サルサビル

和名:サルサビル

英名:Salsabil

1987年生

鹿毛

父:サドラーズウェルズ

母:フレイムオブタラ

母父:アーティアス

英1000ギニー・英オークスを勝った後に果敢に愛ダービーに挑むと有力牡馬勢を蹴散らして90年ぶりの同競走牝馬優勝を果たす

競走成績:2・3歳時に英仏愛で走り通算成績9戦7勝2着1回

誕生からデビュー前まで

愛国キルカーンスタッドの生産馬で、1歳時にドバイのシェイク・ハムダン殿下により80万ドルで購入された。管理調教師はジョン・ダンロップ師、主戦はウィリー・カーソン騎手が務め、本馬の全競走に騎乗した。

競走生活(2歳時)

2歳9月にノッティンガム競馬場で行われた芝6ハロンの未勝利ステークスでデビュー。単勝オッズ1.8倍という断然の1番人気に支持されると、スタートから先頭争いを演じ、残り2ハロン地点で完全に先頭に立ち、そのまま2着サハラバラディーに3馬身差をつけて楽勝した。

それから18日後に出走したジョックコリアー記念S(T6F)では、前走をさらに上回る(下回る?)単勝オッズ1.44倍という圧倒的な1番人気に支持された。ここでもスタートから先頭争いを演じ、残り1ハロン地点で先頭に立ったのだが、本馬をマークするように追走していた単勝オッズ5倍の2番人気馬フリーアットラスト(BCマイル勝ち馬バラシアの半姉)にゴール前で捕まって短頭差2着と不覚を取った。

渡仏して出走したマルセルブサック賞(仏GⅠ・T1600m)では、モルニ賞・サラマンドル賞で共に牡馬マキャヴェリアンの2着していたカブール賞の勝ち馬キルマジ(日本で走った2代目ヒシマサルの半姉)、オマール賞を勝ってきたマックラ、後の仏1000ギニー馬ハウスプラウドなどが対戦相手となった。キルマジとペースメーカー役のワジナのカップリングが単勝オッズ2.7倍の1番人気に支持され、期待馬リヴデュシュド(仏1000ギニー・サンタラリ賞・サンクルー大賞を制した名牝リヴァークイーンの孫で、日本の名牝系である薔薇一族の祖ローザネイの1歳年上の半姉に当たる)が単勝オッズ7倍の2番人気、本馬は単勝オッズ7.5倍の3番人気での出走となった。スタートが切られるとワジナが先頭に立ち、本馬はキルマジと並ぶように好位を追走した。そして6番手で直線に入ると、キルマジを置き去りにして豪快な末脚を繰り出し、残り200m地点で先頭に立つと、2着ハウスプラウドに2馬身差をつけて快勝。2歳時の成績は3戦2勝となった。

競走生活(3歳前半)

3歳時は4月にニューベリー競馬場で行われたフレッドダーリンS(英GⅢ・T7F60Y)から始動した。このレースには、チェヴァリーパークS・ロウザーS・クイーンメアリーSの勝ち馬デッドサーテン、モイグレアスタッドS・チェリーヒントンSの勝ち馬チャイムズオブフリーダムという、英1000ギニーでも有力視されていた2頭を含む7頭が対戦相手となった。デッドサーテンが単勝オッズ3.25倍の1番人気、チャイムズオブフリーダムが単勝オッズ3.5倍の2番人気、本馬が単勝オッズ3.75倍の3番人気と、人気はこの3頭でほぼ三分割された。

スタートが切られると、デッドサーテンが先頭を飛ばし、本馬は5番手追走、チャイムズオブフリーダムはその後方につけた。しかしデッドサーテンは残り2ハロン地点から大失速。そして入れ代わりに先頭に踊り出たのは本馬だった。後はそのまま後続を引き離し続け、2着に粘ったモールコームSの勝ち馬で単勝オッズ21倍の4番人気だったハウンティングビューティーに6馬身差をつけて圧勝。デッドサーテンは8着最下位、チャイムズオブフリーダムも4着と、他の有力馬2頭は冴えない結果に終わり、これで本馬が英1000ギニーの最有力候補となった。

