シーザスターズ
和名:シーザスターズ |
英名:Sea The Stars |
2006年生 |
牡 |
鹿毛 |
父:ケープクロス |
母:アーバンシー |
母父:ミスワキ |
||
3歳時にGⅠ競走6連勝、史上初めて英2000ギニー・英ダービー・凱旋門賞の3競走を制して欧州競馬史上有数の名馬の称号を得る |
||||
競走成績:2・3歳時に愛英仏で走り通算成績9戦8勝 |
誕生からデビュー前まで
母親である凱旋門賞馬アーバンシーや、半兄である英ダービー・愛ダービー・キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDS勝ち馬ガリレオや伊ジョッキークラブ大賞・タタソールズ金杯勝ち馬ブラックサムベラミーの所有者だった香港の実業家デヴィッド・ツイ氏が愛国に設立した馬産団体サンダーランド・ホールディングスの生産馬である。前述の兄2頭に加えて半姉であるダイアナS勝ち馬マイタイフーンと、上にGⅠ競走勝ち馬が3頭もいるという良血馬だった。
兄ガリレオやブラックサムベラミーはサンダーランド・ホールディングスとクールモアグループの共同生産馬だった事もあり、ツイ氏の所有馬ではなくクールモアの所有馬として走ったが、本馬はクールモアと直接無関係だったため、サンダーランド・ホールディングス名義で競走馬となり、愛国のジョン・オックス調教師に預けられた。
ガリレオやブラックサムベラミーの父がサドラーズウェルズという大種牡馬、マイタイフーンの父も名馬ジャイアンツコーズウェイだったのに、本馬の父が前2頭に比べると地味なケープクロスとなった理由は、2004年の英オークスにあるらしい。このレースにはガリレオやブラックサムベラミーの全妹オールトゥビューティフルが出走していたのだが、そのオールトゥビューティフルを7馬身差の2着に破って勝ったのはウィジャボードだった。この英オークスを生観戦していたツイ氏は、ウィジャボードの強さに感銘を受け、その父であるケープクロスにも興味を抱いた。そしてケープクロスに関して調べた末に、翌年のアーバンシーの交配相手にケープクロスを選択したのだった。
ツイ氏は、幼少期に母親からしばしば言われていた“See The Stars(星を見上げなさい)”と、母アーバンシーの“Sea”を掛けて、本馬の馬名を考案したという。本馬の主戦は愛首位騎手に輝く事12回という名手マイケル・キネーン騎手だった。キネーン騎手はクールモアの専属騎手としてガリレオの主戦も務めたが、この数年前からオックス厩舎と専属契約をかわしていたのだった。
競走生活(2歳時)
2歳6月にカラー競馬場で行われた芝7ハロンの未勝利戦でデビュー。ここで単勝オッズ3.25倍の1番人気に支持されたのはトマスアントシオダという馬で、前走の未勝利戦で、本馬の兄ガリレオ産駒であるクールモアの期待馬リップヴァンウィンクルを短頭差抑えて1位入線しながら2着降着になっていた。そして本馬と、クールモアの所有馬で後のダンテS2着馬ストレートフォワードの2頭が並んで単勝オッズ7倍の2番人気となっていた。
レースで本馬は馬群の中団後方を進み、徐々に位置取りを上げて残り2ハロン地点で18頭立ての7番手だった。しかしここから馬群に包まれて抜け出すことが出来ず、好位から抜け出して勝った単勝オッズ8倍の4番人気馬ドライビングスノー、先行して粘った単勝オッズ11倍の5番人気馬ブラックベアアイランド(クールモアの所有馬)、本馬とほぼ同じレース内容だったストレートフォワードの3頭に屈して、ドライビングスノーの1馬身差4着に敗れた(トマスアントシオダは本馬から3/4馬身差の5着だった)。
