ジェントルメン

和名:ジェントルメン

英名:Gentlemen

1992年生

栗毛

父:ロバンデボワ

母:エレガントグランス

母父:ルーズキャノン

亜国の最優秀3歳牡馬は米国でもGⅠ競走3連勝をマークして好敵手スキップアウェイより一時的とはいえ高い評価を得る

競走成績:2~5歳時に亜米加で走り通算成績24戦13勝2着4回3着2回

競走生活(亜国時代)

亜国ラポーム牧場の生産・所有馬で、亜国ファン・カルロス・エッチェチョウリィ調教師に預けられた。

2歳シーズンも後半に差し掛かった1995年6月に亜国サンイシドロ競馬場で行われた芝1600mの未勝利戦でデビューして、1馬身差の2着。同コースで行われた次走の未勝利戦は9馬身差で圧勝して、2歳時の成績を2戦1勝とした。

翌1995/96シーズンは初戦に亜国の2000ギニーに当たるポージャデポトリロス大賞(亜GⅠ・T1600m)を選択。そして初騎乗となるハシント・ヘレラ騎手を鞍上に、2着エスピホに頭差で勝利した。

次走のポージャデポトリジョス大賞(亜GⅠ・D1600m)では、グランクリテリウム大賞・エストレージャス大賞ジュヴェナイルを勝っていた前シーズンの亜最優秀2歳牡馬ムネコテを2馬身半差の2着に下して快勝した。

ジョッキークラブ大賞(亜GⅠ・T2000m)では、勝ったエスピホに5馬身差をつけられ4着に終わった。しかし、亜国のダービーに当たるナシオナル大賞(亜GⅠ・D2500m)は、2着フリアティーンドに1馬身半差で勝利した。

その後、本馬はランドール・ディー・ハバード氏とE・アンドレア氏のアップルバイトファームズにトレードされ、ブラジルのGⅠ競走ジュリアノマルティンス大賞の勝ち馬サイフォンや、リネアヂパウラマシャド大賞・クルゼイロドスル大賞・フランシスコエドゥアルドデパウロマチャド大賞・ANPC杯クラシカとブラジルのGⅠ競走を4勝していたサンドピットなど南米出身馬を多く手掛けていた米国リチャード・マンデラ調教師の管理馬となり、本拠地を米国カリフォルニア州に移した。95/96シーズンは4戦3勝の成績で、亜最優秀3歳牡馬に選出されている。

競走生活(1996年)

米国におけるデビュー戦は1996年6月にハリウッドパーク競馬場で行われたダート8.5ハロンの一般競走だった。ただの一般競走と侮るなかれ、かなりの有力馬が出走していた。それは、モルソンエクスポートミリオンに勝ち、スワップスS・グッドウッドH・サンフェルナンドS・ストラブSで2着、BCクラシック・パシフィッククラシックS・NYRAマイルHで3着などの実績を誇っていたドラマティックゴールドだった。ドラマティックゴールドが単勝オッズ2.1倍の1番人気に支持され、主戦となるコーリー・ナカタニ騎手を鞍上に迎えた本馬は、単勝オッズ2.9倍の2番人気となった。レースは本馬が先行して、ドラマティックゴールドが馬群の中団を進む展開となった。しかし四角でドラマティックゴールドが一気に上がっていくと、入れ代わりに本馬は失速。勝ったドラマティックゴールドから10馬身半差をつけられて6着最下位に終わった。

