シングスピール

和名:シングスピール

英名:Singspiel

1992年生

鹿毛

父:インザウイングス

母:グローリアスソング

母父:ヘイロー

実力はありながらGⅠ競走では勝ち切れない状態が続いていたがジャパンC優勝を機に善戦馬から脱却しドバイワールドCなども勝って世界有数の強豪馬となる

競走成績:2~5歳時に英仏加日首で走り通算成績20戦9勝2着8回

誕生からデビュー前まで

ドバイのシェイク・モハメド殿下により生産・所有された愛国産馬で、英国サー・マイケル・スタウト調教師に預けられた。母は1980年のエクリプス賞最優秀古馬牝馬グローリアスソング、叔父は1983年のエクリプス賞最優秀2歳牡馬デヴィルズバッグというかなりの良血馬である上に、気性の落ち着いた頑健な馬で、将来を嘱望されていた。

競走生活(2歳時)

2歳9月に英国レスター競馬場で行われた芝7ハロン9ヤードの未勝利ステークスで、ジョン・リード騎手を鞍上にデビューした。単勝オッズ6倍で16頭立ての3番人気に推されたのだが、中団から伸びを欠いて、勝った単勝オッズ2.25倍の1番人気馬マンダリナから3馬身差の5着に敗退した。

それから15日後にチェスター競馬場で出走した芝7ハロン2ヤードの未勝利ステークスでは、ランフランコ・デットーリ騎手を鞍上に単勝オッズ1.67倍の1番人気に支持された。ここでも馬群の中団を進むと、今回はしっかりと脚を伸ばして残り1ハロン地点で先頭に立ち、2着エンブリオニックに2馬身半差をつけて快勝した。

さらに17日後にはアスコット競馬場で行われたハイペリオンS(T7F)に出走した。このレースで単勝オッズ2.375倍の1番人気に支持されていたのは未勝利ステークスを4馬身差で圧勝してきたケルティックスウィングであり、ウォルター・スウィンバーン騎手が騎乗する本馬は単勝オッズ3.25倍の2番人気だった。レースではケルティックスウィングが先行して、本馬は中団につけた。残り3ハロン地点でケルティックスウィングが先頭に立つと、本馬もそれを追撃しようとしたが、その差は縮まるどころか広がる一方だった。本馬も3着ウィナーズチョイスには10馬身差をつけたのだが、勝ったケルティックスウィングからは8馬身差をつけられて2着に敗れた。このケルティックスウィングは次走のレーシングポストトロフィーを12馬身差で圧勝して、国際クラシフィケーション(現ワールド・サラブレッド・レースホース・ランキング)において2歳馬としては2015年現在でも史上最高値となっている130ポンドを獲得した欧州競馬史上最強クラスの2歳馬であり、さすがにこれは相手が悪かった。2歳時は3戦1勝の成績だった。

競走生活(3歳時)

3歳時は4月のサンダウンクラシックトライアルS(英GⅢ・T10F7Y)から始動した。名種牡馬ファピアノの半弟トレンシャルが単勝オッズ2.75倍の1番人気で、スウィンバーン騎手が騎乗する本馬は単勝オッズ9倍で10頭立ての4番人気だった。レースでは馬群の中団につけると、残り2ハロン地点から進出を開始するという、いつもどおりの競馬を見せた。本馬に迫ってきたのは1番人気のトレンシャルではなく、単勝オッズ26倍の7番人気馬ペンタイアだった。ゴール前では2頭の叩き合いとなったが、ペンタイアが勝利を収め、本馬は首差の2着だった。勝ったペンタイアはここでは人気薄だったが、この後に瞬く間に出世して欧州屈指の実力馬として活躍することになる。

一方の本馬は続いてチェスターヴァーズ(英GⅢ・T12F66Y)に出走した。伊国のGⅡ競走グイドベラルデリ賞の勝ち馬で伊グランクリテリウム3着のコートオブオナーなどが出走していたが、本馬が単勝オッズ2倍の1番人気に支持され、コートオブオナーが単勝オッズ4.5倍の3番人気となった。今回もスウィンバーン騎手とコンビを組んだが、いつもの中団待機策よりもさらに後方でレースを進めた。そして後方2番手で直線を向いたが、末脚が完全に不発に終わり、2着コートオブオナーを頭差抑えて勝った単勝オッズ12倍の4番人気馬ルソーから5馬身差をつけられて4着に敗れた。前走のサンダウンクラシックトライアルSで4着だったルソーはこれが初勝利だったのだが、次走の伊ダービーでは再度コートオブオナーを2着に破って勝利を収め、そのまま出世街道を進むことになる。また、コートオブオナーもこの年暮れに伊ジョッキークラブ大賞を制してGⅠ競走勝ち馬となっている。

