サドラーズウェルズ

和名:サドラーズウェルズ

英名:Sadler's Wells

1981年生

鹿毛

父:ノーザンダンサー

母:フェアリーブリッジ

母父:ボールドリーズン

競走馬としても一流だったが種牡馬として超一流の成績を挙げて14度の英愛首位種牡馬に輝き、米国に押されていた欧州馬産界の救世主となる

競走成績:2・3歳時に愛仏英で走り通算成績11戦6勝2着3回

競走馬としても一流だったが、種牡馬として超一流の活躍を見せ、欧州競馬界を席巻した偉大なる種牡馬。

誕生からデビュー前まで

米国ケンタッキー州スウェッテナムスタッドの生産馬で、名馬主ロバート・R・サングスター氏の所有馬となり、愛国の名伯楽ヴィンセント・オブライエン調教師に預けられた。身体は頑丈で、脚力の強さには見るべきものがあったという。

競走生活(3歳前半まで)

2歳9月にレパーズタウン競馬場で行われた芝7ハロンの未勝利戦で、パット・エデリー騎手を鞍上にデビューした。そして単勝オッズ1.5倍という断然の1番人気に応えて、2着シラノに6馬身差をつけて逃げ切り圧勝した。続くベレスフォードS(愛GⅡ・T8F)でも重馬場をものともせずに逃げ切って、2着セルサイトに6馬身差をつける再度の圧勝。2歳時の成績を2戦2勝として休養入りした。

3歳時は4月にカラー競馬場で行われたグラッドネスS(T7F)から始動した。このレースでは、2歳時にデューハーストSなど4戦4勝の成績を挙げていた同馬主同厩馬エルグランセニョールとの対戦となった。これは陣営が2頭の能力差を比較するために設けた直接対決の舞台であった。しかし、両馬の主戦だったエデリー騎手がエルグランセニョールに騎乗したところを見ると、陣営の評価は本馬よりエルグランセニョールの方が上だったようである。本馬はジョージ・マクグラス騎手とコンビを組んだが、勝ったエルグランセニョールから2馬身差の2着に敗れた。

この結果を受けて、エルグランセニョールが英国クラシック路線に進むことになり、本馬は裏路線に進むことになった。まずはデリンズタウンスタッドダービートライアルS(愛GⅡ・T10F)に出走して、2着インフレーションビーターに首差で勝利。

その2週間後には愛2000ギニー(愛GⅠ・T8F)に出走。クリテリウムドメゾンラフィットの勝ち馬プロシーダ、本馬を管理していたオブライエン師の息子デビッド・オブライエン調教師の管理馬でテトラークSを勝ってきたセクレトなどが対戦相手となった。エデリー騎手が同厩のキャプチャーヒムに騎乗したため、コンビ3戦目となるマクグラス騎手を鞍上に出走した本馬は単勝オッズ11倍の3番人気だった。レースでは先行したプロシーダが直線で内埒沿いに粘るところに本馬が並びかけて、ゴール前で競り落として首差で勝利した。なお、このレースでプロシーダから半馬身差の3着だったセクレトはこの後に英ダービーに向かい、英2000ギニーを勝ってきたエルグランセニョールを短頭差の2着に破って優勝するという皮肉な結末になった。

一方の本馬は当初、次の目標はセントジェームズパレスSの予定だったが、方針転換して仏ダービー(仏GⅠ・T2400m)に出走。クリテリウムドサンクルー・グレフュール賞・オカール賞など4連勝中のダルシャーン、デューハーストS・クレイヴンSで2着していた後の凱旋門賞馬レインボークエスト、リュパン賞を勝ってきたダハールなどが主な対戦相手だった。叔父であるヌレイエフと3/4が同じ血統構成の本馬は距離不安が囁かれており、3番人気止まりだった。このレースから再びエデリー騎手とコンビを組んだ。レースは出走17頭がほぼ一団となって進んだが、本馬はその中で前目につけていた。直線に入ると残り400m地点で本馬が単独先頭に立ったところへ、後方からダルシャーンとレインボークエストの2頭が叩き合いながら追い上げてきて、後に名種牡馬として活躍する3頭による勝負となった。本馬は残り200m地点で二の脚を使っていったん他2頭との差を広げたものの、ゴール直前で力尽き、ダルシャーンに差されて1馬身半差の2着に敗れた(レインボークエストは本馬から半馬身差の3着だった)。

競走生活(3歳後半)

その後は脚部不安で戦線離脱したエルグランセニョールの代わりに厩舎のエースとして欧州王道戦線を進むことになった。まずはエクリプスS(英GⅠ・T10F)に出走。出走9頭中、本馬が唯一の3歳馬であり、レベルが高いと言われていた同世代の実力を証明する責任が本馬にはあった。主な対戦相手は、英オークス・英チャンピオンS・キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDSの勝ち馬で前走のコロネーションCも勝ってきた名牝タイムチャーター、前年のアーリントンミリオンSの勝ち馬で英2000ギニー・サセックスS2着のトロメオ、イスパーン賞を2連覇してきたクリスタルグリッターズ、英チャンピオンS・サンチャリオットS・ロッキンジSの勝ち馬コーモラントウッド、プリンスオブウェールズS・ゴードンリチャーズSを勝ってきたモルコンなどだった。レースはペースメーカー役のソサエティボーイが後続を大きく引き離して逃げを打ち、本馬は3番手を追走した。直線に入ってもしばらくソサエティボーイが粘っていたが、残り2ハロン地点から徐々に脚色が衰え始め、本馬を先頭とする後続馬達が押し寄せてきた。残り1ハロン地点で本馬がソサエティボーイをかわして先頭に立つと、ゴール前で追いすがってきたタイムチャーターを首差の2着に抑えて、2分04秒53のレースレコードで優勝。歴戦の古馬相手に見せたこのレースぶりは「決然とした戦い」だったと賞賛された。