次走は7月にデルマー競馬場で行われた芝8.5ハロンの一般競走となった。前走と同じくこれも平凡な一般競走などではなく、ハリウッドパークターフH・シネマH・サンガブリエルHなどを勝っていたアールオブバーキング、ハリウッドダービー・サンマルコスHを勝っていたリヴァーフライヤー、英チャンピオンS・ギョームドルナノ賞などを勝っていたデルニエアンペルールと、出走馬5頭のうち本馬も含めてGⅠ競走の勝ち馬が4頭という、一般競走のレベルを大幅に超えたレースだった。アールオブバーキングが単勝オッズ2.7倍の1番人気、本馬が単勝オッズ3.1倍の2番人気、リヴァーフライヤーが単勝オッズ3.2倍の3番人気、デルニエアンペルールが単勝オッズ7.4倍の4番人気となった。今回の本馬はスタートから逃げを打ち、快調に先頭を飛ばしてそのまま直線に入ってきた。後続馬群から迫ってきたのはデルニエアンペルールのみで、他馬は遥か後方に消え失せていた。そのデルニエアンペルールにも本馬を追い抜くほどの勢いは無く、本馬が1馬身1/4差で勝利した。

転厩3戦目は9月のベイメドウズH(米GⅢ・T9F)となった。前走サンフランシスコHの勝ち馬でETターフクラシックS2着・仏2000ギニー・セクレタリアトS3着のプチプセ、ルイジアナダウンズHの勝ち馬でレッドスミスH2着などの実績があったパーティーシーズンなどが対戦相手となった。本馬が単勝オッズ2.2倍の1番人気に支持されたが、2番人気のプチプセは単勝オッズ2.4倍、3番人気のパーティーシーズンは単勝オッズ4.3倍であり、本馬が抜けた人気というわけではなかった。前走と同じくスタートから先頭に立った本馬は、そのままプチプセ以下を引き連れて逃げ続けた。先に根を上げたのはプチプセのほうで、直線に入ると失速。代わりに2番手に上がってきたパーティーシーズンも本馬には全く届かず、本馬が2着パーティーシーズンに6馬身差をつけて逃げ切り完勝した。

次走はサイテーションH(米GⅡ・T9F)となった。ストラブS・サンフェルナンドSなどの勝ち馬でハリウッドダービー・カリフォルニアンS2着のヘルムズマン、ポーカーHの勝ち馬でエディリードH2着のスムーズランナー、ウィルロジャーズH・シネマHの勝ち馬でアーリントンクラシックS2着のヴィアロンバルディア、ロイヤルロッジS・ヴィンテージSの勝ち馬でBCジュヴェナイル・フィリップHアイズリンH2着のエルティシュなどが対戦相手となった。本馬が単勝オッズ3倍の1番人気、ヘルムズマンが単勝オッズ3.2倍の2番人気、スムーズランナーが単勝オッズ5.7倍の3番人気となった。なお、このレースからナカタニ騎手に代わってゲイリー・スティーヴンス騎手が本馬の主戦を務める事になった。今回の本馬は逃げを打たずに2番手を追走。そして四角で先頭に立って直線を押し切るという優等生的な競馬で、2着スムーズランナーに2馬身半差で危なげなく勝利した。

このまま芝路線を進むのかと思われたが、次走はダート競走のネイティヴダイヴァーH(米GⅢ・D9F)となった。このレースは、半年前の一般競走で本馬を粉砕した翌月に出走したサイテーションチャレンジでシガーの2着に入り、さらにデルマーBCH・メドウランズCHを勝っていたドラマティックゴールドとのリターンマッチとなった。前走のBCクラシックではアルファベットスープの9着に沈んでいたドラマティックゴールドがそれでも単勝オッズ2.2倍の1番人気に支持され、ドラマティックゴールドから1ポンドのハンデを貰った本馬が単勝オッズ2.4倍の2番人気となり、一騎打ちムードだった。しかし一騎打ちムードだったのはレース中盤までだった。スタートから本馬が先頭に立ち、ドラマティックゴールドが2番手を追走してきたのだが、三角辺りから2頭の差が広がり始め、直線に入った時点では既に勝負がついていた。2着ドラマティックゴールドに9馬身差をつけた本馬が、1分45秒35のコースレコードを計時して勝利した。1996年の成績は5戦4勝だった。

競走生活(1997年)

