和名:アジャックス |
英名:Ajax |
1934年生 |
牡 |
栗毛 |
父:ヒロイック |
母:メッドメンハム |
母父:プリンスギャラッド |
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豪州の大レースを勝ちまくり18連勝を含む36勝を挙げ、豪州競馬史上最大の短距離馬及びマイラーの1頭として評価される |
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競走成績:2~6歳時に豪で走り通算成績46戦36勝2着7回3着2回 |
誕生からデビュー前まで
豪州ニューサウスウェールズ州デンマンにあるウィデンスタッドにおいて、アルフレッド・トンプソン氏とE・L・ベイリュー氏の両名により生産・所有され、フランク・マスグレーヴ調教師に預けられた。
競走生活(2・3歳時)
2歳シーズンの1937年1月にコーフィールド競馬場で行われたホリデーS(T5.5F)で、主戦となるハロルド・バジャー騎手を鞍上にデビューして勝利。翌月のフェデラルS(T5F)も勝利した。デビュー3戦目のVRCサイアーズプロデュースS(T7F)では、同父馬フアの着外に敗れたが、これが本馬の競走生活における最初で最後の着外となった。次走のアスコットヴェイルS(T6F)では、カエサルの2着に敗退。その後は過去4戦を走ったメルボルン地区から出身地シドニー地区に移動して、AJCサイアーズプロデュースS(T7F)に出走。2着カエサルに5馬身差をつけて、1分23秒5のレースレコードを計時して圧勝した。次走の豪シャンペンS(T6F)では、2着フアに2馬身差をつけて勝利を収め、2歳時の成績は6戦4勝となった。
3歳時の1937/38シーズンは、8月にコーフィールド競馬場で行われたチャッツワースプレート(T8F)から始動して勝利。次走のローズヒルギニー(T9F)では、1分51秒75のレースレコードを計時して、2着カエサル以下に勝利した。次走のAJCダービー(T12F)では、アヴェンジャーの1馬身差2着に敗れた。しかし次走のコーフィールドギニー(T8F)では、アヴェンジャーを2着に破ってレースレコードで勝利した。次走のヴィクトリアダービー(T12F)では、AJCダービーで3着だったフアに短頭差屈して2着に敗れた。
翌11月に出走したリンリスゴーS(T8F)で、コックスプレート2回・VRCサイアーズプロデュースS・AJCサイアーズプロデュースS・豪シャンペンS・アンダーウッドS2回・コーフィールドギニー・コーフィールドSを勝っていた当時の豪州最強馬ヤングイデアを2着に破って勝利したところから本馬の快進撃が始まる。
年が明けて1938年になり、2月に出走した豪フューチュリティS(T7F)では、132ポンドを課せられながらも、フアを2着に破ってレースレコードで勝利。同月に出たニューマーケットH(T6F)では、8ポンドのハンデを与えた2着エナ以下に勝利した。3月に出た当時の大競走CMロイドS(T8F)も勝利。4月に出たオールエイジドS(T8F)では、カンタラS・レイルウェイHを勝ってきたモヒカンを2着に破って勝利した。さらに同月のCWクロッパープレート(T6F)も、豪シャンペンSを勝ってきたパンダヴァを2着に破って勝利して、6連勝でシーズンを締めくくった。3歳時の成績は11戦9勝だった。
競走生活(4歳時)
4歳時の1938/39シーズンは、8月のアンダーウッドS(T8F)から始動して、エナを2着に破って勝利。翌月のメムジーS(T9F)も、メルボルンC・コーフィールドC・トゥーラックH・マッキノンSを勝っていたザトランプを2着に破って勝利。さらに翌10月のメルボルンS(T8F)も2着エナ以下に勝利。それから11日後にはコーフィールドS(T9F)に出走して、アヴェンジャーを2着に破って勝利。さらに10日後にはコックスプレート(T10F)に出走して、ザメトロポリタンを勝ってきたロイヤルチーフを2着に、史上初の同競走の3連覇を狙ったヤングイデアを3着に破って、1分56秒75のコースレコードで勝利した。その1週間後にはマッキノンS(T10F)に出走して、2着ロイヤルチーフ以下に勝利。10月だけで4戦出走して全て勝利した。休む間もなくマッキノンSから5日後のリンリスゴーS(T8F)に出走して、ヤングイデアを2着に破って勝利を収め、同競走の2連覇を達成。さらに僅か2日後にはCBフィッシャープレート(T12F)に出走して、ロイヤルチーフを2着に破って勝利した。
10月1日のメルボルンSから11月5日のCBフィッシャープレートまで36日間で6勝を挙げた本馬には、さすがに少しだけ休養が与えられ、次走は翌年2月のセントジョージS(T9F)となった。ここでも2着ヤングイデア以下に勝利を収めると、1週間後の豪フューチュリティS(T7F)に向かった。前年より14ポンド重い146ポンドが課せられたが、それでも2着となったCMロイドS・オークレイプレートの勝ち馬パメルス以下に勝利して2連覇を達成。3月に出走したキングズプレート(T12F)では、単勝オッズ1.0625倍という圧倒的な1番人気に応えて勝利した。その2日後に出走したCMロイドS(T8F)でも単勝オッズ1.05倍という圧倒的な1番人気に応えて、トゥーラックH・ニューマーケットHを勝ってきたエルゴレアを2着に破って2連覇を達成。
