ルグロリュー

和名:ルグロリュー

英名:Le Glorieux

1984年生

鹿毛

父:キュアザブルース

母:ラミランド

母父:ルファビュリュー

小柄な馬体ながら世界各国を頑健に走り、同一年に欧州・北米・アジアの3大陸でGⅠ競走を制覇する快挙を達成した第7回ジャパンCの勝ち馬

競走成績:2~4歳時に仏独米日豪で走り通算成績19戦6勝2着6回3着1回

誕生からデビュー前まで

仏国の馬産団体ペトラ・ブラッドストック・エージェンシー社により生産された英国産馬で、独国の実業家ウェルナー・ウォルフ氏の所有馬となり(名義は妻のジークリンデ・ウォルフ夫人)、仏国ロベール・コレ調教師に預けられた。後にジャパンCに参戦したときの馬体重410kgや、同競走のパドックやレースで見せた姿からしても、非常に小柄で痩せた馬だった。

競走生活(3歳前半まで)

2歳8月にドーヴィル競馬場で行われたカン賞(T1600m)で、主戦となるA・ルクー騎手を鞍上にデビューしたが、4馬身差の2着に敗退。勝ったのは、これがデビュー戦だった後の凱旋門賞馬トランポリノだった。ロンシャン競馬場で出走した翌月のブレゾン賞(T1600m)でも2着に敗退。未勝利の身で出走したシェーヌ賞(仏GⅢ・T1600m)では、ロベールパパン賞で2着してきた後の仏1000ギニー3着馬リバティーン、同3着してきたフォティテン(桜花賞馬ワンダーパヒュームの父)などに歯が立たず、フォティテンの7着に敗れた。

10月にはメゾンラフィット競馬場で行われたリステッド競走エルバジェ賞(T1700m)に出走したが、牝馬ダラリンシャの4着に敗退。翌11月にサンクルー競馬場で出走したミュゼ賞(T1600m)では、ダスターンの8着と大敗。メゾンラフィット競馬場で出走したソリトル賞(T1600m)でも、ダスターンの2着に敗退。ようやくサンクルー競馬場のプロント賞(T2000m)で勝ち上がった時には既に12月になっていた。2歳時は結局7戦1勝の成績だった。

3歳時は3月にメゾンラフィット競馬場で行われたオルドリン賞(T2100m)から始動して、後にノアイユ賞・オカール賞を勝つサジードの2着。翌4月にロンシャン競馬場で出走したリステッド競走クールセル賞(T2000m)では、これが3歳初戦だったトランポリノの3着に敗退。

その後はウォルフ氏の地元独国に向かい、同月にフランクフルト競馬場で行われたシュタイゲンベルガーホテル大賞(独GⅢ・T2000m)に出走。仏国では実力が足りなかった本馬だが、独国では実力最上級であり、単勝オッズ1.6倍の1番人気に応えて、2着メディカスに8馬身差、3着デュークオブウィンザーにもさらに8馬身差をつける圧勝劇を演じた。負けたメディカスも別に凡馬ではなく、後にティームトロフィ・シュプレティレネンと独国のグループ競走を2勝する馬だった。

翌5月にミュンヘン競馬場で出走したヘルティー国際大賞(独GⅡ・T2200m)でも単勝オッズ1.7倍の1番人気に応えて、2着ステップダンスに7馬身差をつけて圧勝した。

この勢いを駆って地元に戻り、仏ダービー(仏GⅠ・T2400m)に出走。リュパン賞で2着してきたトランポリノ、2戦2勝のナトルーン、ホーリスヒルSの勝ち馬で後の愛ダービー2着馬ナヒーズといった面々に挑戦したが、それほど甘くは無く、ナトルーンの11着と惨敗した。地元仏国における出走はこれが最後となり、その後は世界各国を転戦する事になる。

競走生活(3歳後半)

まずは再び独国に向かい、ベルリン大賞(独GⅠ・T2400m)に出走。メルセデスベンツ大賞・ゲルゼンキルヒェン市大賞を勝っていたヘリコン(翌年のベルリン大賞の勝ち馬)、オカール賞でサジードの頭差2着していたイブンアルナスルなどが対戦相手となった。過去2戦では圧倒的な支持を集めていた本馬も、ここでは単勝オッズ10.4倍止まりだった。しかし本馬が2着イブンアルナスルに短頭差、3着ヘリコンにはさらに3馬身差で勝利を収め、GⅠ競走初勝利を挙げた。