1997年の初戦は2月のサンアントニオH(米GⅡ・D9F)となった。このレースには、前年のBCクラシックでシガーを破って大金星を挙げたデルマーBCH・サンパスカルH・サンアントニオHなどの勝ち馬アルファベットスープも出走してきた。本馬が単勝オッズ1.5倍の1番人気、アルファベットスープが単勝オッズ3.1倍の2番人気で、他馬勢より6~10ポンド重い122ポンドのトップハンデを課せられた2頭の一騎打ちムードだった。そして前走と異なり、今回はムードだけでなくレースでも人気2頭の一騎打ちとなった。スタートから本馬が先頭をひた走り、アルファベットスープが2番手を追いかけてくる展開。四角に入るところで本馬がアルファベットスープを引き離した時には勝負あったかと思われたが、さすがにBCクラシックの覇者アルファベットスープはBCクラシック9着のドラマティックゴールドとは実力が違っており、着実に本馬との差を縮めてきた。しかし最後は本馬が粘り切り、2着アルファベットスープに3/4馬身差で勝利した。アルファベットスープはこのレースを最後に引退・種牡馬入りしてしまったために、本馬との対戦はこれが最初で最後だったのが少し残念である。

次走のサンタアニタH(米GⅠ・D10F)が米国におけるGⅠ競走初挑戦となった。ドンHを勝ってきた前年のBCクラシック5着馬フォーマルゴールド、米国移籍後にハリウッド金杯・マーヴィンルロイHを勝っていた同厩馬サイフォン、米国移籍後にオークツリー招待S・サンルイレイS・シーザーズ国際H2回・ハリウッドターフHと芝のGⅠ競走で5勝を挙げ前走のサンマルコスHではダートでも勝利していた同厩馬サンドピット、セクレタリアトS・ハリウッドダービーの勝ち馬マーリン、前年のベルモントS・スーパーダービーの勝ち馬エディターズノートといった実績馬などが対戦相手となった。123ポンドのトップハンデを課せられた本馬が単勝オッズ2.7倍の1番人気に支持され、115ポンドのフォーマルゴールドが単勝オッズ4.8倍の2番人気、120ポンドのサイフォンが単勝オッズ6.1倍の3番人気、117ポンドのマーリンが単勝オッズ7.4倍の4番人気、121ポンドのサンドピットが単勝オッズ9倍の5番人気となった。サイフォンは逃げる以外の戦法を知らないような馬であり、ここでも当然のように先頭を飛ばしまくった。本馬はサイフォンとは同厩でも馬主は違っていたのだが、共倒れを恐れたマンデラ師の指示なのか、ここでは無理に先頭に立たずに2番手につけた。そのまま2番手で直線に入ってきたのだが、サイフォンに追いつけなかったばかりか、ゴール直前でサンドピットに鼻差かわされて、勝ったサイフォンから3馬身差の3着に終わった。マンデラ師にとっては上位3頭全て自分の管理馬であり、してやったりというところだった。

この後にサイフォンとサンドピットはドバイワールドCへ向かったのだが、本馬は国内に留まり、米国東海岸に遠征してピムリコスペシャルH(米GⅠ・D9.5F)に出走した。フェイエットS・クラークHなどの勝ち馬でオークローンH2着のイズイットイングッド、ブリーダーズフューチュリティS・ワイドナーHなどの勝ち馬でケンタッキーダービー2着のテハノラン、ドバイデューティーフリーの勝ち馬キーオブラック、ガルフストリームパークHなどの勝ち馬で前年のBCクラシックで見せ場たっぷりの4着だったマウントササフラなどに加えて、ハスケル招待H・ウッドバインミリオンS・ジョッキークラブ金杯・ブルーグラスS・オハイオダービーなどを制して前年のエクリプス賞最優秀3歳牡馬に選ばれていたスキップアウェイが対戦相手となった。実績では本馬よりスキップアウェイのほうが一枚上だったのだが、ハンデキャッパーは本馬の斤量を122ポンド、スキップアウェイは119ポンドに設定しており、本馬を実力上位と見ていた。それはファンも同感だったようで、本馬が単勝オッズ2.8倍の1番人気に支持され、スキップアウェイが単勝オッズ4.3倍の2番人気、121ポンドのイズイットイングッドが単勝オッズ4.9倍の3番人気となった。