本番の英1000ギニー(英GⅠ・T8F)では、ネルグウィンSを勝ってきた2戦2勝馬ハートオブジョイ(日本でスプリンターズSを勝ったマイネルラヴの母)、ロックフェルSを勝ってきたネグリジェント、ネルグウィンS2着のインザグルーヴ、ネルグウィンS3着のハスバー、ジョックコリアー記念Sで本馬に黒星を付けたフリーアットラストなどが対戦相手となった。本馬が単勝オッズ2.5倍の1番人気に支持され、ハートオブジョイが単勝オッズ5倍の2番人気、ネグリジェントが単勝オッズ6.5倍の3番人気となった。

スタートが切られると、フレッドダーリンSで6着だった単勝オッズ101倍の最低人気馬レイクランドビューティーが先頭に立ち、ハートオブジョイなどがそれを追走。本馬はスタート直後から後方2番手を追走した。やがて外側を通って位置取りを上げると、残り2ハロン地点で先頭のハートオブジョイに並びかけた。そしてゴールまでの長く壮絶な叩き合いを制して優勝。ハートオブジョイを3/4馬身差の2着に、ネグリジェントを5馬身差の3着に退けての勝利だった。

次走の英オークス(英GⅠ・T12F)では、英1000ギニー8着後にムシドラS・愛1000ギニーを連勝してきたインザグルーヴ、ウィリアムヒルフィリーズトライアルSの勝ち馬で後にガネー賞・メルセデスベンツ大賞・ナッソーS・サンチャリオットSなどを勝つカルタジャナ(中山グランドジャンプ3連覇のカラジの半姉)、仏1000ギニー3着馬グハラム、メイヒルSとリングフィールドオークストライアルSでいずれも2着のナイツバロネス、グラデュエーションSを12馬身差で圧勝してきたアヘッドなどが対戦相手となった。本馬が単勝オッズ3倍の1番人気に支持され、インザグルーヴが単勝オッズ3.125倍の2番人気、カルタジャナが単勝オッズ4.5倍の3番人気だった。

レースは堅良馬場だった英1000ギニーよりも湿った馬場(稍重馬場)で行われ、スタミナ温存を考慮したカーソン騎手は、慎重に本馬を後方から進めさせた。そして徐々に位置取りを上げて、アヘッド、ナイツバロネスに次ぐ3番手で直線を向いた。直線に入ってしばらくは前を走るアヘッドに進路を塞がれて抜け出せなかったが、外側に持ち出すと、ナイツバロネスと外側から来た単勝オッズ51倍の最低人気馬ゲームプランの間をすり抜けて先頭に踊り出た。そしてカーソン騎手が追い始めると後続をどんどん引き離し、2着となったゲームプランに5馬身差をつけて圧勝。英1000ギニー・英オークスのダブル制覇は、1986年のミッドウェイレディ以来4年ぶりだった。

通常であれば次走は愛オークスとなるところだが、陣営は本馬を果敢に愛ダービー(愛GⅠ・T12F)に向かわせた。愛ダービーは愛国内の地域競走時代だった19世紀には牝馬が勝つことがしばしばあった(8頭が勝っている)が、愛国だけでなく英国や仏国の有力牡馬も参戦してくるようになってから牝馬が勝つ事は無くなり、1900年のガリナリアを最後に90年間も牝馬の優勝馬は出ていなかった。

このレースは英ダービー馬クエストフォーフェイムとの、英ダービー馬と英オークス馬の対決となった。英ダービー馬の貫禄でクエストフォーフェイムが単勝オッズ2.25倍の1番人気に支持され、本馬は単勝オッズ3.75倍の2番人気となった。他の出走馬は、英ダービーを怪我で回避したがチェスターヴァーズなど3戦無敗のベルメッツ、英ダービー2着馬ブルースタッグ、英ダービー4着馬カヒール、名馬ウォーニングの半弟ディプロイなどだった。

レースはディプロイが先頭を引っ張り、本馬は前を行くクエストフォーフェイムを見るように、馬群の中団後方内側をロス無く追走した。そのうちクエストフォーフェイムが上がっていくと、本馬もそれを追って上がって行き、3番手で直線を向いた。しばらくはディプロイの直後でクエストフォーフェイムと併走していたが、やがてディプロイが二の脚を使って伸び始めると、クエストフォーフェイムを置き去りにして前を行くディプロイを追撃。残り1ハロン地点でディプロイに並びかけると、叩き合いを3/4馬身差で制して優勝し、牝馬としては20世紀になって初めての愛ダービー馬となった。

