プレシジョニスト

和名:プレシジョニスト

英名:Precisionist

1981年生

栗毛

父:クロジール

母:エクセレントリー

母父:フォルリ

BCスプリントなどダート6ハロンから10ハロンまで幅広い距離でGⅠ競走を制し、受精能力欠如により競走馬に復帰した後も活躍した米国顕彰馬

競走成績:2~7歳時に米で走り通算成績46戦20勝2着10回3着4回

誕生からデビュー前まで

米国フロリダ州オカラの馬産家で、名牝スーザンズガールの生産・所有者でもあったフレッド・ウィリアム・フーパー氏の生産・所有馬で、米国カリフォルニア州を本拠地とするL・ロス・フェンスターメーカー調教師に預けられた。

競走生活(2歳時)

2歳7月にハリウッドパーク競馬場で行われたダート6ハロンの未勝利戦でデビューして、2着トライアンファントバナーに7馬身半差をつける圧勝で勝ち上がった。この10日後にはハリウッドジュヴェナイルCSS(GⅡ・D6F)に出走したが、後にデビュータントS・デルマーフューチュリティ・ハリウッドスターレットSに勝利して同年のエクリプス賞最優秀2歳牝馬に選ばれるアルセアの14馬身差5着に完敗。

その後は3か月間レースに出ず、10月に主戦となるクリス・マッキャロン騎手と初コンビを組んで出たサンタアニタパーク競馬場ダート6.5ハロンの一般競走を、2着ドナーパーティに4馬身半差で勝利した。翌月には分割競走ホイストザフラッグS(T8F)に出走して、前走のノーフォークSを勝ってGⅠ競走勝ち馬となっていたファリタイムを半馬身差の2着に抑えて勝利した。

次走のハリウッドフューチュリティ(GⅠ・D8.5F)では、ファリタイム、アルセア、オークリーフSの勝ち馬でアーリントンワシントンラッシーS・フリゼットS・ノーフォークS・ハリウッドスターレットS2着のライフズマジックといった強敵達と対戦した。ここではファリタイムが勝利を収め、本馬は11馬身差をつけられた10着と惨敗した。2歳時の成績は5戦3勝だった。

競走生活(3歳時)

3歳時は1月から休まず走り続ける。まずはサンミゲルS(D6F)に出走して、2着フォーチュネイトプロスペクトに2馬身差で勝利。次走のサンヴィンセントS(GⅢ・D7F)では、前走で2着に負かしたフォーチュネイトプロスペクトに首差敗れて2着だった。

次走のサンラファエルS(GⅡ・D8F)では、3歳初戦のカリフォルニアブリーダーズチャンピオンSを勝ってきたファリタイムとの顔合わせとなったが、ファリタイムを5馬身差の2着に破って、グレード競走初勝利を挙げた。

次走のサンタアニタダービー(GⅠ・D9F)では、サンヴィンセントS3着・サンラファエルS4着後にサンタカタリナSを勝ってきたタイツ、サンタカタリナSで2着してきたプリンストゥルー、前年のハリウッドフューチュリティで3着だったライフズマジックなどとの対戦となった。しかし勝ったのは過去にこれといった実績が無かったマイティアドヴァーセリーで、本馬は1馬身1/4差の2着に敗退。

ケンタッキーダービーを始めとする米国三冠路線には向かうことなく西海岸に留まり、スポットライトH(T8F)に出走した。しかし、サンタアニタダービーで3着だったプリンストゥルー、同6着に終わっていたタイツなどに屈して、勝ったタイツから9馬身3/4差の6着と惨敗した。次走のシルヴァースクリーンH(GⅡ・D9F)では、スポットライトH3着後にシネマHを勝っていたプリンストゥルー(4着)には先着したものの、タイツの1馬身半差3着に敗れた。

しかし7月のスワップスS(GⅠ・D10F)では、タイツやプリンストゥルーを完膚なきまでに叩きのめし、2着プリンストゥルーに10馬身差をつけてGⅠ競走初勝利を挙げた。さらにデルマーダービー(GⅡ・T9F)に出走したが、ここではウィルロジャーズSの勝ち馬ツナミスルーに6馬身半差をつけられて7着に大敗した(プリンストゥルーが2着だった)。しかしデルマー招待H(GⅡ・D10F)では、2着ペアオブデューシーズに1馬身3/4差で勝利。このように、この時期の本馬は強さと脆さが同居していた。