スタートが切られるとまずはイズイットイングッドが先頭に立ち、本馬は2番手、スキップアウェイは少し離れた4番手の好位につけた。四角に入ったところでイズイットイングッドの脚色が鈍ると、本馬が先頭を奪取し、続いてスキップアウェイも進出を開始した。そして直線に入ると、逃げる本馬と追いかけるスキップアウェイの一騎打ちとなった。しかし本馬がスキップアウェイを半馬身差の2着に抑えて勝利した。3着テハノランはスキップアウェイから6馬身半後方であり、2頭の力が抜けている事を示す結果となった。

地元に戻って出走したハリウッド金杯(米GⅠ・D10F)では、ドバイワールドCでシングスピールの2着してきたサイフォン、同3着だったサンドピット、サンタアニタH4着後にサンルイレイS・サンフアンカピストラーノ招待Hを連勝していたマーリン、デルマーバドワイザーBCH・ベルエアHの勝ち馬レギオン、サンセットHの勝ち馬タロワールとの対戦となった。出走馬6頭中、マーリンを除く5頭がマンデラ厩舎所属というマンデラ祭りとなった。サイフォンが単勝オッズ2.3倍の1番人気、本馬とタロワールのカップリングが単勝オッズ2.6倍の2番人気、マーリンが単勝オッズ5倍の3番人気、サンドピットが単勝オッズ7倍の4番人気だった。定量戦のため全馬が同斤量だった事を考慮すると、この段階ではサイフォンが本馬より一枚上手だと見られていたようである。スタートが切られるとやはりサイフォンが先頭に立ち、本馬は2番手につけた。しかし四角で差を詰められなかったサンタアニタHの時と異なり、今回は四角でサイフォンに並びかけていった。そして直線に入ると突き放し、2着サイフォンに4馬身差、3着サンドピットにもさらに4馬身差をつけて完勝し、サンタアニタHの雪辱を果たした。

次走のパシフィッククラシックS(米GⅠ・D10F)では、サイフォン、カリフォルニアンSを勝ってきたリヴァーキーン、ベルエアHを勝ってきたクラフティフレンドなどが対戦相手となった。本馬が単勝オッズ1.5倍の1番人気、サイフォンが単勝オッズ3.4倍の2番人気、リヴァーキーンが単勝オッズ6.8倍の3番人気だった。今回も定量戦のため全馬が同斤量であり、本馬がサイフォンより一枚上手と見られるようになっていたことが分かる。スタートが切られると先頭を奪ったのはサイフォンではなく、単勝オッズ11.9倍の4番人気馬クラフティフレンドだった。サイフォンも逃げ馬だったが、クラフティフレンドも逃げ馬であり、控えたレースではあまり好結果が出ていなかった。単騎で飛ばすクラフティフレンドの勢いに圧されたのか、サイフォンは大人しく2番手を追走。その少し後方に本馬とリヴァーキーンがつけた。四角でようやくサイフォンがクラフティフレンドをかわして先頭に立ったが、既に直後まで本馬も迫っていた。そして直線に入ると本馬がサイフォンを悠々と突き放し、2着サイフォンに2馬身3/4差、3着クラフティフレンドにはさらに4馬身差をつけて完勝し、GⅠ競走3連勝とした。

