シンダー

和名:シンダー

英名:Sinndar

1997年生

鹿毛

父:グランドロッジ

母:シンタラ

母父:ラシュカリ

英ダービー・愛ダービーをダブル制覇した馬として史上初めて凱旋門賞も優勝してジンクス打破に成功する

競走成績:2・3歳時に英仏で走り通算成績8戦7勝2着1回

誕生からデビュー前まで

アガ・カーンⅣ世殿下により生産・所有された愛国産馬で、愛国ジョン・オックス調教師に預けられた。オックス師はかつて名牝リッジウッドパールなどを手掛けた名伯楽である。アガ・カーンⅣ世殿下は早い時期からオックス師を気に入っており、1989年の英オークスで1位入線した所有馬のアリーサが薬物検査に引っ掛かって失格になった一件に反発したアガ・カーンⅣ世殿下が所有馬を英国から引き払った後には、最も重要な預託先となっていた。

成長すると体高16.5ハンドに達した本馬は、速いというよりも力強い印象の走り方をする馬だった。主戦はジョニー・ムルタ騎手で、本馬の全レースに騎乗した。

競走生活(2歳時)

2歳9月にカラー競馬場で行われた芝8ハロンの未勝利戦でデビューして、単勝オッズ2倍の1番人気に支持された。レースでは馬群の好位5番手を進み、残り1ハロン地点で先頭に立つと、2着となった単勝オッズ6.5倍の3番人気馬ガルシアマルケス(エクリプス賞年度代表馬エーピーインディの甥で、BCマイルの勝ち馬コートヴィジョンの全兄。後に香港に移籍してレインボーアンドゴールドと改名)に1馬身半差をつけて楽勝した。ガルシアマルケスから首差の3着だった単勝オッズ3.5倍の2番人気馬メディアパズルは、後に豪州の大競走メルボルンCを勝利することになる。

この2週間後には愛ナショナルS(愛GⅠ・T8F)に出走。このレースで単勝オッズ1.36倍という断然の1番人気に支持されたのは、愛国の名伯楽エイダン・オブライアン調教師が送り込んできたバーンスタイン(朝日杯フューチュリティSの勝ち馬ゴスホークケンの父)で、前走レイルウェイSの4馬身半差完勝など2戦2勝でここに臨んできていた。一方の本馬は単勝オッズ8倍の2番人気だった。重馬場で行われたレースでは、バーンスタインがスタートから単騎で逃げ、そのまま逃げ切るように見えたが、残り1ハロン地点で失速。そこへ単勝オッズ51倍の最低人気馬ムラーウィがやって来て、バーンスタインを捕らえた。さらにムルタ騎手の必死の追いに応えて力強く追い上げてきた本馬が前の2頭を続けてかわし、最後は2着ムラーウィに頭差で勝利した(バーンスタインは5着だった)。

この時のレースぶりを見たアガ・カーンⅣ世殿下は「もっと距離が延びたほうが強いでしょう」と評し、オックス師は「精神的に強くて素直な馬です」と評した。2歳時はこの2戦のみで休養入りした。

競走生活(3歳前半)

3歳時は距離が短い英2000ギニーではなく、距離が長い英ダービーを当初からの目標とした。まずは4月にレパーズタウン競馬場で行われたリステッド競走バリサックスS(T10F)から始動した。GⅠ競走勝ち馬である本馬は、このレースで他馬勢より7ポンド重い131ポンドを背負うことになった。この斤量が嫌われたのか、単勝オッズは3.5倍ながらも4頭立て3番人気の評価だった。レースでは積極的に先行したものの、ゴール寸前で単勝オッズ3倍の2番人気馬グランドフィナーレに捕まって頭差2着に敗れた(ただし3着馬ラマスは15馬身後方だった)。

それから1か月後には、デリンズタウンスタッドダービートライアルS(愛GⅢ・T10F)に出走した。オブライアン師が送り込んできたレパーズタウン2000ギニートライアルSなど3戦無敗のバッハなどが対戦相手となった。ここでも本馬は他馬勢より7ポンド重い130ポンドの斤量を課せられたが、バッハと並んで単勝オッズ2.75倍の1番人気に支持された。レースは本馬の同厩馬シャワンディが逃げを打ち、直線で本馬とバッハが叩き合いながら伸びてくる展開となった。そして本馬がバッハを頭差の2着に退けて勝利した。

