ムトト

和名:ムトト

英名:Mtoto

1983年生

鹿毛

父:バステッド

母:アマザー

母父:ミンシオ

ダンシングブレーヴに匹敵する瞬発力でエクリプスS2連覇・キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDSなどを制した高速ステイヤー

競走成績:2~5歳時に英仏で走り通算成績17戦8勝2着4回3着1回(出走したが無効となったレース1戦を除く)

誕生からデビュー前まで

英国の馬産家ジョン・L・ムーア氏により生産された英国産馬で、1歳時にドバイの王族アーメド・アル・マクトゥーム氏(シェイク・ハムダン殿下やシェイク・モハメド殿下の末弟)により11万ギニーで購入され、1983年に開業したばかりの英国アレック・スチュワート調教師に預けられた。主戦はスチュワート厩舎の主戦騎手だったマイケル・ロバーツ騎手が務めた。デビュー当初の本馬はかなり頑固な性格だったらしくスチュワート師やロバーツ騎手を悩ませたが、スチュワート師は本馬の才能に注目しており、辛抱強く育成していった。

競走生活(2・3歳時)

2歳8月にヨーク競馬場で行われたファミリーリゾートS(T7F)でデビューし、勝ったクイーンズソルジャーから3馬身差の3着。この後に脚を骨折してしまい、2歳時の出走はこの1戦のみとなった。

3歳5月にサンダウンパーク競馬場で行われた芝10ハロンの未勝利ステークスで復帰するが2着に敗退。翌月にヘイドックパーク競馬場で行われた芝10.5ハロンの未勝利戦を2馬身差で勝ち上がった。初勝利の9日後にはキングエドワードⅦ世S(英GⅢ・T12F)に出走したが、ロイヤルロッジSの勝ち馬で次走の愛ダービーで2着するボノミーや、後にグレートヴォルティジュールSを勝つニスナスなどに屈して、ボノミーの5着に敗れた。

次走は7月のコンウェイS(T11F110Y)となり、マジックスリッパーの1馬身差2着。8月のアンディキャップH(T9F)では、マイジェネレーションの2馬身差2着と、2戦連続で好走した。

そして9月には突如クイーンエリザベスⅡ世S(英GⅡ・T8F)に出走。セントジェームズパレスS・英シャンペンS・コヴェントリーSの勝ち馬でデューハーストS3着のシュアブレード、一昨年の同競走の勝ち馬でバドワイザーミリオン・愛国際S2回・デズモンドS・クインシー賞も勝ち前年の同競走で2着していたテレプロンプター、伊国のGⅠ競走エミリオトゥラティ賞やホーリスヒルS・チャレンジSを勝ちジャックルマロワ賞で3着してきたエフィシオなどマイル路線の有力馬達が対戦相手となった。そして結果も勝ったシュアブレードから5馬身差をつけられ、7頭立ての4着に敗れた。それでも1勝馬の身であり、しかも本馬のその後の競走実績や血統背景から、さすがにマイル戦はやや忙し過ぎたと思われるため、まだ頑張った部類に入るとは思われる。3歳時はこれが最後のレースとなり、この年の成績は6戦1勝に終わった。

競走生活(4歳時)

4歳時は5月のブリガディアジェラードS(英GⅢ・T10F)から始動した。前年の英セントレジャー馬ムーンマッドネス、そのムーンマッドネスを3着に破ったオイロパ賞の他にゴードンS・ゴードンリチャーズSを勝ち前年のジャパンCで2着していたアレミロードなどが対戦相手となり、本馬は単勝オッズ17倍という低評価だった。ところが本馬が2着アレミロードに2馬身半差をつけて勝利した。このレースで本馬はGⅠ競走の勝ち馬2頭から7ポンドのハンデを貰ってはいたが、この勝利をきっかけに本馬の能力は一気に開花する。

次走のプリンスオブウェールズS(英GⅡ・T10F)では、前走より8ポンド重い130ポンドのトップハンデを課せられながらも単勝オッズ4.5倍まで評価を上げた。そしてレースでも、独国から参戦してきたアメリゴヴェスプッチを2馬身半差の2着に、フロール賞の勝ち馬ゲセデをさらに4馬身差の3着に破って完勝した。

