ゴールデンホーン

和名:ゴールデンホーン

英名:Golden Horn

2012年生

鹿毛

父:ケープクロス

母:フレッシュドール

母父:ドバイディスティネーション

典型的なマイラー血統ながらも英ダービーを完勝し、トレヴの3連覇を阻んで凱旋門賞も制覇してカルティエ賞年度代表馬に選ばれた強豪馬

競走成績:2・3歳時に英愛仏米で走り通算成績9戦7勝2着2回

一昔前は、短距離血統、マイラー血統、中距離血統、長距離血統などが割と明確であり、血統だけで馬の距離適性が決まるような雰囲気があった。しかしそれは過去の話であり、血統的に短距離向きでも長距離で活躍したり、血統的に長距離向きでも短距離やマイルで活躍したりする馬が少なからず登場するようになった。

ダンチヒミスタープロスペクターは一昔前なら短距離血統の代表格だったが、現在ではこの2頭の直系が父や母父であったとしても、その馬が短距離馬になるとは限らない。サドラーズウェルズは欧州長距離血統の代表例だったが、サドラーズウェルズの直系孫のフランケルはマイル~10ハロン戦でしか走らなかった。確かに1頭ごとの種牡馬に着目すれば、短距離馬を多く出す傾向がある種牡馬、長距離馬を多く出す傾向がある種牡馬、両方出す万能種牡馬といったように分かれるのは今も変わっていないのは認めるが、少なくとも「母系はともかく父親がマイラー系統だからこの馬もマイラーだ」だの「父は長距離向きだが母父がダンチヒの直系だからこの距離は長すぎる」などという予想は時代遅れとなりつつある。

本馬は血統だけ見ればどの部分を切り取ってもマイル~短距離向きであるのに、欧州12ハロン路線の最高峰競走2戦を勝ち取った馬であり、長らく競馬界を支配してきた「距離適性を決めるのは血統」という考え方に止めを刺すかもしれない1頭である。馬の距離適性を決めるのは血統だけではなく、気性面や走法といったその馬の個性が大きく関わっており、血統などに頼らずに馬の個性をきちんと見極めないと馬券を当てられない時代になってきているのである。

誕生からデビュー前まで

英国ハスコム&ヴァリアントスタッドにおいて、同牧場の所有者であるアンソニー・ オッペンハイマー氏により生産・所有された。オッペンハイマー氏は、長らくキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスSのスポンサーだった事でも知られるダイヤモンド生産会社デビアスの経営者一族である。

馬名を直訳すると「黄金の角」だが、これはおそらく母フレッシュドール(Fleche d'Or)の名前が仏語で「黄金の矢」を意味するに由来すると思われる。元々フレッシュ・ドールとは、パリ~ロンドンの間を結んでいた列車(ただし途中にドーバー海峡があるため途中で船に乗る必要があった)の仏国側の呼び名で、英国側ではゴールデン・アローと呼んでいた。

本馬を預かったのは英国ジョン・ゴスデン調教師で、1歳年上のカルティエ賞年度代表馬キングマンやカルティエ賞最優秀3歳牝馬タグルーダも管理していた絶好調の調教師だった。

競走生活(3歳初期まで)

2歳10月にノッティンガム競馬場で行われた芝8ハロン75ヤードの未勝利ステークスで、ウィリアム・ビュイック騎手を鞍上にデビューした。このレースには、ジャイアンツコーズウェイの甥に当たるシーザスターズ産駒のストームザスターズという期待馬が出走しており、単勝オッズ2倍の1番人気に支持されていた。本馬が単勝オッズ2.875倍の2番人気で、3番人気のアルという馬は単勝オッズ8倍と、ほぼストームザスターズと本馬の一騎打ちムードだった。

スタートが切られると単勝オッズ9倍の4番人気馬シャンペンボブが先頭に立ち、既に1戦を消化していたストームザスターズはすんなりと先行。一方の本馬はスタートで出遅れて後方からの競馬となっていた。残り3ハロン地点でストームザスターズが加速して残り2ハロン地点で先頭に立った時には、ストームザスターズがそのまま勝つと思われた。しかし残り3ハロン地点で大外に持ち出していた本馬が猛然と追い上げてきた。そして残り1ハロン地点でストームザスターズに追いついた。ここで本馬は左側によれて脚色が衰えたが、それでもストームザスターズを頭差の2着に抑えて勝利した。ストームザスターズも3着シャンペンボブには7馬身差をつけていたから別に凡走したわけではなかったが、出遅れたりよれたりしながらもそれを破った本馬の評判は高くなった。

