ゴールドリヴァー

和名:ゴールドリヴァー

英名:Gold River

1977年生

栗毛

父:リヴァーマン

母:グラヌーズ

母父:スノッブ

1981年の凱旋門賞を制した名牝は21世紀のマイル女王ゴルディコヴァの曾祖母となるなど牝系も発展させる

競走成績:3・4歳時に仏で走り通算成績14戦7勝2着2回3着3回

誕生からデビュー前まで

仏国を代表するファッションブランドであるシャネルの代表者で、グリーンダンサーなどの馬主でもあったジャック・ウェルトハイマー氏により生産・所有された仏国産馬で、仏国アレック・ヘッド調教師に預けられた。主戦はヘッド師の息子フレデリック・ヘッド騎手が務めた。デビューから一貫して2000m以上のレースを使われており、当初から長距離馬とみなされていたようである。

競走生活(3歳時)

3歳5月にロンシャン競馬場で行われたヌイイ賞(T2000m)でデビューして勝ち上がった。翌月に同コースで行われたセントジェームズ賞(T2000m)も勝利。仏オークスには向かわずに出走したフィユドレール賞(GⅢ・T2100m)では、同年秋の凱旋門賞を制することになる同世代の牝馬デトロワに2馬身半差をつけられて2着に敗れた。

夏場も休まず走り、7月のミネルヴ賞(GⅢ・T2400m)に出走して、グレイトヴァーティクトの1馬身1/4差3着。8月のポモーヌ賞(GⅢ・T2700m)では、2着マリエラに3馬身差をつけて勝利した。

GⅠ競走初出走となった次走のヴェルメイユ賞(GⅠ・T2400m)では、チェヴァリーパークS・仏オークスの勝ち馬でキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDS2着のミセスペニー、愛オークス2着馬リトルボニー、デトロワの3頭に後れを取り、ミセスペニーの1馬身3/4差4着に敗れた。

その後は長距離路線に向かい、ロワイヤリュー賞(GⅢ・T2500m)に出走。ここではマリエラの3/4馬身差2着だった。次走のロワイヤルオーク賞(GⅠ・T3100m)では、2着ムッシュマーセルに3馬身差で完勝を収め、GⅠ競走勝ち馬となった。このレースには、ガリニュールS・ジョッキークラブCの勝ち馬でアスコット金杯2着のアルドロスも出走していたが、ムッシュマーセルから短頭差の3着に敗れている。3歳時の成績は8戦4勝だった。

競走生活(4歳時)

4歳時は4月のジャンプラ賞(GⅡ・T3100m・現ヴィコンテッスヴィジェ賞)から始動して、前年のミネルヴ賞で本馬に先着する2着だったプルスティーユを首差の2着に抑えて勝利した。次走のカドラン賞(GⅠ・T4000m)では、2着ヘレアに3馬身差、3着チックビュリにはさらに2馬身半差をつけて快勝した。しかしサンクルー大賞(GⅠ・T2500m)では、仏ダービー馬ビカラ、仏ダービー2着馬アカラッド、エヴリ大賞・リス賞・エドヴィル賞の勝ち馬ランカストリアン、クレオパトル賞の勝ち馬で仏オークス3着のエイプリルランの4頭に後れを取り、勝ったアカラッドから5馬身1/4差の5着に敗退した。次走はフォワ賞(GⅢ・T2400m)となったが、勝ったデトロワから3馬身半差、2着ランカストリアンから1馬身半差をつけられ、4頭立ての3着に終わった。