次走は8月にレパーズタウン競馬場で行われた芝7ハロンの未勝利戦だった。ここでは、サーガーフィールドソバーズという馬との顔合わせとなった。クールモア所有のサーガーフィールドソバーズは前年の英ダービー馬オーソライズドの全弟であり、このレースは英ダービー馬の弟同士の対決となった。本馬が単勝オッズ3倍の1番人気、これがデビュー戦だったサーガーフィールドソバーズはその分だけ僅かに割り引かれて単勝オッズ3.25倍の2番人気、そしてGⅠ競走で11勝を挙げた名牝セレナズソングの孫であるヴォーカライズドが単勝オッズ6倍の3番人気となった。
レースで本馬は前走と異なりスタートしてすぐに前に行き、ヴォーカライズドと共に先行集団の中で走った。一方のサーガーフィールドソバーズはスタートで出遅れて最後方からの競馬となっていた。残り2ハロン地点で本馬が先頭に立ち、ヴォーカライズドを引き離していった。そしてやはり先行集団から抜け出して粘った2着ダークヒューマーに2馬身半差をつけて快勝。後にグリーナムS・テトラークSを勝つヴォーカライズドは本馬から7馬身差の4着、サーガーフィールドソバーズは13着と惨敗した。
その後は6週間後のベレスフォードS(愛GⅡ・T8F)に向かった。ここでは、マスターオブザホースという馬との顔合わせとなった。クールモア所有のマスターオブザホースは、一昨年の英オークス・愛オークス・ヨークシャーオークスを勝ったアレクサンドローヴァの全弟であり、前走の未勝利リステッド競走を4馬身半差で快勝してきた。マスターオブザホースが単勝オッズ2.375倍の1番人気、本馬が単勝オッズ2.75倍の2番人気という一騎打ちムードだった。
スタートが切られると本馬はすかさず好位につけ、マスターオブザホースは後方からレースを進めた。先行した単勝オッズ11倍の4番人気馬ムーラヤンが残り2ハロン地点で先頭に立つと、そこに本馬と単勝オッズ13倍の5番人気馬リチャージが並びかけ、さらに後方からはマスターオブザホースもやって来て大激戦となった。しかし残り1ハロン地点で先頭に立った本馬が他馬勢の追撃を抑えて、2着ムーラヤン(後に豪州に移籍してGⅠ競走シドニーCに勝利)に半馬身差、3着マスターオブザホースにさらに短頭差をつけて勝利した。2歳時の成績は3戦2勝だった。
競走生活(3歳前半)
3歳時は英2000ギニーを当面の目標とした。しかし母アーバンシーが出産時の事故により20歳で他界した2週間後の3月17日にウイルス性感染症に罹患して熱発し、調教を2週間ほど休むというアクシデントがあった。そのため前哨戦を使うことは出来なかったが、英2000ギニーの1週間前調教で優れた動きを披露したため、ぶっつけ本番ながらも英2000ギニー(英GⅠ・T8F)に参戦した。本馬の父はマイラーのケープクロスであり、本馬自身もスタミナよりもスピードに優れた馬だったため、英2000ギニーだけは逃したくなかったと陣営はレース後に語っている。
対戦相手は、愛フェニックスS・愛ナショナルS・レイルウェイSを制して前年のカルティエ賞最優秀2歳牡馬に選ばれていたクールモア所有のマスタークラフツマン、クレイヴンSを快勝してきたゴドルフィン所有のデレゲーター、タイロスSを勝っていたリップヴァンウィンクル、ホーリスヒルS勝ち馬エヴァシヴ、前年6月の未勝利戦でマスターオブザホースを3馬身差の2着に破っていたガリレオ産駒の期待馬ガンアムラス、ミルリーフS勝ち馬でデューハーストS2着のロードシャナキル、タタソールS勝ち馬アシャラム、ゴフスミリオン勝ち馬でロイヤルロッジS・グリーナムS2着のシティスケープなどだった。
