ジョージワシントン

和名:ジョージワシントン

英名:George Washington

2003年生

鹿毛

父:デインヒル

母:ボルディゲラ

母父:アリシーバ

史上初めてカルティエ賞最優秀2歳牡馬と最優秀3歳牡馬のタイトルを連続受賞した名馬を待ち受けていた種牡馬失格の烙印と非業の最期

競走成績:2~4歳時に英愛米仏で走り通算成績14戦6勝2着1回3着4回

米国初代大統領の名を貰い、“Gorgeous George(ゴージャス・ジョージ)”の愛称で親しまれた名馬だが、その数奇な運命によっても記憶される馬である。

誕生からデビュー前まで

米国ペンシルヴァニア州在住のロイ・ジャクソン氏と妻グレッチェン夫人のラエルステーブルにより生産された愛国産馬である。本馬と同世代のラエルステーブル産馬には、後のケンタッキーダービー馬バーバロもいるのだが、バーバロは米国ケンタッキー州産まれであるから、本馬と顔を合わせる機会はおそらくなかったはずである。

1歳時に英国ニューマーケットで実施されたタタソールズセールに出品され、ジョン・マグナー氏、マイケル・テイバー氏、デリック・スミス氏達のクールモアグループにより115万ギニー(当時の為替レートで約2億3100万円)で購入され、愛国エイダン・パトリック・オブライエン調教師に預けられた。

競走生活(2歳時)

2歳5月にニューマーケット競馬場で行われた芝5ハロンの未勝利ステークスで、主戦となるキーレン・ファロン騎手を鞍上にデビュー。単勝オッズ2.625倍の1番人気に支持された。しかしスタートで出負けして、残り1ハロン地点から猛然と追い上げるも、単勝オッズ17倍の5番人気馬リーグチャンピオンと、単勝オッズ9倍の3番人気馬ノーザンエンパイアの2頭に届かず、勝ったリーグチャンピオンから1馬身半差の3着に敗れた。

愛国に戻って出走したカラー競馬場芝6ハロンの未勝利戦では、単勝オッズ1.3倍の1番人気に支持された。ここでは行きたがる素振りを見せたためにファロン騎手が抑える場面があったが、残り2ハロン地点で仕掛けると、しっかりと末脚を伸ばして差し切り、2着グローバルウイングスに2馬身差で勝ち上がった。

続いてレイルウェイS(愛GⅡ・T6F)に出走した。ここではゴールデンアローという馬との2強ムードであり、本馬が単勝オッズ1.4倍の1番人気、ゴールデンアローが単勝オッズ3.75倍の2番人気となった。ここでもスタートから行きたがる素振りを見せ、ファロン騎手が強く抑えていた。残り1ハロン地点で先頭に立った後には左側によれる場面もあったが、それでも2着に逃げ粘った単勝オッズ26倍の最低人気馬アミゴニに3/4馬身差で勝利した。

次走の愛フェニックスS(愛GⅠ・T6F)では、コヴェントリーSの勝ち馬レッドクラブスくらいしか目立つ対戦相手がおらず、本馬が単勝オッズ1.62倍の1番人気に支持され、レッドクラブスが単勝オッズ5倍の2番人気となった。ここではスタートで躓いて出遅れてしまったが、後方2番手追走から一気に位置取りを上げて残り1ハロン半地点で先頭に立つと、瞬く間に後続馬を引き離した。最後は2着に逃げ粘った単勝オッズ34倍の同厩馬アマデウスモーツァルトに8馬身差をつけて大楽勝した。

続いて愛ナショナルS(愛GⅠ・T7F)に出走した。レイルウェイS2着後にアングルシーSを勝っていたアミゴニ、レイルウェイSで4着に終わっていたゴールデンアローなども出走してきたが、本馬に太刀打ちできそうな馬はいなかった。本馬が単勝オッズ1.18倍という圧倒的な1番人気に支持され、ヒートシーカーという馬が単勝オッズ10倍の2番人気となった。今回も本馬はスタート後に躓くわ、ゴール前で左側によれるわで、まるで会心の走りを見せられなかったが、それでも3番手追走から残り1ハロン地点で先頭に立ち、2着ゴールデンアローに2馬身差で勝利を収め、その素質の高さを改めて示した。