続いてバーデン大賞(独GⅠ・T2400m)に出走。独国内だけでなく欧州他国からも一流馬が出てくる独国最大級の競走だけあって、対戦相手のレベルはベルリン大賞より上であり、独ダービー・アラルポカル2回・サンクルー大賞・ベルリン大賞・バーデン大賞・ヘルティー国際大賞・ウニオンレネン・メルセデスベンツ大賞・ハンザ賞・ゲルリング賞2回とグループ競走12勝を挙げていた現役独国最強馬アカテナンゴ、前年の英セントレジャー馬でこの年もサンクルー大賞・ジェフリーフリアSを勝つ活躍を見せていたムーンマッドネス、独ダービー・アラルポカルで2着してきたウィンウッドなどが出走してきた。ここでは過去の実績どおりの結果となり、アカテナンゴが勝利を収め、ムーンマッドネスが半馬身差の2着、ウィンウッドがさらに1馬身半差の3着で、本馬はアカテナンゴから2馬身3/4差の4着に敗れた。

続くオイロパ賞(独GⅠ・T2400m)では、アカテナンゴに加えて、独2000ギニー・ウニオンレネン・アラルポカルを勝ち独ダービーで3着していたコンドル、独セントレジャー・ドルトムント大賞を勝っていたカミロスなども参戦してきた。レースでは馬群に沈むアカテナンゴを尻目に、ゴール前で本馬とカミロスとの大接戦となったが、僅かに後れを取って短頭差の2着に惜敗した。

独国を去った本馬は、今度は米国に向かい、マンノウォーS(米GⅠ・T11F)に出走した。1頭を除けば、それほど目立つ対戦相手はいなかった。その1頭とは、この年にハイアリアターフC・レッドスミスH・ボーリンググリーンH・ソードダンサーH・ターフクラシックSを勝ってブレイクしていた前年のBCターフ2着馬シアトリカルだった。かつてはベルリン大賞でアカテナンゴの2着に敗れるなど惜敗が多かったシアトリカルだが、次走のBCターフを勝利して米国芝路線の頂点に立つシアトリカルの実力は既に本物であり、このレースでもあっさりと勝利。本馬は2馬身1/4差をつけられて2着に敗れた。

本馬はその僅か1週間後にワシントンDC国際S(米GⅠ・T10F)に出走した。BCターフの創設によりすっかり影が薄くなったワシントンDC国際Sの出走馬の層は確実に薄くなっており、シアトリカルやリヴリアといった当時の米国芝路線のトップクラスは不在で、セクレタリアトS・ロスマンズ国際S・ナイアガラHの勝ち馬サウスジェット、ユジェーヌアダム賞の勝ち馬モトリー辺りが目立つ対戦相手だった。結果は本馬が2着グレートコミュニケーターに首差、3着モトリーにはさらに1馬身半差で勝利した。グレートコミュニケーターはこの時点ではグレード競走未勝利の身だったが、翌年以降にBCターフなどGⅠ競走4勝を挙げて米国芝路線のトップクラスに上り詰めることになる。