一方の本馬は英ダービーを断念して、パリ大賞(仏GⅠ・T2000m)に向かった。仏ダービーでケルティックスウィングの2着だったクリテリウムドサンクルー・コンデ賞の勝ち馬ポリグロート、グレフュール賞の勝ち馬ダイアモンドミックス、サンダウンクラシックトライアルS5着後にジャンプラ賞を勝ってきたトレンシャル、ジョンシェール賞の勝ち馬ゴールドアンドスチール、ギシュ賞の勝ち馬ヴァラヌール、マッチェム賞の勝ち馬ボビンスキーなどが対戦相手となった。ポリグロートが単勝オッズ2.3倍の1番人気、ダイアモンドミックスが単勝オッズ5倍の2番人気、本馬とトレンシャルが並んで単勝オッズ5.1倍の3番人気となった。このレースからスウィンバーン騎手に代わってしばらく本馬の主戦を務める事になったマイケル・キネーン騎手は、馬群の中団後方でレースを進めた。そして7番手で直線に入ると、前走とは異なり直線で見事な末脚を見せた。しかし2番手から先に抜け出していたヴァラヌールに首差届かず2着に敗れた。勝ったヴァラヌールは単勝オッズ7.3倍の7番人気という伏兵だったが、後にアルクール賞・ガネー賞を勝っており、決して弱い馬ではないことが証明されている。

本馬は続いてエクリプスS(英GⅠ・T10F7Y)に出走した。ヴィンテージS・ロイヤルロッジSに勝ち、デューハーストSで3着、遠征先の米国で出走したBCジュヴェナイルで2着するなど2歳戦で強さを発揮し、ケンタッキーダービーでサンダーガルチの6着して帰国した後の前走プリンスオブウェールズSで2着してきた3歳馬エルティシュ、香港国際ヴァーズ・クイーンエリザベスⅡ世C・サンフアンカピストラーノ招待Hと3連勝してきたゴドルフィン所属の7歳馬レッドビショップ、愛チャンピオンS・伊共和国大統領賞を勝った他にプリンスオブウェールズSを2連覇してきたムータラム、マクトゥームチャレンジR1・マクトゥームチャレンジR2など6連勝中のゴドルフィン所属馬ホーリング、ガリニュールSで2着してきたタタソールズ金杯・ゴードンリチャーズSなどの勝ち馬プリンスオブアンドロス、仏オークスでカーリングの3着してきた独国のGⅡ競走アラク賞の勝ち馬トライフォーサ、4年前のエクリプスSの勝ち馬でその後は21連敗しながらも頑健に走り続けてきたエンヴァイロンメントフレンドなどが対戦相手となった。エルティシュが単勝オッズ4.33倍の1番人気、レッドビショップとムータラムが並んで単勝オッズ5倍の2番人気で、1勝馬に過ぎない本馬も4番人気ながら単勝オッズ5.5倍と評価されていた。レースでは単勝オッズ8倍の5番人気馬ホーリングが先頭に立ったが、どうもホーリングを一番の強敵と見ていたらしきキネーン騎手は、本馬を2番手につけてホーリングを追いかけさせた。そして直線ではホーリングに肉薄したのだが、首差届かずに2着に敗退。ドバイでは活躍していたが欧州では無名だったため5番人気だったホーリングだが、この勝利を皮切りに欧州を代表する10ハロンのスペシャリストとしての道を進むことになる。

次走のグレートヴォルティジュールS(英GⅡ・T11F195Y)では、対戦相手は僅か3頭だったが、サンダウンクラシックトライアルSの勝利後にディーS・プレドミネートS・キングエドワードⅦ世Sを連勝してキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDSでラムタラの首差2着してきたペンタイア、伊ダービー勝利後のサンクルー大賞でカーネギーの2着してきたルソーの2頭も出走しており、レベルは決して低くなかった。ペンタイアが単勝オッズ1.8倍の1番人気、本馬が単勝オッズ3.5倍の2番人気、ルソーが単勝オッズ6倍の3番人気となった。レースではルソーが先頭に立ち、本馬とペンタイアが一緒になってそれを追撃した。残り2ハロン地点で本馬がルソーをかわして先頭に立ったのだが、すぐさまペンタイアに並びかけられた。そして今回もペンタイアとの叩き合いに負けて、短頭差の2着に敗れた。

これで初勝利の後は6戦して2着が5回となってしまった本馬だが、負けた相手はいずれも後に活躍する実力馬ばかりであり、巡り合わせが悪かった面は否めない。

秋はドンカスター競馬場で行われたリステッド競走トロイS(T12F)に出走。出走馬は本馬を含めて僅か3頭であり、これといった相手もいなかったため、さすがにここでは単勝オッズ1.3倍という断然の1番人気に応えて、2番手から容易に抜け出して2着ジュマイラーサンに2馬身半差で勝利した。3歳時の成績は6戦1勝だった。