次走のキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDS(英GⅠ・T12F)では、タイムチャーター、ダルシャーン、トロメオに加えて、サンクルー大賞・オーモンドSを連勝してきた前年の英ダービー馬ティーノソ、前年の英オークス・ヨークシャーオークス・英セントレジャーの勝ち馬で凱旋門賞・コロネーションC2着のサンプリンセス、仏ダービー10着後に愛ダービーでエルグランセニョールの3着してきたダハールなどが出走してきた。このレースではサンプリンセスやティーノソなど3頭が先頭集団を形成し、本馬は4番手の好位につけた。直線に入る手前でティーノソが単独先頭に立ち、直線に入ると後続馬を引き離しにかかった。本馬は最終コーナーで内側を掬って2番手に上がり、前を行くティーノソを必死に追撃した。しかしその差は縮まりそうで縮まらず、結局ティーノソに2馬身半差をつけられて2着に敗れた。それでも、当時の欧州を代表する強豪馬勢の多くに先着して、その実力を示すことは出来た。

続くベンソン&ヘッジズ金杯(英GⅠ・T10F110Y)では、コーモラントウッド、トロメオ、英2000ギニーでエルグランセニョールの2着だったコヴェントリーS・セントジェームズパレスS・ジュライC・サセックスSの勝ち馬チーフシンガーなどが対戦相手となった。このレースでも本馬は逃げ馬を見るように先行して直線に入ってきたが、後方から来たコーモラントウッドにかわされると抵抗できず、勝ったコーモラントウッドから4馬身3/4差の4着に敗退した。

次走の愛チャンピオンS(愛GⅠ・T10F)では、前走2着のトロメオ、愛オークス・プリティポリーSの勝ち馬プリンセスパティ、サラマンドル賞の勝ち馬で後にワシントンDC国際Sを勝つシアトルソングなどとの対戦となった。レースはプリンセスパティが後続を引き離して逃げ、本馬は2番手を追走。残り2ハロン地点でプリンセスパティをかわして先頭に立つと、ゴール前で追い上げてきたシアトルソングに3/4馬身差で勝ち、3つ目のGⅠタイトルを獲得した。

その後は凱旋門賞(仏GⅠ・T2400m)に出走した。前走3着のプリンセスパティ、キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDS4着から直行してきたタイムチャーター、同5着から直行してきたサンプリンセス、仏ダービー3着後に愛ダービーで2着してグレートヴォルティジュールSを勝ってきたレインボークエスト、仏オークス・ヴェルメイユ賞・ノネット賞の勝ち馬でサンタラリ賞2着のノーザントリック、前年に凱旋門賞・ロスマンズ国際S・ターフクラシックS・ワシントンDC国際Sと4連勝してエクリプス賞年度代表馬に選ばれていたオールアロング、ニエル賞・コンセイユドパリ賞・フォワ賞の勝ち馬でガネー賞2着のサガス、豪州でローズヒルギニー・AJCダービー・クイーンズランドダービー・コックスプレートなどを勝った後に海外に遠征してバーデン大賞を勝っていたストロベリーロード、ノアイユ賞・ユジェーヌアダム賞・ニエル賞の勝ち馬カリエロール、ジャンドショードネイ賞・ラクープの勝ち馬ガルドロワイヤル、プランスドランジュ賞2回・アルクール賞の勝ち馬ラヴリーダンサー、オイロパ賞・ミラノ大賞の勝ち馬エスプリデュノール、ベルリン大賞2連覇のアバリ、ラクープドメゾンラフィットの勝ち馬で前年のヴェルメイユ賞2着のエストラペイドなどが対戦相手となった。ノーザントリックが単勝オッズ3.2倍の1番人気に支持される一方で、本馬は単勝オッズ13倍の4番人気に留まっていた。このレースでも本馬は先行集団の1頭として直線に入ってきたが、1年間使い詰めで疲労が溜まっていたのか、ここから大きく失速。勝ったサガスから18馬身差をつけられた8着と完敗し、これを最後に3歳時9戦4勝の成績で競走馬を引退した。

本馬が3歳時に獲得した賞金は38万4114ドルで、これは英愛調教馬が1シーズンに獲得した賞金としては、1979年にトロイが獲得した40万8424ドル、1983年にトロメオが獲得した40万ドル、1981年にシャーガーが獲得した38万6410ドルに次いで当時史上4位のものだった。本馬は現役時代を通じて、頭を非常に高く上げて走る特徴的な走法をしていた。