続いて出走した凱旋門賞(GⅠ・T2400m)では、デトロワ、ランカストリアン、ニエル賞を勝ってきたアカラッド、サンクルー大賞2着後に出走したプランスドランジュ賞で2着だったビカラ、サンクルー大賞4着後にポモーヌ賞・ヴェルメイユ賞を連勝してきたエイプリルラン、ヨークシャーC・アスコット金杯・グッドウッドC・ジェフリーフリアSとこの年4戦全勝のアルドロスといった既対戦組に加えて、愛2000ギニー・サセックスS・ジョーマクグラス記念Sの勝ち馬キングスレイク、バーデン大賞・ジョンポーターS・ハードウィックS・オーモンドSの勝ち馬ペルラン、グレートヴォルティジュールS・ゴードンS・ニエル賞の勝ち馬で愛ダービー・コロネーションC2着のプリンスビー、英オークス・愛オークスの勝ち馬で愛1000ギニー2着のブルーウインド、ヨークシャーオークス・ムシドラSの勝ち馬で愛オークス2着のコンデッサ、ワシントンDC国際S・ガネー賞・アルクール賞・プリンスローズ大賞の勝ち馬で前年の凱旋門賞2着のアーギュメント、ウィリアムヒルフューチュリティS・ベンソン&ヘッジズ金杯・ダンテSの勝ち馬ベルデールフラッター、英セントレジャーの勝ち馬で愛ダービー2着のカットアバヴ、モーリスドニュイユ賞・ドーヴィル大賞を連勝してきた翌年のエクリプス賞最優秀芝牡馬ペロー、サンタラリ賞の勝ち馬トゥーテンズ、マルレ賞・ノネット賞の勝ち馬でヴェルメイユ賞2着のリアンドラ、ロワイヨモン賞・フィユドレール賞の勝ち馬スノーデイ、オセアニアから参戦してきた新ダービー・カンタベリーギニーの勝ち馬リングザベル、仏ダービー3着馬ギャップオブダンロー、オカール賞の勝ち馬ラーヘテプなどが対戦相手となった。ヘッド騎手がデトロワに騎乗したため、ゲイリー・ムーア騎手に乗り代わった本馬は24頭立ての13番人気(カップリングシステムの存在があるため下から2番目の人気)という人気薄だったが、2着ビカラに3/4馬身差をつけて優勝(レース内容に関しては調べても詳しく分からなかったので書けない)。一昨年のスリートロイカス、昨年のデトロワに続く3年連続の牝馬の凱旋門賞制覇を成し遂げた。

その後はロワイヤルオーク賞(GⅠ・T3100m)で連覇を目指したが、凱旋門賞で5着に退けたアルドロスに6馬身半差、2着プルスティーユからも2馬身半差をつけられた3着に敗れ、このレースを最後に4歳時6戦3勝の成績で引退した。この年の仏最優秀古馬牝馬に選ばれている。

血統

Riverman Never Bend Nasrullah Nearco Pharos
Nogara
Mumtaz Begum Blenheim
Mumtaz Mahal
Lalun Djeddah Djebel
Djezima
Be Faithful Bimelech
Bloodroot
River Lady Prince John Princequillo Prince Rose
Cosquilla
Not Afraid Count Fleet
Banish Fear
Nile Lily Roman Sir Gallahad
Buckup
Azalea Sun Teddy
Coquelicot
Glaneuse スノッブ Mourne Vieux Manoir Brantome
Vieille Maison
Ballynash Nasrullah
Ballywellbroke
Senones Prince Bio Prince Rose
Biologie
Sif Rialto
Suavita
Glamour Djebe Djebel Tourbillon
Loika
Catherine Tiberius
Catherinette
Tudor Gleam Owen Tudor Hyperion
Mary Tudor
Riding Rays Nearco
Infra Red