競走生活(4歳時)

4歳時は4月のゴードンリチャーズS(英GⅢ・T10F7Y)から始動した。伊2000ギニーの勝ち馬でヴィットリオディカプア賞2着のプリンスアーサー、エクリプスSで7着だったプリンスオブアンドロスなどが対戦相手となった。初勝利以来となるデットーリ騎手とコンビを組んだ本馬が単勝オッズ2.1倍の1番人気、プリンスアーサーが単勝オッズ6.5倍の2番人気となった。このレースで本馬はスタートから先行すると、残り2ハロン地点で先頭に立ち、そのまま押し切って2着ピルサドスキーに3馬身差をつけて勝利した。本馬と同厩(ただし馬主は異なる)だったピルサドスキーはこの時点では全くの無名馬であり、このレースでも単勝オッズ17倍の5番人気だったが、後の活躍に関しては1990年代中頃に既に競馬に興味を持っていた人であれば当然知っているとおりであり、本馬とも後に何度か顔を合わせることになる。

次走のコロネーションC(英GⅠ・T12F10Y)では、出走馬が本馬を含めて4頭と少頭数となった。対戦相手3頭の内訳は、コンセイユドパリ賞の勝ち馬ドクエスト、ゴードンリチャーズSで本馬の4着後にショードネイ賞で2着してきたパニッシュメント、そしてドーヴィル大賞・リス賞の勝ち馬で、前年の凱旋門賞でラムタラの3着、前走のガネー賞でヴァラヌールの3着していた、同馬主のスウェインだった。デットーリ騎手が騎乗するスウェインが単勝オッズ2.1倍の1番人気に支持され、キネーン騎手が騎乗する本馬が単勝オッズ3.25倍の2番人気となった。スタートが切られるとスウェインが先頭に立ち、本馬が2番手につけて、他の2頭を無視するかのようにレースが進んだ。残り2ハロン地点で本馬がスウェインに並びかけて叩き合いに持ち込んだが、最後は首差で競り負けて2着に破れた。スウェインの後の活躍を考えれば仕方がない敗戦だったとも言えるが、この頃の本馬は競り合いになるといつも負けており、世間一般で言うところの勝負根性欠如型競走馬でしかなかった(筆者は本当に根性が無い馬は未勝利又は不出走に終わると思っているから、程度の差こそあっても全ての活躍馬は根性があると考えている。これはおそらく世間一般の考え方とは違っているだろう)。

7月に出走した次走のプリンセスオブウェールズS(英GⅡ・T12F)では、フレッドアーチャーSを4馬身差で勝ってきたビクウィース、レーシングポストトロフィーでケルティックスウィングに12馬身ちぎられながらも2着に入り、その後もジャンプラ賞2着、愛ダービーでケルティックスウィングに先着する3着、愛国際Sでホーリングの3着など活躍していたゴドルフィン所属馬アヌスミラビリスなどが対戦相手となった。ビクウィースが単勝オッズ2.625倍の1番人気、本馬が単勝オッズ2.75倍の2番人気、アヌスミラビリスが単勝オッズ5.5倍の3番人気となった。ここでは馬群の中団につけると、残り3ハロン地点からのロングスパートを仕掛けた。しかし残り4ハロン地点から本馬以上のロングスパートを仕掛けていたポジドナスに追いつくことが出来ず、1馬身1/4差の2着に敗れた。勝ったポジドナスは単勝オッズ21倍の4番人気だったが、前年のイタリア大賞を勝っていたGⅠ競走勝ち馬であり、その点では本馬より上だった。しかし逆にGⅠ競走を勝っていた分だけ本馬よりポジドナスのほうが斤量は5ポンド重かった事を考慮すると、あまり褒められた結果ではなかった。

次走は9月のセレクトS(英GⅢ・T10F)となった。ここでは対戦相手にこれといった実績馬がいなかったために、キャッシュ・アスムッセン騎手と最初で最後のコンビを組んだ本馬が単勝オッズ2.1倍の1番人気に支持された。レースは本馬が先頭を走り、単勝オッズ3.25倍の2番人気だったゴドルフィン所属の3歳馬ウォールストリートが少し後方をついてくる展開となった。しかし僅か4頭立てのレースにも関わらず、ウォールストリートは道中で馬群に包まれて進路を失い、直線では内側に進路変更して追い出すというロスがあった。結果は本馬が逃げ切って勝ち、ウォールストリートが1馬身差の2着に入ったが、ウォールストリートに不利が無ければ少し微妙な着差ではあった。もっとも、斤量では本馬のほうがウォールストリートより10ポンドも重かったから、それを考慮すると勝ち切っただけでも評価されるべきだろうか。