続いてエクリプスS(英GⅠ・T10F)に出走した。ここには、ウィリアムヒルフューチュリティS・ダンテS・英ダービーと勝ち進んできたリファレンスポイント、マルセルブサック賞・愛2000ギニー・英チャンピオンS・ガネー賞・コロネーションCとGⅠ競走5勝を挙げていた牡馬顔負けの女傑トリプティク、英2000ギニー2着・英ダービー3着のベロット、コロネーションSを勝ってきた英1000ギニー・愛1000ギニー2着馬ミリグラム、ベレスフォードS・サンダウンクラシックトライアルSの勝ち馬ガルフキングなどが出走してきた。超大物の誉れ高きリファレンスポイントが単勝オッズ2.1倍の1番人気、トリプティクが単勝オッズ3倍の2番人気、ベロットが単勝オッズ6.5倍の3番人気で、本馬は単勝オッズ7倍の4番人気だった。

スタートが切られるとペースメーカー役のメディアスターゲストを差し置いてリファレンスポイントが先頭に立ち、本馬は正反対にスタート後すぐに最後方に下げた。向こう正面で少し位置取りを上げて後方3番手につけると、先頭のリファレンスポイントから4馬身ほど後方で直線に入ってきた。そして内側にいるトリプティクより先に仕掛けてリファレンスポイントを追撃。残り1ハロン半の地点でリファレンスポイントに並びかけて叩き合いに持ち込んだ。2頭の競り合いはしばらく続いたが、残り半ハロン地点で本馬が前に出て、2着リファレンスポイントに3/4馬身差、3着トリプティクにはさらに1馬身半差をつけて勝利。この2頭を撃破した事で、本馬は欧州トップクラスの現役馬として認知された。

その後はキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDSに出走予定だったが、馬場状態悪化を理由に回避した。この時期の本馬は裂蹄に悩まされていたらしく、結局夏場は全休して前哨戦を使わずに凱旋門賞(仏GⅠ・T2400m)に参戦した。エクリプスS2着後にキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDS・グレートヴォルティジュールS・英セントレジャーと3連勝してきたリファレンスポイント、キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDS3着後に英国際S・愛チャンピオンSを勝ってきたトリプティク、仏ダービー馬ナトルーン、リュパン賞・コンデ賞・ギシュ賞・ダフニ賞・プランスドランジュ賞の勝ち馬グルームダンサー、エヴリ大賞・ミネルヴ賞・ロワイヤリュー賞の勝ち馬シャラニヤ、エスペランス賞・ベルトゥー賞・ラクープドメゾンラフィットの勝ち馬タバヤーン、ローマ賞・ハードウィックSの勝ち馬オーバン、ニエル賞の勝ち馬でリュパン賞・仏ダービー2着のトランポリノ、伊共和国大統領賞・ミラノ大賞の勝ち馬で伊ジョッキークラブ大賞・サンクルー大賞2着のトニービンなどが対戦相手となった。リファレンスポイントが単勝オッズ1.73倍の1番人気、ナトルーン、シャラニヤ、タバヤーンの3頭カップリングと、トリプティクが並んで単勝オッズ5倍の2番人気で、本馬は単勝オッズ7倍の4番人気での出走となった。

スタートが切られるとリファレンスポイントが先頭に立ったが、そこへシャラニヤが猛然と競りかけた。シャラニヤを振り切ろうとしたリファレンスポイントが加速したが、シャラニヤがさらに競りかけてきたため超ハイペースでレースは推移。後方待機策を採っていた本馬にとって有利な展開となった。リファレンスポイントは先頭を維持したまま直線に入ってきたが、ここで後方待機馬勢が押し寄せてくると馬群に飲み込まれていった。一方の本馬は大外に持ち出して伸びてきたが、すぐ内側を走っていたトランポリノを始めとする他の後方待機馬勢のほうが脚色は良かった。レースは残り400m地点で突き抜けたトランポリノが、トニービンの追撃を2馬身差で完封して2分26秒3という驚異的コースレコードで勝利。トニービンから3馬身差の3着に内側から伸びたトリプティクが入り、トリプティクを頭差捕らえ切れなかった本馬は4着に終わった。

その後は2週間後の英チャンピオンS(英GⅠ・T10F)に出走した。対戦相手は、連覇を狙うトリプティク、英ダービーでリファレンスポイントの2着だったセレクトSの勝ち馬モストウェルカム、後にガネー賞を2連覇するセントアンドリュースなどだった。レースはトリプティクが勝って2連覇を達成。裂蹄の状態が悪化していたらしい本馬は8着に大敗し、4歳時の成績は5戦3勝となった。

競走生活(5歳前半)