有力馬の多くが3歳初戦だったため、前哨戦で強い勝ち方をしたデレゲーターが単勝オッズ4倍の1番人気に支持され、デューハーストS7着以来半年ぶりの実戦となるリップヴァンウィンクルが単勝オッズ5.5倍の2番人気、ホーリスヒルS以来半年ぶりの実戦ながらもGⅠ競走3勝の名牝イーストオブザムーンの孫(つまりミエスクの曾孫)という血統が評価されたエヴァシヴが単勝オッズ7.5倍の3番人気、ジャンリュックラガルデール賞4着以来7か月ぶりの実戦となるマスタークラフツマンが単勝オッズ8倍の4番人気、ゴフスミリオン2着以来8か月ぶりの実戦となるガンアムラスが単勝オッズ8.5倍の5番人気、7か月ぶりの実戦となる本馬が病み上がりという点も割り引かれて単勝オッズ9倍の6番人気となった。
スタートが切られるとエヴァシヴが先頭に立ち ガンアムラスが先行、本馬やマスタークラフツマンは馬群の中団、デレゲーターやリップヴァンウィンクルは後方からレースを進めた。出走馬が多いと馬群が2つか3つに分かれることが多い同競走だが、この年は出走全馬が一団となって進んだ。残り2ハロン地点でキネーン騎手が仕掛けると本馬はすぐさま反応して、先頭を行くエヴァシヴを目掛けて加速していった。そして残り1ハロン地点でエヴァシヴやガンアムラスを抜き去ったところで、後方から追い上げて先に先頭に立っていたデレゲーターと横並びになり、ここから叩き合いが始まった。2頭の競り合いは数秒間続いたが、最後は本馬が付き抜けて、2着デレゲーターに1馬身半差、3着ガンアムラスにさらに3/4馬身差をつけて優勝した。
次走は英ダービー(英GⅠ・T12F)となった。対戦相手は前走3着のガンアムラス、同4着のリップヴァンウィンクル、クリテリウムドサンクルー・バリサックスS・デリンズタウンスタッドダービートライアルSなど4戦全勝だったフェイムアンドグローリー、本馬が4着に敗れた未勝利戦で2着した馬でもあるダンテS勝ち馬ブラックベアアイランド、チェスターヴァーズを勝ってきたゴールデンソード、レーシングポストトロフィー勝ち馬クラウデッドハウス、レーシングポストトロフィーで11着と惨敗するもチェスターヴァーズで2着と巻き返してきたマスターオブザホース、リングフィールドダービートライアルSを勝ってきたエイジオブアクエリアス、オータムS勝ち馬カイトウッド、チェスターヴァーズ3着馬で後のアーリントンミリオンS勝ち馬ドビュッシーなどだった。リップヴァンウィンクル、フェイムアンドグローリー、ブラックベアアイランド、ゴールデンソード、マスターオブザホース、エイジオブアクエリアスの6頭がクールモア所有馬で、クールモアの専属調教師エイダン・オブライエン師は必勝体制を敷いていた。
サドラーズウェルズ産駒の兄ガリレオと異なり、マイラーだったケープクロスを父に持つ本馬は悪名高いエプソム競馬場の12ハロンを克服するにはスタミナが不足しているのではと囁かれており、単勝オッズ3.75倍の2番人気。凱旋門賞馬モンジューを父に、英ダービー馬シャーリーハイツを母父に持つために距離不安が少なかったフェイムアンドグローリーが単勝オッズ3.25倍の1番人気で、ガリレオ産駒ながら母系面で距離不安があったリップヴァンウィンクルが単勝オッズ7倍の3番人気、ブラックベアアイランドが単勝オッズ8倍の4番人気、ガンアムラスが単勝オッズ9倍の5番人気となった。
スタートが切られるとゴールデンソードが逃げを打ち、本馬は内側好位、フェイムアンドグローリーがその直後につけ、リップヴァンウィンクルやガンアムラスは中団、ブラックベアアイランドやマスターオブザホースは最後方につけた。ゴールデンソードが快調に先頭を飛ばす態勢のままでレースが進行し、本馬は4番手で直線に入ってくると、残り3ハロン地点からスパートを開始。先頭で粘っていたゴールデンソードを残り1ハロン地点で一気に抜き去った。後方からは5番手で直線に入ってきたフェイムアンドグローリー、リップヴァンウィンクル、マスターオブザホースの3頭が追い上げてきたが、いずれも本馬の影を踏むことは出来なかった。2着フェイムアンドグローリーに1馬身3/4差、3着マスターオブザホースにさらに首差をつけた本馬が優勝(2~5着馬は全てクールモア所有馬だった)し、ガリレオとの兄弟制覇を果たすと同時に、1989年のナシュワン以来20年ぶりに英2000ギニー・英ダービーのダブル制覇を果たした。