次走が本番の英ダービー(英GⅠ・T12F10Y)となった。ただし当日の馬場状態が堅すぎるのを懸念したオックス師は、直前まで本馬を仏ダービーに向かわせることも検討していたという。英2000ギニー馬キングズベストは直前になって重度の筋肉痛を発症したため回避したが、サンダウンクラシックトライアルS・ダンテSなど4連勝で臨んできたサキー、大種牡馬サドラーズウェルズと愛オークス馬ウィームズバイトの間に産まれた良血馬だったニューマーケットSの勝ち馬ビートホロー、オブライアン師が送り込んできたレーシングポストトロフィーの勝ち馬アリストートル(前走のグレフュール賞では1位入線も3着に降着)、2連勝で臨んできた素質馬ウェルビーイング、仏グランクリテリウムで1位入線2着降着・英2000ギニーで3着だったグリーナムSの勝ち馬バラシアゲスト、ソラリオSを勝っていたゴドルフィンの期待馬ベストオブザベスツといった有力馬が顔を揃えていた。ビートホローが単勝オッズ4倍の1番人気、サキーが単勝オッズ5倍の2番人気、アリストートルが単勝オッズ6倍の3番人気と続き、本馬は単勝オッズ8倍の4番人気止まりだった。しかし直前まで出走を迷っていたにも関わらず、オックス師は自信満々で本馬を送り出した。

スタートが切られるとまずは単勝オッズ17倍の8番人気馬キングスクレアが先頭に立ち、サキーとベストオブザベスツが2~3番手、本馬は好位の6~7番手を追走した。最初に先頭に立ったキングスクレアが馬群から大きく離れた大外を走り続けてレース半ばで早々に失速したため、サキーとベストオブザベスツが早めに先頭に立つ展開となった。そして本馬もタッテナムコーナーで位置取りを上げて、4番手で直線を向いた。まずはサキーが抜け出して逃げ込みを図ったが、すぐ後方にいた本馬が外側から追い込んできて、残り1ハロン地点で追いついて叩き合いに持ち込んだ。そして激しい追い比べの末に、サキーを1馬身差の2着に抑えて優勝した。愛国調教馬が英ダービーを勝利したのは1984年のセクレト以来16年ぶりだった。サキーが翌年の凱旋門賞を圧勝したり、本馬から6馬身差の3着だったビートホローがパリ大賞やアーリントンミリオンを制覇したりしたため、この年の英ダービーは高レベルだったと後に言われるようになる。

続く愛ダービー(愛GⅠ・T12F)では、仏ダービー馬ホールディングコート、英2000ギニー馬キングズベスト、オブライアン師が送り込んできたガリニュールSの勝ち馬グラインドボーン、仏グランクリテリウム・リュパン賞の勝ち馬シーロ、メディアパズルなどが対戦相手となった。当日は不良馬場となり、仏ダービーでは重馬場の中を6馬身差で圧勝していたホールディングコートが馬場適性面では優勢と思われていた。それでも本馬が単勝オッズ2.1倍の1番人気に支持され、ホールディングコートが単勝オッズ3.25倍の2番人気、キングズベストが単勝オッズ4.5倍の3番人気、グラインドボーンが単勝オッズ17倍の4番人気となった。

レースでは本馬と同厩のペースメーカー役レイプールとタカリの2頭が先頭を引っ張り、本馬は5番手の好位を追走。残り2ハロン地点で先頭に立つと、後続を一気に引き離した。最後はムルタ騎手が手綱を抑え、ガッツポーズをするほどの余裕ぶりで、2着グラインドボーンに9馬身差をつけて圧勝し、1993年のコマンダーインチーフ以来7年ぶり史上13頭目の英ダービー・愛ダービーのダブル制覇を達成した。オックス師は父のサー・ジョン・オックス師が1962年の愛2000ギニー馬アークティックストームで2着に敗れた愛ダービー制覇を成し遂げ、親子2代に渡る38年越しの雪辱を果たした。また、アガ・カーンⅣ世殿下は英ダービーと愛ダービーを両方勝った馬の所有者に贈られる100万ドルのボーナスを獲得した。