2歳時は1戦のみで終え、3歳時は4月にニューマーケット競馬場で行われたリステッド競走フェイルデンS(T9F)から始動した。ランフランコ・デットーリ騎手が騎乗した本馬が単勝オッズ3倍の1番人気、2戦2勝のフェスティヴフェアが単勝オッズ4.33倍の2番人気、11日前の条件ステークスを快勝してきた英国エリザベスⅡ世女王陛下の所有馬ピーコックが単勝オッズ5倍の3番人気となった。

今回は普通にスタートを切った本馬だが、デットーリ騎手が抑えたために道中は馬群の中団を進むことになった。そして残り2ハロン地点で満を持してスパートを開始。残り1ハロン地点で左側に切れ込みながらも先頭に立つと、中団から伸びて2着に入ったピーコックに1馬身半差をつけて勝利した。

次走は翌5月のダンテS(英GⅡ・T10F88Y)となった。このレースには、本馬と同厩で戦績も同じ2戦2勝のジャックホブスという期待馬が出走していた(ただしジャックホブスの馬主は本馬とは異なっていた)。他にも、レーシングポストトロフィー・ロイヤルロッジSの勝ち馬エルムパーク、モイグレアスタッドS・マルセルブサック賞の勝ち馬ランプルスティルトスキンの娘で愛オークス馬タペストリーの1歳年下の全弟に当たる(さらに書けばマイル女王ミエスクの曾孫に当たる)クールモアグループの期待馬にして愛国のGⅢ競走ジュヴェナイルターフSを勝っていたジョンエフケネディ、同じくクールモアの所属馬であるベレスフォードSの勝ち馬オールマンリヴァー、ロイヤルロッジS・クレイヴンS2着のナファクァといった馬達も出走してきて、さすがに英ダービーの重要な前哨戦というメンバー構成となっていた。ジャックホブスが単勝オッズ3倍の1番人気、エルムパークが単勝オッズ4.5倍の2番人気、本馬とジョンエフケネディが並んで単勝オッズ5倍の3番人気、オールマンリヴァーが単勝オッズ12倍の5番人気となった。デットーリ騎手がジャックホブスに騎乗したため、本馬にはビュイック騎手が騎乗した。

スタートが切られると単勝オッズ41倍の最低人気馬ロードベンスタックが先頭に立ち、ジャックホブス、エルムパーク、ジョンエフケネディといった本馬以外の有力馬勢は挙って先行。一方の本馬は特にスタートで出負けしたわけではなかったが、あえて馬群の後方を追走していた。そして直線に入って残り3ハロン地点からスパートを開始。外側を通って次々に他馬を抜き去っていくと、残り1ハロン地点で左側に切れ込みながらも先頭に立ち、2着ジャックホブスに2馬身3/4差、3着エルムパークにはさらに3馬身1/4差をつけて快勝。

この勝ち方により、本馬は英ダービーの大本命と目されるようになった、と書きたいところだが、事はそう簡単ではなかった。実は、本馬は英ダービーの登録が無かったのである。その理由は、血統構成から英ダービーの距離は長すぎると判断されていたためだった。確かに本馬の血統構成を見ると、父はマイラーのケープクロス、祖父2頭は短距離馬のグリーンデザートとマイラーのドバイディスティネーション、曽祖父4頭はダンチヒ、アホヌーラキングマンボヌレイエフで、しかも母系は快速ムムタズマハルの牝系で近親の活躍馬はハビブティなどの短距離馬やマイラーばかりであったから、確かに血統だけなら誰がどう見てもマイラーだった。

そのために本馬が英ダービーに出走するためには、7万5千ポンドの追加登録料が必要だった。それを嫌がったオッペンハイマー氏は、英ダービーより距離が短い仏ダービーへの出走を検討した。しかしオッペンハイマー氏とゴスデン師が協議をした結果、オッペンハイマー氏が追加登録料の支払いに同意したため、本馬の英ダービー参戦が正式に決定。本馬が英ダービーの大本命と目されるようになったのは、この一報が流れてからだった。