馬名はロンドンにあるサドラーズウェルズ劇場に由来する。

血統

Northern Dancer Nearctic Nearco Pharos Phalaris
Scapa Flow
Nogara Havresac
Catnip
Lady Angela Hyperion Gainsborough
Selene
Sister Sarah Abbots Trace
Sarita
Natalma Native Dancer Polynesian Unbreakable
Black Polly
Geisha Discovery
Miyako
Almahmoud Mahmoud Blenheim
Mah Mahal
Arbitrator Peace Chance
Mother Goose 
Fairy Bridge Bold Reason Hail to Reason Turn-to Royal Charger
Source Sucree
Nothirdchance Blue Swords
Galla Colors
Lalun Djeddah Djebel
Djezima
Be Faithful Bimelech
Bloodroot
Special Forli Aristophanes Hyperion
Commotion
Trevisa Advocate
Veneta
Thong Nantallah Nasrullah
Shimmer
Rough Shod Gold Bridge
Dalmary

ノーザンダンサーは当馬の項を参照。

母フェアリーブリッジは2歳時に2戦2勝の成績で引退した1977年の愛最優秀2歳牝馬。繁殖牝馬としても優秀で、1996年の仏首位種牡馬に輝いた本馬の全弟フェアリーキング、全弟テートギャラリー【ナショナルS(愛GⅠ)】、全妹フェアリーゴールド【デビュータントS(愛GⅢ)】などを産んでいる。また、本馬の半妹フェアリーダンサー(父ニジンスキー)の曾孫には日本で走ったマイネルスケルツィ【ニュージーランドトロフィー3歳S(GⅡ)・京都金杯(GⅢ)】がいる。

フェアリーブリッジの半弟には大種牡馬ヌレイエフ(父ノーザンダンサー)【トーマブリョン賞(仏GⅢ)】、半妹にはナンバー(父ニジンスキー)【フィレンツェH(米GⅡ)・ヘンプステッドH(米GⅡ)・ファーストフライトH(米GⅢ)】がいる。また、フェアリーブリッジの半姉キラヴェア(父ハワイ)の孫にはビエナマド【ハリウッドターフカップS(米GⅠ)・サンフアンカピストラーノ招待H(米GⅠ)・チャールズウィッティンガムH(米GⅠ)】が、ナンバーの子にはジェイドロバリー【仏グランクリテリウム(仏GⅠ)】、曾孫にはコリンシアン【メトロポリタンH(米GⅠ)・BCダートマイル】が、フェアリーブリッジの半妹バウンド(父ニジンスキー)の子にはアーチペンコ【クイーンエリザベスⅡ世C(香GⅠ)】、孫にはブレイム【BCクラシック(米GⅠ)・スティーヴンフォスターH(米GⅠ)・ホイットニーH(米GⅠ)】、曾孫には日本で走ったエイジアンウインズ【ヴィクトリアマイル(GⅠ)・阪神牝馬S(GⅡ)】が、フェアリーブリッジの半妹デュラー(父ニジンスキー)の曾孫にはロウト【BCジュヴェナイルターフ(米GⅠ)】がいる。

フェアリーブリッジの母スペシャルの全弟にはサッチ【ジュライC(英GⅠ)・サセックスS(英GⅠ)】、半弟にはキングペリノア【オークツリー招待H(米GⅠ)】がおり、スペシャルの全妹リサデル【コロネーションS(英GⅡ)】の曾孫にはエルコンドルパサーがいる。近親には他にも米国顕彰馬ゲイムリーなどもおり、牝系は世界的名牝系と言えるものである。→牝系:F5号族①

母父ボールドリーズンはヘイルトゥリーズンの直子。ボールドリーズンの母ラランはケンタッキーオークス馬で、名種牡馬ネヴァーベンドは半兄に当たるという良血馬だった。現役時代は米国三冠路線では全て惜敗したが、トラヴァーズS・ハリウッドダービー・アメリカンダービー・ベルモントレキシントンHなどを勝ち17戦7勝の成績を残した。3歳で引退し、最初はロビンズネストファームで種牡馬入りし、2年後にクレイボーンファームに移動した。産駒のステークスウイナーは21頭と並だったが、1984年には本馬の活躍により英愛母父首位種牡馬に輝いた。その翌1985年にサマンサファームで他界している。

競走馬引退後

競走馬を引退した本馬は愛国クールモアスタッドで種牡馬入りした。初年度の種付け料は12万5千愛ポンドと結構な高額に設定されており、ノーザンダンサー産駒で母系も優秀な本馬に対する種牡馬としての期待は当初から大きかったようである。しかし、自身は10ハロンを超える距離では勝ち鞍が無く、叔父がヌレイエフという血統構成からしても産駒は10ハロン以上の距離には不向きではないかとの見方が多かったとされる。しかし産駒がデビューするとそうした評価は一変する。本馬の産駒はむしろ10ハロン以上の長距離において大活躍を示したのである。初年度産駒からオールドヴィックインザウイングスなどGⅠ競走勝ち馬を6頭も送り出し、その後も活躍馬を続出させた。1990年には最初の英愛首位種牡馬に輝いた。翌1991年はカーリアンにその座を譲ったが、1992年から毎年のように英愛首位種牡馬を獲得。2004年には、不滅の記録と言われたハイフライヤーの12年連続13度の英首位種牡馬獲得を更新する、13年連続14度目の英愛首位種牡馬に輝いた。1993・94・99年には仏首位種牡馬にも輝いており、20世紀後半における欧州競馬最大の種牡馬としての名声を不動のものとした。2005年にデインヒルモンジューに抜かれて英愛種牡馬ランキング3位に落ちて連続記録は止まり、以降はトップに返り咲く事は無かった。