その後は米国南部のルイジアナ州ルイジアナダウンズ競馬場に遠征して、スーパーダービー(GⅠ・D10F)に出走した。このレースでは、本馬と同じく西海岸を本拠地としていながら過去に1度も対戦経験が無かったプリークネスSの勝ち馬でサンフェリペH2着のゲートダンサー、5連勝でハスケル招待Hを勝利していたビッグピストルなどが対戦相手となった。レースでは本馬とゲートダンサーが接戦を演じたが、ゲートダンサーが勝利を収め、本馬は頭差の2着に惜敗した。

その後は地元ハリウッドパーク競馬場で行われた第1回BCクラシック(GⅠ・D10F)に参戦した。対戦相手は、ゲートダンサー、ウッドメモリアルS・ウッドワードS2回・ジョッキークラブ金杯2回・ホイットニーH・マールボロCHなどの勝ち馬でベルモントS・トラヴァーズS・マールボロCH2着のスルーオゴールド、チャールズHストラブS・カリフォルニアンS・ハリウッド金杯・ハリウッドジュヴェナイルCSS・サンフェリペHなどの勝ち馬デザートワイン、ドワイヤーS・ヴォスバーグSの勝ち馬でホイットニーH・ジェロームH2着のトラックバロン、メドウランズCH・ニューオーリンズH・オークローンHの勝ち馬ワイルドアゲイン、エクセルシオールHの勝ち馬でサバーバンH・メドウランズCH2着のカナディアンファクター、フォアゴーHの勝ち馬マガティーの7頭だった。スルーオゴールドとマガティーのカップリングが単勝オッズ1.6倍の1番人気で、ゲートダンサーが単勝オッズ4.5倍の2番人気、デザートワインが単勝オッズ6.6倍の3番人気、本馬が単勝オッズ8.7倍の4番人気となった。スタートが切られると、本馬、ワイルドアゲイン、マガティーの3頭が激しい先頭争いを展開した。しかし最初の2ハロン通過が22秒3というハイペースとなった上に、本馬は終始外側を走らされてしまい、三角に入った時点で馬群に飲み込まれ、逃げ切って勝ったワイルドアゲインから28馬身差の7着と大惨敗を喫した。

それでも暮れのマリブS(GⅡ・D7F)では分割競走となって出走馬の層が薄くなった事もあり、2着バンカーに2馬身3/4差をつけて快勝。3歳時の成績は12戦5勝となった。

競走生活(4歳時)

4歳時はやはり1月から始動してサンフェルナンドS(GⅠ・D9F)に出走。前年のBCクラシックで2位入線3着降着だったゲートダンサーと対戦した。しかし本馬が5ポンドのハンデを与えた2着グレイントンに4馬身差をつけて圧勝し、本馬と同斤量のゲートダンサーはさらに半馬身差の3着だった。

続くチャールズHストラブS(GⅠ・D10F)でも、ゲートダンサー、グレイントンとの対戦となった。ここでは124ポンドの本馬、125ポンドのゲートダンサー、117ポンドのグレイントンがゴール前で大接戦を演じた末に、本馬が2着グレイントンに鼻差、3着ゲートダンサーにはさらに半馬身差をつけて勝利を収めた。

これで本馬は、マリブS・サンフェルナンドS・チャールズHストラブSの、サンタアニタパーク競馬場で行われる所謂ストラブシリーズ3競走を完全制覇した。これは1958年のラウンドテーブル、1959年のヒルズデール、1974年のエインシャントタイトル、1980年のスペクタキュラービッドに次いで5年ぶり史上5頭目の快挙だった(本馬以降には1頭も達成していない)。

