スウェイル

和名:スウェイル

英名:Swale

1981年生

青鹿

父:シアトルスルー

母:トゥエルタ

母父:フォルリ

名門クレイボーンファームを初めてケンタッキーダービー馬の馬主にしたのに続いてベルモントSも勝利したがその僅か8日後に急死する

競走成績:2・3歳時に米で走り通算成績14戦9勝2着2回3着2回

誕生からデビュー前まで

米国ケンタッキー州の名門牧場クレイボーンファームの生産・所有馬で、ウッドフォード・スティーヴンズ調教師に預けられた。

競走生活(2歳時)

2歳7月にベルモントパーク競馬場で行われたダート5ハロンの未勝利戦で、主戦となるエディ・メイプル騎手を鞍上にデビューした。単勝オッズ1.6倍の1番人気に支持されたものの、2歳時における本馬の好敵手の1頭となるシャトルジェットに2馬身半差をつけられて2着に敗れた。2週間後にベルモントパーク競馬場で出走したダート6ハロンの未勝利戦では、これまた2歳時における本馬の好敵手の1頭となるキャピトルサウス(これが3戦目の未勝利戦だった)を1馬身1/4差の2着に破って初勝利を挙げた。

その後は8月のサラトガスペシャルS(GⅡ・D6F)に出走した。ここではジュヴェナイルSを勝ってきたファイトオーヴァー、トレモントSで2着してきたトントなどに加えて、未勝利戦勝利から直行してきたシャトルジェットと2度目の顔合わせとなった、レースは不良馬場で行われたが、本馬がシャトルジェットを3/4馬身差の2着に退けて勝利した。

それから3週間後にはホープフルS(GⅠ・D6.5F)に出走。シャトルジェットの姿は無く、サラトガスペシャルS3着後にサンフォードSを勝っていたビッグウォルト、デビュー4戦目の未勝利戦をようやく勝ち上がってきたキャピトルサウスなどが対戦相手となった。ところがここではキャピトルサウスが勝利を収め、これまた未勝利戦を勝ち上がってきたばかりだった後のナシュアSの勝ち馬ドンリックルズが2着に入り、本馬はキャピトルサウスから4馬身1/4差をつけられた3着に敗れてしまった。

翌9月に出走したベルモントフューチュリティS(GⅠ・D7F)では、キャピトルサウスが故障のため長期休養入りしてしまい、サラトガスペシャルS2着後に出走したサプリングSで4着に終わっていたシャトルジェット、未勝利戦を勝ち上がってきたばかりの後のペガサスHの勝ち馬ヘイルボールドキングなどが対戦相手となった。結果は本馬がシャトルジェットを鼻差の2着に抑えて勝利を収めた。

翌10月のブリーダーズフューチュリティ(GⅡ・D8.5F)では、今まで本馬と戦ってきた多くの馬が不在であり、本馬が一般競走を勝ってきたスペンダーを頭差の2着に、後にベルモントSで顔を合わせる事になるバックベイバリスターを3着に、クレイドルSを勝ってきたコークスミーチャドを4着に破って勝利した。

11月にメドウランズ競馬場で出走したヤングアメリカS(GⅠ・D8.5F)では、ベルモントフューチュリティS2着後にモントクレアSを勝っていたシャトルジェット、カウディンS・シャンペンSと連続2着してきたドクターカーター、シャンペンSで3着してきたアワケイシーズボーイ、コークスミーチャドなどが対戦相手となった。しかし本馬を脅かしたのは彼等ではなく、一般競走を勝って臨んできたディサストラスナイトだった。インコースを進んたために馬群に包まれてなかなか抜け出せなかった本馬は、なんとか隙間を見つけて伸びてくると、ディサストラスナイトと殆ど同時にゴーウインした。写真判定の結果、本馬が鼻差で勝利を収めていた(ドクターカーターがさらに3馬身差の3着だった)。

2歳時はこれが最後のレースで、この年の成績は7戦5勝、GⅠ競走2勝を含むグレード競走4勝を挙げた。通常の年であればエクリプス賞最優秀2歳牡馬に選ばれても不思議ではない成績を残したが、本馬の同世代同厩馬には圧勝に次ぐ圧勝でローレルフューチュリティ・シャンペンS・カウディンSなど5戦全勝の成績を残し、セクレタリアトの再来と言われたデヴィルズバッグがいたため、エクリプス賞最優秀2歳牡馬の受賞はならなかった。