次走は加国のウッドバインマイルS(T8F)だった。久々の芝競走である上に、他馬勢より5~12ポンド重い124ポンドのトップハンデを課せられたが、それでも単勝オッズ1.45倍の1番人気に支持された。主な対戦相手は、オークローンHの勝ち馬でハリウッド金杯・シーザーズ国際H2着のジェリ、サイテーションHで本馬の6着だったヘルムズマン、ケルソH・リバーシティHの勝ち馬セイムオールドウィッシュ、キングエドワードBCHの勝ち馬キリダシ、前年の英2000ギニー2着馬イーヴントップなどだったが、2番人気のジェリでも単勝オッズ9.45倍であり、本馬が負けると予想した人は少数派だった。しかしそんな時にこそ落とし穴があるもので、ハイペースで逃げるキリダシを2番手で深追いした本馬は、直線に入ると追い込み勢の餌食になってしまい、勝ったジェリから3馬身差の5着に敗れてしまった。

ブリーダーズカップには登録が無かったため、この年は6戦4勝の成績でこのまま休養入りした。なお、本馬不在のBCクラシックはスキップアウェイが圧勝しているが、この年のブリーダーズカップは本馬のお膝元ハリウッドパーク競馬場で施行されたため、本馬が出走していたらどうなっていたかと思わずにはいられない。

エクリプス賞最優秀古馬牡馬の座はスキップアウェイに譲ったが、この年の米国競馬において最強の評価を受けていたのはスキップアウェイではなく本馬だった。国際クラシフィケーションにおいては、スキップアウェイが127ポンドだったのに対して、本馬は131ポンドだった。また、英タイムフォーム社のレーティングにおいては、スキップアウェイが131ポンドだったのに対して、本馬は136ポンドであり、137ポンドの評価を受けた1990年代欧州最強3歳馬パントレセレブルより僅か1ポンド低いだけの世界第2位だった。

競走生活(1998年)

翌1998年は前年同様にサンアントニオH(米GⅡ・D9F)から始動した。このレースには、前年はほとんど活躍出来なかったドラマティックゴールドに加えて、ラウル&ラウルEチェバリエル大賞・エストレージャス大賞ジュヴェナイル・ポージャデポトリロス大賞・亜ジョッキークラブ大賞・ナシオナル大賞と亜国のGⅠ競走で5勝を挙げた後にマンデラ厩舎の一員となっていた1996年の亜国三冠馬レフィナドトムも出走してきて、亜国出身の名馬対決となった。124ポンドの本馬が単勝オッズ1.3倍の1番人気に支持され、前走ネイティヴダイヴァーHを勝ってきた120ポンドのレフィナドトムが単勝オッズ5.4倍の2番人気、118ポンドのドラマティックゴールドが単勝オッズ6.3倍の3番人気となった。レースでは単勝オッズ16.2倍の4番人気馬ダブルが先頭を引っ張り、レフィナドトムが2番手、本馬はドラマティックゴールドと共に3番手につけた。しかしいつまで経ってもダブルを抜けないレフィナドトムに業を煮やしたのかは定かではないが、四角に入ると本馬がダブルとレフィナドトムの2頭を一気に抜き去って先頭に立ち、そのまま2着ダブルを6馬身ちぎって圧勝。ダブルからさらに1馬身差の3着に敗れたレフィナドトムはその後も活躍できないまま亜国に戻り、GⅠ競走エストレージャス大賞クラシックを勝つなど改めて亜国のトップホースとして活躍する事になる。

次走のサンタアニタH(米GⅠ・D10F)では、本馬を恐れたのか出走馬が異様に少なく、アリシーバファーディナンドの2頭が凌ぎを削った1988年と並ぶ同競走史上最少タイの僅か4頭立てとなった。次に少なかったのは1980年の5頭立てで、このときは既に手がつけられない強さを誇っていたスペクタキュラービッドの1強独裁状態だった。これはつまり出走頭数だけで言えば、この時点における本馬の強さはスペクタキュラービッド以上に手がつけられないと判断されていた事になるわけである。他の出走馬3頭は、タンテオデポトリリョス賞・チリグランクリテリウムとチリのGⅠ競走を2勝した後にマンデラ厩舎に移籍していたチリ最優秀3歳牡馬マレク、ストラブSで3着してきたバグショット、ステークス競走の勝ち鞍がコロラドキングSというマイナー競走のみだったドントブレイムリオだった。本馬が他馬勢より9~12ポンド重い125ポンドのトップハンデでも単勝オッズ1.05倍という究極の1番人気に支持され、前走のサンパスカルHで2着していたマレクが単勝オッズ6.6倍の2番人気となり、もはや完全に本馬の独り舞台となるはずだった。ところがレースではマレクと共に先頭を走ったが、四角で外側からバグショットにかわされると、直線で競り合うマレクとバグショットの2頭から大きく引き離され、ゴール寸前でドントブレイムリオにも差されて、勝ったマレクから7馬身差をつけられた4着最下位に惨敗してしまった。