5歳時は5月にグッドウッド競馬場で行われたリステッド競走フェスティヴァルS(T10F)から始動した。それほどの強敵はおらず、骨がある相手は前月のアールオブセフトンSを勝ってきたメディアスターゲストだけだった。132ポンドのトップハンデを課された本馬が単勝オッズ1.57倍の1番人気で、129ポンドのメディアスターゲストが単勝オッズ3倍の2番人気となった。レースでは本馬が2着メディアスターゲストに1馬身差をつけてトップゴールした。ところがこの競走は競馬場側の不手際で出走全馬がコースを間違えて走ってしまっていたため、無効宣言が出され、本馬の5歳初戦は不成立となってしまった。

翌6月にはプリンスオブウェールズS(英GⅡ・T10F)に出走。ギョームドルナノ賞・ロッキンジSの勝ち馬ブロークンハーテッド、遠征先の豪州でタンクレッドSに出走してボーザムの2着して帰還したばかりのダルマイヤー大賞・ブリガディアジェラードSの勝ち馬ハイランドチーフテン、サンダウンクラシックトライアルSの勝ち馬ガリジンの3頭だけが対戦相手となった。134ポンドを課された本馬が単勝オッズ1.53倍の1番人気、132ポンドのブロークンハーテッドが単勝オッズ3.25倍の2番人気、同じく132ポンドのハイランドチーフテンが単勝オッズ11倍の3番人気、115ポンドのガリジンは単勝オッズ34倍の最低人気だった。スタートが切られるとガリジンが先頭に立ち、本馬は相変わらず最後方を進んだ。そして先に先頭に立っていたブロークンハーテッドに残り1ハロン地点で並びかけると、粘るブロークンハーテッドを首差抑えて勝利した。

次走はエクリプスS(英GⅠ・T10F)となった。対戦相手は、前年の英チャンピオンS勝利後に日本で富士Sを勝つも本番のジャパンCでは4着に終わっていたトリプティク、前年のサンタラリ賞・仏オークス・ムシドラSの勝ち馬インディアンスキマー、ブロークンハーテッド、英2000ギニー2着馬チャーマー、ロジャーズ金杯の勝ち馬でデューハーストS2着のシェイディハイツ、前走最下位のガリジン、仏2000ギニー3着馬テイワーフの計7頭だった。本馬が単勝オッズ2.5倍の1番人気、前走コロネーションCを勝ってきたトリプティクが単勝オッズ4倍の2番人気、インディアンスキマーが単勝オッズ5倍の3番人気、ブロークンハーテッドが単勝オッズ7.5倍の4番人気となった。

スタートが切られると単勝オッズ67倍の7番人気馬ガリジンが先頭に立ち、単勝オッズ34倍の6番人気馬シェイディハイツが2番手につけた。トリプティクやインディアンスキマーは馬群の中団につけ、本馬は例によって最後方からレースを進めた。もっとも、基本的に全馬が一団となっており、先頭から最後方までの差はそれほど広がらなかった。そしてレースは直線の瞬発力勝負となった。後方2番手で直線に入ってきた本馬も追い始めたが、ペースが遅かったために前が止まらず、残り2ハロン地点でもまだ後方2番手だった。しかし残り1ハロン半地点から本馬が繰り出した豪脚は凄まじかった。一気にトリプティクやインディアンスキマーを抜き去ると、先頭のシェイディハイツに残り1ハロン地点で襲い掛かった。シェイディハイツもここから素晴らしい粘りを見せて本馬になかなか抜かさせず、2頭の激しい叩き合いが続いた。最後は本馬の末脚がシェイディハイツの粘りを上回り、首差をつけて勝利した(3馬身差の3着にトリプティクが入った)。

これで本馬は、1893年のオーム、1920年のバッカン、1925年のポリフォンテス以来63年ぶり史上4頭目のエクリプスS2連覇を達成した。なお、エクリプスSは創設2回目の1888年から1968年まで5歳以上の馬は出られなかったから、4・5歳で同競走を連覇したのは本馬が初めてである。

競走生活(5歳後半)