本馬は323頭以上のステークスウイナー、80頭以上のGⅠ競走勝ち馬(GⅠ競走勝利数は131勝以上、グループ競走及びグレード競走勝利数は300以上)を送り出している(いずれも障害競走を含む数値と思われる。平地競走におけるGⅠ競走勝ち馬は筆者が数えたところ74頭だった)。このGⅠ競走勝利産駒数は豪州の大種牡馬サートリストラムの44頭を大幅に塗り替え、世界最多記録である。ステークスウイナーの数はデインヒル(349頭)に次ぐ史上2位だが、シャトルサイヤーとして北半球と南半球を股に掛けたデインヒルとの比較において、いずれが上位であるとは言えない。また、本馬の産駒はなかなか英ダービーを勝つことが出来ず、ジンクスのように言われていたが、それはどうやら偶然だったようで、2001年にガリレオが、2002年にハイシャパラルが英ダービーを勝利した。これによって、本馬の産駒は英国クラシック競走を完全制覇している。また、欧州競馬においては平地競走以上に人気が高い障害競走における適性も抜群である。

2007年、26歳時においても64頭の牝馬と交配するほど晩年まで現役種牡馬として活躍していたが、翌2008年5月に受精率低下を理由に種牡馬を引退した。本馬の種牡馬引退の報は欧州のみならず世界中の競馬界を駆け巡り、各方面で特集が組まれた。その後もクールモアスタッドにおいて余生を送り、2011年4月26日、クールモアスタッドにおいて30歳で他界した。非常に平穏な旅立ちだったと伝えられている。本馬の死後、各方面から追悼の弁が相次いだ。それを全てここに記載する事はしないが、本馬の馬主だったサングスター氏の息子ベン・サングスター氏の発言のみ掲載しておく。「彼は驚異的な馬でした。種牡馬としての彼の記録は信じられないものです。彼の著名な経歴は終わりを告げましたが、彼の遺産は彼の息子と娘、及び彼等の息子及び娘達の中で生き続けるでしょう。」

サングスター氏の言葉どおり、本馬の死後もモンジュー、ガリレオ、エルプラドなど数多くの産駒が後継種牡馬として活躍しており、本馬の血脈を繁栄させている(ただし、当初はそれほど大活躍する後継種牡馬がいなかったため、本馬は種牡馬の父としてはそれほど優秀ではないという評価もされていたようである)。平地競走種牡馬としては活躍できなかった産駒であっても、障害競走種牡馬として成功する例が多い。

繁殖牝馬の父としての成績も特筆ものであり、2005年から2011年まで7年連続で英愛母父首位種牡馬、2008年から2010年まで3年連続で北米母父首位種牡馬、1999・2001・04・05・07・09・10年の仏母父首位種牡馬に輝いている。

欧州馬産界の救世主

本馬登場以前における欧州競馬界は、欧州繋養種牡馬よりも米国繋養種牡馬のほうが幅を利かせており、欧州の大競走を勝ち取りたい馬主達は、米国まで出向いて馬を買ってくる必要があった。そのため、米国の馬産家の方が資金は潤沢であり、欧州で大活躍した競走馬であっても、種牡馬としては米国の馬産家に買われてしまう事が多々あり、それがさらなる欧州馬産界と米国馬産界の格差を生じさせるという悪循環に陥っていた。しかし本馬の成功により、そうした傾向に歯止めがかかったのである。クールモアスタッドの今日における繁栄は、本馬あってこそだったと言えるが、本馬はクールモアスタッドだけでなく欧州馬産界全体の救世主でもあったのである。

産駒の多くは欧州で走っているが、米国や豪州で活躍する産駒も存在する。1995年には北米首位種牡馬に輝いたとする資料もある(大半の資料において、この年の北米首位種牡馬はシガーの父パレスミュージックである。計算方法の違いによるものであろう)。もっとも、米国における活躍馬の大半は欧州からブリーダーズカップなどに遠征して芝競走で結果を残した馬であり、ダートで活躍した産駒は極めて少ない。代表産駒の1頭ガリレオもダートでは振るわなかった。

一方、日本において本馬の産駒はほとんど活躍していない。同じ海外繋養のノーザンダンサー直子種牡馬でもニジンスキー、ヌレイエフ、ダンチヒなどの産駒は日本に外国産馬として輸入されて結果を出しているのにも関わらずである。この理由については、本馬の産駒はスタミナとパワーを武器としており、芝の深い欧州競馬には適合するが、軽い芝向きのスピードがやや不足しているため、高速馬場の日本競馬には向かないという意見が以前は一般的であった。しかし最近は、本当に優れた産駒が日本に輸入されていないだけであるという意見も見受けられるようになった。海外の資料においても、「サドラーズウェルズの子が堅い馬場には適さないというのは、統計的立証が成されていないもので、予想家達の共通の誤解というべきです。確かに、重馬場・稍重馬場における入着率は17.8~18.7%と高いのですが、良馬場・堅良馬場における入着率も15.6%と高水準を維持しています」という説が紹介されている。筆者の考えでは、米国で繋養されていたニジンスキー、ヌレイエフ、ダンチヒなどと比べると、欧州で繋養されていた本馬の産駒は日本に輸入される機会が少ない事、本馬産駒の競走馬でおそらく日本で最も馴染みがあるモンジューがジャパンCで今ひとつの結果だった事などが影響して、本馬の産駒は日本では走らないという説が一般的になったのではないかと思われる。もちろん、優秀なスタミナとパワーが有力な武器である事には間違いないので、サンデーサイレンスなどに比べると日本競馬に対する適性は下だったとは思うが、それでも優れた本馬産駒がどんどん日本で走れば、GⅠ競走を何勝もしたのではないかと考える。日本において活躍が目立たないのはあくまでも本馬の直子であり、代を経ることにより日本で活躍する子孫は少なくない。母父としては、エルコンドルパサー、フサイチコンコルド、シーザリオ、ヘヴンリーロマンスなどを、直系子孫からはテイエムオペラオー、メイジョウサムソンなどを輩出している。

