和名:リアルクワイエット |
英名:Real Quiet |
1995年生 |
牡 |
鹿毛 |
父:クワイエットアメリカン |
母:リアリーブルー |
母父:ビリーヴイット |
||
未勝利脱出に7戦を要するも着実に出世してケンタッキーダービー・プリークネスSを制したが、史上最少着差でベルモントSを落とし米国三冠馬を逃す |
||||
競走成績:2~4歳時に米で走り通算成績20戦6勝2着5回3着6回 |
1978年にアファームドが史上11頭目の米国三冠馬に輝いてから、2015年にアメリカンファラオが史上12頭目の米国三冠馬に輝くまでに、実に37年を要した。この37年間に、ケンタッキーダービーとプリークネスSを制してベルモントSに出走した馬は12頭いたが、その全てが敗れ去った。この12頭の中でベルモントSを最少着差で負けたのは本馬であり、勝ち馬との差は僅か4インチ(約10cm)と、ベルモントS史上最も1着馬と2着馬の差が小さいレースでもあった。その意味では、本馬は米国三冠馬になれなかった馬の中で最も米国三冠馬に近づいた馬であると言えるかも知れない。
誕生からデビュー前まで
南米コロンビア共和国出身で、コロンビアの首都ボゴタだけでなく、米国フロリダ州でも馬産を行っていたエドゥアルド・ガビリア氏により、フロリダ州オカラのリトルヒルファームにおいて生産された。血統的には悪くなかったのだが、膝が曲がっていた上に、平べったくて力強さを感じさせない馬体だったために幼少期の評価は低かった。
1歳時のキーンランド9月セールにおいて、ワシントンDCでマクドナルドのフランチャイズを展開する事業家として成功していたマイケル・E・ペグラム氏に購入されたが、その取引額は僅か1万7千ドルだった。ペグラム氏は、ケンタッキー州フォートノックスの出身で、隣州のインディアナ州プリンストンで幼少期を過ごした。チャーチルダウンズ競馬場を含む両州の競馬場には何度も足を運んでおり、いつしか所有馬でケンタッキーダービーを勝つという願いを持つようになっていた。ところで、ペグラム氏は貧相な馬体の本馬を評価していたわけではなかった。彼はカタログで写真を見た際に「この馬は癌か何かの病気を抱えているのではないか」と思うほど本馬の馬体は痩せていたという。
そんな本馬に目をつけたのはペグラム氏ではなく、ペグラム氏の代理人としてセリに参加していた名伯楽ボブ・バファート調教師だった。本馬より1歳年上のシルバーチャームも手掛けていたバファート師は、本馬はシルバーチャームに匹敵する器であると感じたらしい。バファート師はセリ価格を6万ドルくらいと想定していたらしいが、思ったより安い値段で買えたのでラッキーと感じたという。そして平べったい馬体で歩く様子が、水槽の中を美しく泳ぎまわる熱帯魚に似ていたので、バファート師は本馬を“The Fish(魚)”の愛称で呼ぶようになった。
競走生活(2歳時)
バファート師の調教を受けた本馬は、2歳6月にチャーチルダウンズ競馬場で行われたダート5ハロンの未勝利戦で、ジョセフ・スタイナー騎手を鞍上にデビューした。単勝オッズ6倍で11頭立ての3番人気と一定の評価を受けた。しかしレースでは4番手の好位を進むも直線に入ってからの伸びが無く、勝った単勝オッズ3.4倍の2番人気馬ダイスダンサー(後のウィザースSの勝ち馬)から10馬身差の7着と完敗した。
次走は12日後にチャーチルダウンズ競馬場で行われたダート6ハロンの未勝利戦だった。単勝オッズは11.7倍で10頭立ての4番人気と、前走より評価が落ちていた。今回もスタイナー騎手を鞍上に出走した本馬は、やはり道中は3~4番手の好位を進んだ。そして3番手で直線に入ってきたのだが、既に前の2頭は本馬から遥か彼方にいた。直線で後続馬に差されることはなかったが、前に届くことも無く、勝った単勝オッズ1.9倍の1番人気馬ポリッシュドブラス(後のサンフォードSの勝ち馬)から8馬身半差の3着に敗退。このポリッシュドブラスは前走で本馬から9馬身前方の2着だった馬であり、要するに本馬の走りは前走とたいして変わらなかったわけである。
チャーチルダウンズ競馬場で結果を出せなかった本馬は翌7月にカリフォルニア州に飛んだ。そしてハリウッドパーク競馬場ダート5.5ハロンの未勝利戦に、デヴィッド・フローレス騎手騎乗で出走した。ここでは単勝オッズ3.3倍で6頭立ての2番人気だった。レースではスタートから逃げ馬を見るように3番手につけるも、前2頭との差はじわじわと開いていき、逃げ切った単勝オッズ5倍の4番人気馬メドウプレイヤーから6馬身半差の3着に敗れた。