次走は、前年出走しなかったキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDS(英GⅠ・T12F)となった。チェスターヴァーズを勝って挑んだ英ダービーでは7着に終わったがその次のプリンセスオブウェールズSを15馬身差で圧勝してきた3歳馬アンフワイン、前年の凱旋門賞2着後に伊ジョッキークラブ大賞・伊共和国大統領賞・ミラノ大賞を勝ち地元伊国内では無敵に近くなっていたトニービン、英2000ギニー・クレイヴンSの勝ち馬で英ダービー3着のドユーン、ホーリスヒルSの勝ち馬で英ダービー2着・愛ダービー3着のグラシアルストーム、ケルゴルレイ賞・ドーヴィル大賞・ジョッキークラブS・ハードウィックSの勝ち馬で後に独国のGⅠ競走アラルポカルを勝って豪州に移籍してコックスプレート・アンダーウッドS・コーフィールドSとGⅠ競走を3勝するアルマーラド、グロット賞の勝ち馬で愛オークス3着のシルバーレーン(日本で活躍したブラックホークの母)、本馬に敗れた前年のブリガディアジェラードS以降にサンクルー大賞・ジェフリーフリアS・カンバーランドロッジS・ヨークシャーCを勝ちバーデン大賞で2着・コロネーションCで3着していたムーンマッドネス、グレフュール賞の勝ち馬でリュパン賞3着のソフトマシーン、パーシーズラス(英ダービー馬サーパーシーの母)の計9頭が対戦相手となった。

プリンセスオブウェールズSの勝ち方が評価されたアンフワインが単勝オッズ3倍の1番人気、本馬が単勝オッズ5倍の2番人気、トニービンが単勝オッズ5.5倍の3番人気、グラシアルストームが単勝オッズ7倍の4番人気、ドユーンが単勝オッズ8倍の5番人気となった。この人気順には、末脚勝負の馬には不利な重馬場だった事も影響しているようである。

スタートが切られると単勝オッズ51倍の8番人気だったムーンマッドネスが逃げを打ち、アンフワインが2番手、本馬とトニービンはいずれも得意の最後方待機策を採った。三角でトニービンが本馬より先に仕掛けて馬群の中に突っ込んでいき、それより一呼吸遅く仕掛けた本馬は外側に持ち出した。直線に入るとムーンマッドネスが失速して、代わりにアンフワインが先頭に立ってそのままゴールを目指した。しかし大外から他馬が止まって見えるほどの勢いで本馬が伸びてきて、残り1ハロン地点で先頭を奪取。そのまま2着アンフワインに2馬身差、3着トニービンにはさらに1馬身半差をつけて勝利した。レース後にロバーツ騎手は、本馬の瞬発力はダンシングブレーヴに劣らないと評価した。

秋は前年に勝てなかった凱旋門賞を目指して、本番3週間前のセレクトS(英GⅢ・T10F)から始動した。135ポンドのトップハンデを課された本馬が単勝オッズ1.25倍の1番人気で、斤量2位の128ポンドだったキングエドワードⅦ世S・ゴードンSの勝ち馬でウィリアムヒルフューチュリティS3着のラヴザグルームが単勝オッズ7倍の2番人気、斤量118ポンドのジャージーS3着馬ハイバーニアンゴールドが単勝オッズ11倍の3番人気だった。本馬は5頭立ての最後方を追走して、直線に入ってから全馬をごぼう抜きにするという十八番戦法で、2着ハイバーニアンゴールドに2馬身半差で快勝。

そして再び凱旋門賞(仏GⅠ・T2400m)に挑んだ。対戦相手は本馬が過去に出走してきたレースの中で断然最多となる23頭だった。その中には、キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDS3着後にいったん伊国に戻ってフェデリコテシオ賞を勝ってきたトニービン、エクリプスS3着後に前走の愛チャンピオンSで3着してきたトリプティク、キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDS2着から直行してきたアンフワイン、キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDS8着後にセプテンバーSでパーシーズラスの2着してきたグラシアルストーム、キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスDS7着馬ソフトマシーンといった既対戦馬の他に、この年の英ダービー・愛ダービー・リングフィールドダービートライアルSを勝っていたカヤージ、前走ニエル賞でカヤージを2着に破ってきた仏グランクリテリウム・パリ大賞の勝ち馬でジャンプラ賞2着のフィジャータンゴ、英オークス・愛オークス・ヨークシャーオークス・フィリーズマイル・チェリーヒントンS・ムシドラSの勝ち馬で英セントレジャー2着・英1000ギニー3着のディミニュエンド、ヴェルメイユ賞・クレオパトル賞の勝ち馬インディアンローズ、サンクルー大賞・コンセイユドパリ賞・アルクール賞・エクスビュリ賞の勝ち馬で前年のBCターフ3着のヴィレッジスター、愛セントレジャー・プリティポリーSを勝ってきたダークロモンド、クリテリウムドサンクルーの勝ち馬ワキリヴァー、ウィリアムヒルフューチュリティSの勝ち馬で仏ダービー3着のエムソン、仏ダービー馬でクリテリウムドサンクルー2着のアワーズアフター、ユジェーヌアダム賞の勝ち馬サーフーブ、ジャンドショードネイ賞の勝ち馬でバーデン大賞3着のボイヤティノ、ポモーヌ賞の勝ち馬でヴェルメイユ賞3着のライトザライツ、リス賞の勝ち馬でサンクルー大賞3着のフランクリーパーフェクト、リス賞・エドヴィル賞の勝ち馬ルースダンサー、ラクープ2連覇のレソトなども含まれていた。