英ダービー

そして迎えた英ダービー(英GⅠ・T12F10Y)では、ジャックホブス、エルムパーク、バリサックスS・デリンズタウンスタッドダービーSの勝ち馬サクセスデイズ、クリテリウムドサンクルー・コンデ賞の勝ち馬エピキュリス、クールモアグループが前走で惨敗した2頭に代えて送り込んできたリングフィールドダービートライアルSの勝ち馬キリマンジャロ、同じくクールモア所属のチェスターヴァーズの勝ち馬ハンスホルバイン、同じくクールモア所属のガリニュールS2着馬ジョヴァンニカナレット、本馬のデビュー戦で2着に敗れて2歳時は未勝利に終わるも3歳2戦目で未勝利を脱出してチェスターヴァーズで2着していたストームザスターズなど11頭が対戦相手となった。

本馬が単勝オッズ2.625倍の1番人気、ジャックホブスが単勝オッズ5倍の2番人気、英ダービー4連覇がかかるクールモアの専属調教師エイダン・オブライエン師の管理馬3頭の中では血統的に一番期待が持てそうなジョヴァンニカナレット(2008年のカルティエ賞最優秀古馬デュークオブマーマレードの半弟で、一昨年の英ダービー馬ルーラーオブザワールドの全弟だった)が単勝オッズ7倍の3番人気、エルムパークが単勝オッズ10倍の4番人気、サクセスデイズとキリマンジャロが並んで単勝オッズ13倍の5番人気となった。

本馬とジャックホブスの鞍上は前走から入れ代わっており、本馬の鞍上はデットーリ騎手で、ジャックホブスの鞍上がビュイック騎手だった。ジャックホブスは前走の直後にゴドルフィンの所属馬になっており、ビュイック騎手はゴドルフィンと専属契約を締結していた(昔はデットーリ騎手がその地位にいたのだが)ため、彼はジャックホブスに優先して騎乗しなければならなかったのである。

ところで、ブックメーカーは本馬の血統構成などからそれほど圧倒的な人気を集めることは無いだろうと想定して上記の2.625倍に設定したそうだが、実際には英国の競馬ファン達は挙って本馬の単勝を買っていった(その理由は英国の競馬ファンが血統だけで予想しなくなっていただけでなく、鞍上のデットーリ騎手の大衆人気による部分も大きかったそうだが)。そのためにブックメーカーは結果的にこのレースで多額の赤字を出す羽目になる。

スタートが切られるとエルムパークが先頭に立ち、対抗馬のジャックホブスは馬群の中団、本馬は馬群の後方につけた。いくら直線が長いエプソム競馬場だと言っても、直線入り口まで最後方では滅多に届かないのは過去にダンシングブレーヴなど多くの馬がそれで苦杯を舐めていたのを見れば明らかであり、当然デットーリ騎手もタッテナムコーナーを回りながら本馬を加速させた。そして順位こそ12頭立ての9番手とあまり変わらなかったが、前との差をある程度縮めた状態で直線に入ってきた。直線に入ってしばらくはスパートをかけずに本馬に一息入れさせたデットーリ騎手は、残り2ハロン半地点で満を持して追い始めた。すると外側から素晴らしい加速力を見せた本馬は、残り1ハロン地点で左側に切れ込むと、直線入り口5番手から抜け出して先頭に立っていたジャックホブスに一瞬だけ並びかけて、すぐに抜き去った。その後も本馬は左側に切れ込んだために最後は内埒沿いまで来てしまったが、2着ジャックホブスに3馬身半差、3着ストームザスターズにはさらに4馬身半差をつけて完勝した。

鞍上のデットーリ騎手にとっては2007年のオーソライズド以来8年ぶり2回目、ゴスデン師にとっては1997年のベニーザディップ以来18年ぶり2回目の英ダービー制覇となった。勝ちタイム2分32秒32は、2010年のワークフォースの2分31秒33、1995年のラムタラの2分32秒31に次いで、同コースで施行された英ダービー史上3位の好タイムだった。

競走生活(3歳中期)

本馬の今後としては色々な選択肢が考えられたが、ゴスデン師はジャックホブスを愛ダービーに向かわせ(ビュイック騎手を鞍上に2着ストームザスターズに5馬身差で圧勝した)、本馬に関しては10ハロン路線を選択。そのために本馬の次走はエクリプスS(英GⅠ・T10F7Y)となった。