翌8月に本馬は米国南西部ニューメキシコ州にあるサンタフェ競馬場に姿を現し、スコット・スティーヴンス騎手を鞍上にダート7ハロンの一般競走に出走した。一般競走と言ってもローカル競馬場におけるものであり、賞金は過去3回出走した未勝利戦の数分の一に過ぎず、過去3戦のほうがむしろレベルが高かった。本馬が単勝オッズ3.1倍で10頭立ての2番人気となったのは、対戦相手のレベルが下がったからに他ならなかった。本馬はスタートで後手を踏んだが、すぐに進出して先頭争いに参加した。しかし先頭争いに加わっていられたのは三角までであり、ここから単勝オッズ2.2倍の1番人気馬ジェネラルジェムが後続を突き放していくと付いていくことが出来ず、2着争いにも後れて、勝ったジェネラルジェムから7馬身半差の3着に敗れた。
その16日後には前走と同コースで行われるインディアンネーションズフューチュリティC(D7F)に出走した。ジェネラルジェムが単勝オッズ1.5倍の1番人気、前走の一般競走で首差2着だったグラディが単勝オッズ4.4倍の2番人気で、スティーヴンス騎手鞍上の本馬も単勝オッズ5.6倍で12頭立ての3番人気と、それなりの支持を受けていた。ここで本馬は初めて後方からの競馬を試みた。レース序盤は後方4番手を進み、向こう正面で徐々に位置取りを上げていく作戦に出たのだった。そして直線に入ると、前を行く上位人気馬2頭を追撃。結局グラディがジェネラルジェムを首差抑えて勝利したが、本馬はジェネラルジェムから2馬身半差の3着と、前走と着順は同じながらも内容的には改善していた。
カリフォルニア州に戻ってきた本馬は、9月にデルマー競馬場で行われたダート8ハロンの未勝利戦に、スティーヴンス騎手騎乗で出走。同馬主同厩のジョンビルとのカップリングではあったが、単勝オッズ3.2倍の2番人気とまずまずの評価を受けた。ここでも馬群の中団やや後方を進み、徐々に位置取りを上げていく作戦に出た。しかし今回は直線入り口までに位置取りを十分に上げる事が出来なかった上に、直線では前との差を詰めるどころか後続馬に差されてしまい、勝った単勝オッズ5.3倍の3番人気馬オールドトリエステから8馬身1/4差の4着に敗退。オールドトリエステから2馬身半差の2着だったジョンビルにも先着されてしまった。
次走は10月のサンタアニタパーク競馬場ダート8.5ハロンの未勝利戦となった。鞍上にはケント・デザーモ騎手を迎え、単勝オッズ2.6倍の2番人気に推された。デザーモ騎手は過去2戦における本馬の走りを踏襲し、レース序盤は後方2番手につけた。そしてじわじわと位置取りを上げていくと、四角で一気に上がっていって2番手で直線を向いた。そして先に先頭に立っていた単勝オッズ28.3倍の6番人気馬オピンを一気にかわすと、3馬身差をつけて快勝。デビュー7戦目の初勝利だった。
翌11月には再びチャーチルダウンズ競馬場に飛び、ケンタッキージョッキークラブS(GⅢ・D8.5F)に、フローレス騎手騎乗で出走した。当然だが未勝利戦とは対戦相手の層の厚さが大きく違っており、ケンタッキーカップジュヴェナイルSの勝ち馬レイダウン、イロコイSを勝ってきたキーンダンサー、一般競走を3馬身差で快勝してきた後のルイジアナダービーなどの勝ち馬コミックストリップ、ケンタッキーカップジュヴェナイルS・ブリーダーズフューチュリティ2着のタイムリミット、一般競走を3馬身差で快勝してきたソリッドウッド、本馬のデビュー戦で本馬をまるで相手にしなかったダイスダンサー、ケンタッキーオークス馬シーサイドアトラクションの息子で一昨年のエクリプス賞最優秀2歳牝馬ゴールデンアトラクションの半弟という期待馬ケープタウンなどの姿があった。レイダウンとソリッドウッドのカップリングが単勝オッズ2.5倍の1番人気、キーンダンサーが単勝オッズ4.1倍の2番人気、コミックストリップが単勝オッズ4.6倍の3番人気、タイムリミットとケープタウンのカップリングが単勝オッズ6.7倍の4番人気と続いた。本馬は単勝オッズ13.4倍の5番人気に留まったが、それでも単勝オッズ27.7倍の7番人気だったダイスダンサーよりは高評価だった。スタートが切られるとフローレス騎手はやはり後方待機策を選択。道中は後方2番手でレースを進めた。やがて徐々に位置取りを上げていったが、直線までに差を詰めきれず、5番手で直線を向いた。そして直線でも追い込みきれず、勝ったケープタウンから1馬身3/4差、2着タイムリミットから1馬身1/4差の3着に敗れた。