その後はデューハーストSに出走予定だったが、馬場状態の悪化を懸念した陣営の判断によりレース開始の数分前に回避した。

2歳時は5戦4勝の成績で、デューハーストS・ヴィンテージSなど4戦全勝のサーパーシー、ジャンリュックラガルデール賞・愛フューチュリティS・スーパーレイティヴSの勝ち馬でデューハーストS2着の同馬主同厩馬ホレーショネルソン、ジムクラックS・ミドルパークSの勝ち馬アマデウスウルフなどを抑えて、カルティエ賞最優秀2歳牡馬に選ばれた。

競走生活(3歳時)

3歳時はぶっつけ本番で英2000ギニー(英GⅠ・T8F)に出走。前述のサーパーシー、ホレーショネルソン、アマデウスウルフの3頭に加えて、愛フェニックスSで本馬の3着に敗れた後にジムクラックS・ミドルパークSで2着して前哨戦グリーナムSを勝ってきたレッドクラブス、クレイヴンSの勝ち馬キリーベッグス、英シャンペンSの勝ち馬クローズトゥユー、キラヴーランSの勝ち馬フロストジャイアント、ヨーロピアンフリーHを勝ってきたミスボンド、ソラリオSの勝ち馬オペラケープ、ソラリオS3着馬アセット、フェイルデンS2着馬オリンピアンオデッセイ、ホーリスヒルS2着馬ファイナルヴァ―ス、ホーリスヒルS3着馬アラーファなど、今時点の欧州における有力3歳牡馬が一同に会した。ぶっつけ本番の本馬ではあったが、他の有力馬勢の殆ども3歳初戦だった事もあり、単勝オッズ2.5倍の1番人気に支持された。サーパーシーが単勝オッズ5倍の2番人気、ホレーショネルソンが単勝オッズ7倍の3番人気、アマデウスウルフが単勝オッズ10倍の4番人気と、3歳初戦の馬4頭が上位人気を占めた。

スタートが切られると、単勝オッズ34倍の9番人気馬オリンピアンオデッセイが逃げを打ち、サーパーシー、ホレーショネルソン、アマデウスウルフといった本馬以外の有力馬勢はこぞって先行、本馬は馬群の中団やや後方を追走した。そしてファロン騎手が残り2ハロン地点で仕掛けると、残り1ハロン半地点で抜け出した。ここから右側によれる場面もあったが、それでも2着サーパーシーに2馬身半差をつけて完勝した。この年の英2000ギニーはかなり高レベルで、サーパーシーは次走の英ダービーを勝利し、4着アラーファも後述のとおり活躍している。12着に敗れたレッドクラブスは後にスプリントCを制してカルティエ賞最優秀短距離馬に選出され、13着に終わったフロストジャイアントも後に米国でサバーバンHを勝利している。ちなみに同日に米国で行われたケンタッキーダービーでは、本馬と同じラエルステーブル産馬のバーバロが優勝している。

次走の愛2000ギニー(愛GⅠ・T8F)では、前走で本馬から4馬身3/4差の4着だったアラーファ、テトラークSを勝ってきたディケイド、ホーリスヒルSの勝ち馬ハリケーンキャット、レパーズタウン2000ギニートライアルSの勝ち馬ヤスード、レパーズタウン2000ギニートライアルS2着馬エリオスタティック、バリサックスSで2着していたゴールデンアローなどが対戦相手となった。本馬が単勝オッズ1.57倍の1番人気に支持され、ディケイドが単勝オッズ5倍の2番人気、ハリケーンキャットが単勝オッズ7.5倍の3番人気、アラーファが単勝オッズ13倍の4番人気となった。ここでも本馬は馬群の中団後方につけたのだが、生憎の不良馬場に脚を取られた上に、スパート時に筋肉を痛めてしまい、先行して勝ったアラーファから2馬身差の2着に敗れた。

この後は治療のために短期休養に入った。本馬の休養中に行われたセントジェームズパレスSでは、アラーファが単勝オッズ3倍の1番人気に応えて快勝している。

3か月の休養を経て、8月のセレブレーションマイル(英GⅡ・T8F)で復帰した。ファルマスS2回・サセックスS・メイトロンS・フィリーズマイルとGⅠ競走で5勝を挙げていた一昨年のカルティエ賞最優秀古馬ソヴィエトソング、ミンストレスS・デスモンドSの勝ち馬で前年のフォレ賞2着馬キャラダック、サセックスSで3着してきたジョエルS・ベットフレッドドットコムマイルの勝ち馬ロブロイといった古馬勢が主な対戦相手となった。本馬が単勝オッズ1.83倍の1番人気に支持され、ソヴィエトソングが単勝オッズ4倍の2番人気、キャラダックが単勝オッズ7倍の3番人気、ロブロイが単勝オッズ8倍の4番人気となった。しかし本馬の鞍上はファロン騎手からマイケル・キネーン騎手に交代していた。本馬が休養中の7月に、ファロン騎手は賭博取引に関する詐欺共謀容疑でロンドン警察に逮捕されており(最終的には無罪)、当時は騎乗停止処分を受けていたのである。