次走は当然サンタアニタHかと思われたが、何故か出走せずにその翌週のポトレログランデH(D6.5F)に向かった。しかし結果は勝ったフィフティーシックスインアロウから3馬身3/4差の6着最下位に敗退。続くサンバーナーディノH(GⅡ・D9F)では、サンタアニタHで2着してきたグレイントン、サンアントニオH2着馬アルマムーンとの対戦となった。ここでは120ポンドのグレイントンがグレード競走初勝利を収め、127ポンドの本馬は首差の2着に敗れた。

次走のマーヴィンルロイH(GⅡ・D8F)でも、グレイントンとの対戦となった。斤量はさすがに縮まっていたが、本馬は125ポンド、グレイントンは121ポンドと、本馬のほうが4ポンド重かった。ここでは本馬が2着グレイントンに4馬身差をつけて、1分32秒8という素晴らしいコースレコードを計時して完勝した。本馬が勝ったレースの中でも最も印象的なレースがこれだったためか、後年にマーヴィンルロイHは本馬の名を冠したプレシジョニストSと改名されている。

次走のカリフォルニアンS(GⅠ・D8F)では、グレイントンに加えて、本馬が不在のサンアントニオH・サンタアニタH・サイテーションH・ネイティヴダイヴァーHを勝っていた亜国のGⅠ競走ホアキンSデアンチョレーナ大賞の勝ち馬ロードアトウォーも参戦してきた。しかしここではグレイントンがGⅠ競走初勝利を収め、グレイントンより6ポンド重い斤量を背負っていた本馬は2馬身3/4差の2着、本馬と同斤量のロードアトウォーはさらに3馬身半差の3着だった。次走のハリウッド金杯(GⅠ・D10F)でもグレイントンとの対戦となった。この段階に至っても、斤量は本馬のほうがグレイントンより4ポンド重かった。結局この斤量設定が響いて、本馬はグレイントンの1馬身3/4差2着に敗れてしまった。

その後はしばらくレースに出ず、秋は米国東海岸に向かって、アケダクト競馬場で行われたBCスプリント(GⅠ・D6F)にぶっつけ本番で挑戦した。主な対戦相手は、ベイショアS・シルヴァースクリーンHの勝ち馬でジェロームH2着の3歳馬パンチョヴィラ、カーターH・ブージャムH・フォールハイウェイトHの勝ち馬でトムフールS2着のマウントリヴァーモア、フォアゴーHの勝ち馬ジギーズボーイ、マーヴィンルロイH・ナショナルスプリントCS・トボガンHの勝ち馬で前年のBCスプリント3着のファイティングフィット、アーリントンクラシックS・フェアマウントパークダービーの勝ち馬スマイル、スプリントCS・アベイドロンシャン賞2回・コーク&オラリーS・バリーオーガンSの勝ち馬でジュライC・モーリスドギース賞2着の欧州調教馬コミッティドなどだった。実績では本馬が最上位だったが、3歳初戦のサンミゲルS以来となる6ハロン戦である事や、休み明けである事などが割り引かれたのか、単勝オッズ4.4倍の3番人気止まりだった。パンチョヴィラとマウントリヴァーモアのカップリングが単勝オッズ4倍の1番人気、ジギーズボーイが単勝オッズ4.3倍の2番人気、ファイティングフィットが単勝オッズ6.6倍の4番人気、スマイルが単勝オッズ7.4倍の5番人気となっていた。スタートが切られるとマウントリヴァーモアが逃げを打ち、スマイルがそれを追って2番手、本馬はその直後の内側好位につけた。直線に入ると逃げ粘るマウントリヴァーモアに外側からスマイルが並びかけて叩き合いを始めたが、そこへ四角で内側から外側に持ち出して3番手で直線を向いた本馬がさらに外側から伸びてきた。そして前2頭の叩き合いに加わるとゴール前で前に出て、2着スマイルに3/4馬身差をつけて優勝を飾った。

地元に戻って出走したナショナルスプリントCS(GⅢ・D6F)では、パンチョヴィラの2馬身3/4差4着に敗れた。しかし4歳時9戦4勝(うちGⅠ競走3勝)の成績を残し、この年のエクリプス賞最優秀短距離馬に選出された。

競走生活(5歳時)

