ビーズウイング
和名:ビーズウイング |
英名:Beeswing |
1833年生 |
牝 |
鹿毛 |
父:ドクターシンタックス |
母:アルドロッサンメア |
母父:アルドロッサン |
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1830年代の英国競馬の女王と呼ばれ、競走実績、繁殖実績共に一級品の上に世界的名牝系の祖ともなる |
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競走成績:2~9歳時に英で走り通算成績64戦51勝2着8回3着2回(異説あり) |
英国競馬史上最も偉大な牝馬の一頭に数えられる名牝で、“British racing queen of the 1830s(1830年代の英国競馬の女王)”“Queen of the Turf from the north of England(北から来た競馬場の女王)”と呼ばれた卓越した競走実績に加え、優れた繁殖成績、後世への血の影響力など、どれを取っても一級品である。
誕生からデビュー前まで
英国イングランド北端のノーサンバーランド州モーペス町の近郊にあったナニーカークホールスタッドにおいて、ウィリアム・オーデ氏により生産・所有された。体高は成長しても15ハンド程度しかなく、骨格もあまり重厚ではなく、小柄な馬だった。しかし気性面では悪い癖は少しも無く、楽しそうに走る馬だったようである。管理調教師は最初ジェームズ・ワトソン師、後にロバート・ジョンソン師が務めた。
競走生活(2~4歳時)
2歳時にニューカッスル競馬場で行われたタイロSでデビューしたが、着外に終わった。その後にドンカスター競馬場で出走した英シャンペンS(T8F)では、スタートで後手を踏みながらも差し切って初勝利を挙げた。リッチモンド競馬場で出走したスウィープSも勝利を収めて、2歳時の成績を3戦2勝とした。
3歳時はニューカッスルC・ニューカッスルセントレジャーを共に勝利した。しかし英セントレジャー(T14F132Y)では、モールコームS・クリテリオンSの勝ち馬で英2000ギニー・グッドウッドC2着のエリスの着外に敗れた。続いて出走したドンカスターC(T18F)では、英セントレジャー・アスコット金杯・ドンカスターCなどを勝っていた2歳年上の歴史的名馬タッチストンと対戦した。しかし結果はタッチストンが、翌年のグッドウッドCを勝つカリューを2着に、この年の英ダービー3着馬ヴェニソンを3着に破って2連覇を果たし、本馬は4着に敗退。3歳時の成績は5戦2勝だった。戦った相手のレベルを考えれば、牝馬としては十分に頑張った部類の成績に入るだろうが、トップクラスにはまだ足りないといった感じであった。
4歳時は、リヴァプールCで、タッチストンをリヴァプールセントレジャーで2着に下した事もある英セントレジャー3着馬ジェネラルシャッセの2着。ニューカッスル競馬場で出走したクレイヴンSでも、ウェッジの2着と好走した。その後はニューカッスルCと、ドンカスター競馬場で出走したクリーブランドSでいずれもウェッジを下して勝利。ドンカスターCの代替競走ドンカスターゴールドシールド(T18F)も勝利した。ノーザラートン金杯を単走で勝ったのを最後に4歳シーズンを締めくくり、この年の成績は8戦6勝となった。本馬が大衆から人気を博するようになったのはこの時期からである。
競走生活(5・6歳時)
5歳時は、カテリックブリッジC・ニューカッスルC・クレイヴンS・フィッツウィリアムSを勝利。ドンカスターC(T20F)では、英セントレジャーを勝ってきたばかりの英シャンペンSの勝ち馬ドンジョンの2着に入った。3着は本馬と同父の4歳牡馬ザドクターで、後に種牡馬として大成功するメルボルンは着外だった。その後はクイーンズプレート・ノーザラートン金杯を共に単走で勝利して、5歳時の成績を8戦6勝とした。
