトップ |
浦和桜花賞(浦和) |
1981 |
エビスジョウジ |
東京新聞杯(GⅢ) |
1981 |
ニューラック |
花吹雪賞(佐賀) |
1981 |
ロッキータイガー |
帝王賞(大井)・東京王冠賞(大井)・報知グランプリC(船橋)・金盃(大井)・ダイオライト記念(船橋)・東京記念(大井) |
1982 |
スーパーグラサード |
新潟大賞典(GⅢ)・エプソムC(GⅢ) |
1982 |
スービックマギー |
東京三歳優駿牝馬(大井) |
1982 |
ミスタージョージ |
福山ダービー(福山)・アラブ王冠(福山)・福山マイラーズC(福山) |
1982 |
ミルコウジ |
東京ダービー(大井) |
1982 |
ユキノローズ |
オークストライアル四歳牝馬特別(GⅡ)・中山牝馬S(GⅢ) |
1983 |
シナノジョージ |
黒潮盃(大井)・NTV盃(船橋)・東京記念(大井)・農林水産大臣賞典(金沢)・百万石賞(金沢)・白山大賞典(金沢) |
1983 |
マーブルジョージ |
くろゆり賞(笠松) |
1984 |
イーグルジャム |
東海大賞典(笠松) |
1984 |
イナリワン |
天皇賞春(GⅠ)・宝塚記念(GⅠ)・有馬記念(GⅠ)・東京大賞典(大井)・東京王冠賞(大井)・東京湾C(船橋) |
1984 |
ジョージレックス |
東京ダービー(大井) |
1984 |
ダイタクジーニアス |
東京プリンセス賞(大井)・キヨフジ記念(川崎)・浦和記念(浦和)・報知オールスターC(川崎) |
1984 |
モガミヤシマ |
NHK杯(GⅡ)・中山記念(GⅡ) |
1985 |
ジョージモナーク |
オールカマー(GⅢ)・関東盃(大井) |
1985 |
ホウニンメゴヒメ |
四歳牝馬チャンピオンシップ(盛岡)・クイーン賞(船橋)・NTV盃(船橋) |
1985 |
マイゲスト |
開設記念(足利)2回・織姫賞(足利)・とちぎ大賞(宇都宮) |
1985 |
マツノジョージ |
中京スポーツ杯冬(笠松) |
1985 |
ミスターシクレノン |
鳴尾記念(GⅡ)・ダイヤモンドS(GⅢ) |
1985 |
ユーワフォルテ |
新潟大賞典(GⅢ) |
1986 |
オサイチジョージ |
宝塚記念(GⅠ)・神戸新聞杯(GⅡ)・中日スポーツ賞四歳S(GⅢ)・京都金杯(GⅢ)・中京記念(GⅢ) |
1986 |
ハッピィーギネス |
根岸S(GⅢ) |
1986 |
ミスターナムラ |
秋の鞍(名古屋) |
1986 |
ミルユージ |
全日本三歳優駿(川崎)・平和賞(船橋) |
1986 |
ユーワエース |
道営記念(函館) |
1986 |
ロジータ |
東京大賞典(大井)・川崎記念(川崎)・羽田盃(大井)・東京ダービー(大井)・東京王冠賞(大井)・ニューイヤーC(浦和)・京浜盃(大井)・浦和桜花賞(浦和) |
1987 |
エイシンサニー |
優駿牝馬(GⅠ)・桜花賞トライアル四歳牝馬特別(GⅡ) |
1987 |
センターショウカツ |
神戸新聞杯(GⅡ) |
1987 |
ユートジョージ |
NHK杯(GⅡ)・開設66周年記念(荒尾) |
1988 |
リンデンリリー |
エリザベス女王杯(GⅠ)・ローズS(GⅡ) |
1989 |
ツキノイチバン |
金盃(大井)・アフター5スター賞(大井) |
1990 |
ミリオン |
太平記記念(足利)2回・稲穂賞(足利) |
1991 |
ジョージパワー |
三歳優駿(上山) |
1991 |
ノーブルグラス |
札幌スプリントS(GⅢ)2回 |
1991 |
ヤシマソブリン |
ラジオたんぱ賞(GⅢ) |
1991 |
ヤングノーブル |
日本海シーサイドC(新潟)・朱鷺大賞典(新潟)・三条記念(三条)・新潟記念(新潟) |
1992 |
ジョージタイセイ |
東京ダービー(南関GⅠ)・青雲賞(大井)・京浜盃(大井)・黒潮盃(大井) |
1992 |
ミルラブリー |
サラブレッド大賞典(荒尾) |
1993 |
アサクサジパング |
岩鷲賞(水沢) |
1993 |
ユーセイトップラン |
アルゼンチン共和国杯(GⅡ)・ダイヤモンドS(GⅢ)2回 |
1996 |
ジョージバンダ |
しもつけオークス(宇都宮) |
1996 |
スイングバイ |
トゥインクルレディー賞(南関GⅡ)・ファーストレディー賞(南関GⅢ) |
1999 |
アローイーグル |
若葉賞(上山) |