5歳時は相変わらず1月から始動(西海岸は1月から大レースがあるので当然ではあるが)した。まずはサンパスカルH(GⅡ・D8.5F)に出走して、2着ベアミニマムに4馬身半差で勝利した。次走は前年出走しなかったサンタアニタH(GⅠ・D10F)となった。主な対戦相手は、前年のハリウッド金杯勝利後はサンセットH・アーリントンミリオン2着などがあったものの5連敗中だった好敵手グレイントン、前年のサバーバンH・ジョッキークラブ金杯・ワシントンDC国際Sに勝利してエクリプス賞最優秀古馬牡馬に選ばれたヴァンランディンガム、ウィリアムヒルフューチュリティS・ハリウッドターフカップSなどの勝ち馬アルファベイティム、サンアントニオHを勝ってきたハティム、ハリウッドダービー2着馬ヘラトなどだった。しかしここでは3ポンドのハンデを与えたグレイントンに優勝をさらわれ、本馬は3馬身1/4差の6着に終わった。

それでも次走のサンバーナーディノH(GⅡ・D9F)では、同斤量のグレイントンを首差2着に破って勝利した。なお、グレイントンはこのレースを最後に競走馬を引退したため、2頭の対戦はこれが最後で、対戦成績は4勝4敗の五分だった(ただし、最後の対戦となったサンバーナーディノH以外では全て本馬のほうが重い斤量を背負っていた)。

その後は前年に勝てなかったカリフォルニアンS(GⅠ・D8F)に向かった。サンタアニタダービー・マーヴィンルロイHの勝ち馬スカイウォーカー、サンディエゴHの勝ち馬スーパーダイヤモンド、サンタアニタH2着後にニューオーリンズHを勝っていたハティムなどが出走してきたが、前年に本馬の勝利を阻止したグレイントンが不在となれば負けるわけにはいかず、2番手追走から四角入り口で先頭に立ち、2着スーパーダイヤモンドの追撃を半馬身差で封じて勝利した。しかしハリウッド金杯(GⅠ・D10F)では、スーパーダイヤモンド、サンタアニタHで3着だったアルファベイティムの2頭に屈して、スーパーダイヤモンドの2馬身差3着に敗れた。

その後は東海岸に遠征に赴く。まずはフィリップHアイズリンH(GⅠ・D9F)に出走。このレースには、牡馬を蹴散らした前走ホイットニーHを筆頭にマスケットS・ラフィアンH・ベルデイムS・ラカナダS・サンタマルガリータH・シュヴィーHとGⅠ競走7勝を挙げていた「鉄の女」レディーズシークレットが参戦してきた。しかしここではサバーバンH・ナッソーカウンティHを勝ちブルックリンHで2着してきたルーアートが勝利を収め、本馬は2馬身1/4差の2着、レディーズシークレットはさらに1馬身1/4差の3着だった。

次走のウッドワードS(GⅠ・D9F)では、レディーズシークレット、ルーアートに加えて、ハスケル招待H2着・ドワイヤーS・トラヴァーズS3着の3歳馬パーソナルフラッグが出走してきた。前走フィリップHアイズリンHは本馬にとってあまり適しているとは言えない不良馬場だったが、ここでは普通の良馬場。そのために本馬はその実力を存分に発揮することが出来、2着レディーズシークレットに4馬身3/4差をつけて圧勝した。

次走のマールボロCH(GⅠ・D10F)では、前走4着のルーアート、ワイドナーH・オークローンH・アファームドHの勝ち馬で前年のBCクラシック3着のターコマンが出走してきた。ここではターコマンが勝利を収め、ターコマンより5ポンド重い斤量を背負っていた本馬は1馬身半差の2着に敗れた。

この後はサンタアニタパーク競馬場で行われるブリーダーズカップを目指して地元に戻り、本番19日前のヤンキーヴァローH(D9F)に出走。メトロポリタンH・スタイヴァサントH・ホーソーン金杯H・エクセルシオールHなどを勝っていたガーソーン、BCジュヴェナイル・デルマーフューチュリティ・ブリーダーズフューチュリティSを勝っていた前年のエクリプス賞最優秀2歳牡馬タッソーなどが出走していたが、2着ガーソーンに4馬身半差をつけて圧勝した。