この約2週間後に50歳の誕生日を迎えるキネーン騎手は「私達の走りはまるでスローモーションのように容易であり、最初から最後まで危ないところも慌てるところもありませんでした」と語った。
ちなみに英2000ギニー・英ダービーを勝ったという事は、秋の英セントレジャーを勝てば英国三冠馬になれるわけだが、オックス師はレース後に「英国三冠馬を目指す可能性はまずありません」と英セントレジャー出走を否定した。
次走は愛ダービーが予定されていたが、レース2日前に降った大雨により馬場状態が悪化した事を理由に回避。本馬不在の愛ダービーはフェイムアンドグローリーが2着となった英ダービー5着馬ゴールデンソードに5馬身差をつけて圧勝しており、これで本馬の評価もますます上がることになった。
一方の本馬はエクリプスS(英GⅠ・T10F7Y)に参戦した。対戦相手は、前走で本馬から2馬身差の4着だったリップヴァンウィンクル、前年の英セントレジャーとBCターフを連勝してエクリプス賞最優秀芝牡馬に選ばれていたコンデュイット、前走ブリガディアジェラードSでコンデュイットを2着に破っていた前年の伊ダービー馬チマデトリオンフ、ユジェーヌアダム賞勝ち馬で英チャンピオンS2着のトゥワイスオーヴァーなどだった。英2000ギニーと英ダービーを両方勝ったという事で距離的にはここがベストと言われていた本馬が単勝オッズ1.57倍という断然の1番人気に支持され、ここでは距離が短いと言われていたコンデュイットが単勝オッズ5.5倍の2番人気、リップヴァンウィンクルが単勝オッズ6.5倍の3番人気、チマデトリオンフが単勝オッズ12倍の4番人気、トゥワイスオーヴァーが単勝オッズ15倍の5番人気、他の出走馬5頭は全て単勝オッズ51倍以上の人気薄だった。
スタートが切られると単勝オッズ201倍の最低人気馬コーニッシュが同厩馬リップヴァンウィンクルのペースメーカー役として先頭を引っ張り、2~4番手も全て人気薄の馬だった。好スタートを切った本馬は徐々に下げて馬群の中団5番手に落ち着き、トゥワイスオーヴァー、コンデュイット、リップヴァンウィンクル、チマデトリオンフといった本馬以外の有力馬勢は本馬をマークするようにその後方からレースを進めた。残り3ハロン地点で本馬が進出を開始し、先頭に代わっていたラングシャイニングを残り2ハロン地点でかわして先頭に立った。本馬をマークしていた有力馬勢も本馬を追ってスパートしていたが、殆どは本馬から徐々に離されていき、唯一本馬を追撃してきたのはリップヴァンウィンクルだった。そして残り1ハロン地点でリップヴァンウィンクルが本馬に並びかけてきて叩き合いとなった。しかし本馬にはまだ余裕があり、リップヴァンウィンクルを前に出させることは無かった。2着リップヴァンウィンクルに1馬身差、3着コンデュイットにはさらに4馬身半差をつけた本馬が優勝。英2000ギニー・英ダービー・エクリプスSの3競走を制覇したのも20年前のナシュワン以来だった。
競走生活(3歳後半)
夏場も休まず10ハロン路線を進み、8月の英国際S(英GⅠ・T10F88Y)に出走した。対戦相手は3頭いたが全てクールモアの所有馬であり、うち2頭はペースメーカー役だったから、事実上は本馬と、英2000ギニー5着後に愛2000ギニー・セントジェームズパレスSを連勝してきたマスタークラフツマンによるマッチレースだった。本馬が単勝オッズ1.25倍の1番人気、マスタークラフツマンが単勝オッズ4倍の2番人気となった。