カリフォルニア州にとんぼ返りしてきた本馬は、休む間もなくハリウッドフューチュリティ(GⅠ・D8.5F)にデザーモ騎手鞍上で出走した。未勝利馬の身で出走した前走BCジュヴェナイルで3着していたナショナロー、同5着だったジョンビル、前月に同コースで行われた未勝利戦を9馬身差で圧勝してきたアータックス、BCジュヴェナイルで6着してきたサプリングSの勝ち馬でバッシュフォードマナーS・サンフォードS2着・ノーフォークS3着のダブルオナーなどが対戦相手となった。どの馬も中心視されるほどの決定力は無く、その結果として本馬とジョンビルのカップリングが単勝オッズ2.5倍の1番人気に押し出され、アータックスが単勝オッズ4.4倍の2番人気、ナショナローが単勝オッズ5.1倍の3番人気、ダブルオナーが単勝オッズ5.6倍の4番人気となった。
スタートが切られるとダブルオナーが先頭に立ち、最近は後方待機策が多かった最内枠発走の本馬は4番手の好位内側を追走。2番人気のアータックスより常に前で競馬を進めた。そして三角に入ると本馬は馬群の隙間をすり抜けて進出し、直線に入ってすぐに先頭に立った。ここで本馬に襲い掛かってきたのはやはりアータックスだった。本馬をマークするように上がってきたアータックスは2年後のBCスプリントに勝利してエクリプス賞最優秀短距離馬に選ばれるほどの快速で本馬に並びかけようとした。しかし本馬もまた過去には見せた事が無い粘りを披露して決してアータックスに並ばせなかった。最後は押し切った本馬が2着アータックスに1馬身差、3着ナショナローにはさらに1馬身3/4差をつけて勝利。
4か月前はローカル競馬場でも勝ち負けに絡めない未勝利馬だった本馬が、その年の暮れにはGⅠ競走勝ち馬となってしまった。これ以降はデザーモ騎手が本馬の主戦を務める事になった。2歳時の成績は9戦2勝だった。
競走生活(3歳初期)
3歳になっても本馬には休みが与えられず、1月のゴールデンゲートダービー(D8.5F)から始動した。定量戦のため斤量面の不利も無く、本馬が単勝オッズ2.1倍の1番人気に支持された。ところが初経験となる泥んこ不良馬場が余程苦手だったらしく、スタートからゴールまで後方のまま何の見せ場も無く、勝った単勝オッズ4.5倍の3番人気馬クローバーハンターから22馬身半差をつけられた8着最下位と惨敗を喫してしまった。
その後はほんの少しだけ間隔を空けて、3月のサンフェリペS(D8.5F)に出走した。対戦相手は、サンタカタリナSを勝ってきたアータックス、名馬ベストパルの半弟でミスタープロスペクターを父に持つ2戦2勝のプロスペラスビッド、サンヴィンセントSを勝ってきたシーオブシークレッツ、ハリウッドフューチュリティ3着後も相変わらず未勝利だったナショナローの4頭だった。アータックスが単勝オッズ2.2倍の1番人気、プロスペラスビッドが単勝オッズ3.4倍の2番人気で、本馬は単勝オッズ5.1倍の3番人気と評価を下げていた。スタートが切られるとアータックスが押して先頭を奪い、本馬は3番手を追走した。四角で2番手に上がると、直線ではアータックスとの完全な一騎打ちとなった。しかしアータックスが粘りを見せて押し切って勝ち、本馬は頭差の2着に敗れた(3着プロスペラスビッドは7馬身後方だった)。
次走のサンタアニタダービー(GⅠ・D9F)では、アータックス、ステークス競走出走歴は無かったが圧勝の連続で3戦無敗だった同厩馬インディアンチャーリー、サンラファエルSを勝ってきたオーヴィルンウィルバーズ、カリフォルニアジュヴェナイルS2着馬クラシックキャット、前走4着のナショナローなどが対戦相手となった。勢いが買われたインディアンチャーリーが単勝オッズ2.8倍の1番人気、アータックスが単勝オッズ3.6倍の2番人気、本馬が単勝オッズ4倍の3番人気、オーヴィルンウィルバーズが単勝オッズ4.5倍の4番人気、クラシックキャットが単勝オッズ26.8倍の5番人気と、4強対決となった。スタートが切られるとオーヴィルンウィルバーズが先頭を奪い、インディアンチャーリーが2番手、アータックスが3番手で、本馬は有力馬の中で唯一後方からレースを進めた。そして四角で位置取りを上げると2番手で直線に入り、前を行くインディアンチャーリーを追撃。しかしインディアンチャーリーとの差は縮まらず、2馬身1/4差の2着に敗れた。それでも3着アータックスには7馬身差、4着オーヴィルンウィルバーズにはさらに6馬身差をつけており、内容的にはまずまずだった。