セレクトSでは勝利したが、ここまでの本馬の実績は完全な善戦馬のものであり、競馬を題材にした作品を描く日本の女性漫画家よしだみほ氏がこの時期の本馬の状況を知っていれば、ネタにされても仕方が無い状況であった(彼女は海外の競馬は全く分からないそうだからネタにはされなかった)。こうした様相に変化が生じたのは、セレクトSの直後であった。

セレクトSを勝った本馬はすぐに北米大陸に渡り、セレクトSから2週間後に加国際S(加GⅠ・T12F)に参戦した。この年のアーリントンミリオンを筆頭にスーパーダービー・ガルフストリームパークHを勝ち前年のロスマンズ国際S・前走のマンノウォーSで2着していたメッキー、サンルイレイS・サンルイオビスポHの勝ち馬ウインドシャープ、前年のロスマンズ国際Sの勝ち馬ラシーニー、加国三冠競走最終戦ブリーダーズSを圧勝してきたチーフベアハート、英チャンピオンS・デルマー招待Hなどの勝ち馬デルニエアンプルールといった強豪馬勢が対戦相手となった。米国の名手ゲイリー・スティーヴンス騎手とコンビを組んだ本馬が単勝オッズ2.9倍の1番人気に支持され、メッキーが単勝オッズ3.5倍の2番人気、ウインドシャープが単勝オッズ5.1倍の3番人気となった。レースでは3~4番手の好位を追走すると、四角で先頭に立った。後はスティーヴンス騎手が「手と踵だけで」追うほどの余裕ぶりで、2着チーフベアハートに2馬身差をつけてGⅠ競走初勝利を挙げた。海外遠征をきっかけに善戦馬を脱却した馬としては日本ではステイゴールドが有名だが、本馬も同様の道を辿ることになるのである。

本馬はそのまま加国に留まり、この年はウッドバイン競馬場で行われたBCターフ(加GⅠ・T12F)に出走した。モハメド殿下はこのレースに、本馬、コロネーションC勝利後にサンクルー大賞2着・フォワ賞勝利・凱旋門賞4着と好走を続けていたスウェイン、英セントレジャー・伊ジョッキークラブ大賞の勝ち馬で英ダービー3着のシャントゥ、セレクトS2着後にカンバーランドロッジSを勝ってきたウォールストリートの4頭出しで臨んでおり、この4頭のカップリングが単勝オッズ2.1倍の1番人気に支持された。他の出走馬は、セクレタリアトS・ETマンハッタンS・アーリントンミリオンなどの勝ち馬でこの年のアーリントンミリオンやターフクラシック招待Sで2着していたアワッド、サンセットHの勝ち馬でハリウッドターフカップS2着のタロワール、ETマンハッタンS・マンノウォーS・ターフクラシック招待Sを勝ってきたディプロマティックジェット、英セントレジャーでシャントゥの2着してきたグレートヴォルティジュールSの勝ち馬ダシャンター、ピルサドスキー、チーフベアハート、サンタラリ賞の勝ち馬ルナウェルズ、前走4着のウインドシャープ、セクレタリアトSの勝ち馬マーリンなどだった。アワッドが単勝オッズ5.9倍の2番人気、タロワールが単勝オッズ7.9倍の3番人気、ディプロマティックジェットが単勝オッズ7.95倍の4番人気、ダシャンターが単勝オッズ13.45倍の5番人気と続いていた。

スタートからディプロマティックジェットとリックスナチュラルスターの2頭が逃げを打ち、前走に続いてスティーヴンス騎手とコンビを組んだ本馬はウォールストリートと共に3~4番手を追走した。向こう正面でリックスナチュラルスターが失速し、2番手に上がった本馬が四角途中でディプロマティックジェットをかわして先頭に立った。そして直線を向くと外側にいたウインドシャープをあっさりと振り落とし、快調にゴールを目指した。ところがここで本馬とウインドシャープの間から伸びてきた1頭の馬がいた。単勝オッズ14.7倍の6番人気馬ピルサドスキーだった。残り1ハロン地点で叩き合いに持ち込まれた本馬は、残り半ハロン地点で競り負けてしまい、1馬身1/4差の2着に敗退した。春のゴードンリチャーズSで本馬に難なく捻られたピルサドスキーだったが、夏以降にロイヤルホイップS・バーデン大賞に勝ち、凱旋門賞でエリシオの2着と急上昇しており、6番人気止まりだったのが不当評価だった。また、この後のピルサドスキーの大活躍を考えれば、負けてやむなしという一面はあったのだが、この時点の本馬にとっては、またもここ一番で伏兵に脚を掬われて2着に敗れてしまったことになった。