スタートが切られると、ジョージバーナードショーと、エクリプスSでも逃げたコーニッシュの2頭が先頭を引っ張り、マスタークラフツマンがその2頭を見るように少し離れた3番手につけ、本馬はその直後、つまり最後方につけた。残り3ハロン地点でマスタークラフツマンが仕掛けて先頭に立つと本馬もそれを追ってスパート。残り2ハロン地点ではマスタークラフツマンと本馬の差はなかなか縮まらなかったが、残り1ハロン地点で一瞬の切れを発揮した本馬がマスタークラフツマンをあっさりと抜き去り、1馬身差をつけて勝利した。勝ちタイム2分05秒29はコースレコードだった。
次走は9月の次走の愛チャンピオンS(愛GⅠ・T10F)となった。本馬が3歳時に地元愛国で走るのはこれが最初で最後であり、レパーズタウン競馬場には大観衆が詰め掛けていた。対戦相手は、マスタークラフツマン、愛ダービーから直行してきたフェイムアンドグローリー、タタソールズ金杯・ロイヤルホイップS勝ち馬で前年の英ダービー3着・愛ダービー2着馬カジュアルコンクェストなど8頭だった。本馬のデビュー戦以外では所有馬が悉く本馬の前に敗れ去っていた(デビュー戦にしても所有馬がレースを勝ったわけではない)ためなんとしても一矢報いたかったクールモアとオブライエン師はこのレースにマスタークラフツマンやフェイムアンドグローリーなど合計5頭を出走させていた。本馬が単勝オッズ1.67倍の1番人気、フェイムアンドグローリーが単勝オッズ3.25倍の2番人気、マスタークラフツマンが単勝オッズ7倍の3番人気、カジュアルコンクェストが単勝オッズ17倍の4番人気で、他の出走馬5頭は全て単勝オッズ101倍以上だった。
スタートが切られると今回もペースメーカー役として参戦していたコーニッシュが先頭に立ち、本馬は馬群の中団5~6番手につけた。マスタークラフツマンは本馬より前の3~4番手、フェイムアンドグローリーは本馬より後方の7番手であり、2頭が本馬を前後に挟むようにして走っていた。残り3ハロン地点でマスタークラフツマンが仕掛けると本馬もそれを追ってスパートしようとしたが、ここでフェイムアンドグローリーが本馬の外側をまくって一気に進出していった。そして直線に入ると、先頭のマスタークラフツマン、2番手のフェイムアンドグローリー、3番手の本馬による三つ巴の戦いになるかと思われた。しかしフェイムアンドグローリーがマスタークラフツマンをかわして先頭に立った次の瞬間、外側から来た本馬が残り1ハロン地点で並ぶ間もなくフェイムアンドグローリーを抜き去った。2着フェイムアンドグローリーに2馬身半差、3着マスタークラフツマンにもさらに2馬身半差をつけた本馬が完勝を収めた。
フェイムアンドグローリーの走り方等を見ると、このレースでクールモアが出走させた馬の騎手達にオブライエン師は念入りに打倒本馬の作戦指示を出していたと思われるが、名伯楽オブライエン師の作戦でも本馬の強さの前にはまったく通用しなかった。
その後はこのまま10ハロン路線を進み英チャンピオンSに出走するか、兄ガリレオが不参戦だった凱旋門賞に母子制覇を目指して出走するかで陣営は判断を迫られたが、最終的には凱旋門賞(仏GⅠ・T2400m)に参戦した。対戦相手は、サンタラリ賞・仏オークス・ヴェルメイユ賞など6戦全勝の成績を誇り、前年に7戦無敗で凱旋門賞を制したザルカヴァに続く3歳牝馬による無敗制覇を目指していたスタセリタ、エクリプスS3着後に出走したキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスSを快勝してきたコンデュイット、6戦無敗で迎えた前年の凱旋門賞で5着に終わった雪辱を期する仏ダービー・ガネー賞・プリンスオブウェールズSなどの勝ち馬ヴィジョンデタ、パリ大賞・ニエル賞を連勝してきた上がり馬カヴァルリーマン、2年連続凱旋門賞2着で3度目の正直を目指すオイロパ賞・サンクルー大賞勝ち馬ユームザイン、それと同じく凱旋門賞3度目の出走となるドイツ賞・バーデン大賞・ケルゴルレイ賞・ジョッキークラブS・ドーヴィル大賞の勝ち馬ゲッタウェイ、プリティポリーS・ヨークシャーオークス勝ち馬ダーレミ、ブラジルのGⅠ競走ラティーノアメリカーノジョッキークラブ協会大賞を5馬身差で勝っていたホットシックスなどであり、意地でも本馬を倒したいクールモアもフェイムアンドグローリーを差し向けてきた。