この乗り代わりが影響したのかどうかは不明だが、元々スタートが良い馬ではなかった本馬は致命的な出遅れを犯してしまい、馬群から離された最後方からの競馬となった。それでも残り2ハロン地点から追い上げてきたが、キャラダックと、英2000ギニーで11着だった単勝オッズ51倍の5番人気馬キリーベッグスの2頭に届かず、勝ったキャラダックから1馬身1/4差の3着に敗れた。

しかし本馬の出遅れは実に8馬身ほどだった(伝説化されている1913年のナショナルブリーダーズプロデュースSにおけるザテトラークの出遅れは実際には4~5馬身ほど)から、普通にスタートしていれば多分勝ったはずである。キリーベッグスはともかく、キャラダックは次走のフォレ賞を勝つ馬であるし、ソヴィエトソングや、次走の英チャンピオンSでプライドの2着するロブロイに、あの内容で先着したのは評価されるものであった。

続いてクイーンエリザベスⅡ世S(英GⅠ・T8F)に向かった。前走サセックスS5着からの巻き返しを図る好敵手アラーファ、キリーベッグス、モルニ賞・セクレタリアトS2着・セントジェームズパレスS3着のジュライSの勝ち馬イワンデニーソヴィチといった同世代馬に加えて、ジャックルマロワ賞・ムーランドロンシャン賞など5連勝中のリブレッティスト、サセックスSを勝ってきた前年のフォレ賞の勝ち馬コートマスターピース、クイーンアンSで3着してきた前年のサセックスSの勝ち馬プロクラメーションといった有力古馬も参戦していた。しかもレース前日に降った大雨のため、当日の馬場状態はかなり悪化していた。陣営も直前まで出走回避を検討したようだが、結局は出走に踏み切った。それでもキネーン騎手騎乗の本馬が単勝オッズ2.625倍の1番人気に支持され、リブレッティストが単勝オッズ4倍の2番人気、プロクラメーションが単勝オッズ6倍の3番人気、コートマスターピースが単勝オッズ7.5倍の4番人気、アラーファが単勝オッズ8倍の5番人気と続いた。

スタートが切られると、本馬と同厩のイワンデニーソヴィチがペースメーカー役として先頭を引っ張り、今回は特に問題ないスタートを切った本馬は馬群の中団後方を追走。直線に入ってもしばらく馬群の中で我慢していたが、外側を走っていたリブレッティストが失速して進路が開くと一気に加速して前を行くアラーファを差し切り、最後は2着アラーファに1馬身1/4差をつけて勝利した。なお、2番人気だったリブレッティストは、失速するイワンデニーソヴィチと接触したのが影響したのか6着に終わっている。

その後、本馬はチャーチルダウンズ競馬場で行われるブリーダーズカップ参戦のため渡米。BCマイルではなくBCクラシック(米GⅠ・D10F)に参戦することが本番2週間前に決定された。その理由は、本馬はマイル戦で既に十分な実績を残していたため、仮にBCマイルを勝っても種牡馬価値は大して上昇しないとクールモアグループが判断したためだとされている。しかし海外の資料には明記されていないのだが、筆者はもう1つ理由があると考える。本馬と同馬主同厩同世代には愛ダービー・愛チャンピオンSの勝ち馬ディラントーマスがおり、陣営は元々ディラントーマスをBCクラシックに参戦させる予定だった。ところがディラントーマスは前哨戦として出走したジョッキークラブ金杯で全く競馬にならずに惨敗したためにBCクラシックどころではなくなってしまい、その結果として本馬が代わりにBCクラシックに参戦する事になったというのが筆者の意見である。