主な産駒一覧

生年

産駒名

勝ち鞍

1986

Batshoof

ロジャーズ金杯(愛GⅡ)・プリンスオブウェールズS(英GⅡ)

1986

Braashee

ロワイヤルオーク賞(仏GⅠ)・ヨークシャーC(英GⅡ)・オーモンドS(英GⅢ)

1986

Dolpour

ゴードンリチャーズS(英GⅢ)

1986

French Glory

ロスマンズ国際S(加GⅠ)・モーリスドニュイユ賞(仏GⅡ)・ラクープ(仏GⅢ)

1986

In the Wings

BCターフ(米GⅠ)・コロネーションC(英GⅠ)・サンクルー大賞(仏GⅠ)・プランスドランジュ賞(仏GⅢ)・フォワ賞(仏GⅢ)

1986

Old Vic

仏ダービー(仏GⅠ)・愛ダービー(愛GⅠ)・サンダウンクラシックトライアルS(英GⅢ)・チェスターヴァーズ(英GⅢ)

1986

Prince of Dance

デューハーストS(英GⅠ)・英シャンペンS(英GⅡ)

1986

Scenic

デューハーストS(英GⅠ)・ウイリアムヒルクラシック(英GⅢ)

1987

Baylis

ローレンスリアライゼーションS(米GⅢ)

1987

Salsabil

英1000ギニー(英GⅠ)・英オークス(英GⅠ)・愛ダービー(愛GⅠ)・マルセルブサック賞(仏GⅠ)・ヴェルメイユ賞(仏GⅠ)・フレッドダーリンS(英GⅢ)

1987

Stagecraft

プリンスオブウェールズS(英GⅡ)・カナディアンターフH(米GⅡ)・ガルフストリームパークBCターフS(米GⅡ)・ブリガディアジェラードS(英GⅢ)

1988

Adam Smith

レッドバンクH(米GⅢ)2回・フォートマーシーH(米GⅢ)2回

1988

Opera House

キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS(英GⅠ)・コロネーションC(英GⅠ)・エクリプスS(英GⅠ)・ロジャーズ金杯(愛GⅡ)・ブリガディアジェラードS(英GⅢ)・カンバーランドロッジS(英GⅢ)

1988

Runyon

VATCアンダーウッドS(豪GⅠ)・デリンズタウンスタッドダービートライアルS(愛GⅢ)

1988

Saddlers' Hall

コロネーションC(英GⅠ)・キングエドワードⅦ世S(英GⅡ)・プリンセスオブウェールズS(英GⅡ)・ジョンポーターS(英GⅢ)・オーモンドS(英GⅢ)

1989

Alnasr Alwasheek

ダンテS(英GⅡ)・クレイヴンS(英GⅢ)

1989

El Prado

愛ナショナルS(愛GⅠ)・ベレスフォードS(愛GⅡ)・レイルウェイS(愛GⅢ)

1989

Imperial Ballet

ロイヤルハントC

1989

Johann Quatz

リュパン賞(仏GⅠ)・カーネルFWケスターH(米GⅡ)

1989

Masad

イタリア大賞(伊GⅠ)

1989

Modhish

ドーヴィル大賞(仏GⅡ)・ジャンドショードネイ賞(仏GⅡ)

1989

Sonus

グッドウッドC(英GⅢ)

1990

Barathea

BCマイル(米GⅠ)・愛2000ギニー(愛GⅠ)・クイーンアンS(英GⅡ)

1990

Dancing Bloom

プリンセスロイヤルS(英GⅢ)

1990

Desert Secret

ロイヤルロッジS(英GⅡ)

1990

Fatherland

愛ナショナルS(愛GⅠ)・愛フューチュリティS(愛GⅢ)

1990

Fort Wood

パリ大賞(仏GⅠ)・ノアイユ賞(仏GⅡ)

1990

Hunting Hawk

グレフュール賞(仏GⅡ)

1990

Intrepidity

英オークス(英GⅠ)・サンタラリ賞(仏GⅠ)・ヴェルメイユ賞(仏GⅠ)

1990

Kirov Premiere

ラトガーズBCH(米GⅢ)

1990

Royal Ballerina

ブランドフォードS(愛GⅡ)・フェデリコテシオ賞(伊GⅢ)

1990

Scribe

ゴードンリチャーズS(英GⅢ)

1990

Thawakib

リブルスデールS(英GⅡ)

1991

Carnegie

凱旋門賞(仏GⅠ)・サンクルー大賞(仏GⅠ)・ユジェーヌアダム賞(仏GⅡ)・ニエル賞(仏GⅡ)・フォワ賞(仏GⅢ)