本馬が単勝オッズ1.67倍の1番人気、フェイムアンドグローリーが単勝オッズ7倍の2番人気、コンデュイットが単勝オッズ9倍の3番人気、カヴァルリーマンが単勝オッズ13倍の4番人気、ヴィジョンデタが単勝オッズ15倍の5番人気で、前走のヴェルメイユ賞が1位入線馬ダーレミの降着による繰り上がり勝利だったスタセリタは単勝オッズ21倍の7番人気だった。
スタートが切られると真っ先にゲートを飛び出したのは本馬であり、そのまましばらくは先行した。しかしスタートが良すぎたためか首を上下に振って行きたがる素振りを見せたため、キネーン騎手は本馬を馬群の内側に入れて必死で抑えた。そのために本馬の位置取りはスタート後200m地点から徐々に下がって馬群の中団8~9番手まで降りてきた。その後は本馬が出るレースに4戦連続クールモアのペースメーカー役として出てきたコーニッシュと、やはりクールモアのペースメーカー役だったグランドデュカルの2頭が後続を大きく引き離して先頭を引っ張り、スタセリタが先行、カヴァルリーマン、ヴィジョンデタ、フェイムアンドグローリーが好位、コンデュイットは本馬と共に中団につけるという展開となった。そのままの態勢で直線に入ると、2頭のペースメーカーがしばらくは先頭を維持していたが、残り400m地点で失速。代わりに3番手で直線に入ってきたスタセリタが先頭に立った。直線入り口9番手だった本馬は馬群の内側にいたのだが、インコースに隙間があり、そこを通って進出していった。そのうち2頭のペースメーカーが本馬の前方でばてて失速してきたため、残り300m地点では少しだけ外側に進路変更して馬群の間を抜けてきた。そして残り200m地点で前を走るスタセリタを一気にかわすと、後方から追い上げてきた2着ユームザインに2馬身差、3着カヴァルリーマンにさらに頭差をつけて優勝した。
英2000ギニー・英ダービー・凱旋門賞を全て制したのは史上初だった(過去にはニジンスキーもミルリーフもダンシングブレーヴも1競走だけ落として失敗している)。また、デトロワとカーネギー母子に続く史上2組目の母子凱旋門賞制覇も達成した。
その後はブリーダーズカップに参戦するのではという噂もあったが、結局は凱旋門賞の9日後に引退種牡馬入りが発表された。3歳時の成績は6戦全勝で、この年のカルティエ賞年度代表馬・最優秀3歳牡馬に選出された。なお、主戦のキネーン騎手は50歳になったこの年を限りに騎手を引退している。
競走馬としての評価
本馬に対しては各方面から「世紀の名馬」であるという賞賛の声が寄せられた。BBCスポーツは本馬を“an all-time great(全時代を通じて最も偉大な馬)”と評した。ワールド・サラブレッド・レースホース・ランキングは本馬に対して136ポンド、英タイムフォーム社は140ポンドのレーティング(愛チャンピオンSのパフォーマンスによる)を与えた。前者は1997年に137ポンドの評価を得たパントレセレブル以降では最高評価で、後者は2000年のドバイミレニアム以来9年ぶり史上11頭目の140ポンド台だった。凱旋門賞勝利後には過去に登場した数々の名馬達(具体的にはリボー、シーバード、ヴェイグリーノーブル、ニジンスキー、ミルリーフ、ダンシングブレーヴ、パントレセレブル、ザルカヴァなどの名前が挙がっていた)と比較して、同一の領域にあるという論調も噴出した。