競走生活(3歳初期)

3歳時は冬場を過ごしたフロリダ州のガルフストリームパーク競馬場で3月に行われたハッチソンS(GⅢ・D7F)から始動した。ここでは一般競走2勝を含む3連勝中のフォーヘイローという馬が挑んできたが、本馬がフォーヘイローを8馬身差の2着にちぎり捨てて実力の違いを見せつけた。

ところが次走のファウンテンオブユースS(GⅡ・D8.5F)では口内炎を発症していた影響があったのか、前走ハッチソンSで3着だった単勝オッズ40倍の伏兵ダーンザットアラーム、ワットアプレジャーS2着馬カウンターフェイトマネーの2頭に屈して、勝ったダーンザットアラームから1馬身半差の3着に敗れてしまった。

次走のフロリダダービー(GⅠ・D9F)からは、デヴィルズバッグの主戦でもあったメイプル騎手がデヴィルズバッグと共にケンタッキーダービーに向かう事を決めたため、本馬の主戦はラフィット・ピンカイ・ジュニア騎手に交代となった。対戦相手は、ダーンザットアラーム、カウンターフェイトマネー、ヤングアメリカS3着後にレムセンSを勝ち前走フラミンゴSでは4着デヴィルズバッグに先着する2着していたドクターカーター、そのフラミンゴSで3着した後にタンパベイダービーで2着していたレクソンズホープなどだった。今回は本馬が2着ドクターカーターに3/4馬身をつけて勝利した。

その後はケンタッキーダービーを目指してケンタッキー州に向かい、まずは本番18日前のレキシントンS(D8.5F)に出走した。しかし不良馬場が影響したのか、勝ったヒーイズアグレートディールに8馬身差をつけられて2着に敗れてしまい、やや不安が残る結果となった。さらに、管理していたスティーヴンズ師が肺炎と肺気腫のために入院してしまうというアクシデントが発生。スティーヴンズ師はケンタッキーダービーの前夜まで退院できなかったため、本馬の調整はクレイボーンファームで子馬の馴致を担当していたマイク・グリフィン氏が代わりに行った。

ケンタッキーダービー

そして迎えたケンタッキーダービー(GⅠ・D10F)では、ほんの少し前まで本命視されていたデヴィルズバッグが調子落ちを理由に回避したために一転して混戦模様となっていた。対戦相手は、ハリウッドスターレットS・ハリウッドジュヴェナイルCSS・デルマーデビュータントS・デルマーフューチュリティ・サンタスサナS・ラスヴァージネスSの勝ち馬で前走アーカンソーダービーでは牡馬を蹴散らして勝ってきた前年のエクリプス賞最優秀2歳牝馬アルセア、オークリーフSの勝ち馬でアーリントンワシントンラッシーS・フリゼットS・ノーフォークS・ハリウッドスターレットS2着の実績があったこの年のエクリプス賞最優秀3歳牝馬ライフジマジック、ルイジアナダービー・ブルーグラスSなど3連勝中のテイラーズスペシャル、ルイジアナダービー・ブルーグラスSと連続2着してきたサイレントキング、ノーフォークS・ハリウッドフューチュリティ・サンフェリペSの勝ち馬ファリタイム、ジムビームSを勝ってきたアットザスレショルド、レベルHを勝ってきた翌年のエクリプス賞最優秀古馬牡馬ヴァンランディンガム、アーカンソーダービーで2着してきたパインサークル、サンフェリペH・エルカミノリアルダービー2着・サンタカタリナS・アーカンソーダービー3着のゲートダンサー、ベイショアSの勝ち馬でレムセンS2着のシークレットプリンス、ゴーサムSの勝ち馬でウッドメモリアルS3着のベアハント、ハリウッドプレビューSの勝ち馬ソーヴァーグ、ウッドメモリアルSで2着してきたラジャズシャーク、カリフォルニアダービーで2着してきたマジェスティックショア、ダービートライアルSで2着してきたビロキシーインディアン、サラトガスペシャルSで本馬の4着に敗れていたルイジアナダービー3着馬ファイトオーヴァー、フロリダダービーで4着だったレクソンズホープ、ヤングアメリカS5着後はいいところなしだったコークスミーチャドなど19頭だった。アルセアとライフジマジックの牝馬2頭のカップリングが単勝オッズ3.5倍の1番人気に支持され、本馬が単独で単勝オッズ4.4倍の2番人気となった。