1991

Correggio

米グランドナショナル(米GⅠ)

1991

Foyer

キングエドワードⅦ世S(英GⅡ)

1991

Hawker's News

リングフィールドダービートライアルS(英GⅢ)

1991

Interim

ラプレヴォヤンテH(米GⅡ)・リヴァーシティーズBCS(米GⅢ)

1991

King's Theatre

キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS(英GⅠ)・レーシングポストトロフィー(英GⅠ)・クレイヴンS(英GⅢ)

1991

Northern Spur

BCターフ(米GⅠ)・オークツリー招待H(米GⅠ)・ショードネイ賞(仏GⅡ)・リス賞(仏GⅢ)

1991

サージュウェルズ

ステイヤーズS(GⅢ)

1992

Helen of Spain

ポモーヌ賞(仏GⅡ)

1992

Istabraq

英チャンピオンハードル(英GⅠ)3回・愛チャンピオンハードル(愛GⅠ)4回

1992

Moonshell

英オークス(英GⅠ)

1992

Muncie

サンタラリ賞(仏GⅠ)・ペネロープ賞(仏GⅢ)

1992

Poliglote

クリテリウムドサンクルー(仏GⅠ)・エヴリ大賞(仏GⅡ)・コンデ賞(仏GⅢ)

1992

Royal Solo

ユジェーヌアダム賞(仏GⅡ)

1992

Russian Snows

ロワイヤリュー賞(仏GⅡ)

1992

Tamure

プランスドランジュ賞(仏GⅢ)

1993

Camporese

コリーダ賞(仏GⅢ)

1993

Chief Contender

カドラン賞(仏GⅠ)

1993

Clerkenwell

エボアH

1993

Dance Design

愛オークス(愛GⅠ)・プリティポリーS(愛GⅡ)2回・タタソールズ金杯(愛GⅡ)

1993

Darazari

ランヴェットS(豪GⅠ)・モーリスドニュイユ賞(仏GⅡ)

1993

Dushyantor

グレートヴォルティジュールS(英GⅡ)・ジェフリーフリアS(英GⅡ)・ゴールデンゲートH(米GⅢ)

1993

Luna Wells

サンタラリ賞(仏GⅠ)・ヴァントー賞(仏GⅢ)・ノネット賞(仏GⅢ)

1993

Royal Court

オーモンドS(英GⅢ)

1993

Time Allowed

ジョッキークラブS(英GⅡ)・プリンセスロイヤルS(英GⅢ)

1994

Allurement

クレオパトル賞(仏GⅢ)

1994

Ashley Park

デリンズタウンスタッドダービートライアルS(愛GⅢ)

1994

Cloudings

リュパン賞(仏GⅠ)

1994

Crimson Tide

デュッセルドルフ大賞(独GⅡ)・リボー賞(伊GⅡ)・セプテンバーS(英GⅢ)

1994

Ebadiyla

愛オークス(愛GⅠ)・ロワイヤルオーク賞(仏GⅠ)

1994

Entrepreneur

英2000ギニー(英GⅠ)

1994

In Command

デューハーストS(英GⅠ)

1994

Kayf Tara

アスコット金杯(英GⅠ)2回・愛セントレジャー(愛GⅠ)2回・ヴィコンテスヴィジェ賞(仏GⅡ)・グッドウッドC(英GⅡ)・ケルゴルレイ賞(仏GⅡ)・ヨークシャーC(英GⅡ)

1994

Legend Maker

ロワイヨモン賞(仏GⅢ)

1994

New Frontier

コンデ賞(仏GⅢ)・ベルトゥー賞(仏GⅢ)

1994

Palme d'Or

フロール賞(仏GⅢ)

1994

Solo Mio

オーリアンダーレネン(独GⅢ)2回・サガロS(英GⅢ)・ヘンリーⅡ世S(英GⅢ)

1994

Yalaietanee

グリーナムS(英GⅢ)

1995

Dream Well

仏ダービー(仏GⅠ)・愛ダービー(愛GⅠ)・フォルス賞(仏GⅢ)・ゴントービロン賞(仏GⅢ)

1995

Greek Dance

ダルマイヤー大賞(独GⅠ)・ローズオブランカスターS(英GⅢ)

1995

Insight

EPテイラーS(加GⅠ)・オペラ賞(仏GⅡ)

1995

King of Kings

英2000ギニー(英GⅠ)・愛ナショナルS(愛GⅠ)・レイルウェイS(愛GⅢ)

1995

Leggera

ヴェルメイユ賞(仏GⅠ)・ポモーヌ賞(仏GⅡ)

1995

Sea Wave

グレートヴォルティジュールS(英GⅡ)

1996

Commander Collins

レーシングポストトロフィー(英GⅠ)

1996

Daliapour

コロネーションC(英GⅠ)・香港ヴァーズ(香GⅠ)・オーモンドS(英GⅢ)・カラーC(愛GⅢ)

1996

Daring Miss

シャンティ大賞(仏GⅡ)

1996

Festival Hall

ベレスフォードS(愛GⅢ)

1996

Montjeu

凱旋門賞(仏GⅠ)・キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS(英GⅠ)・仏ダービー(仏GⅠ)・愛ダービー(愛GⅠ)・タタソールズ金杯(愛GⅠ)・サンクルー大賞(仏GⅠ)・グレフュール賞(仏GⅡ)・ニエル賞(仏GⅡ)・フォワ賞(仏GⅡ)