対戦相手は、前年に本馬と同じくダンテSを勝ちながらも仏ダービーに向かって勝利を収め、その後も愛チャンピオンSを勝ち英国際S・ドバイターフ・プリンスオブウェールズS2着と10ハロン路線で活躍していたザグレイギャッツビー(この馬も血統的には明らかにマイル向きだが10ハロン向きの馬となっていた)、ユジェーヌアダム賞・サンダウンクラシックトライアル・ゴードンリチャーズS・ブリガディアジェラードSの勝ち馬でプリンスオブウェールズS3着のウェスタンヒム、クイーンアンS3着馬クーガーマウンテン、ベット365マイル・ソヴリンSの勝ち馬トゥリウスの4頭の古馬のみだった。完全にデットーリ騎手が主戦に固定された本馬が単勝オッズ1.44倍の1番人気、ザグレイギャッツビーが単勝オッズ4.5倍の2番人気、ウェスタンヒムとクーガーマウンテンが並んで単勝オッズ11倍の3番人気、トゥリウスが単勝オッズ67倍の最低人気となった。

スタートが切られると予想外の事態が発生した。過去に逃げるどころか先行したことすらもない本馬が、スタートでやや後手を踏みながらもすぐに先頭に立って逃げたのである。どちらかと言えば馬群の中団から後方でレースを進めることが多かったザグレイギャッツビーも本馬に付きあって2番手につけ、人気を集めていたこの2頭が先頭を引っ張るという事態となった。他の出走馬3頭も逃げ馬ではなかったし、ペースメーカー役の馬もいなかったから、おそらくはスローペースになる事は事前から予想されていたのだが、それでもこの2頭が逃げるというのはなかなか予想できなかった。本馬陣営もこのレースに逃げ馬が皆無である事は当然理解しており、レース前にデットーリ騎手は「厄介な状況です。彼は英ダービー馬なのであって短距離馬ではないのですから(逃げるわけにもいきません)」と、ゴスデン師は「ザグレイギャッツビーはトップクラスの古馬なので、今回は少し厳しいかもしれませんね」と語っていたのだが、どうやらその発言は本馬を逃げさせるという作戦を隠すための口八丁だったようである。そのまま2頭が先頭を争いながら直線に入ってきて、後続馬も差を詰めてきたのだが、本馬は先頭を譲らなかった。そして残り1ハロンを切った辺りで本馬が一気に差を広げ、2着ザグレイギャッツビーに3馬身半差、3着ウェスタンヒムにはさらに4馬身半差をつけて勝利した。敗れたザグレイギャッツビー陣営は、レース前の本馬陣営の発言について「あれは賢いやり方でした」と、あの発言に騙された事を認めた。

オッペンハイマー氏は本馬の次走に関して、キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスSを候補として挙げた。しかしゴスデン師は、最終的な目標は凱旋門賞であることを認めた上で、それまではあまり厳しいレースには出したくないので、キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスSに出走させるかどうかは当日の馬場状態を見て考える旨を述べた(ゴスデン師は、本馬は湿った馬場状態を不得手とすると一貫して言い続けていた)。そしてこの年のキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスSはレース前日の大雨で馬場状態が悪化してしまった。実際に馬場を歩いて確かめたゴスデン師は、本馬を回避させた。

そのために本馬の次走は英国際S(英GⅠ・T10F88Y)となった。対戦相手は、同じくエクリプスSから直行してきたザグレイギャッツビー、豪州でローズヒルギニー・AJCダービー・クイーンエリザベスSとGⅠ競走3勝を挙げて遠征してきたクリテリオン、英国のGⅢ競走ターセンテナリーSを勝ってきたタイムテスト、エクリプスS4着後に出走したサセックスSでも5着に敗れたが6日前のデスモンドSを勝ってきたばかりのクーガーマウンテン、ダッチェスオブケンブリッジS・プリンセスエリザベスSの勝ち馬で前走ナッソーS3着のアラビアンクイーン、それに前走のような口八丁がもはや通用しないと分かっていたゴスデン師が本馬のために用意したペースメーカー役のディックドーティワイリーの計6頭だった。本馬が前走と同じ単勝オッズ1.44倍の1番人気、ターセンテナリーSの勝ち方がレーシングポスト紙をして“very impressive”と評させたほど衝撃的だったタイムテストが単勝オッズ5倍の2番人気、ザグレイギャッツビーが単勝オッズ6倍の3番人気、クリテリオンが単勝オッズ23倍の4番人気、アラビアンクイーンが単勝オッズ51倍の5番人気となった。