スタートが切られるとアルセアが果敢に先頭に立ち、本馬を含む10頭程度がそれを追って先行集団につけた。そしてスタミナが切れた馬から次々に脱落していくという、ケンタッキーダービーらしい生き残り合戦となった。その中でも3番手につけていた本馬の手応えが良く、三角に入ったところで先頭に立って少しずつ確実に後続馬を引き離していった。そして直線入り口で2番手集団に3~4馬身ほどの差をつけると、その差をゴールまで堅持して、2着に突っ込んできたコークスミーチャドに3馬身1/4差、3着アットザスレショルドにはさらに2馬身差をつけて完勝。父シアトルスルーに次ぐ父子二代のケンタッキーダービー馬の称号を手にした。

また、クレイボーンファームは、ジョンズタウンラウンドテーブルボールドルーラーケルソバックパサーなど米国競馬史上に名を残す名馬を生産してきたが、他者の所有となった生産馬がケンタッキーダービーを勝った事はあったけれども、馬主としてケンタッキーダービーを優勝した事は過去に無く(ここに掲げた馬の中でケンタッキーダービーを勝ったのはジョンズタウンのみで、その馬主はウィリアム・ウッドワード卿であった)、本馬により悲願の勝利を達成した。そのためにクレイボーンファームの人々の喜びようは半端ではなく、直前まで本馬の調整を担当したグリフィン氏は「全てはスウェイルに始まってスウェイルに終わります」と言いながら、クレイボーンファームの代表者セス・ハンコック氏達とシャンパンを酌みかわした。また、本馬鞍上のピンカイ・ジュニア騎手は過去にケンタッキーダービーに10回参戦して全て敗れており、11度目の挑戦で念願の初優勝となった(結果的にはこれが彼にとって唯一のケンタッキーダービー制覇となった)。また、ケンタッキーダービーの前夜にようやく退院したスティーヴンズ師にとっては、1974年のキャノネイドに次ぐ2度目の同競走制覇だった。

プリークネスS

次走のプリークネスS(GⅠ・D9.5F)では、前走5着のゲートダンサー、同6着のパインサークル、同7着のファイトオーヴァー、同13着のテイラーズスペシャル、同14着のラジャズシャーク、ウィザーズSを勝ってきたプレイオン、イリノイダービーで2着してきたウインドフライヤーなど9頭が対戦相手となった。ケンタッキーダービーを完勝した上に事前の調教で好時計を連発していた本馬は当然のように単勝オッズ1.6倍という断然の1番人気に支持された。

ここでは逃げるファイトオーヴァーを見るように2番手を追走したが、前走と異なり三角手前における反応が非常に悪く、四角で馬群に飲み込まれてしまった。レースは四角で外側を駆け上がって直線入り口で先頭に立ったゲートダンサーが1分53秒6のレースレコード(ただし後の2012年になって1973年の勝ち馬セクレタリアトの勝ちタイムが1分54秒4から1分53秒0に訂正されたため、実際には当時2位のタイムである)で勝利を収め、本馬はゲートダンサーから7馬身差をつけられた7着に敗れた。

逃げたファイトオーヴァーが3着に粘っている事からしても、ハイペースに巻き込まれたというわけではなく、敗因は不明である。ただ、後年になってスティーヴンズ師の調教助手の1人だったビル・バジェット氏は「事前の調教であまりにも走り過ぎたために、かえって調子を落としたのです」と語っている。ちなみに本馬が事前の調教で連発した好時計とは、チャーチルダウンズ競馬場に居残って走った7ハロンを1分24秒0、同1マイルを1分37秒2、ピムリコ競馬場に移動した後の本番5日前調教で半マイルを46秒、2日前調教で5ハロンを59秒6というものだった。上記1マイルの調教においてスティーヴンズ師は「私は1分41秒0で走らせるつもりだったのですが・・・」と語っている。