ジャパンC

その後、モハメド殿下が招待を受諾したため、本馬の次走はジャパンC(日GⅠ・T2400m)となった。このレースには、リュパン賞・サンクルー大賞・ノアイユ賞・ニエル賞の勝ち馬で、前走の凱旋門賞では2着ピルサドスキーに5馬身差をつけて圧勝していた欧州最強3歳馬エリシオ、前年のグレートヴォルティジュールSで本馬を破った後に愛チャンピオンSとキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDSを制して欧州最強古馬に上り詰めていたペンタイアという、欧州を代表する両巨頭が参戦していた。他の海外からの参戦馬は、BCターフで9着だったアワッド、愛セントレジャー・ミラノ大賞・ドーヴィル大賞の勝ち馬ストラテジックチョイス、コックスプレートとメルボルンCを連勝してきた豪州最強馬セイントリー、レッドスミスH・WLマックナイトH・ボーリンググリーンHの勝ち馬フラッグダウンだった(ただしセイントリーは感冒のため直前で出走取消)。

日本からは、朝日杯三歳S・天皇賞秋・スプリングSの勝ち馬バブルガムフェロー、NHKマイルC・毎日杯の勝ち馬タイキフォーチュン、前走のエリザベス女王杯を勝ってきた前年の優駿牝馬の勝ち馬ダンスパートナー、前走の秋華賞の他にニュージーランドトロフィー四歳Sを勝っていたファビラスラフイン、鳴尾記念・アメリカジョッキークラブC・エプソムCの勝ち馬カネツクロス、菊花賞で4着してきたセントライト記念2着馬サクラケイザンオー、ローズS・フラワーC・小倉記念の勝ち馬で宝塚記念4着のヒシナタリー、目黒記念・ダイヤモンドSの勝ち馬ユウセンショウ、日経新春杯・アルゼンチン共和国杯・中日新聞杯の勝ち馬ゴーゴーゼットが出走してきた。

エリシオが単勝オッズ3.4倍の1番人気、前走の天皇賞秋で古馬勢を蹴散らして勝利を収めてきたバブルガムフェローが単勝オッズ3.7倍の2番人気、ペンタイアが単勝オッズ6.8倍の3番人気と続き、直前に熱発の報道がされていた本馬は単勝オッズ7.6倍の4番人気だった。

スタートから間もなくしてカネツクロスが先頭に立ち、エリシオとファビラスラフインが2~3番手、ストラテジックチョイスとバブルガムフェローが4~5番手につけた。三度デットーリ騎手を鞍上に迎えた本馬は、前方のバブルガムフェローを見るように6番手の好位を追走した。三角辺りで後続馬が動いて外側から上がっていったが、デットーリ騎手は慌てずに、四角で本馬をエリシオとファビラスラフインの後方に移動させた。そして直線を向くと、エリシオとファビラスラフインの間を割って伸びてきた。直線半ばでは、最内のファビラスラフイン、本馬、エリシオ、大外のストラテジックチョイスの四頭横一線の勝負となった。エリシオとストラテジックチョイスがやや遅れて、最後は本馬とファビラスラフインの激しい叩き合いとなった。そしてデットーリ騎手の豪腕に応えた本馬が鼻差でファビラスラフインに競り勝って優勝。デットーリ騎手の好騎乗が光る結果となった。

また、モハメド殿下にとっては、自身の持ち馬ハイホーク(本馬の父インザウイングスの母)が第3回ジャパンCで1番人気に推されながら13着に大敗して以来、13年越しのジャパンC制覇となった。このジャパンC優勝を契機に本馬は一気に本格化することになる。

4歳時の成績は7戦4勝で、ディプロマティックジェットやエディリードHの勝ち馬ファストネスなどを抑えて、この年のエクリプス賞最優秀芝牡馬に選出された。

競走生活(5歳時)