競走生活(3歳後半)

夏場は休養に充て、秋は凱旋門賞を目指してニエル賞(仏GⅡ・T2400m)から始動した。ユジェーヌアダム賞を5馬身差で勝ってきたソビエスキー、リス賞の勝ち馬リシタス、オカール賞2着馬クリムゾンクエストなどが対戦相手となった。本馬が単勝オッズ1.3倍という断然の1番人気に支持され、ソビエスキーが単勝オッズ4.7倍の2番人気となった。ここでもペースメーカー役のレイプールを先に行かせて本馬は先行。そして残り400m地点で先頭に立つと、そのまま後続を突き放した。最後は2着となった単勝オッズ8.9倍の4番人気馬クリムゾンクエストに8馬身差をつけて圧勝。

オックス師を完全に満足させる出来で、勇躍本番の凱旋門賞(仏GⅠ・T2400m)に向かった。しかし、英ダービー・愛ダービーを両方勝った馬が凱旋門賞を制した例は過去に無かった。英ダービー・愛ダービーを両方勝った上で凱旋門賞に出走した馬はこれまでに5頭いたが、1970年のニジンスキーは1番人気でササフラの2着、1979年のトロイは1番人気でスリートロイカスの3着、1986年のシャーラスタニは4番人気でダンシングブレーヴの4着、1988年のカヤージは2番人気でトニービンの6着、1991年のジェネラスは1番人気でスワーヴダンサーの8着と、回を追うごとに順位を下げていた。このうちシャーラスタニとカヤージの2頭はアガ・カーンⅣ世殿下の所有馬であり、また、1981年の英ダービー・愛ダービー馬でやはりアガ・カーンⅣ世殿下の所有馬だったシャーガーも凱旋門賞前に引退していた。

英ダービー・愛ダービーを両方勝った馬は凱旋門賞を勝てないというジンクスが影響したのかは定かではないが、本馬は単勝オッズ2.5倍の2番人気に留まった。単勝オッズ1.8倍の1番人気に支持されたのは、欧州では仏ダービー・愛ダービー・ニエル賞・凱旋門賞・タタソールズ金杯・サンクルー大賞・キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDS・フォワ賞と8連勝中であり「不朽の存在の域に達しつつある」と評されたモンジューだった。他の出走馬は、独ダービー・バーデン大賞など6戦無敗の独国調教馬ザムム、前走ヴェルメイユ賞をレースレコードで制した仏オークス2着馬ヴォルヴォレッタ、仏オークスの勝ち馬でヴェルメイユ賞3着のエジプトバンド、リューテス賞・エクスビュリ賞・ドーヴィル大賞を勝ってきたルシアンホープ、サンクルー大賞とドーヴィル大賞で連続2着してきたシャンティ大賞の勝ち馬ダーリングミス、プランスドランジュ賞など3連勝中のハイトーリなどだった。ザムムが単勝オッズ8.5倍の3番人気、ヴォルヴォレッタが単勝オッズ9.6倍の4番人気、エジプトバンドが単勝オッズ26倍の5番人気であり、ほぼ本馬とモンジューの一騎打ちムードだった。

好スタートを切った本馬は、ペースメーカー役のレイプールを先に行かせて単独2番手を追走。そして直線に入ってすぐにレイプールをかわして先頭に立った。すぐ後方からヴォルヴォレッタが追撃してきたが本馬との差は縮まらなかった。さらに大外からエジプトバンドが追い込んできたが、やはり本馬をかわす事は出来なかった。結局、同レース史上2位の2分25秒8という好タイムで走破した本馬が、2着エジプトバンドに1馬身半差、3着ヴォルヴォレッタにはさらに3馬身差をつけて優勝。英ダービー・愛ダービー・凱旋門賞の3競走を全て制した史上初の馬となった。英ダービー馬が凱旋門賞も制したのは、シーバードミルリーフラムタラに次ぐ4頭目だった。2連覇を狙った1番人気のモンジューは、ヴォルヴォレッタからさらに2馬身半差の4着に終わった。