ベルモントS

次走のベルモントS(GⅠ・D12F)では、ゲートダンサー、前走2着のプレイオン、同5着のパインサークル、トロピカルパークダービー・ペンシルヴァニアダービーの勝ち馬でウィザーズS2着のモーニングボブ、ケンタッキーダービー2着から直行してきたコークスミーチャド、同9着から直行してきたサイレントキング、ブリーダーズフューチュリティで本馬の3着に敗れた後にウィザーズSで3着してピーターパンSを勝ってきたバックベイバリスター、ピーターパンSで3着してきたロマンチックトラディションなど10頭が対戦相手となった。前走の敗戦により本馬の評価ははやや落ちていたが、それでも単勝オッズ2.5倍の1番人気に支持された。

スタートが切られるとインコースから発走したプレイオンが先頭を伺ったが、本馬が外側からそれをかわして先頭に立ち、そのまま2番手のプレイオンや3番手のゲートダンサー達に1馬身ほどの差をつけて逃げを打った。最初の2ハロン通過は24秒8、半マイル通過は49秒75であり、自分のペースで逃げることが出来ていた。そのままの態勢で三角に入ると、後続馬との差を徐々に広げ始めた。そして2馬身ほどの差をつけて直線に入ると、溜めていたスタミナを活かして二の脚を使い、2着パインサークルに4馬身差、3着モーニングボブにはさらに3馬身差をつけて完勝した。スティーヴンズ師とピンカイ・ジュニア騎手はいずれも、一昨年の同競走をコンキスタドールシエロで、前年の同競走をカヴィアトで勝っており、これでベルモントS3連覇を果たした(スティーヴンズ師はさらに翌年の同競走をクレームフレーシュで、翌々年の同競走もダンチヒコネクションで勝ち、5連覇まで記録を伸ばした)。

急死

父のように米国三冠馬にはなれなかったが、米国三冠競走のうち2競走を制した本馬の行く手には輝かしい未来が待ち受けているかに見えた。ところがベルモントS制覇から僅か8日後の6月17日、本馬は朝の調教が終わった後の日課となっていた水浴びに向かう途中の歩行中(水浴び中だったとする資料もある)に突然崩れ落ちてそのまま息を引き取った。平常もなんら病的な兆候は無かったため、現在でも本馬の正確な死因は不明とされている。ただ、司法解剖が行われたところ、心臓の大動脈弁のところに小さな亀裂があった事が判明したため、一応は心不全が死因だったという事になっているようである。いずれにしても無事であれば父シアトルスルーの優秀な後継種牡馬になり得た馬だけに、その死は惜しまれる。

3歳時の成績は7戦4勝で、この年のエクリプス賞最優秀3歳牡馬を受賞し、同年の父の北米首位種牡馬奪取にも大きく貢献した。

遺体は生まれ故郷のクレイボーンファームに埋葬されている。クレイボーンファームは原則として牧場運営に多大な貢献を果たした種牡馬のみを牧場の墓地に埋葬する方針なのだが、例外的に本馬は種牡馬生活を送らなかったにも関わらず当該墓地に埋葬された。ガルフストリームパーク競馬場では本馬の名を冠したGⅡ競走スウェイルSが施行されている。

馬名に関して

馬名は英語で「くぼ地」という意味である。この命名の由来については、以下の話が伝えられている。本馬は幼少期からとても良く寝る馬だった。ある朝、本馬がパドックから姿を消してしまい、牧場中が大騒ぎになった。やがて牧場スタッフがどこからともなく聞こえてくる鼾の音に気付き、牧場内の地面に出来たくぼ地を覗いてみると、隠れて寝ている本馬の姿があった。この出来事で本馬は「くぼ地」と名付けられた。

競走馬になった後も、本馬は調教後に寝るのが日課だったようで、本馬が倒れて他界した瞬間も、関係者達は眠くなって寝ただけだと一瞬思い、念のために確認してみると既に呼吸が止まっていたのだという。

血統

Seattle Slew Bold Reasoning Boldnesian Bold Ruler Nasrullah
Miss Disco
Alanesian Polynesian
Alablue
Reason to Earn Hail to Reason Turn-to
Nothirdchance
Sailing Home Wait a Bit
Marching Home
My Charmer Poker Round Table Princequillo
Knight's Daughter
Glamour Nasrullah
Striking
Fair Charmer Jet Action Jet Pilot
Busher
Myrtle Charm Alsab
Crepe Myrtle
Tuerta Forli Aristophanes Hyperion Gainsborough
Selene
Commotion Mieuxce
Riot
Trevisa Advocate Fair Trial
Guiding Star
Veneta Foxglove
Dogaresa
Continue Double Jay Balladier Black Toney
Blue Warbler
Broomshot Whisk Broom
Centre Shot
Courtesy Nasrullah Nearco
Mumtaz Begum
Highway Code Hyperion
Book Law