しかし、初のマイルを超える距離に加えて初ダート、しかもプリークネスS・トラヴァーズS・ジョッキークラブ金杯・ジムダンディSなど6連勝中のバーナーディニ、サンタアニタH・チャールズウィッテンガム記念H・ハリウッド金杯・パシフィッククラシックS・グッドウッドBCHなど7連勝中のラヴァマン、ピムリコスペシャルH・サバーバンH・ホイットニーHと3連勝中のインヴァソールといった、時代を代表する米国ダート路線の強豪馬達が対戦相手では、さすがに分が悪いと思われた。それでも前述3頭に次ぐ4番人気(単勝オッズ10.4倍)に推されたのは、期待するファンも少なからずいたという事だろう。

レースでは内埒沿いの中団好位をロス無く追走。三角手前から徐々に進出していったが、バーナーディニやインヴァソールなどの加速と比べるとやはり差があった。直線でもそれなりに伸びてはきたものの、勝ったインヴァソールから7馬身後方の6着に敗れた。騎乗したキネーン騎手によると、ゴール前では完全にスタミナが切れていたらしく、ダートの10ハロンはやはり合わなかったようである。それでも、本馬から8馬身3/4差の7着に敗れたラヴァマンを始め7頭に先着しており、同じく欧州から参戦してきた英チャンピオンS・ドバイデューティーフリー・エクリプスSの勝ち馬デビッドジュニアが大差の最下位に敗れたこともあり、それなりに良く走ったと評価された。

この年は5戦2勝の成績だったが、それでも6戦3勝のディラントーマス、凱旋門賞・パリ大賞勝ちなど7戦5勝のレイルリンクを抑えて、カルティエ賞最優秀3歳牡馬に選ばれた。カルティエ賞最優秀2歳牡馬がカルティエ賞最優秀3歳牡馬も受賞したのは、本馬が史上初であった(本馬以降にはニューアプローチフランケルの2頭が達成)。

種牡馬失格の烙印を押されて競走馬に復帰させられる

キネーン騎手を始めとする多くの人々が現役続行を望んだが、BCクラシックの後に現役引退が発表された。そして愛国クールモアスタッドにおいて種付け料6万ユーロで種牡馬入りして、第2の馬生を送るはずだった。

ところが本馬は50頭の繁殖牝馬と交配して受胎したのが僅か数頭(無事に誕生した産駒は僅か1頭)と、受精能力が非常に低いことが判明。4歳3月にクールモアグループは本馬の種牡馬登録を抹消すると発表した。2003年に他界したデインヒルの後継種牡馬として本馬に期待していた馬産家は多く、多くの繁殖牝馬が本馬のもとに集まっていたため、クールモアグループは、愛フェニックスS・ジャンリュックラガルデール賞を勝っていた同じデインヒル産駒の3歳馬ホーリーローマンエンペラーを急遽引退させて種牡馬入りさせ、本馬と交配予定だった繁殖牝馬への対応措置を取った。本馬の種牡馬失格と、英2000ギニーでも有力視されていたホーリーローマンエンペラーの競走馬引退及び種牡馬入りの報道は、競馬界の大ニュースとして世界中を駆け巡った。

そして競走馬として復帰させられることになった本馬は、オブライエン師の元で同年3月から調教が再開された。

復帰戦は5月のタタソールズ金杯が予定されていたが間に合わず、同年6月のクイーンアンS(英GⅠ・T8F)が復帰戦となった。ヴィットリオディカプア賞・伊2000ギニー・エミリオトゥラティ賞・リボー賞の勝ち馬で伊ダービー・ロッキンジS2着のラモンティ、前年のメイトロンSや前走のロッキンジSを勝っていたレッドエヴィ、ジャージーS・ベットフレッドマイルの勝ち馬ジェレミー、エドモンブラン賞・ミュゲ賞を連勝してきたラシンガー、ジャンプラ賞の勝ち馬で前走イスパーン賞2着のタートルボウルなどが対戦相手となったが、本馬が単勝オッズ1.91倍の1番人気に支持された。今回もキネーン騎手が騎乗した本馬だったが、久々の影響もあってか、道中はかなり折り合いを欠いていた。それでも馬群の中団からゴール前で鋭く追い上げたが、ラモンティ、ジェレミー、タートルボウルの3頭に届かず、ラモンティの4着に終わった。もっとも、ラモンティとの差は僅か半馬身であり、その競走能力はまだ健在である事を示した。