しかし英タイムフォーム社で長年に渡り競走馬のレーティング評価作業をしていたジョン・ランドール氏(トニー・モリス氏と共に“A Century of Champions”を出版した人物)だけは、本馬を素晴らしい馬と評価しながらも最高の馬ではないとして、過大評価されていると述べた。レーティング評価作業をしてきた彼にとって競走馬の評価対象となるのは「着差」と「対戦相手の強さ」であり、凱旋門賞でユームザイン程度の馬に3.5kgのハンデを貰いながら2馬身しかつけられなかった本馬に関してはそのいずれも最高評価には値しないと考えたようである。
しかし筆者に言わせると、ランドール氏の念頭には競走馬の評価対象となるべき重要な項目が1つ抜けている。それは「最高クラスのレースで勝ち続ける事」である。ある1つのレースだけに的を絞ってそのレースを圧勝した馬と、次々に大競走に出続けてその全てに僅差ながら勝利した馬を比べると、果たしてどちらが偉大なのだろうか。もちろん前者が偉大でないとは言わない。しかし後者がいかに難しいのかをランドール氏は理解していないのではないだろうか。レーティングの評価方法からすれば確かに前者が上位であり、ランドール氏の過去の経歴を考慮すると彼の発言は分からないでもないが、欧州歴代最強馬と言われてきた馬達の中に果たして「英2000ギニー→英ダービー→エクリプスS→英国際S→愛チャンピオンS→凱旋門賞」というようなスケジュールで全勝できた馬が何頭いただろうか。もしかしたら本馬以外にも1頭くらい出来たかもしれないが、多分大半の欧州歴代最強馬はこのスケジュールで全勝は出来なかっただろう(上記に挙げたレースに実際に出て負けている最強馬も少なくない)。かつて凱旋門賞で負けるまでは本馬と似たような日程で勝ち続けた馬としてニジンスキーがいるが、英タイムフォーム社がニジンスキーに与えたレーティングは138ポンドで、確かに超一流の数字ではあるが、140ポンド台の評価を与える事は無かった(その評価にはランドール氏が関わっているはずである)。ニジンスキーは後続にそれほど大きな差をつけて勝つ馬ではなかった(大競走においては愛ダービーの3馬身差が最大)のが一因であると思われる(凱旋門賞で負けた事もあるかもしれないが)。しかしニジンスキー以上に接戦ばかりだったラムタラに134ポンドの評価を与えた際に「ラムタラの強さはレーティングでは測れません」と述べた英タイムフォーム社は、少しは「最高クラスのレースで勝ち続ける事」の難しさを考慮に入れて評価をするようになったからこそ、本馬に140ポンドものレーティングを与えたのではないだろうか。仮にそうだとすれば筆者にとっては喜ばしいことである。
あと、本馬の対戦相手の強さに関して補足しておく。サセックスS・クイーンエリザベスⅡ世S・英国際SとGⅠ競走3勝のリップヴァンウィンクル、愛フェニックスS・愛ナショナルS・愛2000ギニー・セントジェームズパレスSとGⅠ競走4勝のマスタークラフツマン、クリテリウムドサンクルー・愛ダービー・タタソールズ金杯・コロネーションC・アスコット金杯とGⅠ競走5勝のフェイムアンドグローリー、BCターフ2連覇・キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS・英セントレジャーとGⅠ競走4勝のコンデュイットなどが本馬とGⅠ競走で複数回戦っている。いずれも一流の競走成績を残した馬ばかりなのだが、その全てが様々な距離で何度本馬に挑んでもまるで敵わなかったわけであるから、本馬の実力が同時代において群を抜いていた事は疑いようが無く、3歳馬としては欧州歴代最強馬の有力候補である事は間違い無いだろう。
血統
Cape Cross | Green Desert | Danzig | Northern Dancer | Nearctic |
Natalma | ||||