スタートが切られると、アンフワイン陣営が用意したペースメーカー役のポレモスが先頭に立ってハイペースで馬群を牽引。いつもなら最後方待機策を採る本馬も、さすがに24頭立ての多頭数で最後方につけるような真似はせず、いつもより前目、馬群の中団後方につけた。しかし馬群に包まれてしまい、道中で位置取りを上げる事は出来なかった。フォルスストレートでエムソンが先頭に立ち、そのまま直線へ突入して押し切ろうとした。そこへ好位からアンフワインやボイヤティノがやって来てエムソンに襲い掛かっていった。一方の本馬は直線入り口でも後方6番手の位置取りで、しかも前方には他馬の壁が出来ていた。一瞬だけ壁に隙間が出来たのだが、本馬のすぐ前を走っていたトニービンがすかさずそこに入ったため、本馬は行き場を失ってしまい、突き抜けていくトニービンをその真後ろから追撃することになった。残り100m地点でトニービンがボイヤティノやアンフワインを捕らえて先頭に立ったところへ、ようやく本馬がやって来てトニービンを強襲。しかし僅かに首差届かずに2着に敗退した。

鞍上のロバーツ騎手は、位置取りが後ろ過ぎたとして各方面から非難された。その一方で本馬自身は、ゴール前で見せた末脚が素晴らしいものだったために評価が下がることは無かった。不運な敗者であると評されたし、勝ったどのレースよりも負けたこの凱旋門賞のほうが印象に残ったとも言われた。この点においては、2年前の英ダービーで位置取りが後ろ過ぎて2着に敗れたダンシングブレーヴと共通している。この年の凱旋門賞は“one of the largest Arc fields(史上最も層が厚かった凱旋門賞の1つ)”と評されたから、仮に本馬が勝っていたらダンシングブレーヴに匹敵する欧州競馬史上有数の名馬という評価を得ていたかもしれない。本馬は5歳時5戦4勝(無効となったフェスティヴァルSを除く)の成績で引退した。

本馬の馬名は一風変わったものだが、どうしてこの名前になったのかは分からない。日本の資料には、スワヒリ語で「子ども」を意味すると書かれている。“Mtoto”がスワヒリ語で「(単数形の)子ども」という意味であるのは事実だから、おそらくこれが由来ではあるのだろうが、どういう経緯でこの名前が付けられたのかは調べても分からなかった。

血統

Busted Crepello Donatello Blenheim Blandford
Malva
Delleana Clarissimus
Duccia di Buoninsegna
Crepuscule Mieuxce Massine
L'Olivete
Red Sunset Solario
Dulce
Sans le Sou ヴィミー Wild Risk Rialto
Wild Violet
Mimi Black Devil
Mignon
Martial Loan Court Martial Fair Trial
Instantaneous
Loan Portlaw
Borrow
Amazer ミンシオ Relic War Relic Man o'War
Friar's Carse
Bridal Colors Black Toney
Vaila
Merise Le Pacha Biribi
Advertencia
Miraflore Bruleur
Mirabilis
Alzara Alycidon Donatello Blenheim
Delleana
Aurora Hyperion
Rose Red
Zabara Persian Gulf Bahram
Double Life
Samovar Caerleon
Carolina