この時期に、ケンタッキー州ハイランドファームの共同所有者の1人ジョージ・ホフマイスター氏が本馬の種牡馬権利の半分を購入している(馬主名義には変更なし)。
競走生活(米国三冠競走)
次走はケンタッキーダービー(GⅠ・D10F)となった。対戦相手は、インディアンチャーリー、アータックス、前走6着のナショナロー、ケンタッキージョッキークラブS勝利後にホーリーブルS・フロリダダービーを勝ちブルーグラスSで3着していたケープタウン、かつて未勝利戦で本馬を破った後にノーフォークSで2着して前走の一般競走を10馬身差で圧勝してきたオールドトリエステといった既対戦組の他に、2歳時にBCジュヴェナイル・ホープフルS・サラトガスペシャルS・ブリーダーズフューチュリティ・バッシュフォードマナーSなど8戦全勝の成績を挙げてエクリプス賞年度代表馬及び最優秀2歳牡馬に選ばれたフェイヴァリットトリック、ブルーグラスSの勝ち馬でレムセンS2着・シャンペンS・フロリダダービー・ファウンテンオブユースS3着のハロリーハンター、レベルS・アーカンソーダービーを連勝してきたヴィクトリーギャロップ、タンパベイダービーの勝ち馬でウッドメモリアルS3着のパレードグラウンド、アーカンソーダービー2着馬ハヌマーンハイウェイ、フラミンゴSを勝ってきたチリト、タンパベイダービー3着馬ロックアンドロール、レベルS2着馬ロビンウッド、オカラブリーダーズセールスCSSの勝ち馬ベーシックトレーニーだった。本馬とは同厩だが別馬主であるインディアンチャーリーが単勝オッズ3.7倍の1番人気、3歳初戦のスウェイルSを勝つも前走アーカンソーダービーで3着に敗れて無敗記録が9で止まったフェイヴァリットトリックが単勝オッズ5.4倍の2番人気、ケープタウンが単勝オッズ5.6倍の3番人気、ハロリーハンターが単勝オッズ7.6倍の4番人気と続き、本馬は単勝オッズ9.4倍の5番人気となった。
スタートが切られるとロックアンドロールとオールドトリエステの人気薄2頭が先頭に立ち、チリトが少し離れた3番手、インディアンチャーリーとフェイヴァリットトリックがさらに少し離れた4~5番手の好位で、本馬は人気の2頭を見るように馬群の中団につけた。向こう正面でロックアンドロールが後退して、代わりにインディアンチャーリーが上がっていくと本馬もそれを追って進出開始。三角に入ったところでは既にインディアンチャーリーに並びかけていた。そして四角でインディアンチャーリーをかわして先頭に立ち、そのまま直線で押し切りを図った。インディアンチャーリーが必死で粘ったが本馬を差し返すだけの勢いは無く、少しずつ2頭の差は開いていった。そこへ最後方待機策からの追い込みに賭けた単勝オッズ15.6倍の7番人気馬ヴィクトリーギャロップが猛然と襲い掛かってきた。しかし本馬がその追撃を抑えて、2着ヴィクトリーギャロップに半馬身差、3着インディアンチャーリーにはさらに2馬身1/4差をつけて勝利した。
次走のプリークネスS(GⅠ・D9.5F)では、ケンタッキーダービーで敗れた馬の大半が姿を消し、前走に続いて本馬の対戦相手となったのは、ヴィクトリーギャロップ、前走5着のケープタウン、同15着最下位のベーシックトレーニーの3頭のみだった。代わりに、グレイBCSの勝ち馬でダービートライアルS3着のブラックキャッシュ、サンタアニタダービー5着後にレキシントンSを勝ってきたクラシックキャット、サウスウエストSの勝ち馬ホットウェルズ、ステークス競走初参戦の牝馬バクエロなどが出走してきたが、ケンタッキーダービー出走組を押しのけて人気になるような馬はいなかった。前走の豪脚が評価されたヴィクトリーギャロップが単勝オッズ3倍の1番人気、本馬が単勝オッズ3.5倍の2番人気、ケープタウンが単勝オッズ3.9倍の3番人気、ブラックキャッシュが単勝オッズ8.1倍の4番人気、クラシックキャットが単勝オッズ13.3倍の5番人気と、3強対決ムードだった。