Pas de Nom | Admiral's Voyage | |||
Petitioner | ||||
Foreign Courier | Sir Ivor | Sir Gaylord | ||
Attica | ||||
Courtly Dee | Never Bend | |||
Tulle | ||||
Park Appeal | Ahonoora | Lorenzaccio | Klairon | |
Phoenissa | ||||
Helen Nichols | Martial | |||
Quaker Girl | ||||
Balidaress | Balidar | Will Somers | ||
Violet Bank | ||||
Innocence | シーホーク | |||
Novitiate | ||||
Urban Sea | Miswaki | Mr. Prospector | Raise a Native | Native Dancer |
Raise You | ||||
Gold Digger | Nashua | |||
Sequence | ||||
Hopespringseternal | Buckpasser | Tom Fool | ||
Busanda | ||||
Rose Bower | Princequillo | |||
Lea Lane | ||||
Allegretta | Lombard | Agio | Tantieme | |
Aralia | ||||
Promised Lady | Prince Chevalier | |||
Belle Sauvage | ||||
Anatevka | Espresso | Acropolis | ||
Babylon | ||||
Almyra | Birkhahn | |||
Alameda |
父ケープクロスは当馬の項を参照。
母父ミスワキは当馬の項を参照。
競走馬引退後
競走馬を引退した本馬は愛国ギルタウンスタッドで種牡馬生活を開始した。初年度の種付け料は8万5千愛ポンドに設定された。本馬のところには、世界中から優秀な競争実績・繁殖実績を有する質の高い繁殖牝馬の所有者から交配申し込みが殺到した。本馬の交配予約第1号は1歳年上の凱旋門賞馬ザルカヴァだった。2013年にデビューした初年度産駒の中から英オークスとキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスSを制したタグルーダを筆頭に複数の活躍馬が登場し、種牡馬としては順調なスタートを切ったと言えそうである。
主な産駒一覧
生年 |
産駒名 |
勝ち鞍 |
2011 |
Afternoon Sunlight |
デリンズタウンスタッド1000ギニートライアルS(愛GⅢ) |
2011 |
Casual Smile |
マッチメイカーS(米GⅢ) |
2011 |
My Titania |
ウェルドパークS(愛GⅢ) |
2011 |
Sea the Moon |
独ダービー(独GⅠ)・ウニオンレネン(独GⅡ)・春季3歳賞(独GⅢ) |
2011 |
英オークス(英GⅠ)・キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS(英GⅠ) |
|
2011 |
Vazira |
サンタラリ賞(仏GⅠ)・ヴァントー賞(仏GⅢ) |
2011 |
Zarshana |
ミネルヴ賞(仏GⅢ) |
2012 |
Quasillo |
バーヴァリアンクラシック(独GⅢ) |
2012 |
Storm the Stars |
グレートヴォルティジュールS(英GⅡ) |
2013 |
Cloth of Stars |
シェーヌ賞(仏GⅢ) |