6歳時になっても本馬の競走能力は衰える気配を見せるどころか、一層上向いていた。ニューカッスルC・クレイヴンS・クイーンズパース・ストックトンC・クイーンズプレート・フィッツウィリアムSを勝利。クイーンズプレート・リンカーンC・リッチモンドCではいずれも単走で勝利した。6歳時の成績は11戦無敗だったと“Thoroughbred Heritage”に記載されているのだが、この1839年のドンカスターC(T20F)で、英セントレジャーを勝ってきたばかりのチャールズトウェルヴス、前年の英セントレジャー3着馬で後にこの年のケンブリッジシャーHを勝つレイナーコストの2頭に屈して、チャールズトウェルヴスの3着に敗れた明確な記録があるため、6歳時は無敗ではない。12戦11勝なのか、11戦10勝なのかは分からないし、“Thoroughbred Heritage”など各資料に書かれている本馬の競走成績63戦51勝2着8回3着1回とどう整合性を取れば良いのかも分からない。もっとも、資料同士で矛盾があるのは19世紀の英国競馬においては別に珍しい事ではない。本馬の競走成績は64戦であるとする資料も存在するので、本項では6歳時の本馬の成績を12戦11勝3着1回と判断した。
競走生活(7歳時)
7歳になっても走り続けた本馬は、3歳年下の牡馬ドクターオリヴァーとの激戦を同着に持ち込んだレースの後、疲労の色も見せずにクレイヴンSを勝利。さらにアシュトンS・ランカスターC・ヨークC・フィッツウィリアムSと勝ち星を重ねていった。そして迎えたドンカスターC(T20F)では、チャールズトウェルヴス、前年の英セントレジャー3着馬ザプロヴォストといった年下の強豪牡馬勢が対戦相手となった。レースでは本馬が先頭に立って馬群を牽引したが、ちょうどレースの半分辺りに差し掛かったところでチャールズトウェルヴスが先頭を奪った。そのままチャールズトウェルヴスが押し切るかと思われたが、直線に入ると本馬が鮮やかにチャールズトウェルヴスを差し返した。そして本馬の後方から追い上げてきたザプロヴォストを2着に、チャールズトウェルヴスを3着に破って勝利を収め、自身が英国現役最強馬である事を証明してみせた。
その次に出走したレースでは、前年のドンカスターC2着後にケンブリッジシャーHを勝っていたレイナーコストとの対戦となった。結果はレイナーコストが勝利を収め、本馬は頭差2着だった。引き続き出走した距離2マイルの競走でも、レイナーコストとの対戦となった。ここでは本馬とレイナーコストが1着同着となった。改めて別の日に行われた決勝戦をレイナーコスト陣営は回避したため、本馬が単走で走り勝利馬として認められた。ちなみにレイナーコストは翌年のアスコット金杯を勝っている。本馬は決勝戦を単走で走った同日には距離2マイル2ハロンの50ポンドパース競走に出走して、ザドクター以下に勝利を収めた。1日で距離4マイル2ハロンを走ったわけである。この年の成績は13戦11勝だった。
競走生活(8・9歳時)
この驚くべき頑健な牝馬は、同世代の馬達が悉く引退した後の8歳時にも現役を続行した。クレイヴンSでは2着だったが、ニューカッスルC・ストックトンC・ホーンスビーカッスルSを勝利。そしてドンカスターC(T18F)も勝って同競走2連覇(3勝目)を達成。この年10戦9勝の成績を残してみせた。
本馬は翌9歳時にも現役を続行した。2歳からトップクラスで走り続けた馬であれば、9歳時にはさすがに全盛期は過ぎていた、と書かれるのが常識ではあるのだが、本馬に関してはその常識は通用しなかったようである。この年に本馬は英国古馬長距離戦の最高峰アスコット金杯(T20F)に最初で最後の出走を果たした。最大の強敵は、一昨年のアスコット金杯・アスコットゴールドヴァーズの勝ち馬で前年のアスコット金杯ではレイナーコストの3着だったセントフランシスだった。長年のパートナーだったD・カートライト騎手を鞍上に出走した本馬は、先行するセントフランシスや4歳牡馬ザノブといった馬達をゴール前で猛追。ゴールではまるで計ったように前2頭を差し切って、2着ザノブに半馬身差、3着セントフランシスにもさらに半馬身差をつけて勝利を収めた。その後は毎度お馴染みのニューカッスルCなどを勝利。そして6年連続出走となるドンカスターC(T20F)を引退レースとして定めた。一昨年の同競走でも対戦したチャールズトウェルヴスが相手となったが、一昨年とは異なり今回は本馬がスタートから先行してレースを支配。そして道中一度も後続を寄せ付けることなく20ハロンの距離を走り抜け、最後は6馬身差で圧勝。同競走3連覇(4勝目)を達成した。ドンカスターCを3連覇した馬も4勝した馬も本馬以外には1頭も存在しない(2連覇した馬は多数いるが、3勝した馬は本馬以外にはダブルトリガーのみである)。そしてこの年5戦4勝の成績を残して、遂に長い競走生活に別れを告げた。
