和名:ティファニーラス |
英名:Tiffany Lass |
1983年生 |
牝 |
黒鹿 |
父:ボールドフォーブス |
母:サリースターク |
母父:グロースターク |
||
ハイレベルなケンタッキーオークスを無敗で制した名牝は日本に繁殖牝馬として輸入されて牝系を伸ばす |
||||
競走成績:2~4歳時に米で走り通算成績10戦8勝2着1回3着1回 |
誕生からデビュー前まで
米国ケンタッキー州の馬産家アーロン・U・ジョーンズ氏の生産・所有馬で、父ボールドフォーブスや米国三冠馬アファームドなども手掛けたラザロ・ソーサ・バレラ調教師に預けられた。
競走生活(2・3歳時)
2歳12月のクリスマスの前日にハリウッドパーク競馬場で行われたダート6ハロンの未勝利戦で、ゲイリー・スティーヴンス騎手を鞍上にデビューして、1馬身差で勝利した。年が明けると米国南部のルイジアナ州に移動し、フェアグラウンズ競馬場を主戦場とした。まずは1月のダート6ハロンの一般競走に出走。R・フレイジャー騎手を鞍上に、2着トゥエルヴマイルリミットに5馬身差をつけて圧勝した。続いて2月のセルマS(D6F)に出走して、今度は2着ベストインクラスに9馬身差をつけて圧勝。さらに3月初めのダヴォナデイルS(D8.5F)も2着スーパーセットに3馬身差をつけて勝利した。3月下旬に出走したフェアグラウンズオークス(GⅢ・D8.5F)では、ボニーミスSを勝ってきたパトリシアジェイケイを3/4馬身差の2着に、デザートヴィクスンSの勝ち馬ターンアンドダンスを3着に抑えて勝利した。
続いて舞台を隣のアーカンソー州オークローンパーク競馬場に移し、ファンタジーS(GⅠ・D8.5F)に出走した。ここでは、スピナウェイS・アーリントンワシントンラッシーS・フリゼットSを勝ちBCジュヴェナイルフィリーズ・メイトロンS・デモワゼルSでも2着して前年のエクリプス賞最優秀2歳牝馬に選ばれていたファミリースタイル、リーガルキロS・マグノリアSを連勝してきたロトカ(日本で走って平安S・名古屋大賞典・マーチSなどを勝ったマンボツイストの母)、ターンアンドダンスなどが対戦相手となった。しかしフレイジャー騎手に代わってスティーヴンス騎手を正式な主戦に迎えた本馬が、2着ロトカに2馬身半差をつけて完勝し、6戦無敗でGⅠ競走を制覇した。
そしてケンタッキー州チャーチルダウンズ競馬場に向かい、ケンタッキーオークス(GⅠ・D9F)に参戦した。この年のケンタッキーオークスは非常にメンバーが揃っており、サンタアニタオークスを勝ってきた4戦無敗のヒドゥンライト、ファンタジーS4着後に出走した牡馬相手のアーカンソーダービーで3着だったファミリースタイル、父ボールドフォーブスの姪に当たるラスヴァージネスSの勝ち馬ライフアトザトップ、デルマーデビュータントS・オークリーフS・ランダルースSの勝ち馬でデルマーフューチュリティ2着のアーウィーハヴィングファンイエット、アッシュランドSを勝ってきたクラシーキャシー、ガーデニアS・デモワゼルSの勝ち馬でメイトロンS3着のアイムスウィーツ、サルサルSを勝ってきたダイナミックスター、サンタイサベルSの勝ち馬でオークリーフS・ハリウッドスターレットS2着のトリムコロニー、マイディアSの勝ち馬アイスクリームソーシャル、ロトカ、前走3着のターンアンドダンスが参戦していた。しかし本馬がこれらの強豪馬勢を抑えて1番人気に支持された。レースでは直線でライフアトザトップとの叩き合いとなったが、頭差競り勝って優勝、無敗のケンタッキーオークス馬が誕生した。
ところがその後は体調を崩して、3歳シーズン後半は全休することになった。しかしこの3歳シーズン後半にケンタッキーオークスで本馬に打ち負かされた馬達が次々に活躍した。ケンタッキーオークス2着だったライフアトザトップはマザーグースS・レアパフュームS・レディーズH・ロングルックHを勝ち、CCAオークス・ガゼルHで2着、アラバマS・スピンスターSで3着した。同3着だったファミリースタイルはブラックアイドスーザンS・シルヴァーベルズHを勝ち、マザーグースS・ハリウッドオークスで3着した(翌年にはラカナダSやアーリントンメイトロンHなどを勝利)。同4着のクラシーキャシーはアラバマS・ガゼルHを勝ち、テストSで2着、ベルデイムSで3着した。同7着のヒドゥンライトはハリウッドオークス・デルマーオークスを勝利した。同8着のアイムスウィーツはハニービーHを勝ち、テストSで3着した(翌年にはバレリーナSを勝利)。同9着のダイナミックスターはエイコーンS・マザーグースSで2着、モンマスオークス・ガゼルHで3着した。同10着のロトカはエイコーンS・クイーンエリザベスⅡ世CCSを勝ち、レアパフュームSで2着、CCAオークスで3着した(翌年にはブラックヘレンHを勝利)。この結果、本馬がこの年の3歳牝馬では一番強いと判断され、エクリプス賞最優秀3歳牝馬を受賞した。3歳時は6戦全勝の成績だった。
競走生活(4歳時)
1年間に及ぶ長期休養を経て4歳4月に復帰した本馬は、ハリウッドパーク競馬場で行われたシルヴァースプーンS(D6F)に出走。亜国のGⅠ競走フェリクスデアルサガウンスエ大賞で2着して米国に移籍していたルイサンを3/4馬身差の2着に抑えて勝利した。
しかしそれから10日後という強行軍で出走したホーソーンH(GⅡ・D8F)では、エルエンシノSの勝ち馬セルダムシーンスー、後にトップフライトH・チュラヴィスタHなどを勝つハニービーS2着馬クラバーガールの2頭に屈して、勝ったセルダムシーンスーから8馬身も離された3着に敗退。デビュー以来の連勝は8で止まった。