1996

Moon Queen

ロワイヤリュー賞(仏GⅡ)・ザベリワンH(米GⅢ)

1996

Mother of Pearl

サンロマン賞(仏GⅢ)

1996

Saffron Walden

愛2000ギニー(愛GⅠ)

1997

Aristotle

レーシングポストトロフィー(英GⅠ)

1997

Beat Hollow

アーリントンミリオンS(米GⅠ)・パリ大賞(仏GⅠ)・ターフクラシックS(米GⅠ)・マンハッタンH(米GⅠ)

1997

Chiang Mai

ブランドフォードS(愛GⅢ)

1997

Glyndebourne

ガリニュールS(愛GⅢ)

1997

Interlude

ポモーヌ賞(仏GⅡ)

1997

Sadler's Flag

ロワイヨモン賞(仏GⅢ)

1997

Samsaam

ベルトゥー賞(仏GⅢ)

1997

St. Expedit

オーモンドS(英GⅢ)2回

1997

Subtle Power

ガルフストリームパークBCターフS(米GⅠ)・キングエドワードⅦ世S(英GⅡ)

1997

Wellbeing

セントサイモンS(英GⅢ)・ゴントービロン賞(仏GⅢ)

1998

Carnival Dancer

スコティッシュクラシック(英GⅢ)・ラクープ(仏GⅢ)・ゴントービロン賞(仏GⅢ)

1998

Galileo

英ダービー(英GⅠ)・愛ダービー(愛GⅠ)・キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS(英GⅠ)・デリンズタウンスタッドダービートライアルS(愛GⅢ)

1998

Imagine

英オークス(英GⅠ)・愛1000ギニー(愛GⅠ)・ウェルドパークS(愛GⅢ)

1998

Lime Gardens

ミネルヴ賞(仏GⅢ)

1998

Mediterranean

エボアH

1998

Milan

英セントレジャー(英GⅠ)・グレートヴォルティジュールS(英GⅡ)

1998

Narrative

カルロダレッシオ賞(伊GⅡ)・ドバイシティオブゴールド(首GⅢ)

1998

Perfect Soul

シャドウェルターフマイルS(米GⅠ)・キングエドワードBCH(加GⅡ)・メイカーズマークマイルS(米GⅡ)

1998

Roman Saddle

ベルトゥー賞(仏GⅢ)

1998

Sequoyah

モイグレアスタッドS(愛GⅠ)

1998

Sligo Bay

ハリウッドターフCS(米GⅠ)・シネマH(米GⅢ)

1998

Wareed

ショードネイ賞(仏GⅡ)・ヴィコンテスヴィジェ賞(仏GⅡ)

1999

Ballingarry

クリテリウムドサンクルー(仏GⅠ)・加国際S(加GⅠ)・ノアイユ賞(仏GⅡ)・スターズ&ストライプスBCターフS(米GⅢ)2回

1999

Black Sam Bellamy

伊ジョッキークラブ大賞(伊GⅠ)・タタソールズ金杯(愛GⅠ)

1999

Carib Lady

ギャロレットH(米GⅢ)

1999

Contact Dancer

シザレウィッチH

1999

Dance Routine

ロワイヤリュー賞(仏GⅡ)・ロワイヨモン賞(仏GⅢ)

1999

Gossamer

フィリーズマイル(英GⅠ)・愛1000ギニー(愛GⅠ)・プレステージS(英GⅢ)

1999

High Chaparral

英ダービー(英GⅠ)・愛ダービー(愛GⅠ)・BCターフ(米GⅠ)2回・レーシングポストトロフィー(英GⅠ)・愛チャンピオンS(愛GⅠ)・ロイヤルホイップS(愛GⅡ)・デリンズタウンスタッドダービートライアルS(愛GⅢ)

1999

Islington

BCフィリー&メアターフ(米GⅠ)・ナッソーS(英GⅠ)・ヨークシャーオークス(英GⅠ)2回・ムシドラS(英GⅢ)

1999

Morozov

ショードネイ賞(仏GⅡ)・リス賞(仏GⅢ)・バルブヴィル賞(仏GⅢ)

1999

Mutinyonthebounty

ロイヤルロッジS(英GⅡ)

1999

Nysaean

ムーアズブリッジS(愛GⅢ)2回・ガリニュールS(愛GⅢ)

1999

Quarter Moon

モイグレアスタッドS(愛GⅠ)

1999

River Dancer

クイーンエリザベスⅡ世C(香GⅠ)・フォルス賞(仏GⅢ)

1999

Sholokhov

伊グランクリテリウム(伊GⅠ)

1999

Short Pause

エドヴィル賞(仏GⅢ)

2000

Alberto Giacometti

クリテリウムドサンクルー(仏GⅠ)

2000

Brian Boru

レーシングポストトロフィー(英GⅠ)・英セントレジャー(英GⅠ)

2000

Doyen

キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS(英GⅠ)・ハードウィックS(英GⅡ)・リス賞(仏GⅢ)

2000

Dubai Success

ジョンポーターS(英GⅢ)

2000

Look Honey

ユジェーヌアダム賞(仏GⅡ)

2000

Policy Maker

ドーヴィル大賞(仏GⅡ)・シャンティ大賞(仏GⅡ)2回・フォワ賞(仏GⅡ)