しかしそれから2週間後に出たローソンプレート(T9F)では単勝オッズ1.025倍という断然の1番人気に支持されながらも、単勝オッズ34倍の伏兵だったクイーンズランドダービーの勝ち馬スピアチーフに敗れて半馬身差の2着となり、前シーズンから続いていた連勝が18で途切れてしまった。この敗戦は豪州競馬名誉の殿堂博物館のウェブサイトなど各方面で「不可解な敗戦」として紹介されている。もっとも、このレース結果を伝える当時の豪ジ・エイジ紙の記事には“Nothing wrong with the horse(「失敗しない馬はいない」≒「競馬に絶対はない」)”という見出しがついており、ブラックキャビアなどごく一部の例外を除けば、それが道理なのだと筆者は思う。ところで、本馬のこのレースにおける単勝オッズに関してだが、当時の新聞記事では“40 to 1 on Ajax”とある。通常、こういった海外の単勝オッズを日本風に書き直す場合「(2つの数値の合計)÷(右の数値)」なのだが、この場合は「(2つの数値の合計)÷(左の数値)」であるらしい。ちなみに勝ったスピアチーフの単勝オッズは“33 to 1 against Spear Chief”と表記されており、本馬と異なり“on”が“against”になっている。この場合には「(2つの数値の合計)÷(右の数値)」になるようである。だから本馬の単勝オッズは41倍ではなく1.025倍で、スピアチーフの単勝オッズは34倍になるわけである。もっとも、数々の海外の資料を見てきた筆者がこうした表記を見かけたのはこれくらいであるから、当時の豪州独自の表記のようである。
閑話休題、不覚の敗戦を喫してしまった本馬だが、翌4月にはオールエイジドS(T8F)で、前年のカンタラSの勝ち馬セントコンスタントや、VRCサイアーズプロデュースS・AJCサイアーズプロデュースS・豪フューチュリティS・エプソムH・ドンカスターマイルの勝ち馬ゴールドロッドを撃破して勝利。CWクロッパープレート(T7F)も2着ゴールドロッド以下に勝利して、4歳時を15戦14勝の成績で終えた。
競走生活(5・6歳時)
5歳時の1939/40シーズンは、8月のアンダーウッドS(T8F)から始動して、エルゴレアを2着に破って2連覇を達成。次走のメムジーS(T9F)でもエルゴレアを2着に破って2連覇を達成した。しかしここで一頓挫あったようで半年間の休養入り。復帰初戦となった2月のCFオーアS(T7F)では、前年のVRCサイアーズプロデュースS・アスコットヴェイルS・豪シャンペンS・ローズヒルギニー・コーフィールドギニー・コーフィールドSを勝っていたハイキャステ、前年のカンタラSを勝っていたマンリコの2頭に屈して、ハイキャステの3着に敗れた。次走セントジョージS(T9F)でも、ハイキャステの頭差2着に敗退。
しかし豪フューチュリティS(T7F)では、前年より1ポンド軽いだけの145ポンドを課せられながらも、13ポンドのハンデを与えたハイキャステを2着に破り、同競走史上初の3連覇を達成。同競走を3連覇したのは本馬と、1979~81年に勝利したマニカトの2頭だけである。次走のキングズプレート(T12F)では、単勝オッズ1.08倍の1番人気に応えて勝利した。しかしやはり3連覇を狙ったCMロイドS(T8F)では、牝馬アミアブルとハイキャステの2頭に屈して、アミアブルの3着に敗退。それでもオールエイジドS(T8F)では、ハイキャステを2着に、後のドゥーンベンC・コーフィールドCの勝ち馬ビウリブレを3着に破って、同競走史上初(現在でも唯一)の3連覇を達成した。次走のCWクロッパープレート(T7F)も2着ゴールドロッド以下に勝利してシーズンを締めくくった。5歳時の成績は9戦6勝だった。
6歳になった1940/41シーズンも現役を続行。まずは8月のアンダーウッドS(T8F)に出走して2着エルゴレア以下に勝利を収め、同競走史上初(現在でも唯一)の3連覇を達成した。次走のメムジーS(T9F)も2着エルゴレア以下に勝利して、これまた3連覇を達成(1920~22年にユーリズミックが3連覇しているため史上初ではない。後には1958~61年にロードが4連覇している)。さらにメルボルンS(T8F)を勝利した。しかしコーフィールドS(T9F)では宿敵ハイキャステに敗れて2着。次走のコックスプレート(T10F)で、ザメトロポリタンを勝ってきたボーヴィート(後にコックスプレートだけでなくマッキノンSも2連覇している)の短首差2着に敗れたのを最後に、6歳時5戦3勝の成績で競走馬を引退した。
10ハロン以上の距離でも活躍しているが、基本的に短距離~マイルを得意とする馬だったようで、豪州競馬名誉の殿堂博物館のウェブサイトには「豪州最大の短距離馬及びマイラーの1頭」として紹介されている。
血統
Heroic | Valais | Cicero | Cyllene | Bona Vista |
Arcadia | ||||
Gas | Ayrshire | |||
Illuminata | ||||