スタートが切られると、単勝オッズ15.6倍の6番人気だったバクエロが牡馬勢の様子を伺いながら先頭に立ち、ブラックキャッシュやケープタウンなどを引き連れて馬群を牽引。ヴィクトリーギャロップと本馬は揃って先行馬勢からかなり離された中団後方の位置取りだった。そして向こう正面でヴィクトリーギャロップが先に仕掛けると本馬もほぼ同時に動いた。2頭が揃って三角で外側から先行馬勢を抜き去り、そして並んで先頭で直線に入ってきた。直線に入った直後は叩き合いになったが、しばらくすると外側の本馬が内側のヴィクトリーギャロップを着実に引き離していき、最後は2馬身1/4差をつけて完勝した。
そして、1978年のアファームド以来20年ぶりの米国三冠馬の名誉を目指して、ベルモントS(GⅠ・D12F)に参戦した。対戦相手は、20年前の米国三冠競走で全て2着に敗れたアリダーの二の舞になる危険性を覚悟の上で出てきたヴィクトリーギャロップ、前走3着のクラシックキャット、ケンタッキーダービー6着後に出走したピーターパンSで3着だったパレードグラウンド、ケンタッキーダービー11着後に出走したジャージーダービーで5着だったチリト、ベルモントフューチュリティS・シャンペンS・ピーターパンSの勝ち馬グランドスラム、フェデリコテシオS・サーバートンSなど4連勝中のトーマスジョー、フラミンゴS2着馬ラフィーズマジェスティなどだった。本馬が単勝オッズ1.8倍の1番人気、ヴィクトリーギャロップが単勝オッズ5.5倍の2番人気、グランドスラムが単勝オッズ8.2倍の3番人気、クラシックキャットが単勝オッズ11.4倍の4番人気、ラフィーズマジェスティが単勝オッズ14.9倍の5番人気となった。
米国三冠馬誕生の瞬間を見るためにベルモントパーク競馬場に詰め掛けた8万162人の観衆が見守る中でスタートが切られると、単勝オッズ86.75倍の10番人気馬チリトが先頭に立ち、本馬は馬群のちょうど中間辺り、ヴィクトリーギャロップは後方2番手につけた。本馬の位置取りは前過ぎず後ろ過ぎずといったところだったが、向こう正面の後半に差し掛かった頃に進出を開始して先行馬群に取り付き、四角途中では単独先頭に立った。そして後続に4馬身ほどの差をつけて直線に入った本馬を見て、史上12頭目の米国三冠馬誕生の瞬間を予期した観衆は沸き立ったが、そこへ後方馬群の中から1頭の馬が飛び出してきた。過去2戦でいずれも本馬に煮え湯を飲まされていたヴィクトリーギャロップだった。必死になって粘る本馬だったが、猛然と追い上げてきたヴィクトリーギャロップとの差はみるみるうちに縮まり、そして2頭が殆ど同時にゴールインした。体勢はどちらが有利とも言い難く、首の上げ下げによる勝負となった。そして10分間に及ぶ写真判定の結果はヴィクトリーギャロップの鼻差勝ちであり、この瞬間に米国三冠馬の夢は潰えた。
ゴール前で本馬が僅かに外側によれて一瞬だけヴィクトリーギャロップの進路に覆いかぶさる場面があったため、ベルモントパーク競馬場側は「仮にリアルクワイエットが先着していても降着にしていた」とレース後にコメントを発表した。しかし本馬が先着していても降着にする勇気がベルモントパーク競馬場側にあったかどうかは怪しいし、最初は本馬の外側にいたにも関わらず内側に切れ込んで本馬の後ろに来たヴィクトリーギャロップに非が無かったとは言い切れないから、本馬が先着していたらそのまま確定していたと筆者は思う。ベルモントパーク競馬場の発表は、どちらにしても駄目だったと米国競馬ファンを納得させる目的だった雰囲気が漂っていた。ただゴール前でよれたのは事実であり、これはスタミナが切れていた事を意味している。そのため仕掛けが早すぎたから負けたのだとしてデザーモ騎手は各方面から非難されたが、それは結果論だろう。ヴィクトリーギャロップの豪脚はベルモントS史上に残るほど凄まじいものであり、こんな脚を他馬にここで使われるなどとデザーモ騎手が思わなかったのは無理もないだろう。
その後の調教中に本馬は脚を負傷してしまった。怪我の程度は軽かったが、バファート師は今までの過密出走を考慮して本馬を長期休養に入らせた。そのため3歳時はベルモントSが最後のレースとなったが、この年6戦2勝の成績ながらもエクリプス賞最優秀3歳牡馬のタイトルを受賞した。
競走生活(4歳時)