5歳時はドバイワールドC(D2000m)から始動した。この年のドバイワールドCは3月29日に開催される予定だったが、稀に見る豪雨のため4月3日に開催が延期された。そのために当初は出走予定だったジャパンC3着馬エリシオは回避して仏国に帰ってしまった。それでもかなりの実力馬が名を連ねた。本馬以外の出走馬は、ハリウッド金杯・サンタアニタHを勝ってきたブラジル出身馬サイフォン、オークツリー招待S・サンルイレイS・シーザーズ国際H2回・ハリウッドターフHなどを勝っていた米国芝路線の強豪だが前走サンタアニタHでサイフォンの2着してダート適性を改めて証明していたブラジル出身馬サンドピット、前年のドバイデューティーフリーを20馬身差で圧勝していたキーオブラック、ドンHの勝ち馬フォーマルゴールド、チッピングノートンS・ドゥーンベンC・ジョージメインS・コーフィールドSと豪州GⅠ競走4勝のジャグラー、前年の英2000ギニー2着馬イーヴントップ、ラムタラの半兄であるゴドルフィンの期待馬カムタラ、本馬とはグレートヴォルティジュールS以来の対戦となるアラルポカル・エリントン賞・香港国際ヴァーズ・アールオブセフトンSの勝ち馬ルソー、リュパン賞・ローマ賞・ドラール賞2回の勝ち馬フレメンズフィッシュ、セントジェームズパレスSの勝ち馬でエクリプスS2着のビジューダンド、そしてエンプレス杯・川崎記念・フェブラリーS・ダイオライト記念・群馬記念・帝王賞・エンプレス杯・マイルCS南部杯・浦和記念・川崎記念と地方交流重賞を10連勝していた日本の誇る砂の女王ホクトベガだった。デットーリ騎手がカムタラに騎乗したため、本馬には前年の同競走をシガーで制していた米国の名手ジェリー・ベイリー騎手が騎乗した。ベイリー騎手は豪雨でレースが延期されたためにいったん米国に戻り、レース当日に再度ドバイに戻ってきていた。

さて、一番思い入れがある馬は?と聞かれると真っ先にホクトベガの名前を挙げる筆者としては、正直この第2回ドバイワールドCのことは思い出したくないし書きたくもないのだが、本項の主役はあくまでも本馬であるため、詳細に記載する事にする。スタートが切られるとまずは大逃げが得意のサイフォンが先頭に立ち、フォーマルゴールド、キーオブラック、イーヴントップなどがそれに絡んで先頭集団を形成。本馬はその後方5~6番手につけた。三角手前で最内のイーヴントップが急に失速して後退し、本馬は4番手で直線を向くことになった。その一方で、後方では馬群の中に閉じ込められたホクトベガが躓いて転倒し、その後方を走っていたビジューダンドも巻き込まれて落馬するという事故が発生していた。直線で本馬はサイフォンとフォーマルゴールドの間から末脚を伸ばした。直線半ばでフォーマルゴールドが脱落し、内側の本馬と外側のサイフォンの激しい叩き合いとなった。そして残り100m地点で本馬が前に出て、最後は2着サイフォンに1馬身1/4差をつけて優勝した。ドバイワールドCの創設者であるモハメド殿下は、自身の所有馬が地元ドバイで大競走を勝つ瞬間を見たいという目的もあって同競走を創設した一面があり(本当の大目標はドバイの振興のためだが)、第2回目でその願いが叶えられたことになったが、所有馬が勝っても負けても表情を変えない殿下らしく、このときも喜びを顕わにすることはなかった。対照的にスタウト師や2連覇を果たしたベイリー騎手は大喜びだったが、筆者を含む日本の競馬ファンにとっては、本馬陣営には申し訳ないが、とてもそれを祝福する気にはなれなかった。このレースは日本においては、本馬が勝利したドバイワールドCではなく、ホクトベガが故障して命を落としたドバイワールドCとして語られる場合が殆どである。

本馬の次走は久々の欧州出走となる、コロネーションC(英GⅠ・T12F10Y)となった。1年前の同競走時点では単なる善戦馬だった本馬が、海外遠征を経て見違えるほど逞しくなり、欧州に凱旋したのである。そんな本馬を英国の競馬ファンは単勝オッズ2.25倍の1番人気に支持した。そしてデットーリ騎手鞍上の本馬はその期待に違わぬ走りを見せ、愛セントレジャー・ハードウィックSの勝ち馬オスカーシンドラー、BCターフで7着だったダシャンター達を一蹴。スタートから積極的に先行すると、2着ダシャンターに5馬身差をつけて逃げ切り圧勝した。

次走のキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDS(英GⅠ・T12F)では、本馬だけでなく、ガネー賞・サンクルー大賞を連続圧勝して絶好調のエリシオ、エクリプスSを勝ってきたピルサドスキー、BCターフ3着後にプリンセスオブウェールズSで2着していたスウェイン、BCターフ4着後にミラノ大賞・プリンセスオブウェールズSを連勝していたシャントゥ、キングエドワードⅦ世Sを8馬身差で圧勝してきた3歳馬キングフィッシャーミル、ブランドフォードS・ハードウィックSの勝ち馬プレダッピオなどが顔を揃え、名実共に欧州最強馬決定戦の様相を呈した。エリシオが単勝オッズ2.1倍の1番人気に支持され、本馬が単勝オッズ5倍の2番人気、ピルサドスキーが単勝オッズ7倍の3番人気で、長らく勝ち星に恵まれていないスウェインは単勝オッズ17倍の6番人気まで評価を下げていた。レースではやはりエリシオが先頭に立ち、スウェインとピルサドスキーが2~3番手、本馬は4番手を追走した。そして直線を向くと前を行く3頭を追撃したが、最後は脚色が同じになってしまい、結局前を追い抜く事はできなかった。勝ったのはスウェインで、ピルサドスキーが1馬身差の2着、エリシオがさらに1馬身1/4差の3着で、本馬はスウェインから4馬身3/4差の4着に終わり、デットーリ騎手が騎乗したレースでは初めての敗戦を喫した。