ムルタ騎手は「誰も彼を追い抜くことは出来ません。彼こそ最高の馬です。まさしく打破不可能です」と本馬を賞賛した。陣営は、もう本馬が証明するべき事は何も無いとして、レース10日後に本馬の競走馬引退を発表した。

3歳時は6戦5勝の成績で、カルティエ賞年度代表馬に選ばれた同じ3歳馬のジャイアンツコーズウェイを抑えて、カルティエ賞最優秀3歳牡馬に選ばれた。年度代表馬を抑えて世代別代表馬を受賞した事例は米国のエクリプス賞や日本のJRA賞でも見受けられる(米国では1983年にアンバサダーオブラックがオールアロングを抑えて最優秀古馬牝馬を、1984年にはスルーオゴールドジョンヘンリーを、1993年にはバートランドがコタシャーンを抑えて最優秀古馬牡馬を受賞している。日本でも2013年にオルフェーヴルがロードカナロアを、2015年にラブリーデイがモーリスを抑えて最優秀4歳以上牡馬を受賞している。別路線を進んだ傑出馬が2頭いた場合に発生しやすいようである)ため、まったく無いわけではないが、それでも珍しい事例には違いない(カルティエ賞においてはこの年のみである)。

父系はスピード型、母系はスタミナ型の本馬だが、能力的には長距離馬だったと評されており、無意味に焦れ込んで消耗することがない優れた気性に裏打ちされた豊富なスタミナを武器に先行して押し切るレースを得意としていた。英タイムフォーム社は本馬を「頑丈で闘争心がある本物の名馬」と評している。

血統

Grand Lodge Chief's Crown Danzig Northern Dancer Nearctic
Natalma
Pas de Nom Admiral's Voyage
Petitioner
Six Crowns Secretariat Bold Ruler
Somethingroyal
Chris Evert Swoon's Son
Miss Carmie
La Papagena Habitat Sir Gaylord Turn-to
Somethingroyal
Little Hut Occupy
Savage Beauty
Magic Flute Tudor Melody Tudor Minstrel
Matelda
Filigrana Niccolo Dell'Arca
Gamble in Gold
Sinntara Lashkari Mill Reef Never Bend Nasrullah
Lalun
Milan Mill Princequillo
Virginia Water
Larannda Right Royal Owen Tudor
Bastia
Morning Calm Crepello
Bara Bibi
Sidama Top Ville High Top Derring-Do
Camenae
Sega Ville Charlottesville
La Sega
Stoyana Abdos Arbar
Pretty Lady
Bielka Coaltown
Tourzima

グランドロッジは当馬の項を参照。

母シンタラは現役成績6戦4勝、ジオラミーアSの勝ち馬。シンタラの母シダマの半弟にはサジード【ノアイユ賞(仏GⅡ)・オカール賞(仏GⅡ)】がいる。近親にそれほど活躍馬がいるわけではないが、本馬の牝系はアガ・カーンⅣ世殿下が1978年にマルセル・ブサック氏から大量購入した繁殖牝馬の1頭ストヤナの系統であり、遠縁には、コアジェイダ【仏1000ギニー・愛オークス・チェヴァリーパークS】、マシップ【ロワイヤルオーク賞・アスコット金杯】、アポロニア【仏1000ギニー・仏オークス・モルニ賞・仏グランクリテリウム】、アカマス【リュパン賞(仏GⅠ)・仏ダービー(仏GⅠ)】、アカラッド【サンクルー大賞(仏GⅠ)】、アキーダ【凱旋門賞(仏GⅠ)】、ダルシャーン【仏ダービー(仏GⅠ)】、ダララ【ヴェルメイユ賞(仏GⅠ)】、エバディーラ【愛オークス(愛GⅠ)・ロワイヤルオーク賞(仏GⅠ)】、エンゼリ【アスコット金杯(英GⅠ)】、ダリアプール【コロネーションC(英GⅠ)・香港ヴァーズ(香GⅠ)】、リヴァーダンサー【クイーンエリザベスⅡ世C(香GⅠ)】、カラダック【フォレ賞(仏GⅠ)】、リンガリ【ヴィットリオディカプア賞(伊GⅠ)・ダルマイヤー大賞(独GⅠ)】、ダーレミ【プリティポリーS(愛GⅠ)・ヨークシャーオークス(英GⅠ)・ドバイシーマクラシック(首GⅠ)】、リワイルディング【ドバイシーマクラシック(首GⅠ)・プリンスオブウェールズS(英GⅠ)】、マーゴットディド【ナンソープS(英GⅠ)】、カスバーブリス【カドラン賞(仏GⅠ)】、メアンドレ【パリ大賞(仏GⅠ)・サンクルー大賞(仏GⅠ)・ベルリン大賞(独GⅠ)・オイロパ賞(独GⅠ)】、エスティメイト【アスコット金杯(英GⅠ)】、パリッシュホール【デューハーストS(英GⅠ)】、タグルーダ【英オークス(英GⅠ)・キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS(英GⅠ)】、ハンターズライト【ローマ賞(伊GⅠ)・マクトゥームチャレンジR3(首GⅠ)・ジェベルハッタ(首GⅠ)】など多くの活躍馬がいる。→牝系:F13号族①