2000

Powerscourt

アーリントンミリオンS(米GⅠ)・タタソールズ金杯(愛GⅠ)・グレートヴォルティジュールS(英GⅡ)

2000

Refuse to Bend

英2000ギニー(英GⅠ)・愛ナショナルS(愛GⅠ)・クイーンアンS(英GⅠ)・エクリプスS(英GⅠ)・デズモンドS(愛GⅢ)

2000

Yesterday

愛1000ギニー(愛GⅠ)

2001

All Too Beautiful

ミドルトンS(英GⅢ)

2001

Australie

フロール賞(仏GⅢ)

2001

Day Flight

ジョンポーターS(英GⅢ)・オーモンドS(英GⅢ)・セントサイモンS(英GⅢ)・ゴードンリチャーズS(英GⅢ)

2001

Lucky

アサシS(愛GⅢ)

2001

Meath

ガリニュールS(愛GⅢ)

2001

New Morning

ブリガディアジェラードS(英GⅢ)

2001

Percussionist

米グランドナショナル(米GⅠ)・ヨークシャーC(英GⅡ)・リングフィールドダービートライアルS(英GⅢ)

2001

Prospect Park

リス賞(仏GⅢ)・ラクープドメゾンラフィット(仏GⅢ)

2001

Quiff

ヨークシャーオークス(英GⅠ)

2001

Yeats

アスコット金杯(英GⅠ)4回・コロネーションC(英GⅠ)・愛セントレジャー(愛GⅠ)・ロワイヤルオーク賞(仏GⅠ)・デリンズタウンスタッドダービートライアルS(愛GⅡ)・グッドウッドC(英GⅡ)2回・バリサックスS(愛GⅢ)

2001

Zaiyad

仏チャンピオンハードル(仏GⅠ)

2002

Gypsy King

ディーS(英GⅢ)

2002

Kong

リングフィールドダービートライアルS(英GⅢ)

2002

Playful Act

フィリーズマイル(英GⅠ)・メイヒルS(英GⅡ)・ランカシャーオークス(英GⅡ)

2002

Silk and Scarlet

デビュータントS(愛GⅡ)

2003

Alexandrova

英オークス(英GⅠ)・愛オークス(愛GⅠ)・ヨークシャーオークス(英GⅠ)

2003

Ask

コロネーションC(英GⅠ)・ロワイヤルオーク賞(仏GⅠ)・ヨークシャーC(英GⅡ)・オーモンドS(英GⅢ)・カンバーランドロッジS(英GⅢ)・ゴードンリチャーズS(英GⅢ)

2003

Linda's Lad

クリテリウムドサンクルー(仏GⅠ)・コンデ賞(仏GⅢ)・リングフィールドダービートライアルS(英GⅢ)

2003

Puerto Rico

ガリニュールS(愛GⅢ)

2003

Saddex

バイエルン大賞(独GⅠ)・伊共和国大統領賞(伊GⅠ)・ゲルリング賞(独GⅡ)・シャンティ大賞(仏GⅡ)

2003

Septimus

愛セントレジャー(愛GⅠ)・ベレスフォードS(愛GⅡ)・ダンテS(英GⅡ)・ロンズデールC(英GⅡ)・ドンカスターC(英GⅡ)・ムーアズブリッジS(愛GⅢ)・カラーC(愛GⅢ)

2003

Synchronised

チェルトナム金杯(英GⅠ)

2003

Time On

マルレ賞(仏GⅡ)

2004

Liscanna

バリーオーガンS(愛GⅢ)

2004

Mores Wells

バリサックスS(愛GⅢ)・バリーローンS(愛GⅢ)2回

2004

Royal and Regal

ジョッキークラブC(英GⅢ)・ジョンポーターS(英GⅢ)

2005

Changing Skies

ラプレヴォヤンテH(米GⅡ)・ザベリワンS(米GⅢ)

2005

Curtain Call

ベレスフォードS(愛GⅡ)・ムーアズブリッジS(愛GⅢ)

2005

Doctor Fremantle

プリンセスオブウェールズS(英GⅡ)・チェスターヴァーズ(英GⅢ)・ハクスレイS(英GⅢ)・アークトライアル(英GⅢ)

2005

Front House

ドバイシティオブゴールド(首GⅡ)

2005

Gagnoa

レゼルヴォワ賞(仏GⅢ)・ペネロープ賞(仏GⅢ)

2005

Listen

フィリーズマイル(英GⅠ)

2005

Prospect Wells

グレフュール賞(仏GⅡ)

2005

Psalm

コンコルドS(愛GⅢ)

2006

Black Bear Island

ダンテS(英GⅡ)

2006

Claremont

リス賞(仏GⅢ)

2006

Fantasia

プレステージS(英GⅢ)・ネルグウィンS(英GⅢ)・セプターS(英GⅢ)・モデスティH(米GⅢ)

2006

Peinture Rare

ポモーヌ賞(仏GⅡ)

2006

Precious Gem

愛国際S(愛GⅢ)

2006

Tactic

カラーC(愛GⅢ)

2006

Tamarind

ギブサンクスS(愛GⅢ)

2007

Bullet Train

リングフィールドダービートライアルS(英GⅢ)

2008

Saddler's Rock

ドンカスターC(英GⅡ)・グッドウッドC(英GⅡ)

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