その後は1か月ほど間隔を空け、6月のミレイディH(GⅠ・D9F)に出走した。主な対戦相手は、セルダムシーンスー、クラバーガール、亜国でミルギネアス大賞・ポージャデポトランカス大賞とGⅠ競走2勝を挙げた後に米国に移籍してサンゴルゴーニオHを勝ちサンタマルガリータ招待H・ゲイムリーHで3着していたフラウアルティバだった。しかしフラウアルティバ、クラバーガールには先着するも、勝ったセルダムシーンスーから2馬身3/4差の2着に終わり、このレースを最後に4歳時3戦1勝の成績で競走馬を引退した。
血統
Bold Forbes | Irish Castle | Bold Ruler | Nasrullah | Nearco |
Mumtaz Begum | ||||
Miss Disco | Discovery | |||
Outdone | ||||
Castle Forbes | Tulyar | Tehran | ||
Neocracy | ||||
Longford | Menow | |||
Bold Irish | ||||
Comely Nell | Commodore M. | Bull Lea | Bull Dog | |
Rose Leaves | ||||
Early Autumn | Jamestown | |||
Equinoctial | ||||
Nellie L. | Blenheim | Blandford | ||
Malva | ||||
Nellie Flag | American Flag | |||
Nellie Morse | ||||
Sally Stark | Graustark | Ribot | Tenerani | Bellini |
Tofanella | ||||
Romanella | El Greco | |||
Barbara Burrini | ||||
Flower Bowl | Alibhai | Hyperion | ||
Teresina | ||||
Flower Bed | Beau Pere | |||
Boudoir | ||||
Sally Ship | Turn-to | Royal Charger | Nearco | |
Sun Princess | ||||
Source Sucree | Admiral Drake | |||
Lavendula | ||||
Nut Brown Maid | Nasrullah | Nearco | ||
Mumtaz Begum | ||||
Quincey | Mieuxce | |||
Queen's Pipe |
父ボールドフォーブスは当馬の項を参照。
母サリースタークは不出走馬だが、その母サリーシップはケンタッキーオークス・アッシュランドSの勝ち馬。サリースタークは繁殖牝馬としては優秀な成績を収め、本馬の半兄ヴァルデス(父エクスクルシヴネイティヴ)【スワップスS(米GⅠ)・シルヴァースクリーンH(米GⅡ)・サンパスカルH(米GⅡ)・パターソンH(米GⅢ)・ラトガーズH(米GⅢ)】も産んでいる。また、同じくエクスクルシヴネイティヴとの間に産まれた本馬の半姉バッフドオレンジは繁殖牝馬として日本に輸入されている。なお、サリースタークは本馬を産んだ翌年に14歳で他界している。他の近親の活躍馬には、サリーシップの半姉スパーメイドの子にキロクイーン【CCAオークス・モンマスオークス】、キロクイーンの子にオーポワン【ドワイヤーS(米GⅠ)】が、サリーシップの半姉アームドヴィーナスの玄孫に日本で走ったエアハリファ【根岸S(GⅢ)】がいる。→牝系:F3号族①
母父グロースタークは当馬の項を参照。
競走馬引退後
競走馬を引退した本馬は、1988年から米国ケンタッキー州で繁殖入りしたが、2年後の1990年に繁殖牝馬セールに出品され、「ヤマニン」の冠名で知られる日本の錦岡牧場により3億2千万円で購買され、ニジンスキーとの子を受胎した状態で来日した。ケンタッキーオークス馬が日本に繁殖牝馬として輸入されたのは、同じ1990年に輸入されたグッバイヘイローと並んで史上初のことであった。
その競走実績から繁殖牝馬としても大きく期待を集めたが、4番子の牝駒ヤマニンアリーナ(父サンデーサイレンス)がオープン特別のクローバー賞を、10番子の牡駒ヤマニンイデアル(父ダンシングブレーヴ)がオープン特別のききょうSを勝ったのが目立つ程度に終わり、同じく日本で繁殖入りしていた半姉バッフドオレンジが、メローフルーツ【札幌三歳S(GⅢ)】、オレンジピール【オークストライアル四歳牝馬特別(GⅡ)・クイーンC(GⅢ)・チューリップ賞(GⅢ)】と2頭の重賞勝ち馬を産んだのと比べると、見劣りする成績しか残せなかった。
本馬は2005年に蹄葉炎を発症して他界したが、その前年の2004年に、本馬が来日後すぐに産んだ3番子の牝駒ヤマニンジュエリー(父ニジンスキー)の娘ヤマニンシュクルが阪神ジュベナイルフィリーズ(GⅠ)を優勝して中央競馬の最優秀2歳牝馬に選ばれ、孫の代からようやく活躍馬が出た。また、本馬の死後にはヤマニンアリーナの子ヤマニンメルベイユ【中山牝馬S(GⅢ)・クイーンS(GⅢ)】とヤマニンキングリー【札幌記念(GⅡ)・中日新聞杯(GⅢ)・シリウスS(GⅢ)】の2頭が重賞を制している。ヤマニンメルベイユは既に繁殖入りしており、またヤマニンシュクルも阪神ジュベナイルフィリーズ制覇後、桜花賞(GⅠ)3着・秋華賞(GⅠ)2着・中山牝馬S(GⅢ)1着と活躍した後に繁殖入りしており、本馬の牝系が日本で発展する事を期待したい。