雨のために馬場がやや湿った状態でスタートが切られると、先頭を伺ったアラビアンクイーンをかわして、スタートで躓いたディックドーティワイリーがペースメーカー役としての役割を果たすべく先頭に立って後続を引き離した。4~5馬身ほど離れた2番手がアラビアンクイーンで、本馬はさらに2~3馬身ほど後方の3番手を追走。前走で本馬と一緒に逃げたザグレイギャッツビーはスタート時によれて出遅れたために後方からの競馬となっていた。直線に入って後続馬に差を詰められてもディックドーティワイリーは意外と粘っていたが、さすがに脚色が徐々に衰え始めた。そして残り1ハロン地点でアラビアンクイーンが単独で先頭に立った。そこへ残り2ハロン地点で仕掛けた本馬が並びかけてきた。そのままアラビアンクイーンをかわして突き抜けるかと思われた本馬だったが、アラビアンクイーンが予想外に粘ったために突き抜けられず、やや馬体が離れた形での叩き合いとなった。そして最後まで先頭を譲らなかったアラビアンクイーンが勝利を収め、首差の2着に敗れた本馬の無敗記録は5で止まった。敗因に関してデットーリ騎手は「馬場状態が悪くなっていたために、いつものようなスムーズな走り方が出来ていませんでした」と語った。

次走は愛チャンピオンS(愛GⅠ・T10F)となったが、このレースも事前の雨で馬場状態が悪化しており、ゴスデン師は状況によっては回避させる旨を明言していた。前走の英国際Sと同様に最終的には稍重馬場と発表されたが、前走より馬場が軽かったために、ゴスデン師はそのまま本馬を出走させた。対戦相手は、前走で本馬から3馬身1/4差の3着だったザグレイギャッツビー、プリンスオブウェールズS・エンタープライズSの勝ち馬で英チャンピオンS3着のフリーイーグル、マルセルブサック賞・ロイヤルホイップSの勝ち馬で愛1000ギニー・コロネーションS2着・モイグレアスタッドS3着のファウンド、英チャンピオンS・ドバイシーマクラシック・ガネー賞3回・イスパーン賞・コロネーションC・コンセイユドパリ賞・ドラール賞3回・ドーヴィル大賞・プランスドランジュ賞・ラクープ・ヴィシー大賞・ゴントービロン賞・ラクープドメゾンラフィットを勝ちイスパーン賞・サンクルー大賞・英チャンピオンS2回・ドバイシーマクラシック2着・ガネー賞・香港C3着のシリュスデゼーグル、愛1000ギニー・ヨークシャーオークス・ブルーウィンドSの勝ち馬プリースコック、セクレタリアトS・ヴィンテージS・ゴードンSの勝ち馬ハイランドリールの計6頭だった。本馬が単勝オッズ2.25倍の1番人気、フリーイーグルが単勝オッズ4.33倍の2番人気、ファウンドが単勝オッズ7倍の3番人気、ザグレイギャッツビーとシリュスデゼーグルが並んで単勝オッズ9倍の4番人気となった。

ハイランドリールは逃げ馬であり、しかも有力馬の1頭ファウンドと同じくオブライエン師の管理馬だったから、ハイランドリールがファウンドのペースメーカー役として逃げるであろうことは事前に予想されていた。しかし前走でペースメーカー役を用意したのに敗戦したため、ゴスデン師はデットーリ騎手に本馬を抑えずに行きたいように行かせるように指示していたようである。そしてスタートが切られると、本馬は即座に先頭に立った。そこへハイランドリールが競りかけてきたが、本馬は先頭を譲らなかった。他馬勢も前2頭からそれほど離されずに一団となって追走してきた。そのままの態勢で直線に入ってくると、失速するハイランドリールの外側からフリーイーグルが伸びてきた。そしてフリーイーグルが本馬に並びかけようとしたときに事件が起きた。内埒沿いを走っていた本馬が突如として外側に斜行。フリーイーグルに体当たりをしたのである。フリーイーグルはそれで体勢を崩して失速。すると今度は本馬が外側によれて空いた内埒沿いを突いてファウンドが伸びてきた。しかし体勢を立て直して伸びた本馬にファウンドは届かず、本馬が2位入線のファウンドに1馬身差、3位入線のフリーイーグルにはさらに半馬身差をつけてトップゴールした。