4歳時は3月にフェアグラウンズ競馬場で行われたニューオーリンズH(GⅢ・D9F)から始動した。ここでは、GⅠ競走オークローンHの勝ち馬でスーパーダービー・ピムリコスペシャルH2着のプレコシティー、ハッチソンS・オハイオダービー・サバーバンH・ガルフストリームパークBCスプリントCS・フラミンゴS・ペンシルヴァニアダービー・ワイドナーHとグレード競走で7勝を挙げていたオークローンH2着・フロリダダービー3着のフリスクミーナウ、地元フェアグラウンズ競馬場でルイジアナH・ディプロマットウェイHを勝ちワーラウェイHで3着してきたテイクノートオブミーの3頭が強敵だった。122ポンドの本馬が単勝オッズ1.5倍の1番人気、118ポンドのプレコシティーが単勝オッズ3.8倍の2番人気、116ポンドのフリスクミーナウが単勝オッズ6.2倍の3番人気、113ポンドのテイクノートオブミーが単勝オッズ10.3倍の4番人気となった。6頭立てのこのレースで本馬は2~3番手の好位を追走。そして直線入り口で14ポンドのハンデを与えたアランズウープをかわして先頭に立ち、そのまま押し切ろうとしたが、後方から来たプレコシティーに一気にかわされて半馬身差の2着に敗れた。
このレースを最後にデザーモ騎手は本馬の鞍上を去り、代わりにゲイリー・スティーヴンス騎手が主戦となった。スティーヴンス騎手はベルモントSでヴィクトリーギャロップに騎乗して本馬の米国三冠達成を阻んだ張本人だったのだが、シルバーチャームの主戦を務めるなど、バファート厩舎にとっては欠かせない人物だった。
新コンビ初戦として予定されていたのはドバイワールドCだったが、同厩馬シルバーチャームが招待されたため本馬は不参戦となった。
その代わりに出走したのは4月にテキサス州ローンスターパーク競馬場で行われたテキサスマイルS(GⅢ・D8F)だった。ブラックマウンテンS・ターフパラダイスBCHを勝っていたモカエクスプレス、前走オークローンHでプレコシティーに先着する2着してきたリトルビットライヴリー、前走で本馬から首差の3着と健闘したアランズウープなどが対戦相手となった。このレースは同年だけのステークス競走実績に応じて斤量が設定されるらしく、この年にステークス競走を2勝していたモカエクスプレスが123ポンドのトップハンデで、過去の実績だけで言えば群を抜いていた本馬はこの年にステークス競走2着1回だけだったため116ポンドの斤量だった。これで本馬が負ける要素は低く、単勝オッズ1.5倍の1番人気に支持され、同じ116ポンドのリトルビットライヴリーが単勝オッズ3.7倍の2番人気、モカエクスプレスが単勝オッズ7.6倍の3番人気、113ポンドのアランズウープが単勝オッズ8.1倍の4番人気となった。レースはリトルビットライヴリーが逃げを打ち、本馬が4番手の好位を進む展開となった。向こう正面で本馬が仕掛けてリトルビットライヴリーに並びかけ、そのまま2頭が競り合いながら直線に入ってきた。しかしリトルビットライヴリーが競り勝ち、本馬は首差2着に敗れた。
次走は5月のピムリコスペシャルH(GⅠ・D9.5F)となった。このレースには、ニューオーリンズHの勝利後にオークローンHで3着してきたプレコシティーの他に、フリーハウスの姿があった。本馬より1歳年上のフリーハウスは米国三冠競走全てで惜敗したが、サンタアニタH・サンタアニタダービー・パシフィッククラシックS・ノーフォークS・サンフェリペS・スワップスS・ベルエアH・サンアントニオHを勝っており、米国の現役古馬勢ではシルバーチャームと共に屈指の実力馬だった。本馬よりフリーハウスのほうが実力上位と判断されており、斤量はフリーハウスが124ポンド、本馬が120ポンドだった。そしてフリーハウスが単勝オッズ1.6倍の1番人気で、本馬が単勝オッズ2.9倍の2番人気、118ポンドのプレコシティーが単勝オッズ4.7倍の3番人気となった。
レースはフリーハウスが先行して、2~3馬身ほど離れた3番手を本馬が進む展開となった。そして直線入り口でこの2頭が並んで先頭に立ち、激しい叩き合いとなった。最後は4ポンドの斤量差を活かした本馬が首差で競り勝ち、同コースで行われたプリークネスS以来約1年ぶりの勝ち星を挙げた。プリークネスSの勝ち馬がピムリコスペシャルを勝ったのは、1948年のサイテーション以来51年ぶり史上5頭目だった(他の3頭はウォーアドミラル、ワーラウェイ、アソールトであり、本馬以外の4頭は全て米国三冠馬である)。