ジャパンC

その後はワシントンDC国際Sの3週間後に行われるBCターフではなく、BCターフの8日後に行われる第7回ジャパンC(日GⅠ・T2400m)に向かった。このジャパンCは同競走史上最も日本馬の層が薄いと言われており、海外馬で決着する可能性が非常に高いとされていた。その海外馬の中で最も注目を集めていたのは「鉄の女」トリプティクだった。マルセルブサック賞・愛2000ギニー・英チャンピオンS2回・ガネー賞・コロネーションC・英国際S・愛チャンピオンSとGⅠ競走8勝(うち7勝が牡馬混合戦)を挙げ、英オークス・コロネーションC・エクリプスS・英国際Sで2着、ベンソン&ヘッジズ金杯・ロスマンズ国際S・キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDS2回・愛チャンピオンS・凱旋門賞2回・エクリプスSで3着していたトリプティクは、前年のジャパンCこそ11着に沈んでいたが、この年は前哨戦の富士Sで凄まじい豪脚を繰り出して勝ち、日本の競馬ファンの度肝を抜いていた。本馬とトリプティク以外の海外馬は、バーデン大賞2着後にカンバーランドロッジSを勝っていたムーンマッドネス、この年の英セントレジャーでリファレンスポイントの2着していたマウンテンキングダム、ロジャーズ金杯の勝ち馬で愛チャンピオンS3着のコックニーラス、ドラール賞・リス賞・ルイジアナダウンズHの勝ち馬イアデス、前年のジャパンCで5着だった豪州のGⅠ競走チッピングノートンSの勝ち馬アワウェイバリースター、ワシントンDC国際Sでは7着に終わっていたサウスジェット、ブーゲンヴィリアH・ディキシーHの勝ち馬でパンアメリカンH・ボーリンググリーンH2着・ソードダンサーH3着のアカビールだった。対する日本馬勢は、セントライト記念の勝ち馬で前走天皇賞秋2着のレジェンドテイオー、毎日王冠・函館三歳S・京王杯オータムHの勝ち馬で優駿牝馬3着のダイナアクトレス、東京優駿2着馬サニースワロー、優駿牝馬・京都大賞典の勝ち馬トウカイローマン、浦和記念・関東盃・報知オールスターCを勝ちオールカマーで2着して参戦してきた公営所属馬ガルダンの5頭が出走していた。トリプティクが単勝オッズ1.8倍の1番人気、ムーンマッドネスが単勝オッズ3.6倍の2番人気と、実績最上位の2頭に人気が集中。本馬が単勝オッズ8.6倍の3番人気、マウンテンキングダムが単勝オッズ8.9倍の4番人気、コックニーラスが単勝オッズ17.1倍の5番人気と、海外馬が上位人気を占めた。

スタートが切られるとレジェンドテイオーが先頭を伺ったが、向こう正面手前でムーンマッドネスが先頭を奪い、そのまま大逃げを打った。当初は馬群の好位5番手辺りにつけていたルクー騎手鞍上の本馬はレジェンドテイオーの前まで進出し、ムーンマッドネスから7馬身ほど離された2~3番手を追走した。そして注目のトリプティクはやはり馬群の中団後方に陣取っていた。三角から四角にかけて本馬を含む後続馬とムーンマッドネスの差が一気に縮まり、そして直線に入って100mほどのところで本馬がムーンマッドネスに並びかけると、そのままかわして先頭に立った。そして東京競馬場の長い直線で押し切りを図った。直線で得意の末脚を披露しようとしたトリプティクは馬群に包まれて思うように伸びず、代わりに後方からやってきたのは中団から伸びてきたサウスジェットと直線殿一気の末脚に賭けたダイナアクトレスの人気薄2頭だった。しかしゴールラインを通過するまで本馬が他馬に抜かさせる事はなく、2着サウスジェットに3/4馬身差、3着ダイナアクトレスにはさらに半馬身差、4着トリプティクにはさらに1馬身3/4差をつけて優勝。

勝ちタイム2分24秒9は、当時の日本レコードとなった。また、この勝利時における本馬の馬体重410kgは、現在でもジャパンC優勝馬としては史上最軽量となっている(ちなみに2番目に軽かったのはディープインパクトの436kg。最重量はファルブラヴの538kg)。

3歳時の成績は11戦5勝で、この年の独最優秀3歳牡馬に選出された。海外の資料では、「同一年に3つの大陸でGⅠ競走に勝利するという驚くべき偉業を達成しました」と評価されている。確かに香港やドバイの競走が注目される最近でもこの記録を達成した馬は筆者にはちょっと思い浮かばない(同一年でなければ他にも何頭かいるが)。

翌年も現役を続け、今度は南半球に向かい、3月のタンクレッドS(豪GⅠ・T2400m)に出走した。しかし結果は1週間後のAJCダービーを勝つボーザムの5着に敗退。これが現役最後のレースとなった。

血統

Cure the Blues Stop the Music Hail to Reason Turn-to Royal Charger
Source Sucree
Nothirdchance Blue Swords
Galla Colors
Bebopper Tom Fool Menow
Gaga
Bebop Prince Bio
Cappellina
Quick Cure Dr. Fager Rough'n Tumble Free for All
Roused
Aspidistra Better Self
Tilly Rose
Speedwell Bold Ruler Nasrullah
Miss Disco
Imperatrice Caruso
Cinquepace
La Mirande Le Fabuleux Wild Risk Rialto Rabelais
La Grelee
Wild Violet Blandford
Wood Violet
Anguar Verso Pinceau
Variete
La Rochelle Easton
Sans Tares
La Magnanarelle Herbager Vandale Plassy
Vanille
Flagette Escamillo
Fidgette
La Malaguena Migoli Bois Roussel
Mah Iran
La Mirambule Coaraze
La Futaie