リヴァーマンは当馬の項を参照。

母グラヌーズは現役成績9戦4勝、伊ジョッキークラブ大賞・マルレ賞・クロエ賞の勝ち馬。本馬以外に特筆できる競走成績を残した子はいないが、牝系子孫はかなり発展しており、本馬の半姉グラシャス(父ハビタット)の子にグリーンウェイ【アランベール賞(仏GⅢ)・プティクヴェール賞(仏GⅢ)】、ゲイミンストレル【メシドール賞(仏GⅢ)・パース賞(仏GⅢ)】、孫にオツィツァーニー【サラマンドル賞(仏GⅠ)】、グラユール【クリテリウムドサンクルー(仏GⅠ)】、曾孫にロイヤルレベル【アスコット金杯(英GⅠ)2回】、玄孫にグアダループ【伊オークス(伊GⅠ)】、アレクサンダーゴールドラン【オペラ賞(仏GⅠ)・香港C(香GⅠ)・プリティポリーS(愛GⅠ)2回・ナッソーS(英GⅠ)】、ゲッタウェイ【ドイツ賞(独GⅠ)・バーデン大賞(独GⅠ)】などがいる。母系を遡ると、ミルリーフブラッシンググルームレディーズシークレット、リュウフォーレル、ダイナコスモス、フジキセキ、アグネスデジタル、キングカメハメハ、ビリーヴなどの牝系先祖である1903年の英オークス馬アワーラッシーに行きつく。→牝系:F22号族①

母父スノッブは現役成績13戦3勝で、主な勝ち鞍はフォレ賞。種牡馬としては仏ダービー馬グッドリーを出して1969年の仏首位種牡馬となるなど成功した。後に輸入された日本では地方競馬の重賞勝ち馬を出すに留まったが、メジロティターンの母父として名を残した。スノッブの父ムルヌは現役成績6戦3勝で、主な勝ち鞍はシェーネ賞・ヤコウレフ賞。種牡馬としては父ヴューマノワールの後継としてまずまずの活躍を示した。ヴューマノワールはブラントームの直子で、パリ大賞など5戦3勝の成績を残し仏最優秀3歳牡馬に選出された。種牡馬としても1958年の仏首位種牡馬に輝く成功を収めた。

競走馬引退後

競走馬を引退した本馬は、米国ケンタッキー州ハグヤードファームで繁殖牝馬となった。初子の牡駒シェルシュールドール(父ノーザンダンサー)がリス賞(仏GⅢ)を勝ち、繁殖牝馬として大きな期待をかけられていた矢先の1986年に9歳の若さで夭折し、ハグヤードファームに埋葬された。その後、3番子の牝駒リヴィエールドール(父リファール)が、サンタラリ賞(仏GⅠ)・オマール賞(仏GⅢ)・ヴァントー賞(仏GⅢ)を勝つなど9戦5勝の活躍を見せた。この2頭以外の子には、4戦して1勝を挙げた2番子の牝駒リヴィエルダルジャン(父ニジンスキー)と、他界した年に産んだ最後の子である6戦1勝の牡駒ゴールドネイエフ(父ヌレイエフ)【2着仏2000ギニー(仏GⅠ)】がいる。

シェルシュールドールは14戦4勝の成績を残して競走馬を引退した後に、日本の西山牧場に種牡馬として輸入されたが失敗に終わった。ゴールドネイエフは種牡馬入りして何頭かのステークスウイナーを出したがGⅠ競走勝ち馬は出せなかった。リヴィエルダルジャンは母としてシルヴァーファン【マルレ賞(仏GⅡ)】を産んでいる。最も本馬の血を繁栄させているのはリヴィエールドールで、子にゴールドスプラッシュ【マルセルブサック賞(仏GⅠ)・コロネーションS(英GⅠ)】、孫に21世紀のマイル女王ゴルディコヴァ【BCマイル(仏GⅠ)3回・ロートシルト賞(仏GⅠ)4回・ムーランドロンシャン賞(仏GⅠ)・ファルマスS(英GⅠ)・ジャックルマロワ賞(仏GⅠ)・イスパーン賞(仏GⅠ)2回・クイーンアンS(英GⅠ)・フォレ賞(仏GⅠ)】、ガリコヴァ【ヴェルメイユ賞(仏GⅠ)・ギョームドルナノ賞(仏GⅡ)】などがいる。

余談だが、本馬の血を引く馬達には本馬の名にちなんで、金や銀がつく馬名がつけられていることが多い。シェルシュールドール(Chercheur d'Or)は「金の探索者」、リヴィエールドール(Riviere d'Or)は母と同じく「金の川」、リヴィエルダルジャン(Riviere d'Argent)は「銀の川」という意味である。

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