バステッドは当馬の項を参照。

母アマザーは現役成績7戦1勝。本馬の半妹サヴルーズレディ(父カーリアン)【フィユドレール賞(仏GⅢ)】も産んでいる。アマザーの牝系子孫は比較的発展しており、本馬の半姉セーフヘヴン(父ブレイクニー)の子にはルガナビーチ【プティクヴェール賞(仏GⅢ)・デュークオブヨークS(英GⅢ)】、孫にはザタトリング【キングズスタンドS(英GⅡ)】が、全姉バトンアップの子にはラッフル【ゴントービロン賞(仏GⅢ)】が、サヴルーズレディの孫にはブルーカナリ【仏ダービー(仏GⅠ)】とクエストフォーオナー【グレフュール賞(仏GⅡ)】が、半妹ペタルガール(父カーリアン)の子にはムタマム【加国際S(加GⅠ)・プリンセスオブウェールズS(英GⅡ)・ローズオブランカスターS(英GⅢ)・セレクトS(英GⅢ)・セプテンバーS(英GⅢ)2回・カンバーランドロッジS(英GⅢ)】がいる。アマザーの祖母ザバラは英1000ギニー・チェヴァリーパークS・コロネーションSを勝った名牝で、アマザーの従姉妹にはサーカスプラム【英オークス(英GⅠ)・ヨークシャーオークス(英GⅠ)】がいる。ザバラの半姉サーカシアの牝系子孫にはデザートキングフランケルの名前が見られる。→牝系:F1号族⑥

母父ミンシオはレリック直子で、現役成績14戦7勝。仏2000ギニー・ムーランドロンシャン賞・フォレ賞・サンロマン賞・セーネワーズ賞を勝ち、リュパン賞で2着した名マイラーだった。競走馬引退後は仏国で種牡馬供用され、12歳の時に日本に輸入された。日本でも朝日杯三歳Sの勝ち馬ミホランザンなどを出し、2度の全日本2歳首位種牡馬になった。直系は残っていないが、母系には時々その名が見られる(例えば、英1000ギニー馬ナタゴラの曾祖母の父はミンシオである)。

本馬はブランドフォードの直系という重厚な血筋であり、スタミナタイプという印象が強い。しかしエクリプスSを2連覇している事や、直線の鋭い末脚からして、スタミナだけでなく優れたスピードも有していた。母系はマイラー色が強いから、血統論的には、父方のスタミナと母方の瞬発力を両方受け継いだという形になる。

競走馬引退後

競走馬を引退した本馬は、英国アストンアプソープスタッドで種牡馬入りした。初年度の種付け料は1万8千ポンドに設定された。1996年に4年目産駒のシャーミットが英ダービーを勝利し、その翌年に3年目産駒のセレリックがアスコット金杯を勝利した頃には、かなりの期待が寄せられた。しかし本馬は散発的に大物を出すタイプの種牡馬だったようで、その後はかなり長期間に渡ってGⅠ競走勝ち馬が出なかった。この間の2004年に本馬を管理したスチュワート師が癌のため49歳で死去してしまい、彼と一緒に本馬を育てたロバーツ騎手は大いに悲しんだ。2008年にようやくシリアスアティチュードがチェヴァリーパークSを勝利して3頭目のGⅠ競走勝ち馬となったが、本馬は2006年に種牡馬を引退しており、GⅠ競走勝ち馬は結局3頭に留まった(それでも他に複数のグループ競走勝ち馬を出しており、海外の資料では本馬は成功種牡馬だったと評価されている)。2011年5月に繋養先のアストンアプソープスタッドにおいて28歳で他界した。

代表産駒3頭のうち、シリアスアティチュードは牝馬、セレリックは騙馬なので種牡馬になれず、シャーミットは2001年に本馬より先に他界してしまった。シャーミット産駒唯一のGⅠ競走勝ち馬である英セントレジャー馬ボーリンエリックは種牡馬入りしたが、活躍馬を出せていない。ブランドフォードの系統のうち、バーラムを経由する血統は独国の名種牡馬モンズーンの大活躍でしばらくは安泰だろうが、本馬が属するブレニムを経由する系統の存続は難しそうである(今のところは南米で何とか頑張っている)。

主な産駒一覧

生年

産駒名

勝ち鞍

1992

Cap Juluca

ケンブリッジシャーH

1992

Celeric

アスコット金杯(英GⅠ)・ヨークシャーC(英GⅡ)・ジョッキークラブC(英GⅢ)・サガロS(英GⅢ)・ロンズデールS(英GⅢ)

1992

Presenting

ジェフリーフリアS(英GⅡ)・ゴードンS(英GⅢ)

1993

Arbatax

オカール賞(仏GⅡ)

1993

Shaamit

英ダービー(英GⅠ)

1994

Book at Bedtime

パークヒルS(英GⅢ)

1994

Maylane

セプテンバーS(英GⅢ)

1994

Mousse Glacee

レゼルヴォワ賞(仏GⅢ)

1998

Tarfshi

プリティポリーS(愛GⅡ)

2000

Coroner

オカール賞(仏GⅡ)

2006

Serious Attitude

チェヴァリーパークS(英GⅠ)・ニアークティックS(加GⅠ)・サマーS(英GⅢ)

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