この後、本馬が英オークスで破ったナイツバロネスが愛オークスを、愛ダービーで破ったベルメッツがキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDSを勝ったため、本馬の評価はさらに上昇した。

競走生活(3歳後半)

夏場を休養に充てた本馬は、秋は英セントレジャーで英国牝馬三冠を目指さずに、凱旋門賞を目標として同コースのヴェルメイユ賞(仏GⅠ・T2400m)から始動した。ミネルヴ賞の勝ち馬でヨークシャーオークス3着のワジド(名牝ダリアの娘で、英セントレジャー馬ネダウィの母)、サンタラリ賞・ペネロープ賞の勝ち馬で仏オークス3着のエアデリーン、マルレ賞・ロワイヨモン賞など3戦無敗のミスアレッジド、英オークス4着後に英国際Sを勝ってきたインザグルーヴなどを抑えて、単勝オッズ1.4倍という断然の1番人気に支持された。スタートが切られると、ワジド陣営が用意したペースメーカー役のラベールフランスが先頭に立った。本馬は道中で好位を追走し、4番手で直線に入ると、残り300m地点で堂々と先頭に立った。しかしさらに後方から来たミスアレッジドにゴール前で詰め寄られ、カーソン騎手が必死に追って何とか首差凌いで勝利するという内容だった。

そして迎えた本番の凱旋門賞(仏GⅠ・T2400m)では、キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDS・グレートヴォルティジュールSを連勝してきたベルメッツ、コロネーションC・サンクルー大賞・フォワ賞を勝ってきたインザウイングス、リュパン賞・グレフュール賞・ニエル賞の勝ち馬で仏ダービー2着のエペルヴィエブルー、英セントレジャー馬スナージ、前走3着のインザグルーヴ、ヨークシャーオークス・リブルスデールSを勝ち英セントレジャーで2着してきたヘレニック、パリ大賞・プランスドランジュ賞の勝ち馬ソーマレズ、伊ジョッキークラブ大賞・ハードウィックS2回・セプテンバーSの勝ち馬でキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDS3着のアサティス、英チャンピオンSの勝ち馬リーガルケースなどが対戦相手となった。ヴェルメイユ賞で今ひとつの走りだったにも関わらず、本馬が1番人気に支持された。スタートが切られると、本馬陣営が用意したペースメーカー役のアルバドルがまずは先頭に立ち、本馬は馬群の中団につけた。そして直線に入ってきたが、ここから伸びずに、先行して勝ったソーマレズから9馬身差をつけられた10着に敗退。このレースを最後に、3歳時6戦5勝の成績で競走馬を引退した。

競走馬としての特徴と馬名に関して

本馬は英1000ギニーを勝つスピードと、英オークスや愛ダービーを勝つスタミナ、そして競り合いを制する闘争心の3拍子が揃っていたばかりでなく、湿った馬場でも勝てる馬力、カーソン騎手に抜群と評された瞬発力、ダンロップ師に非常に調教しやすいと評された気性の良さ、ついでに額に流星が走った美貌(これは単に筆者の好みの問題)も兼ね備えており、1990年代の欧州競馬を代表する名牝であると言える。

馬名はアラビア語で「イスラム教の楽園の春」という意味である。

血統

Sadler's Wells Northern Dancer Nearctic Nearco Pharos
Nogara
Lady Angela Hyperion
Sister Sarah
Natalma Native Dancer Polynesian
Geisha
Almahmoud Mahmoud
Arbitrator
Fairy Bridge Bold Reason Hail to Reason Turn-to
Nothirdchance
Lalun Djeddah
Be Faithful
Special Forli Aristophanes
Trevisa
Thong Nantallah
Rough Shod
Flame of Tara アーティアス Round Table Princequillo Prince Rose
Cosquilla
Knight's Daughter Sir Cosmo
Feola
Stylish Pattern My Babu Djebel
Perfume
Sunset Gun Hyperion
Ace of Spades
Welsh Flame Welsh Pageant Tudor Melody Tudor Minstrel
Matelda
Picture Light Court Martial
Queen of Light
Electric Flash Crepello Donatello
Crepuscule
Lightning Hyperion
Chenille