母父ラシュカリはミルリーフ直子で、本馬と同様にアガ・カーンⅣ世殿下の生産・所有馬。3歳夏までは平凡な馬だったが、3歳秋にコンセイユドパリ賞(仏GⅡ)を勝って挑んだ第1回のBCターフ(米GⅠ)では、単勝オッズ54倍の最低人気という評価を覆して、オールアロングストロベリーロード以下を破って勝利している。4歳時も走ったが、あまり活躍できずに引退。現役成績は12戦5勝だった。種牡馬としては伊ジョッキークラブ大賞を制したエルデリスタンを出した程度で殆ど活躍できなかった。

競走馬引退後

競走馬を引退した本馬は、アガ・カーンⅣ世殿下所有の愛国ギルタウンスタッドで種牡馬入りした。2006年からは同じくアガ・カーンⅣ世殿下所有の仏国ボネヴァル牧場に移動している。種牡馬としては20頭以上のステークスウイナーを出してそれなりの成績を挙げているが、凱旋門賞3年連続2着のユームザイン、2007年の英ダービー3着馬アカリーム、2011年の凱旋門賞2着馬シャレータなど、あと一歩が足りない印象を受ける。4・5世代目の産駒からはステークスウイナーが1頭しか出ていないなど産駒の出来にもばらつきがあり、種牡馬入り当初は3万ポンドだった種付け料も2015年現在では4500ユーロまで下がっている。

主な産駒一覧

生年

産駒名

勝ち鞍

2002

Louvain

ミエスクS(米GⅢ)

2002

Moonlight Dance

愛国際S(愛GⅢ)

2002

Pictavia

セレクトS(英GⅢ)

2002

Shawanda

愛オークス(愛GⅠ)・ヴェルメイユ賞(仏GⅠ)・ロワイヨモン賞(仏GⅢ)

2003

Visindar

グレフュール賞(仏GⅡ)

2003

Youmzain

オイロパ賞(独GⅠ)・サンクルー大賞(仏GⅠ)・グレートヴォルティジュールS(英GⅡ)

2004

Aqaleem

リングフィールドダービートライアルS(英GⅢ)

2004

Four Sins

ブランドフォードS(愛GⅡ)・ブルーウインドS(愛GⅢ)

2004

Mandali

仏チャンピオンハードル(仏GⅠ)

2007

Gertrude Bell

ランカシャーオークス(英GⅡ)

2007

Rosanara

マルセルブサック賞(仏GⅠ)

2007

Valasyra

フロール賞(仏GⅢ)

2008

Shareta

ヨークシャーオークス(英GⅠ)・ヴェルメイユ賞(仏GⅠ)・ミネルヴ賞(仏GⅢ)

2011

Eye in the Sky

オスロC(那GⅢ)

2011

Kaldera

独セントレジャー(独GⅢ)

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