競走生活を終えた本馬が地元に戻ってきた時、地元の町であるモーペスの町民が総出で本馬を出迎えたという。そして本馬にちなんで名前をビーズウイングと改名したスコットランドの村もあったという。馬名は、「(年代ものの葡萄酒の表面にできる蜂の羽状の)薄膜、薄皮」という意味である。
血統
Doctor Syntax | Paynator | Trumpator | Conductor | Matchem |
Snap Mare | ||||
Brunette | Squirrel | |||
Dove | ||||
Mark Anthony Mare | Mark Anthony | Spectator | ||
Rachel | ||||
Signora | Snap | |||
Miss Windsor | ||||
Beningbrough Mare | Beningbrough | King Fergus | Eclipse | |
Creeping Polly | ||||
Fenwick's Herod Mare | Herod | |||
Pyrrha | ||||
Jenny Mole | Carbuncle | Babraham Blank | ||
Cade Mare | ||||
Prince T'Quassaw Mare | Prince T'Quassaw | |||
Sultana | ||||
Ardrossan Mare | Ardrossan | John Bull | Fortitude | Herod |
Snap Mare | ||||
Xantippe | Eclipse | |||
Grecian Princess | ||||
Miss Whip | Volunteer | Eclipse | ||
Tartar Mare | ||||
Wimbleton | Evergreen | |||
Herod Mare | ||||
Lady Eliza | Whitworth | Agonistes | Sir Peter Teazle | |
Wren | ||||
Jupiter Mare | Jupiter | |||
Highflyer Mare | ||||
Spadille Mare | Spadille | Highflyer | ||
Flora | ||||
Silvia | Young Marske | |||
Ferret |
父ドクターシンタックスは現役時代49戦して、プレストン金杯7連覇、リッチモンド金杯5勝、ランカスターC5勝など通算36勝を挙げた19世紀初頭の強豪馬。12歳まで走って自分より若い馬達を相手に重い斤量を背負いながら勝ち星を重ねた名馬だった。本馬の頑健さと年齢を重ねても衰えなかった点は父譲りである可能性が大きい。鞭や拍車で打たれることが苦手で、ドクターシンタックスに騎乗した騎手は彼に話しかける事で走らせていたという。体高は15ハンド程度と本馬と同程度だったようである。ドクターシンタックスは種牡馬としてもなかなかの成功を収めており、本馬の他に、ドンカスターCの勝ち馬ギャロッペイド、英1000ギニー馬シャポーデスパーニュ、英2000ギニー・アスコット金杯の勝ち馬ラルフなどの活躍馬を出している。ドクターシンタックスの父ペイネイターの詳細な競走成績は不明で、種牡馬としてもドクターシンタックス以外には活躍馬を出していないようである。さらに遡ると、ペイネイター、トランペッター、コンダクターを経てマッチェムに行きつく。
母アルドロッサンメアは現役時代1戦未勝利。2歳時のデビュー戦で故障してそのまま引退し、その怪我が原因で生涯身体が不自由になってしまったという。しかし繁殖牝馬としては優秀で、本馬の半兄トムボーイ(父ジェリー)【ドンカスターC】なども産んでいる。また、本馬の半妹ビーズワックス(父リヴァプール)の子にハイブラ【ニューS】がいる。→牝系:F8号族②