あまりに不可解な敗戦だったが、レース中に鼻出血を発症していたのが原因らしく、招待されていたドバイワールドCへの参戦も白紙となってしまった。

その後は一息入れて、次走は3か月半後のハリウッド金杯(米GⅠ・D10F)となった。ここでは、前年のピムリコスペシャルH以来となるスキップアウェイと2度目の対戦となった。スキップアウェイはジョッキークラブ金杯・BCクラシック・ドンH・ガルフストリームパークH・ピムリコスペシャルHなど破竹の6連勝中であり、前年より数段強くなっていた。他の出走馬は、タンテオデポトリリョス賞・ドスミルギニー賞(チリ2000ギニー)・チリグランクリテリウムとチリのGⅠ競走を3勝した後にマンデラ厩舎に移籍していたプエルトマデロ、カリフォルニアンSを勝ってきたマッドルート、サンバーナーディノHの勝ち馬バドロワイヤル、サンタアニタHで2着だったバグショット、同3着だったドントブレイムリオなどだった。スキップアウェイが単勝オッズ1.4倍の1番人気、本馬とプエルトマデロのカップリングが単勝オッズ2.7倍の2番人気、マッドルートが単勝オッズ12.3倍の3番人気となった。レースはスキップアウェイが先頭に立ち、本馬がそれを2番手で追いかける展開。向こう正面ではこの2頭が後続を大きく引き離して一騎打ちムードとなった。そのままの態勢で直線に入ってきたが、直線半ばで遅れた本馬はプエルトマデロにも差されて、勝ったスキップアウェイから2馬身3/4差の3着に敗れた。

次走のパシフィッククラシックS(米GⅠ・D10F)からは、再びナカタニ騎手が本馬の手綱を取ることになった。スキップアウェイは不在であり、プエルトマデロ、前年のベルモントS・ハスケル招待Hの勝ち馬タッチゴールド、サンタアニタダービー・サンフェリペS・スワップスS・ベルエアHの勝ち馬で前年の米国三冠競走で全て3着以内に入ったフリーハウス、亜国のGⅠ競走アルゼンチン共和国大賞を勝った後に米国に移籍(マンデラ厩舎ではない)してサンセットHで2着していたレイジーロード、エルカミノリアルダービーの勝ち馬パシフィックバウンティ、ハリウッド金杯で7着だったドントブレイムリオなどが対戦相手となった。本馬とプエルトマデロのカップリングが単勝オッズ2.2倍の1番人気、タッチゴールドが単勝オッズ2.5倍の2番人気、フリーハウスが単勝オッズ4.5倍の3番人気となった。レースでは全く人気薄だった2頭の馬が強引に先頭を奪い、本馬は3番手を進んだ。三角ではいったん先頭に立ったのだが、後方から上がってきたフリーハウスに一気にかわされると突き放され、4馬身差をつけられて2着に敗れた。それでも3着パシフィックバウンティには5馬身差をつけていたから、そう恥ずかしいレース内容でもなかった。