そして迎えたBCクラシック(GⅠ・D10F)では、マールボロCH勝利後にジョッキークラブ金杯で2着してきたターコマン、マルセルブサック賞・愛2000ギニー・英チャンピオンSの勝ち馬で英オークス・コロネーションC・エクリプスS・英国際S2着の「鉄の女」トリプティク、カリフォルニアンS3着後にサンディエゴH・ロングエーカーズマイルHを勝っていたスカイウォーカー、ハリウッド金杯2着後は2戦着外だったアルファベイティム、チャールズHストラブSの勝ち馬でサンフェルディナンドS2着のノスタルジアズスター、クラークH・スティーヴンフォスターHの勝ち馬ホープフルワード、この年のケンタッキーダービーで2着していた欧州調教馬ボールドアレンジメント、ヘラト、シャンペンS・ゴーサムSの勝ち馬でウッドメモリアルS・ジェロームH2着のモガンボ、ドラール賞・リス賞の勝ち馬イアデスの10頭が対戦相手となった。ターコマンが単勝オッズ2.6倍の1番人気、本馬が単勝オッズ2.7倍の2番人気、トリプティクが単勝オッズ11倍の3番人気、スカイウォーカーが単勝オッズ11.1倍の4番人気であり、完全にターコマンと本馬の一騎打ちムードで、勝ったほうがこの年のエクリプス賞年度代表馬を獲得できる状況だった。スタートが切られると本馬が先頭を伺ったが、ヘラトが外側から先頭を奪っていった。本馬はそのまま2番手を走り、3番手のスカイウォーカー、4番手のホープフルワードと共に先頭集団を形成。ターコマンは後方待機策を採った。三角手前でヘラトが失速するとスカイウォーカーが先に仕掛けて単独先頭を奪い、本馬もそれを追って加速を開始した。しかし本馬とスカイウォーカーの差は四角を回って直線に入ってきても縮まらなかった。むしろ直線では差を広げられてしまい、さらには大外から追い込んできたターコマンにゴール前でかわされた。結局はスカイウォーカーが勝利を収め、ターコマンが1馬身1/4差の2着、本馬はさらに1馬身1/4差の3着だった。

この結果、エクリプス賞年度代表馬の座はBCディスタフを勝った15戦10勝(うちGⅠ競走8勝)のレディーズシークレットのものとなった。エクリプス賞最優秀古馬牡馬の座も8戦4勝(うちGⅠ競走2勝)のターコマンのものとなり、本馬はこの年12戦5勝(うちGⅠ競走2勝)の成績ながらエクリプス賞では無冠に終わった。

競走生活(6・7歳時)

本馬は5歳時でいったん競走馬を引退。本馬の権利の半分を200万ドルで購入したアーサー・アップルトン氏とフーパー氏の共同所有馬として種牡馬入りした。ところが授精率に問題があり、種牡馬入り初年度は1頭の産駒も出すことが出来なかった。アップルトン氏に200万ドルを返金したフーパー氏は本馬を競走馬として復帰させることを決断。ジョン・ラッセル調教師の管理下で現役復帰の訓練が施された。

6歳時は一度もレースに出ず、7歳1月にハリウッドパーク競馬場で行われたダート8ハロンの一般競走で復帰した。しかし結果は落馬競走中止。この際に左前脚の大砲骨を故障したが、治療を受けて回復した。

その後さらに半年近くのブランクを経て、ベルモントパーク競馬場で行われたトムフールS(GⅡ・D7F)に出走した。対戦相手は、ホープフルS・ベルモントフューチュリティS・ウッドメモリアルS・メトロポリタンH2回・カーターHとGⅠ競走6勝を挙げていたガルチ、ヴォスバーグS・ボールドルーラーS・ブージャムH・アケダクトH・アソールトH2回・ウエストチェスターH・スタイミーH・グレイラグHを勝っていた“The King of Aqueduct”キングズスワンなど3頭だった。斤量面ではガルチの129ポンド、キングズスワンの128ポンドに対して、本馬は119ポンドと優遇されていたが、結果はキングズスワンが勝利を収め、本馬は8馬身3/4差をつけられて4着最下位に敗退した。