引き続きデットーリ騎手と組んで出走した英国際S(英GⅠ・T10F85Y)は、僅か4頭立てのレースとなった。しかし対戦相手のレベルは、キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDSにも引けを取らないほどだった。英1000ギニー・英チャンピオンS・フィリーズマイル・ブリガディアジェラードS・プリンスオブウェールズSの勝ち馬でエクリプスSではピルサドスキーの3着していた前年のカルティエ賞最優秀3歳牝馬ボスラシャム、ダンテSと英ダービーを連勝後にエクリプスSでボスラシャムに先着する2着に入っていた3歳馬ベニーザディップ、愛2000ギニー・愛ダービーを制した3歳馬デザートキングと、いずれも本馬とは初対戦となる強豪馬3頭が本馬の前に立ち塞がった。ボスラシャムが単勝オッズ1.8倍の1番人気、本馬が単勝オッズ5倍の2番人気、ベニーザディップが単勝オッズ5.5倍の3番人気、デザートキングが単勝オッズ7倍の最低人気となった。

スタートが切られるとベニーザディップが先頭に立ち、本馬が2番手、ボスラシャムが3番手を追走。そのままの態勢で直線に入り、残り3ハロン半地点で早くも本馬がベニーザディップに並びかけて叩き合いに持ち込んだ。そこへ後方からボスラシャムが追い上げてきて、残り2ハロン地点で本馬とベニーザディップの間に割って入ろうとしてきた。この頃にはベニーザディップを競り落とした本馬が単独で先頭に立っていた。本馬に遅れを取ったベニーザディップにボスラシャムが並びかけて2頭が叩き合いながら前を行く本馬を追撃。しかし本馬との差は縮まらず、逆に最後方から追い込んできたデザートキングが2番手に上がった。しかしデザートキングにも本馬をかわすほどの勢いはなかった。そして本馬が2着デザートキングに1馬身半差をつけて優勝し、完全に世界トップクラスの馬に上り詰めた。

その後はハリウッドパーク競馬場で行われるBCターフを目標に渡米したが、濃霧の中で行われた直前調教において、右前脚の砲骨を骨折。すぐに施された治療により一命は取り止めたが、そのまま5歳時4戦3勝の成績で競走馬引退となった。

血統

In the Wings Sadler's Wells Northern Dancer Nearctic Nearco
Lady Angela
Natalma Native Dancer
Almahmoud
Fairy Bridge Bold Reason Hail to Reason
Lalun
Special Forli
Thong
High Hawk Shirley Heights Mill Reef Never Bend
Milan Mill
Hardiemma ハーディカヌート
Grand Cross
Sunbittern シーホーク Herbager
Sea Nymph
Pantoufle パナスリッパー
Etoile de France
Glorious Song Halo Hail to Reason Turn-to Royal Charger
Source Sucree
Nothirdchance Blue Swords
Galla Colors
Cosmah Cosmic Bomb Pharamond
Banish Fear
Almahmoud Mahmoud
Arbitrator
Ballade Herbager Vandale Plassy
Vanille
Flagette Escamillo
Fidgette
Miss Swapsco Cohoes Mahmoud
Belle of Troy
Soaring Swaps
Skylarking

インザウイングスは当馬の項を参照。

グローリアスソングは当馬の項を参照。→牝系:F12号族①

母父ヘイローは当馬の項を参照。

競走馬引退後

競走馬を引退した本馬は、シェイク・モハメド殿下が所有する英国ダルハムホールスタッドで種牡馬入りした。本馬は種牡馬としても活躍し、初年度産駒から親子2代のドバイワールドC制覇を果たしたムーンバラッドを輩出。他にも日本で活躍したアサクサデンエン、ローエングリンなどを出して成功した。2001年には豪州にシャトルされたが、輸送で体調をひどく崩したためにシャトルはこのとき限りだった。2010年7月に蹄葉炎のため18歳で安楽死の措置が執られた。