母父アルドロッサンは現役時代アーバイン銀杯・エアー金杯2回・アーバイン金杯など12戦全勝の成績を誇った名馬。アルドロッサンの父ジョンブルは1792年の英ダービーの勝ち馬。ジョンブルの父フォーティチュードはヘロド産駒。
競走馬引退後
競走馬を引退した本馬は生まれ故郷のナニーカークホールスタッドで繁殖入りした。
本馬は繁殖入り初年度の10歳時にサーヘラクレスと交配され、翌11歳時に初子となる牡駒オールドポートを産んだ。オールドポートは英ダービーにも出走したが惨敗するなど、母を髣髴とさせる能力を示す事は出来なかった。
12歳時には産駒はおらず、13歳時に2番子となる牡駒ナニーカーク(父タッチストン)を産んだ。ナニーカークは英2000ギニーを優勝して、母が無縁だった英国クラシック競走の栄冠を手中に収めた。他には英セントレジャーでザフライングダッチマンの2着、英ダービーではザフライングダッチマンの着外だったが、これは相手が悪かったと言えるかも知れない。競走馬引退後は仏国で種牡馬入りしたが、仏ダービー・カドラン賞の勝ち馬ポトツキを出した程度に終わった。
14歳時には3番子となる牝駒ボニービー(父ガランサス)を産んだ。ボニービーは競走馬になる事は出来ず、後に繁殖牝馬として南米へ輸出された。ボニービーは南米で牝系をある程度発展させて何頭かの活躍馬が登場したが、現在では途絶えているようである。
15歳時には4番子となる牡駒ニューミンスター(父タッチストン)を産んだ。ニューミンスターは母や兄が勝てなかった英セントレジャーを優勝。競走馬としては他にこれといった実績は残せなかったが、種牡馬として2度の英首位種牡馬に輝き、後世に大きな影響を与えた(詳細は当馬の項を参照)。
16歳時には5番子となる牡駒ノーハム(父バードキャッチャー)を産んだが、ノーハムは若くしてこの世を去った。
17歳時には6番子となる牝駒ハニーデュー(父タッチストン)を産んだ。ハニーデューは、ニューカッスルズノースダービーを勝利した。ハニーデューの牝系子孫はそれほど発展しなかったが、21世紀にも残っている。
18歳時には7番子となる牝駒ハニーサックル(父タッチストン)を産んだ。ハニーサックルは牝馬版の英セントレジャーと言うべきパークヒルSを勝利し、英1000ギニーで3着している。
19歳時には8番子となる牝駒(父タッチストン)を産んだが、この子は名前が付けられる前に夭折した。
20歳時には産駒はおらず、翌1854年、本馬は21歳で他界した。ところで、本馬の活躍産駒は全てタッチストンとの間の子である。それ故か、タッチストンの死後、その骨格が展示された際には本馬の骨格の一部が発掘されて一緒に置かれたという。タッチストンが王で本馬が女王という意味合いであるらしい。
後世に与えた影響
しかし本馬の評判は本馬の死をもって終わる事はなかった。ニューミンスターの種牡馬としての活躍のみならず、ハニーサックルの牝系子孫が大きく発展し、数々の優駿が登場したのである。ここに列挙できるような数ではないので、この名馬列伝集に独立した伝がある馬と日本の大競走の勝ち馬に絞って挙げてみると、メルトン【英ダービー・英セントレジャー・ミドルパークS】、エアシャー【英2000ギニー・英ダービー・エクリプスS】、パース【仏2000ギニー・仏ダービー・パリ大賞・ロワイヤルオーク賞・カドラン賞】、マスケット【ベルモントフューチュリティS・メイトロンS・アラバマS・ガゼルH】、スウィープ【ベルモントS・ベルモントフューチュリティS】、ワーラウェイ【ケンタッキーダービー・プリークネスS・ベルモントS・サラトガスペシャルS・ホープフルS・ブリーダーズフューチュリティS・ドワイヤーS・トラヴァーズS・アメリカンダービー・ブルックリンH・ジョッキークラブ金杯・ピムリコスペシャル】、ビウィッチ【アーリントンラッシーS・アッシュランドS・ヴァニティH】、ボールドルーラー【プリークネスS・ベルモントフューチュリティS・フラミンゴS・ウッドメモリアルS・ジェロームH・カーターH・サバーバンH・モンマスH】、>レッドゴッド、ダマスカス【プリークネスS・ベルモントS・ウッドワードS・ウッドメモリアルS・ドワイヤーH・アメリカンダービー・トラヴァーズS・ジョッキークラブ金杯・マリブS・サンフェルナンドS・ブルックリンH】、