その後は東海岸に遠征してウッドワードS(米GⅠ・D9F)に出走した。前走フィリップHアイズリンHで連勝を8まで伸ばしていたスキップアウェイ、フリーハウス、ハスケル招待H・トラヴァーズS・ウッドメモリアルS・リヴァリッジS・ドワイヤーSなど5連勝中の3歳馬コロナドズクエスト、仏国でゴントービロン賞を勝った後に渡米してきたランニングスタッグの4頭が対戦相手となった。スキップアウェイが単勝オッズ2.1倍の1番人気に支持されたのは当然として、対抗馬に指名されたのは単勝オッズ2.55倍のフリーハウスだった。そして単勝オッズ5.7倍の3番人気がコロナドズクエストで、本馬は単勝オッズ8.2倍の4番人気まで評価を落とした。スタートが切られるとコロナドズクエストとスキップアウェイが先頭に立ち、本馬とフリーハウスが3番手につけた。やがてコロナドズクエストが遅れ始め、フリーハウスも伸びを欠く中、スキップアウェイが先頭に立って逃げ込みを図り、それを本馬が必死に追いかける展開となった。しかし全盛期を迎えていたスキップアウェイに今の本馬が勝つのは難しく、最後は1馬身3/4差で屈して2着に敗れた。それでも3着ランニングスタッグには6馬身差、4着フリーハウスと5着最下位のコロナドズクエストにはさらに9馬身差をつけていたから、まだ本馬が米国競馬におけるトップホースの1頭であるという事実に変わりはなかった。

次走のジョッキークラブ金杯(米GⅠ・D10F)では、スキップアウェイ、ランニングスタッグ、パシフィックバウンティ、ウエストチェスターHの勝ち馬ワゴンリミットなど5頭が対戦相手となった。実績的にはスキップアウェイと本馬の2頭が群を抜いており、スキップアウェイが単勝オッズ1.35倍の1番人気、本馬が単勝オッズ3倍の2番人気で、3番人気のランニングスタッグが単勝オッズ20.8倍という、完全なる一騎打ちムードだった。スタートが切られるとスキップアウェイが先頭に立ち、本馬もそれに競りかけていった。お互いに敵は相手のみと見定めたこの2頭が先頭を激しく争い、一時は3番手以下に7~8馬身の差をつけた。先に根を上げたのはスキップアウェイのほうであり、三角で本馬が単独で先頭に立ち、そのまま後続を大きく引き離して直線に入ってきた。ようやくスキップアウェイを破って勝利できると思われた次の瞬間、道中は最後方をぽつんと1頭だけで走っていた単勝オッズ35倍の5番人気馬ワゴンリミットに瞬く間に抜き去られてしまった。本馬は3着スキップアウェイには4馬身3/4差をつけたものの、ワゴンリミットには5馬身半差をつけられて2着に敗れた。

この結末は本馬とスキップアウェイの2頭が競り合いすぎて共倒れになったためだが、勝ったワゴンリミットの管理調教師H・アレン・ジャーケンズ師は、かつて管理馬でケルソセクレタリアトに複数回ずつ黒星をつけ、“The Giant Killer(大物食い)”の異名で呼ばれていたから、これはジャーケンズ師の魔術だとも噂された。

その後はチャーチルダウンズ競馬場で行われたBCクラシック(米GⅠ・D10F)に追加登録料を支払って参戦した。この年のBCクラシックは、スキップアウェイ、コロナドズクエスト、パシフィッククラシックSで5着だったタッチゴールドに加えて、ケンタッキーダービー・プリークネスS・ドバイワールドC・デルマーフューチュリティ・サンフェルナンドBCS・ストラブS・グッドウッドBCHなどの勝ち馬シルバーチャーム、キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDS2回・コロネーションC・愛チャンピオンS・ドーヴィル大賞などの勝ち馬でドバイワールドC2着のカルティエ賞最優秀古馬スウェイン、この年のベルモントSでリアルクワイエットの米国三冠達成を阻止したヴィクトリーギャロップ、ホイットニーH・スティーヴンフォスターH・サラトガBCH・ホーソーン金杯など5連勝中のオーサムアゲイン、スーパーダービー・ファイエットSなど3連勝中のアーチ、ジョッキークラブ金杯で4着だったランニングスタッグが参戦しており、ブリーダーズカップ史上最高のメンバーと言われたほど出走馬の層が厚かった。スキップアウェイの独り舞台状態だった前年とは出走馬の層が段違いであり、どうせ追加登録料を支払うなら前年にしていれば良かったと思うのは筆者だけではないはずである。単勝オッズ9.8倍の6番人気で出走した本馬はスタートから行き脚が悪く、道中は馬群中団の位置取りとなった。それでも三角入り口までは先行馬群に食らいついていたが、三角途中からずるずると後退して四角途中で最後方まで下がってしまった。そして直線では完全に走る気を失くして競走中止(勝ち馬オーサムアゲイン。スキップアウェイは6着)。この年は7戦1勝の成績で競走馬引退となった。スキップアウェイとの対戦成績は本馬の2勝3敗だった。