次走はデルマー競馬場で行われたダート8ハロンの一般競走となった。ここでは2着キャンディズゴールドに4馬身差をつけて、1分33秒2のコースレコードを樹立して勝利を収め、ようやくかつての輝きを取り戻し始めた。

次走のカブリロH(GⅢ・D9F)では、2着コンクアリングヒーローに3馬身半差をつけて完勝。次走のデルマーBCH(D8F)では、スワップスSの勝ち馬でサンタアニタダービー2着の3歳馬ライヴリーワンに10ポンドのハンデを与えながらも、3/4馬身差をつけて勝利した。

その後は再度東海岸に向かい、新設競走NYRAマイルH(D8F)に出走した。このレースには、ベルモントフューチュリティS・シャンペンS・ハスケル招待H・トラヴァーズS・サンフォードS・ブリーダーズフューチュリティS・ファウンテンオブユースSの勝ち馬でケンタッキーダービー・ウッドワードS2着のフォーティナイナーが出走していた。斤量は本馬が2ポンド重く、さすがにこの強敵にハンデを与えて勝つのは無理だったようで、フォーティナイナーの1馬身半差3着に敗れた。

次走はチャーチルダウンズ競馬場で行われたBCスプリント(GⅠ・D6F)となった。対戦相手は、ヴォスバーグSなど6戦無敗のマイニング、トムフールS2着後にホイットニーH・ヴォスバーグS2着・フィリップHアイズリンH3着と堅実に走っていたガルチ、ロサンゼルスH・ビングクロスビーH・エインシェントタイトルHなど5連勝中のオリンピックプロスペクト、コモンウェルスBCSなど3連勝中のカレストーガ、ジェロームH・ペンシルヴァニアダービーの勝ち馬でクイーンズプレート・メドウランズCH・カーターH・メトロポリタンH2着のアフリート、前年のBCスプリントやハリウッドスターレットS・テストSの勝ち馬でサンタアニタオークス・サンタアニタオークス2着のヴェリーサトル、パロスヴェルデスH・ローズベンH・トゥルーノースHの勝ち馬ハイブライト、トボガンH・ニアークティックSの勝ち馬プレイザキングなど12頭だった。マイニングが単勝オッズ2.7倍の1番人気、ガルチが単勝オッズ6.8倍の2番人気、オリンピックプロスペクトが単勝オッズ7.5倍の3番人気、3年前の覇者たる本馬が単勝オッズ8.4倍の4番人気となった。スタートが切られると、オリンピックプロスペクトとヴェリーサトルの2頭が先頭争いを展開し、本馬はマイニングと共に3~4番手の好位につけた。直線に入るとマイニングは早々に失速したが、本馬は逃げる2頭を追撃。しかし外側から叩き合いながら伸びてきたガルチとプレイザキング、それに本馬の眼前で失速したオリンピックプロスペクトに包まれて進路を失い、ガルチの後方を回り込んで外側に持ち出す羽目になった。その結果、勝ったガルチから2馬身1/4差の5着に敗れた。

地元に戻って出走したサイテーションH(GⅡ・T9F)では、フォルリターノの首差2着。ネイティヴダイヴァーH(GⅢ・D9F)では、この年のカリフォルニアンS・ハリウッド金杯・ベルエアHなどを勝っていたカットラスリアリティーの頭差2着と、好走を続けた。

その後ウィリアム・ドノヴァン厩舎に移動した本馬だが、暮れのサニーアイルH(D7F)では米国内を西に東に行き来した疲労が出たのか、勝ったプリンスリーラッドから12馬身差をつけられた12着最下位に大敗。このレースを最後に7歳時10戦3勝の成績で改めて競走馬を引退した。

競走馬を引退していったん種牡馬入りした後に競走馬に復帰した馬は、大抵の場合失敗に終わっている(成功したと確実に言えるのはシービスケットくらいであろうか)。しかし本馬はGⅠ競走こそ勝てなかったものの復帰後もグレード競走勝利やレコード勝ちなどの活躍を見せた稀有な例であり、競走馬としての潜在能力の高さを窺い知る事が出来る。