しかし当然のように本馬がフリーイーグルに体当たりをした件は審議対象となり、レパーズタウン競馬場側はデットーリ騎手を呼び出して問いただした。筆者は間違いなく降着だと思ったのだが、結果は着順変更なしだった。本馬が斜行した理由に関してゴスデン師は、コース内に伸びていたスタンドの影に驚いたのではという見解を示した。確かに本馬が斜行した位置はスタンドの影により地面が暗くなっている場所の直前だったから、おそらくゴスデン師の見解は正しいのだろう。しかしあれで降着にならないのだとしたら、レパーズタウン競馬場では二度と降着という事態は起こらなくなるのではないかと思えるような本馬の斜行であり、これは絶対に降着にするべきだったと筆者は思う。本馬が主人公である本項で、本馬にとって不利なことを書くのかと思われるかもしれないが、この件は海外でもかなり叩かれており、ここで降着にならなかった本馬の名誉はかえって大きく傷ついているようだからである。

凱旋門賞

次走は凱旋門賞が予定されていたが、ゴスデン師は馬場状態によってはジャックホブスを凱旋門賞に出して、本馬は英チャンピオンSに向かわせる旨も示唆していた。しかしゴスデン師が懸念するほど馬場が悪くならない事が予想されたため、本馬が凱旋門賞(仏GⅠ・T2400m)に出走して、ジャックホブスは英チャンピオンSに回ることになった。英ダービーと同じく初期登録が無かったため、オッペンハイマー氏は12万フランの追加登録料を支払う必要があった。

対戦相手の筆頭格は、凱旋門賞2回・仏オークス・ヴェルメイユ賞2回・サンクルー大賞・コリーダ賞を勝っていた牝馬トレヴで、史上初の凱旋門賞3連覇を目指して、この年3戦無敗の成績で参戦してきた。他の対戦相手は、ファウンド、フリーイーグル、仏ダービー・ギョームドルナノ賞・ニエル賞と3連勝してきた仏2000ギニー2着馬ニューベイ、パリ大賞・香港ヴァーズ・ソードダンサーS・リス賞の勝ち馬で前年の凱旋門賞・BCターフ・コロネーションCとこの年のドバイシーマクラシック・サンクルー大賞2着のフリントシャー、ドバイシーマクラシック・マルレ賞の勝ち馬でコロネーションC2着・ヴェルメイユ賞・サンクルー大賞3着のドルニヤ、パリ大賞・リス賞の勝ち馬イラプト、クリテリウムドサンクルー・バーデン大賞・グレフュール賞の勝ち馬でパリ大賞2着・仏ダービー3着のプリンスジブラルタル、キングエドワードⅦ世Sの勝ち馬でキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS2着のイーグルトップ、ヨークシャーオークス・デビュータントSの勝ち馬でモイグレアスタッドS・愛オークス2着のタペストリー、コンセイユドパリ賞・シャンティ大賞の勝ち馬マナティー、ロワイヤリュー賞・フィユドレール賞の勝ち馬フリン、フォルス賞の勝ち馬シルヴァーウェーブ、コリーダ賞・ドーヴィル大賞の勝ち馬でサンクルー大賞3着のシルジャンズサガ、オマール賞の勝ち馬シャハー、前年のサンクルー大賞で1位入線するも薬物検査に引っ掛かって失格となっていたシャンティ大賞・エドヴィル賞の勝ち馬スピリットジムだった。

トレヴが単勝オッズ2倍の1番人気、本馬が単勝オッズ5.5倍の2番人気、ニューベイが単勝オッズ6倍の3番人気、フリーイーグルが単勝オッズ15倍の4番人気、ファウンドが単勝オッズ19倍の5番人気となった。

本馬は17頭立ての14番枠を引いていた。これは一桁枠を希望していた本馬陣営にとってはあまり有り難くない枠順だったようである。特にゴスデン師は、前年の凱旋門賞で自身の管理馬タグルーダが15番枠を引いてしまい、その結果3番枠発走のトレヴと4番枠発走のフリントシャーの2頭に届かずに3着に敗れてしまったという苦い経験があった。そのためにゴスデン師とデットーリ騎手はレース前に色々と作戦を講じたようである。