サドラーズウェルズは当馬の項を参照。1990年に最初の英愛首位種牡馬に輝いているが、この年における最大の功労馬が本馬である。

母フレイムオブタラは、現役成績21戦8勝。コロネーションS(英GⅡ)・プリティポリーS(愛GⅡ)を勝ち、英チャンピオンS(英GⅠ)で2着した実力馬。繁殖牝馬としてもかなりの成功を収めており、2005年に25歳で他界するまでの間に13頭の子を産み、そのうち本馬を含めて12頭が勝ち上がり馬(ステークスウイナーは5頭)となっている。その中には、本馬の半弟マルジュ(父ラストタイクーン)【セントジェームズパレスS(英GⅠ)・クレイヴンS(英GⅢ)・2着英ダービー(英GⅠ)】、半妹ダンスロワイヤル(父カーリアン)【プシシェ賞(仏GⅢ)】、半弟フレイムオブアセンズ(父ロイヤルアカデミー)【レイルウェイS(愛GⅢ)】などがいる。本馬の全姉ニアークティックフレイムの子にはブラッシングフレイム【カラーC(愛GⅢ)】が、全妹スピリットオブタラの子にはエコーオブライト【ダニエルウィルデンシュタイン賞(仏GⅡ)・サマーマイルS(英GⅢ)・ストレンソールS(英GⅢ)2回・ゴントービロン賞(仏GⅢ)】が、半妹ローズオブタラ(父ジェネラス)の子にはエッセンシャルエッジ【カナディアンS(加GⅡ)】がいる。

フレイムオブタラの半姉フルーション(父ラインゴールド)の子にはノーザンスパー【BCターフ(米GⅠ)・オークツリー招待H(米GⅠ)】が、半妹ウェルシュラヴ(父エラマナムー)の子にはセカンドエンパイア【仏グランクリテリウム(仏GⅠ)】がいる。フレイムオブタラの祖母エレクトリックフラッシュの半兄には本邦輸入種牡馬でもある英ダービー馬パーシアがおり、エレクトリックフラッシュの母ライトニングの半弟には英セントレジャー・キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスSの勝ち馬アルサイドがいる。ライトニングの曾祖母アロエは世界的名牝系の祖として知られており、その牝系子孫からは活躍馬が多数出ている。→牝系:F2号族②

母父アーティアスはラウンドテーブルの直子で、現役成績は7戦3勝。エクリプスS(英GⅠ)のコースレコード勝ちに加えて、サセックスS(英GⅠ)・サンダウンクラシックトライアルS(英GⅢ)に勝ち、仏ダービー(仏GⅠ)やベンソン&ヘッジズ金杯(英GⅠ)で2着している。引退後は欧州で種牡馬入りして、10歳時に日本に輸入された。種牡馬成績は欧州・日本のいずれも今ひとつだった。

競走馬引退後

競走馬を引退した本馬はハムダン殿下が所有する英国シャドウェルスタッドで繁殖入りした。しかし1996年10月に結腸癌のために9歳の若さで安楽死の措置が執られ、シャドウェルスタッドに埋葬された。後にシャドウェルスタッドは本馬の功績を記念して牧場の区画の一部をサルサビルスタッドと命名している。

本馬は5年間の繁殖生活で5頭の子を産んだ。そのうち4頭が勝ち上がり、うち2番子の牝駒ビントサルサビル(父ナシュワン)【ロックフェルS(英GⅢ)】、3番子の牡駒シャム(父ミスタープロスペクター)【ニッカーボッカーH(米GⅢ)】、5番子の牝駒アラバク(父リヴァーマン)【プレミオバグッタ賞(伊GⅢ)】の3頭がグループ競走又はグレード競走の勝ち馬となっている。シャムは種牡馬としてサンチャリオットSを3連覇したサプレザなどを出している。また、本馬の4番子の牝駒ムハバ(父ミスタープロスペクター)の孫にはクァラーバ【ロバートJフランケルS(米GⅢ)】がおり、本馬の牝系を維持している。

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