馬名は英語で「几帳面好き」「精密派の画家」といった意味であるが、その由来については資料に記載がなく不明である。

血統

Crozier My Babu Djebel Tourbillon Ksar
Durban
Loika Gay Crusader
Coeur a Coeur
Perfume Badruddin Blandford
Mumtaz Mahal
Lavendula Pharos
Sweet Lavender
Miss Olympia Olympia Heliopolis Hyperion
Drift
Miss Dolphin Stimulus
Tinamou
Valdina Marl Teddy's Comet Teddy
Flying Comet
Lady Marlboro Sweep
Butterflies
Excellently Forli Aristophanes Hyperion Gainsborough
Selene
Commotion Mieuxce
Riot
Trevisa Advocate Fair Trial
Guiding Star
Veneta Foxglove
Dogaresa
Poliniss Greek Game Olympia Heliopolis
Miss Dolphin
Sunday Supper Questionnaire
Delicacy
Poloriot Polynesian Unbreakable
Black Polly
Loriot Menow
Aureole

父クロジールはマイバブー産駒で、現役成績34戦10勝。サンタアニタH・サンカルロスH・パロスヴェルデスH・サンバーナーディノHなどを勝っている。ケンタッキーダービー2着・プリークネスS3着の実績もあるが基本的にスピード馬だったようで、2歳時のワシントンパークフューチュリティではダート6.5ハロンの、3歳時のダービートライアルSではダート8ハロンのコースレコードを樹立している。競走馬引退後はフロリダ州で種牡馬入りし、本馬が活躍中の1985年に17歳で他界している。

母エクセレントリーは現役成績2戦未勝利。エクセレントリーの半兄にはウエッジショット【ベルモントフューチュリティS(米GⅠ)】、半妹にはエグジミアス【レイルバードS(米GⅢ)】がいる。ウエッジショットとエグジミアスの父はいずれもクロジールであり、クロジールがエクセレントリーと同じくフロリダ州にいたため交配相手に選ばれやすい事を考慮しても、本馬の牝系とクロジールは相性が良かったようにも思える。なお、エクセレントリーにはスキルフルミス(父ダリルズジョイ)という半妹もおり、スキルフルミスの子にはスキルフルジョイ【デルマーデビュータントS(米GⅡ)・リンダヴィスタH(米GⅢ)】がいる。そしてスキルフルジョイの娘で日本に繁殖牝馬として輸入されたダンスチャーマーの息子が御存知ジャングルポケット【東京優駿(GⅠ)・ジャパンC(GⅠ)・札幌2歳S(GⅢ)・共同通信杯(GⅢ)】である。スキルフルジョイの孫には同じく日本で走ったストークアンドレイ【函館2歳S(GⅢ)】、アルムダプタ【北海道2歳優駿(GⅢ)】もいる。→牝系:F11号族①

母父フォルリは当馬の項を参照。

競走馬引退後

競走馬を完全に引退した本馬を、フーパー氏は再度種牡馬入りさせた。受精能力が皆無というわけではなく、その後の3年間で4頭の産駒を残したが、本馬が生涯に出した産駒はこの4頭のみだった。4頭のうち2頭が1勝馬で、2頭が未勝利馬だった。その後は生まれ故郷のフロリダ州オカラで余生を送った。1996年からはフロリダ州で獣医をしていたシオバン・エリソン女史が所有するフロリダ州フェアフィールドの牧場に移り住み、2000年にフーパー氏が102歳で死去した後もしばらくフェアフィールドで暮らした。2003年に米国競馬の殿堂入りを果たした。その後の2006年6月に功労馬保護団体オールドフレンズが所有するケンタッキー州のサラブレッド引退馬牧場に移動したが、同年9月に鼻腔に手術不可能の悪性腫瘍が出来たために安楽死の措置が執られ、遺体は同牧場の墓地に埋葬された。種牡馬失格とされた本馬だが、本馬の訃報を伝える記事に掲載されていたオールドフレンズにおける本馬の安らかな眼を見ると、幸福な馬生だったような気がする。ちなみに本馬の血を引く馬が全くいないわけではなく、本馬の娘プリサイスネスの子にはGⅢ競走トロピカルパークダービーを勝ったドローアゲインがいる。

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