スタートが切られると、トレヴの同厩馬シャハーがまずは先頭に立った。一方の本馬はスタートしてすぐに内側他馬とは逆方向の外側に向けて走り出した。これが陣営の事前作戦であり、スタートしてすぐに内側に進路を取ろうとすると、交通渋滞に巻き込まれて、前に行くことも出来ないまま外側を走らされる羽目になるのが目に見えていたからである。そして馬群から離れた大外をしばらく走ると、内側にいる他馬の順番が概ね定まったのを見計らって、徐々に馬体を内側に寄せていった。そしてちょうどシャハーに次ぐ2番手につけることに成功した。その後は2番手をロスなく走り続けると、直線に入って残り400m地点で先頭に立った。後方からは、前年と正反対に外側を走らされたトレヴとフリントシャー、それに内側を突いたニューベイが追いかけてきた。しかし本馬がそれらの追撃を完封し、2着フリントシャーに2馬身差、3着ニューベイにはさらに首差をつけて勝利を収め、ニューベイからさらに鼻差の4着に敗れたトレヴの凱旋門賞3連覇の夢を打ち砕いた。

デットーリ騎手は2002年のマリエンバード以来13年ぶり4回目、ゴスデン師にとっては初の凱旋門賞制覇となった。レース後にデットーリ騎手は本馬を、自身が過去に乗った中では最高の馬と賞賛したが、陣営の頭脳プレイなくしては本馬の勝利は無かったような気がする。

BCターフ

このレース後にオッペンハイマー氏は本馬をBCターフに出走させたい意向を明らかにした。凱旋門賞の勝ち馬がBCターフを勝った事例は過去に皆無だった事もあり、ゴスデン師はあまり乗り気ではなかったようだが、特に反対する明確な理由も無かったようで、本馬は米国に飛び、キーンランド競馬場で行われたBCターフ(米GⅠ・T12F)に参戦した。

対戦相手は、ユナイテッドネーションズS2回・ソードダンサー招待S・ジョーハーシュターフクラシックS・米国競馬名誉の殿堂博物館S・フォートマーシーSの勝ち馬でターフクラシック招待S・加国際S・マンハッタンS・アーリントンミリオン2着・ガルフストリームパークターフH3着のビッグブルーキトゥン、アーリントンミリオンS・スターズ&ストライプスS2回の勝ち馬でシャドウェルターフマイルS2着のザピッツァマン、凱旋門賞9着後に出走した英チャンピオンSで2着だったファウンド、ホーソーン金杯H・ボーリンググリーンH・ドミニオンデイSの勝ち馬でソードダンサーS2着のレッドライフル、マンハッタンSの勝ち馬でガルフストリームパークターフH・ユナイテッドネーションズS・ジョーハーシュターフクラシックS2着のスランバー、マンノウォーS・WLマックナイトH2回・マックディアーミダSの勝ち馬でマンノウォーS・ソードダンサー招待S・ユナイテッドネーションズS・ジョーハーシュターフクラシックS2着・BCターフ・ソードダンサー招待S・ユナイテッドネーションズS・ジョーハーシュターフクラシックS3着のトワイライトエクリプス、デルマーH2回・クーガーHの勝ち馬ビッグジョンビー、ケンタッキーターフカップSなど4連勝中のダビッグホス、アーリントンミリオンS3着馬シャイニングコッパー、亜国のGⅠ競走5月25日大賞を2回勝っていたオルダックダンなど11頭だった。本馬が単勝オッズ1.8倍の1番人気、ビッグブルーキトゥンが単勝オッズ6.8倍の2番人気、ザピッツァマンが単勝オッズ7.1倍の3番人気、ファウンドが単勝オッズ7.4倍の4番人気、レッドライフルが単勝オッズ19.6倍の5番人気となった。

スタートが切られると、単勝オッズ72.9倍の10番人気馬シャイニングコッパーが逃げた。それもただの逃げではなく、大逃げ、否、超大逃げだった。なにしろ道中で2番手に最大20馬身はつけたのだから。そして大きく大きく離された2番手が単勝オッズ151.8倍の最低人気馬ケージファイターであり、事実上はケージファイターが先頭で馬群を引っ張るような形となっていた。本馬はケージファイターから2~3馬身ほど離れた3番手を追走していた。向こう正面でシャイニングコッパーの脚色はどんどん怪しくなり、後続馬との差がみるみる縮まってきた。ケージファイターも失速したため、本馬が三角で2番手に上がり、さらに直線入り口でシャイニングコッパーをかわして先頭に立った。しかし本馬を徹底マークしていたファウンドが残り1ハロン地点で並びかけてきて叩き合いになった。最後はファウンドが競り勝って牝馬としては1991年のミスアレッジド以来26年ぶり史上3頭目の勝利を飾り、本馬は1馬身差の2着に惜敗した。