サーアイヴァー【英2000ギニー・英ダービー・仏グランクリテリウム・英チャンピオンS・ワシントンCD国際S】、ササフラ【凱旋門賞・仏ダービー・ロワイヤルオーク賞】、アイスカペイド、ラフィアン【ソロリティS(米GⅠ)・スピナウェイS(米GⅠ)・エイコーンS(米GⅠ)・マザーグースS(米GⅠ)・CCAオークス(米GⅠ)】、ビーマイゲスト、ジョンヘンリー【サンタアニタH(米GⅠ)2回・バドワイザーミリオン(米GⅠ)・バドワイザーミリオン・サンルイレイS(米GⅠ)2回・サンフアンカピストラーノ招待H(米GⅠ)・ハリウッドパーク招待ターフH(米GⅠ)3回・オークツリー招待H(米GⅠ)3回・ジョッキークラブ金杯(米GⅠ)・ハリウッドターフCS(米GⅠ)・サンセットH(米GⅠ)・ターフクラシック(米GⅠ)】、アサート【仏ダービー(仏GⅠ)・愛ダービー(愛GⅠ)・ベンソン&ヘッジズ金杯(英GⅠ)・ジョーマクグラス記念S(愛GⅠ)】、コンキスタドールシエロ【ベルモントS(米GⅠ)・メトロポリタンH(米GⅠ)】、プラウドトゥルース【BCクラシック(米GⅠ)・フロリダダービー(米GⅠ)・フラミンゴS(米GⅠ)・ピーターパンS(米GⅠ)】、ストームキャット【ヤングアメリカS(米GⅠ)】、ラストタイクーン【BCマイル(米GⅠ)・キングズスタンドS(英GⅠ)・スプリントCS(英GⅠ)】、ムーンマッドネス【英セントレジャー(英GⅠ)・サンクルー大賞(仏GⅠ)】、シェリフズスター【コロネーションC(英GⅠ)・サンクルー大賞(仏GⅠ)】、グッバイヘイロー【デモワゼルS(米GⅠ)・ハリウッドスターレットS(米GⅠ)・ラスヴァージネスS(米GⅠ)・ケンタッキーオークス(米GⅠ)・マザーグースS(米GⅠ)・CCAオークス(米GⅠ)・ラカナダS(米GⅠ)】、プライズド【BCターフ(米GⅠ)・サンルイレイS(米GⅠ)】、ジルザル【サセックスS(英GⅠ)・クイーンエリザベスⅡ世S(英GⅠ)】、ポリッシュプレシデント【ジャックルマロワ賞(仏GⅠ)・ムーランドロンシャン賞(仏GⅠ)】、ロイヤルアカデミー【BCマイル(米GⅠ)・ジュライC(英GⅠ)】、ケルティックスウィング【レーシングポストトロフィー(英GⅠ)・仏ダービー(仏GⅠ)】、ヘネシー【ホープフルS(米GⅠ)】、インティカブ、コロナドズクエスト【ハスケル招待H(米GⅠ)・トラヴァーズS(米GⅠ)】、フサイチペガサス【ケンタッキーダービー(米GⅠ)】、モティヴェイター【英ダービー(英GⅠ)・レーシングポストトロフィー(英GⅠ)】、ウェルアームド【ドバイワールドC(首GⅠ)・グッドウッドS(米GⅠ)】、プライド【サンクルー大賞(仏GⅠ)・英チャンピオンS(英GⅠ)・香港C(香GⅠ)】、日本で走ったキヨタケ【桜花賞】、カブラヤオー【皐月賞・東京優駿】、ミスカブラヤ【エリザベス女王杯】、メジロティターン【天皇賞秋】、シャダイアイバー【優駿牝馬】、メジロライアン【宝塚記念(GⅠ)】、ダイタクヘリオス【マイルCS(GⅠ)2回】、キングヘイロー【高松宮記念(GⅠ)】、エアジハード【安田記念(GⅠ)・マイルCS(GⅠ)】、ギルデッドエージ【中山大障害(JGⅠ)】、シンボリクリスエス【天皇賞秋(GⅠ)2回・有馬記念(GⅠ)2回】、アサクサデンエン【安田記念(GⅠ)】、ドリームジャーニー【朝日杯フューチュリティS(GⅠ)・宝塚記念(GⅠ)・有馬記念(GⅠ)】、ヴィクトワールピサ【ドバイワールドC(首GⅠ)・皐月賞(GⅠ)・有馬記念(GⅠ)】、マジェスティバイオ【中山大障害(JGⅠ)・中山グランドジャンプ(JGⅠ)】、レインボーダリア【エリザベス女王杯(GⅠ)】、オルフェーヴル【皐月賞(GⅠ)・東京優駿(GⅠ)・菊花賞(GⅠ)・有馬記念(GⅠ)2回・宝塚記念(GⅠ)】、レインボーダリア【エリザベス女王杯(GⅠ)】、グランプリボス【朝日杯フューチュリティS(GⅠ)・NHKマイルC(GⅠ)】、ローブティサージュ【阪神ジュベナイルフィリーズ(GⅠ)】など(ここに挙げた以外の馬に関しては別ページの牝系図を参照してください→牝系:F8号族②)であり、古今東西ひっきりなしに活躍馬が出ていることが分かる。本馬の牝系出身馬でなくても、本馬の血を引かないサラブレッドは現在まず存在しないはずである。