Lily of the Valley | Martagon | Bend Or | ||
Tiger Lily | ||||
Hamptonia | Hampton | |||
Feronia | ||||
Chersonese | Cylgad | Cyllene | Bona Vista | |
Arcadia | ||||
Gadfly | Hampton | |||
Merry Duchess | ||||
Chelandry | Goldfinch | Ormonde | ||
Thistle | ||||
Illuminata | Rosicrucian | |||
Paraffin | ||||
Medmenham | Prince Galahad | Prince Palatine | Persimmon | St. Simon |
Perdita | ||||
Lady Lightfoot | Isinglass | |||
Glare | ||||
Decagone | Martagon | Bend Or | ||
Tiger Lily | ||||
Desca | Desmond | |||
High Feather | ||||
Meadow Grass | Lemberg | Cyllene | Bona Vista | |
Arcadia | ||||
Galicia | Galopin | |||
Isoletta | ||||
Bunch Grass | Sainfoin | Springfield | ||
Sanda | ||||
Charm | St. Simon | |||
Tact |
父ヒロイックは現役成績51戦21勝。豪シャンペンS・アスコットヴェイルS・コーフィールドギニー・AJCダービー・コーフィールドS・ニューマーケットH・アンダーウッドS・コックスプレート・CMロイドS・CFオーアSを制した豪州の歴史的名馬。種牡馬としても素晴らしい成績を挙げており、29頭のステークスウイナーを送り出し、産駒が合計でステークス競走を110勝した。1932/33シーズンから1938/39シーズンまで7期連続で豪首位種牡馬に輝いているが、本馬が大活躍する最中の1939年12月に17歳で他界している。本馬に先んじて2003年に豪州競馬の殿堂入りも果たしている。
ヒロイックの父ヴァレーは英国産馬で、競走馬としても英国で走ったが、7戦してニューマーケットウインザーSの1勝を挙げるに留まった。しかし豪州で種牡馬として大成功し、28頭のステークスウイナーを送り出し、1923/24シーズンから1927/28シーズンまで5期連続で豪首位種牡馬に輝いた。ヴァレーの父キケロはサイリーン産駒で、英ダービー・コヴェントリーS・ニューマーケットS・バイエニアルSに勝つなど9戦7勝の成績を挙げた。
母メッドメンハムの競走馬としての経歴は不明。本馬の半妹にヘシオネ(父ブリューゲル)【アスコットヴェイルS】がいる。また、本馬の半妹ヘカベ(父ブリューゲル)の子にレディピルエット【豪シャンペンS】、孫にキルシェリー【カンタベリーギニー・オールエイジドS2回・ストラドブロークH・オークレイプレート】、玄孫世代以降にフェスタル【エルダーズS(新GⅠ)】、ドラキュラ【豪シャンペンS(豪GⅠ)・QTCサイアーズプロデュースS(豪GⅠ)・ジョージメインS(豪GⅠ)】、マスクドパーティー【ザギャラクシー(豪GⅠ)】、インスピレーション【香港スプリント(香GⅠ)】、クリスタルリリー【ゴールデンスリッパー(豪GⅠ)】、コンプレイセント【スプリングチャンピオンS(豪GⅠ)】、ワンジナ【オーストラリアンギニー(豪GⅠ)】などがいる。→牝系:F2号族①
母父プリンスギャラッドはプリンスパラタインの直子で、デューハーストSを勝っている。
競走馬引退後
競走馬を引退した本馬はウィデンスタッドで種牡馬入りした。種牡馬としては9頭のステークスウイナーを出しており、父や祖父には及ばぬまでも豪州繋養種牡馬としてはまずまずの成績を収めた。1948年に、W・J・スミス氏によって1万3千ギニーで購入されて渡米。さらに米国の著名な歌手・俳優であるビング・クロスビー氏と、彼の友人であるリンジー・ハワード氏の両名に転売され、カリフォルニア州で種牡馬生活を続けた。リンジー・ハワード氏の父であるチャールズ・スチュワート・ハワード氏(シービスケットの所有者として有名)が「アジャックスはきっとカリフォルニア州のトップ種牡馬になるでしょう」と語った旨が当時の豪キャンベラタイムズ紙に載っている。しかし豪州では一定の成功を収めた本馬も、米国ではあまり活躍できなかった。1953年産まれの産駒がいるため、1952年までは種牡馬活動を行っていたのは間違いないのだが、それ以降の消息、及び死没年などは不明である。2004年に豪州競馬の殿堂入りを果たした。
主な産駒一覧
生年 |
産駒名 |
勝ち鞍 |
1942 |
Magnificent |
AJCシャンペンS・サイアーズプロデュースS・AJCダービー・ヴィクトリアダービー |
1943 |
Chaperone |
VRCアスコットヴェイルS |
1946 |
Achilles |
AJCエプソムH・AJCオールエイジドS |