馬場は良馬場発表ではあったが、ゴスデン師にとってはあまり良い馬場ではなかったらしく、「ゴールデンホーンにとっては柔らかすぎる馬場でした」と、敗因を馬場状態に求めた。それでも当年の凱旋門賞馬のBCターフにおける着順としては、1987年に2着したトランポリノと並ぶ最高着順であり、その実力を改めて証明することは出来た。

凱旋門賞のレース後に、本馬の種牡馬権利がドバイのシェイク・モハメド殿下により購入されており、3歳限りで競走馬を引退して英国ダルハムホールスタッドで種牡馬入りする事が内定していたため、このレースを最後に引退となった。

3歳時の成績は8戦6勝2着2回で、この年のカルティエ賞年度代表馬及び最優秀3歳牡馬を受賞した。

ちなみに本馬の敗戦は2回とも牝馬に競り負けたものであり、海外でも日本でもそれを強調して「牝馬に弱いのでは?」という意見が散見されるが、筆者はあまり関係ないと思う。

血統

Cape Cross Green Desert Danzig Northern Dancer Nearctic
Natalma
Pas de Nom Admiral's Voyage
Petitioner
Foreign Courier Sir Ivor Sir Gaylord
Attica
Courtly Dee Never Bend
Tulle
Park Appeal Ahonoora Lorenzaccio Klairon
Phoenissa
Helen Nichols Martial
Quaker Girl
Balidaress Balidar Will Somers
Violet Bank
Innocence シーホーク
Novitiate
Fleche d'Or Dubai Destination Kingmambo Mr. Prospector Raise a Native
Gold Digger
Miesque Nureyev
Pasadoble
Mysterial Alleged Hoist the Flag
Princess Pout
Mysteries Seattle Slew
Phydilla
Nuryana Nureyev Northern Dancer Nearctic
Natalma
Special Forli
Thong
Loralane Habitat Sir Gaylord
Little Hut
Lora Lorenzaccio
Courtessa

ケープクロスは当馬の項を参照。

母フレッシュドールは不出走馬だが、フレッシュドールの6代母サンプリンセスは大種牡馬ナスルーラの半姉で、ムムタズマハルの孫に当たる。フレッシュドールの半兄にはミスティックナイト(父カーリアン)【リングフィールドダービートライアルS(英GⅢ)】、半姉にはレベッカシャープ(父マキャヴェリアン)【コロネーションS(英GⅠ)】がいる。フレッシュドールの母ヌリヤナの半妹ヤングヴィックの孫にはキッドナップド【サウスオーストラリアンダービー(豪GⅠ)】がいる。ヌリヤナの母ローラレーンの半妹にはオンザハウス【英1000ギニー(英GⅠ)・サセックスS(英GⅠ)】がおり、ローラレーンの母ローラの半兄にはダーバヴィル【キングズスタンドS】が、ローラの半姉クレアッサの子には稀代の快速牝馬ハビブティ【ジュライC(英GⅠ)・アベイドロンシャン賞(仏GⅠ)・キングズスタンドS(英GⅠ)】、そして豪州の歴史的名馬オクタゴナルなど5頭のGⅠ競走の勝ち馬の母となった大繁殖牝馬エイトカラットがいる。→牝系:F9号族③

母父ドバイディスティネーションはキングマンボ直子。一度は破産しながら立て直された米国の名門カルメットファームの生産馬で、モハメド殿下に購入されてゴドルフィンの所属馬として走り、主戦はデットーリ騎手が務めた。2戦1勝で迎えた英シャンペンS(英GⅡ)で、ロックオブジブラルタルを2着に破って勝利。しかし故障のため3歳時はリステッド競走プレドミネートSで2着した1戦のみに終わった。4歳時に復帰して1戦叩いて迎えたクイーンアンS(英GⅠ)を勝利したが、その後は2戦大敗して、通算成績8戦4勝で競走馬を引退した。2015年現在も現役種牡馬だが、あまり成功していない。

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