シアトルスルーは当馬の項を参照。なお、本馬は父の2年目産駒であるが、シアトルスルー産駒は初年度産駒ランダルースが2歳時に急死するなど活躍馬の早世が相次ぎ、当時はシアトルスルー産駒にはそうした遺伝的な要素があるのではないかと実しやかに囁かれたという。

母トゥエルタは産まれつき片目が不自由な馬で、スペイン語で「隻眼」を意味する名前を付けられた。しかし競走馬としては25戦9勝、ブルーヘンS・ロングアイランドH(米GⅢ)・クリサンセマムH(米GⅢ)を勝つ活躍を見せた。クレイボーンファームの代表者アーサー・ブル・ハンコック・ジュニア氏が1972年に死去して息子のセス・ハンコック氏が後を継いだ際、高額の相続税を支払うために所有していた馬の多くを売却する羽目になったが、繁殖牝馬としてのトゥエルタに相当な期待を寄せていたクレイボーンファームはトゥエルタを手放さなかったと言われている(筆者が考えるには、片目が不自由な馬では高値で売れそうになかったのも一因のような気がする。勿論競走成績や血統面の評価もあっただろうが)。トゥエルタは5番子である本馬以外に活躍馬を産んではいないが、本馬の半妹ルック(父スペクタキュラービッド)の孫にはヴァレナール【フォレ賞(仏GⅠ)】、曾孫にはヴァジラバド【ロワイヤルオーク賞(仏GⅠ)】など複数のグループ競走の勝ち馬がいる。

トゥエルタの半兄にはリスト(父エルバジェ)【ABレテリアメモリアルH・ガヴァナーズカップH】、半弟には本邦輸入種牡馬ヤマニン(父エルバジェ)【ワイドナーH(米GⅠ)・クラークH(米GⅢ)】がいる他、トゥエルタの半姉チェーン(父エルバジェ)の子にはチェーンブレスレット【トップフライトH(米GⅠ)・シュヴィーH(米GⅡ)・ベッドオローゼズH(米GⅢ)】、曾孫にはゾフティグ【シリーンS(加GⅠ)】、玄孫世代以降にはザフティグ【エイコーンS(米GⅠ)】、ゾーインプレッシヴ【マザーグースS(米GⅠ)】、トムズトリビュート【エディリードS(米GⅠ)】が、トゥエルタの全妹コンティニュエーションの孫にはシャディード【英2000ギニー(英GⅠ)・クイーンエリザベスⅡ世S(英GⅡ)】、曾孫には日本で走ったストロングブラッド【かしわ記念(GⅠ)・カブトヤマ記念(GⅢ)・さくらんぼ記念(GⅢ)・群馬記念(GⅢ)】が、トゥエルタの半妹ファーリング(父ホイストザフラッグ)の孫にはブランズウィック【ホイットニーH(米GⅠ)】、曾孫には日本で走ったナムラマース【札幌2歳S(GⅢ)・毎日杯(GⅢ)】が、トゥエルタの半妹ファイル(父トムロルフ)の子にはフォーティナイナー【ベルモントフューチュリティS(米GⅠ)・シャンペンS(米GⅠ)・ハスケル招待H(米GⅠ)・トラヴァーズS(米GⅠ)・サンフォードS(米GⅡ)・ブリーダーズフューチュリティS(米GⅡ)・ファウンテンオブユースS(米GⅡ)】がいる。

トゥエルタの母コンティニューの半弟にはナイトリーマナー【ディキシーH】、ディグニタス【チャールズHストラブS・サンヴィンセントS】、半妹にはリスペクテッド【サンタイネスS】が、コンティニューの全姉デュプレクスの子にはモリーバランタイン【フリゼットS(米GⅠ)】がいる。コンティニューの曾祖母ブックローは英セントレジャー・コロネーションS・ナッソーS・ジョッキークラブSなどを勝った名牝。→牝系:F1号族⑤

母父フォルリは当馬の項を参照。

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