次走のマサチューセッツH(GⅡ・D9F)では、ベーレンズが対戦相手となった。やはり本馬より1歳年上のベーレンズは米国三冠競走には不参戦だったが、ガルフストリームパークH・オークローンH・ドワイヤーS・ペガサスHに勝ち、トラヴァーズS・ドンHで2着しており、現在GⅠ競走2連勝中だった。121ポンドの本馬が単勝オッズ1.8倍の1番人気、118ポンドのベーレンズが単勝オッズ1.9倍の2番人気、仏国のGⅢ競走ゴントービロン賞の勝ち馬で前年のウッドワードS3着のランニングスタッグ(次走のブルックリンHを勝つことになる)が斤量113ポンドで単勝オッズ9.2倍の3番人気と、完全なる一騎打ちムードだった。スタートが切られるとランニングスタッグが先頭に立ち、本馬が2番手、ベーレンズが3番手を進んだ。しかし三角で本馬をかわしたベーレンズとランニングスタッグの叩き合いから置き去りにされてしまった本馬は、勝ったベーレンズから3馬身1/4差の3着に敗れた。
その後はカリフォルニア州に飛び、ハリウッド金杯(GⅠ・D10F)に参戦した。この頃に英国マイケル・スタウト厩舎の主戦騎手となっていたスティーヴンス騎手は都合がつかなかったため、本馬にはジェリー・ベイリー騎手が騎乗した。対戦相手は、タンテオデポトリリョス賞・智グランクリテリウムとチリのGⅠ競走を2勝した後に米国に移籍して前年のサンタアニタHを勝っていたマレク、タンテオデポトリリョス賞・ドスミルギニー賞(智2000ギニー)・智グランクリテリウムとチリのGⅠ競走を3勝した後にやはり米国に移籍してドンHを勝っていたプエルトマデロ、サンバーナーディノH・マーヴィンルロイHの勝ち馬バドロワイヤルの3頭だけだった。本馬が単勝オッズ1.9倍の1番人気、前走のドバイワールドCでアルムタワケルの2着(ヴィクトリーギャロップが3着、シルバーチャームは6着だった)していたマレクが単勝オッズ2.6倍の2番人気、デザーモ騎手が騎乗するプエルトマデロが単勝オッズ5.1倍の3番人気、バドロワイヤルが単勝オッズ8.9倍の最低人気となった。レースはマレクを先頭に、バドロワイヤル、プエルトマデロ、本馬の順番で一団となって進行。そのまま団子状態で直線に入ると、プエルトマデロを除く3頭による叩き合いとなった。最後は本馬が2着バドロワイヤルに半馬身差、3着マレクにさらに首差をつけて勝利した。着差はたいした事が無かったが、最後方を進んでいた本馬は道中で何度か不利を受けており、それを克服しての勝利だった。
その後はパシフィッククラシックSを経てBCクラシックに向かう予定だったが、調教中に右前脚の骨にひびが入ってしまい、両競走とも回避となった。
4歳時は5戦2勝(勝ち星はいずれもGⅠ競走)の成績を挙げたが、4戦3勝(うちGⅠ競走1勝)のヴィクトリーギャロップよりレース内容面で劣っていると判断され、エクリプス賞最優秀古馬の座は逃した。
5歳当初もドバイワールドCを目標として競走馬登録はされていたが、とても間に合いそうに無かったために、同年2月に現役引退が発表された。
血統
Quiet American | Fappiano | Mr. Prospector | Raise a Native | Native Dancer |
Raise You | ||||
Gold Digger | Nashua | |||
Sequence | ||||
Killaloe | Dr. Fager | Rough'n Tumble | ||
Aspidistra | ||||
Grand Splendor | Correlation | |||
Cequillo | ||||
Demure | Dr. Fager | Rough'n Tumble | Free for All | |
Roused | ||||
Aspidistra | Better Self | |||
Tilly Rose | ||||
Quiet Charm | Nearctic | Nearco | ||
Lady Angela | ||||
Cequillo | Princequillo | |||
Boldness | ||||
Really Blue | Believe It | In Reality | Intentionally | Intent |
My Recipe | ||||
My Dear Girl | Rough'n Tumble | |||
Iltis | ||||
Breakfast Bell | Buckpasser | Tom Fool | ||