父キュアザブルースは現役時代、米国で走り10戦6勝。2歳時はローレルフューチュリティ(米GⅠ)など5戦全勝。3歳初戦も勝ったが、ゴーサムS(米GⅡ)で2着、ウッドメモリアルS(米GⅠ)で3着と徐々に順位を下げ、ケンタッキーダービー(米GⅠ)ではプレザントコロニーの15着と惨敗。次走メトロポリタンH(米GⅠ)でファピアノの5着に敗れて引退した典型的な早熟馬だった。種牡馬としても基本的に仕上がり早いスピード馬を多く出しており、2歳時は活躍せず3歳時に距離が伸びて活躍を始めた本馬はやや異端児である。

キュアザブルースの父ストップザミュージックはヘイルトゥリーズン産駒で、現役成績30戦11勝。サラトガスペシャルS・シャンペンS・ドワイヤーH(米GⅡ)の勝ち馬。セクレタリアトと同期で、シャンペンSはセクレタリアトの降着による繰り上がり勝利だった。種牡馬としては1980年のエクリプス賞最優秀3歳牡馬テンパランスヒルなどを出し、セクレタリアトとそれほど差の無い好成績を挙げた。

母ラミランドは現役成績8戦2勝、ティベルヴィル賞を勝っている。本馬の半姉ルカヤ(父ミルリーフ)の子にルクラティフ【伊2000ギニー(伊GⅠ)】、曾孫にアスクフォーザムーン【サンタラリ賞(仏GⅠ)】、玄孫世代以降にバイタルクラス【エストレージャス大賞スプリント(亜GⅠ)・スイパチャ大賞(亜GⅠ)】、アルテリテ【ガーデンシティS(米GⅠ)】が、本馬の半妹ラトリトナ(父タッチングウッド)【フロール賞(仏GⅢ)】の子にルトリトン【ジャンプラ賞(仏GⅠ)・ロシェット賞(仏GⅢ)】、孫に日本で走ったラスワロフスキー【リリーC】がいる。ラミランドの曾祖母ラミランブールはヴェルメイユ賞・トーマブリョン賞・ポモーヌ賞・フロール賞を勝ち、英1000ギニー・仏オークス・凱旋門賞で2着した名牝。ラミランブールは繁殖牝馬としても優秀で、ラミランドの祖母に当たるラマラゲーニャの半弟にはタンブリン【愛ダービー】、ナスラム【キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS】がいるし、ラマラゲーニャの半妹シュクレットの曾孫にはサガミックス【凱旋門賞(仏GⅠ)】、サガシティ【クリテリウムドサンクルー(仏GⅠ)】、玄孫にはサージュブルク【イスパーン賞(仏GⅠ)】、サガワラ【サンタラリ賞(仏GⅠ)】、リザーズディザイア【シンガポール航空国際C(星GⅠ)】がいる。→牝系:F11号族②

母父ルファビュリューはワイルドリスク産駒で、現役時代は仏ダービー・リュパン賞・ノアイユ賞・クリテリウムドサンクルー・コンデ賞・ノアイユ賞・プランスドランジュ賞勝ちなど11戦8勝。種牡馬としてもなかなかの好成績を挙げたが、むしろ繁殖牝馬の父として優秀で、本馬の他にも、マニラアンブライドルドジルザル、フジキセキなどの母父として知られる。

競走馬引退後

競走馬を引退した本馬は仏国メズレー牧場で種牡馬となった。しかし種牡馬としては殆ど成功できず、種牡馬を引退後はウォルフ氏が仏国ノルマンディーに所有していたロジサンジェルマン牧場で余生を送り、2010年8月に26歳で他界した。

主な産駒一覧

生年

産駒名

勝ち鞍

1990

Glorieux Dancer

ボワ賞(仏GⅢ)

1994

Up and Away

エッティンゲンレネン(独GⅢ)・ドイツヘロルト賞(独GⅢ)

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