次走はエクリプスS(英GⅠ・T10F7Y)となった。ここでは、英ダービー・ダンテS・レーシングポストトロフィーを勝っていた3歳馬オーソライズド、英国際S・タタソールズ金杯などの勝ち馬で前年の同競走2着のノットナウケイト、ロイヤルロッジS・ディーSの勝ち馬アドミラルオブザフリート、デリンズタウンスタッドダービートライアルSの勝ち馬アーチペンコなどが対戦相手となった。オーソライズドが単勝オッズ1.57倍の1番人気に支持され、距離がやや長いと思われた上に、キネーン騎手が同厩馬アドミラルオブザフリートに乗る事になったためにシーミー・ヘファーナン騎手に乗り代わっていた本馬は単勝オッズ5倍の2番人気となった。スタートが切られると、オーソライズドのペースメーカー役シャンペリーが先頭を引っ張り、ノットナウケイトが先行、本馬はオーソライズドと共に馬群の最後方を追走した。そして直線に入ると、そのままオーソライズドとの激しい叩き合いとなった。しかしゴール前で力尽きて、頭差競り負けた。しかし競り勝ったオーソライズドは勝利馬ではなく、2着オーソライズドに1馬身半差をつけて勝ったのは、直線で1頭だけ外埒沿いの馬場が良いところを走るという奇襲戦法に出た単勝オッズ8倍の3番人気馬ノットナウケイトであり、本馬は3着だった。

次走のムーランドロンシャン賞(仏GⅠ・T1600m)では、久々にファロン騎手が騎乗した。前年は英国における騎乗停止だけでなく、それとは別件でレース後の薬物検査に引っ掛かって仏国でも騎乗停止処分を受けていたファロン騎手は、この年の6月にようやく復帰していた。対戦相手は、クイーンアンSに続いてサセックスSも勝ってきたラモンティ、仏1000ギニー・アスタルテ賞を勝ってきた3歳牝馬ダルジナ、クイーンアンS3着後にジャックルマロワ賞でも3着してきたタートルボウル、ジャックルマロワ賞で2着してきたホロシーン、ジャンプラ賞で3着してきた伊2000ギニー馬ゴールデンティタス、ドバイのGⅡ競走アルファフィディフォートを2連覇していたフォレ賞・ドバイデューティーフリーの2着馬リンガリ、エクリプスSで7着に終わっていたアーチペンコ、仏2000ギニー勝ち馬アストロノマーロイヤルの8頭だった。このメンバー構成の中でも、本馬は単勝オッズ2.5倍の1番人気に支持され、単勝オッズ3.25倍の2番人気にラモンティ、単勝オッズ5.5倍の3番人気にダルジナが続いた。レースでは本馬の同厩馬アーチペンコが先頭に立ち、ダルジナとラモンティが先行、本馬は馬群の中団後方につけた。そして直線に入ってから追い上げてきたのだが、先に抜け出したダルジナとラモンティを捕らえるほどの勢いは無く、勝ったダルジナから3馬身差、2着ラモンティから1馬身差の3着に敗れた。

その後は前年に勝利したクイーンエリザベスⅡ世Sに向かわず(ラモンティが勝利している)、前年に引き続き米国に遠征して、モンマスパーク競馬場で行われたブリーダーズカップに参戦した。既に種牡馬価値云々を考慮する必要はなくなっていた以上、出走するのはBCマイルにすればよかったものを(この年のBCマイルは本命馬不在で混戦模様だった)、陣営は前年に引き続きBCクラシック(米GⅠ・D10F)に出走させた。

米国ダート路線でも世代交代の波は進んでおり、前年に続いて出走してきたのは本馬と、この年のホイットニーH・ウッドワードSなどを制してエクリプス賞最優秀古馬牡馬に選ばれるローヤーロン(前年は9着で、本馬が先着している)の2頭のみだった。他の出走馬は、ケンタッキーダービー・BCジュヴェナイル・トラヴァーズSなどの勝ち馬ストリートセンス、プリークネスS・ジョッキークラブ金杯などの勝ち馬カーリン、ドワイヤーS・ハスケル招待H・ブルックリンHと3連勝中のエニーギヴンサタデー、ケンタッキーダービー2着など米国三冠競走路線でも健闘したキングズビショップSの勝ち馬ハードスパン、サンタアニタダービー・グッドウッドSなどの勝ち馬ティアゴといった3歳馬が中心だった。この対戦相手のレベルに加えて、前年のレース内容や近走の状態からしても、このレースにおける本馬の勝ち目はかなり低かったのだが、それでも6番人気ながら前年より僅かに低い単勝オッズ10倍となったのは、本馬の復活を願う人が米国の競馬ファンの中にも少なからずいた事を示している。