主な産駒一覧

生年

産駒名

勝ち鞍

1999

Funfair

ケルソBCH(米GⅡ)

1999

Moon Ballad

ドバイワールドC(首GⅠ)・ダンテS(英GⅡ)・セレクトS(英GⅢ)・マクトゥームチャレンジR2(首GⅢ)

1999

アサクサデンエン

安田記念(GⅠ)・京王杯スプリングC(GⅡ)

1999

ローエングリン

中山記念(GⅡ)2回・マイラーズC(GⅡ)2回

2000

Papineau

アスコット金杯(英GⅠ)・ヘンリーⅡ世S(英GⅡ)

2000

Puppeteer

パレロワイヤル賞(仏GⅢ)

2000

Songlark

トーマブリョン賞(仏GⅢ)

2000

Sweet Folly

クレオパトル賞(仏GⅢ)

2001

Antioquia

フィユドレール賞(仏GⅢ)

2001

Via Milano

レゼルヴォワ賞(仏GⅢ)

2002

Nouvelle Noblesse

ドルメロ賞(伊GⅢ)

2002

Rewaaya

サールパートクラークS(豪GⅠ)・レッツイロープS(豪GⅢ)

2002

Singhalese

デルマーオークス(米GⅠ)

2002

Three Degrees

ハネムーンBCH(米GⅡ)

2003

Confidential Lady

仏オークス(仏GⅠ)・カルヴァドス賞(仏GⅢ)

2003

Dark Islander

オークツリーダービー(米GⅡ)

2003

Gower Song

ドバイシティオブゴールド(首GⅢ)

2003

Lahudood

BCフィリー&メアターフ(米GⅠ)・フラワーボウル招待S(米GⅠ)

2003

Lateral

伊グランクリテリウム(伊GⅠ)・オイロパマイレ(独GⅡ)・ハンブルガーマイレ(独GⅢ)・ケルンマイレ大賞(独GⅢ)

2003

Mulaqat

ローズオブランカスターS(英GⅢ)

2003

コーラスマスター

ニューイヤーC(南関GⅢ)

2004

Eastern Anthem

ドバイシーマクラシック(首GⅠ)

2004

Folk Opera

EPテイラーS(加GⅠ)・ジャンロマネ賞(仏GⅡ)

2004

Majounes Song

ワルターJヤコブス牝馬賞(独GⅢ)

2004

Silkwood

リブルスデールS(英GⅡ)

2004

Tastahil

ジョッキークラブC(英GⅢ)

2004

ライブコンサート

京都金杯(GⅢ)

2005

Balladeuse

ロワイヤリュー賞(仏GⅡ)

2005

Dar Re Mi

プリティポリーS(愛GⅠ)・ヨークシャーオークス(英GⅠ)・ドバイシーマクラシック(首GⅠ)・ミネルヴ賞(仏GⅢ)

2005

Miss Singhsix

オービアS(米GⅢ)

2007

Cima de Pluie

アンブロシアノ賞(伊GⅢ)

2007

Glad Tiger

ヴィンターファヴォリテン賞(独GⅢ)

2007

Hibaayeb

フィリーズマイル(英GⅠ)・イエローリボンS(米GⅠ)・リブルスデールS(英GⅡ)・シープスヘッドベイS(米GⅡ)

2007

Take Cover

キングジョージS(英GⅡ)

2007

Zeitoper

コンデ賞(仏GⅢ)

2008

Abjer

オータムS(英GⅢ)

2008

Cartaya

ヴェルツィエレ賞(伊GⅢ)

2008

Dordogne

アナトリアトロフィー(土GⅡ)・リングフィールドダービートライアルS(英GⅢ)

2008

Jamr

アブダビチャレンジC(首GⅢ)

2008

Navarra Queen

マリオインチーサデッラロチェッタ賞(伊GⅢ)

2008

Potala Palace

プレミアズチャンピオンS(南GⅠ)・ジョバーグスプリングS(南GⅢ)

2009

Gloomy Sunday

ヘンリーⅡ世S(英GⅢ)

2009

Pale Mimosa

ロンズデールC(英GⅡ)

2009

Parivash

伊セントレジャー(伊GⅢ)

2010

Au Revoir

ジッピングクラシック(豪GⅡ)

2010

Licia

マリオインチーサデッラロチェッタ賞(伊GⅢ)

2010

Pacific Rim

マルレ賞(仏GⅡ)

2010

Solow

ドバイターフ(首GⅠ)・イスパーン賞(仏GⅠ)・クイーンアンS(英GⅠ)・サセックスS(英GⅠ)・クイーンエリザベスⅡ世S(英GⅠ)・ダニエルウィルデンシュタイン賞(仏GⅡ)・クインシー賞(仏GⅢ)

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