本馬の競走成績を眺めてみると、サンタアニタHで鼻出血を発症して惨敗する前と後では別馬のようである。鼻出血が競走馬の競走能力に致命的な影響を与えることはままあるが、本馬の場合も非常に大きな影を落としたようである。

血統

Robin des Bois Nureyev Northern Dancer Nearctic Nearco
Lady Angela
Natalma Native Dancer
Almahmoud
Special Forli Aristophanes
Trevisa
Thong Nantallah
Rough Shod
Rare Mint Key to the Mint Graustark Ribot
Flower Bowl
Key Bridge Princequillo
Blue Banner
Another Treat Cornish Prince Bold Ruler
Teleran
Rare Treat Stymie
Rare Perfume
Elegant Glance Loose Cannon Nijinsky Northern Dancer Nearctic
Natalma
Flaming Page Bull Page
Flaring Top
Java Moon Graustark Ribot
Flower Bowl
Golden Trail Hasty Road
Sunny Vale
Hidden Glance Gentle Smoke Gentle Art Whistler
Tessa Gillian
Smoke Veil Drawby
Aphrodite
Mesmerize Francis S. Royal Charger
Blue Eyed Momo 
Any Port Sailor
Petitioner

父ロバンデボワはヌレイエフ直子の米国産馬。現役時代は仏で走り6戦1勝。エヴリ賞を勝ち、クリテリウムドメゾンラフィット(仏GⅡ)で3着した程度の競走馬だった。しかし種牡馬として輸出された亜国において、本馬を始めとして、サンティアゴルーロ大賞・モンテビデオ大賞・エストレージャス大賞ジュヴェナイルの勝ち馬ペインター、サンティアゴルーロ大賞の勝ち馬アリベイといった活躍馬を出した。しかし種牡馬供用5年目の1996年に9歳の若さで他界している。

母エレガントグランスも米国産馬だが、不出走のまま繁殖牝馬として亜国に輸出されていた。1995年に本馬の活躍により亜国の最優秀繁殖牝馬に選出された。1997年には米国に再輸入されたが、本馬以外にはこれといった産駒は出せなかった。近親にはこれといった活躍馬は見当たらず、唯一エレガントグランスの曾祖母エニーポートの半妹パドノムの子に大種牡馬ダンチヒの名が見られる程度である。日本で活躍したビッグファイト【京成杯三歳S(GⅡ)・新潟三歳S(GⅢ)】、マーベラスカイザー【中山大障害(JGⅠ)】も同じ牝系だが、近親というにはやや遠い。→牝系:F7号族①

母父ルーズキャノンはニジンスキーの直子。現役成績は15戦2勝と平凡な競走馬で、種牡馬としても成功はしていない。

競走馬引退後

競走馬を引退した本馬はケンタッキー州ウォルマックファームで種牡馬入りした。しかし種牡馬成績は振るわなかった。2007年暮れにカリフォルニア州の馬産団体エリートサラブレッドステーブルズに購入され、翌2008年から種付け料1500ドルで種牡馬生活を続けている。

TOP