レースは泥まみれの不良馬場で行われた。前年に引き続きキネーン騎手が騎乗した本馬は前年とは異なり、今回は先行集団に取り付く積極策を採った。しかし向こう正面でペースに付いていけなくなり徐々に後退。そして直線途中で故障を発生して競走中止。右前脚の管骨と種子骨骨折で予後不良と診断され、カーリンの圧勝に沸く観客席からはほとんど注目される事もなく、その場で安楽死の措置が執られた。あまりの馬場状態の悪さが脚に負担を与えたとも考えられるが、同じ状況で行われた同日の他競走においては特に事故は発生しておらず、故障の理由は定かではない。この年の初めには、前年のプリークネスSで故障したバーバロも闘病生活の末に他界しており、相次ぐ悲劇に生産者ラエルステーブルのジャクソン夫妻の心境はいかばかりだっただろうか。

本馬の現役復帰については、その悲劇的な結末に加えて、2年後の2009年にやはり競走馬に復帰したが不発に終わったラヴァマンの一件が追い打ちをかけた事もあり(ラヴァマンはクールモアとは無関係だが)、お金に困っているわけでもないのに功労馬にせずに現役復帰を強行したとして、クールモアグループに対する批判的な意見が多いようである。

血統

デインヒル Danzig Northern Dancer Nearctic Nearco
Lady Angela
Natalma Native Dancer
Almahmoud
Pas de Nom Admiral's Voyage Crafty Admiral
Olympia Lou
Petitioner Petition
Steady Aim
Razyana His Majesty Ribot Tenerani
Romanella
Flower Bowl Alibhai
Flower Bed
Spring Adieu Buckpasser Tom Fool
Busanda
Natalma Native Dancer
Almahmoud
Bordighera Alysheba Alydar Raise a Native Native Dancer
Raise You
Sweet Tooth On-and-On
Plum Cake
Bel Sheba Lt. Stevens Nantallah
Rough Shod
Belthazar War Admiral
Blinking Owl
Blue Tip Tip Moss Luthier Klairon
Flute Enchantee
Top Twig High Perch
Kimpton Wood
As Blue Blue Tom トンピオン
Pink Silk
As Well スパイウェル
Echasse

デインヒルは当馬の項を参照。

母ボルディゲラは現役成績5戦1勝だが、2002年のカルティエ賞最優秀古馬に選ばれた本馬の半兄グランデラ(父グランドロッジ)【シンガポール航空国際C(星GⅠ)・プリンスオブウェールズS(英GⅠ)・愛チャンピオンS(愛GⅠ)・マクトゥームチャレンジR3(首GⅡ)】も産んでいる優秀な繁殖牝馬。ボルディゲラの母ブルーティップはペネロープ賞(仏GⅢ)の勝ち馬。しかし近親には殆ど活躍馬が見当たらず、優秀な牝系であるとは言えない。ブルーティップの5代母コロンブポワニャルデは仏オークス馬ペリューシュブルーの娘で、コロンブポワニャルデの半妹ビューズボンドレの牝系子孫に、NARグランプリ年度代表馬に2度選出された笠松競馬の名牝ラブミーチャン【全日本2歳優駿(GⅠ)・兵庫ジュニアグランプリ(GⅡ)・東京盃(GⅡ)・東京スプリント(GⅢ)・クラスターC(GⅢ)・名古屋でら馬スプリント3回】がいるが、さすがにここまで離れると近親とは言えない。→牝系:F5号族①

母父アリシーバは当馬の項を参照。

唯一の産駒

種牡馬失格の烙印を押されて競走馬に復帰させられ非業の死を遂げた本馬だが、レインボークエスト牝駒フローレスリーとの間にたった1頭だけ産駒を残した。この唯一の子デイトウィズデスティニーは牝馬で、デビュー戦を勝ち上がり、リングフィールドオークストライアルSで3着に入るなど7戦1勝の成績を残した後に繁殖入りしている。フローレスリーの子や孫には世界各国のステークスウイナーが複数おり(2006年の仏ダービー2着馬ベストネームや、日本で走ったフェアリーSの勝ち馬ジェルミナルもフローレスリーの孫である)、その血統背景からデイトウィズデスティニーに対する繁殖牝馬としての期待は大きい。デイトウィズデスティニーは既にガリレオとの間に牝駒を産んでおり、この母子が繁殖牝馬として後世に本馬の血を伝えてほしいものである。

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