Busanda | ||||
Reveille | Star Kingdom | |||
Emulation | ||||
Meadow Blue | Raise a Native | Native Dancer | Polynesian | |
Geisha | ||||
Raise You | Case Ace | |||
Lady Glory | ||||
Gay Hostess | Royal Charger | Nearco | ||
Sun Princess | ||||
Your Hostess | Alibhai | |||
Boudoir |
父クワイエットアメリカンはファピアノ産駒で、ドバイのシェイク・モハメド殿下の所有馬として走り、現役成績は12戦4勝。NYRAマイルH(米GⅠ)・サンディエゴH(米GⅢ)を勝ち、チャールズHストラブS(米GⅠ)・ウッドワードS(米GⅠ)で2着している。競走馬引退後はダーレースタッドで種牡馬入りしていた。
母リアリーブルーは米国で走り21戦3勝。特に目立つ競走成績ではないのだが、牝系は米国の名門であり血統的には優秀だった。リアリーブルーの母メドウブルーは、デビューから無敗で米国三冠馬に王手を掛けたがベルモントSで2着に敗れたマジェスティックプリンス【ケンタッキーダービー・プリークネスS・サンタアニタダービー・サンハシントS・サンヴィンセントS】の全妹であり、本馬はマジェスティックプリンスの姪の息子という事になる。リアリーブルーの血統を評価したガビリア氏は、1990年のキーンランド11月セールにおいて3万7千ドルでリアリーブルーを購入して自身の牧場で繁殖入りさせていた。近親には数多くの活躍馬がいるのだが、その多くはマジェスティックプリンスやユアホストの項に記載したからここでは省き、メドウブルーの牝系子孫から出た活躍馬のみ以下に列挙する。本馬の半姉マイニングマイビジネス(父マイニング)の子にリアルコジー【フェアグラウンズオークス(米GⅡ)】が、リアリーブルーの半姉マンガラ(父シャーペンアップ)の子にアライドフォーシズ【クイーンアンS(英GⅡ)・ペガサスH(米GⅡ)・ジャマイカH(米GⅡ)・ランプライターH(米GⅢ)】が、リアリーブルーの半妹ヌレイエフズベスト(父ヌレイエフ)の子にアンドゥーハル【ミレイディH(米GⅡ)】がいる。→牝系:F4号族①
母父ビリーヴイットはインリアリティ産駒で、現役成績は17戦6勝。ウッドメモリアルS(米GⅠ)・ヘリテージS(米GⅡ)・レムセンS(米GⅡ)を勝ち、アファームドが勝ったケンタッキーダービーとプリークネスSでいずれも3着している。
競走馬引退後
競走馬を引退した本馬は米国ケンタッキー州ハイランドファームで、種付け料2万5千ドルで種牡馬入りした。後にケンタッキー州テイラーメイドファーム、ペンシルヴァニア州ピンオークレーンファームで供用され、豪州や南米ウルグアイでも合計4シーズンに渡りシャトル供用された。何頭かのGⅠ競走勝ち馬を出しているが、種牡馬成績は期待ほどではなく、各地を転々としたのもそれ故だと思われる。ステークスウイナーは16頭となっている。2008年にピンオークレーンファームから同じペンシルヴァニア州のペンリッジファームに移り住んだ。
ペンシルヴァニア州では人気種牡馬の地位を保っていたが、2010年9月に放牧中の事故で首と肩の骨を負ってしまい、搬送先の病院で安楽死の措置が執られ、15歳で他界した。ペンリッジファームの所有者マイク・ジェスター氏によると、丘の上を走り回っているときに突然何かの発作を起こしたかのように転倒したのだという。ウサギと競走していて転倒したという噂もあるが、その真偽は定かではない。
主な産駒一覧
生年 |
産駒名 |
勝ち鞍 |
2002 |
Pussycat Doll |
ラブレアS(米GⅠ)・ヒューマナディスタフH(米GⅠ)・サンタモニカH(米GⅠ) |
2003 |
BCスプリント(米GⅠ)2回・フォアゴーS(米GⅠ)・ペリーヴィルS(米GⅢ) |
|
2003 |
Real Candy |
ブリティッシュコロンビアBCオークス(加GⅢ) |
2003 |
Silent Pleasure |
フィフスシーズンS(米GⅢ)・テキサスマイルS(米GⅢ) |
2003 |
Wonder Lady Anne L |
CCAオークス(米GⅠ)・デモワゼルS(米GⅡ) |