ダホス

和名:ダホス

英名:Da Hoss

1992年生

鹿毛

父:ゴーンウエスト

母:ジョリーセイント

母父:ウェルシュセイント

BCマイル制覇後に故障により長期休養に追い込まれたが2年のブランクを経て2度目のBCマイル復活優勝を果たした米国の奇跡

競走成績:3~6歳時に米加で走り通算成績20戦12勝2着5回3着2回

日本の競馬界における長期休養明けの復活勝利と言えば、1年ぶりのレースとなった有馬記念を勝ったトウカイテイオーの例が真っ先に思い浮かぶのではないだろうか。それでは海外の競馬界における長期休養明けの復活勝利の代表格として知られるのはどんな馬か御存知だろうか。それは本項の主人公ダホスである。日本では不当なほど知名度が低いが、地元米国においては「全時代を通じて最大級の復活劇を果たした馬」として、高い知名度を誇っている。

誕生からデビュー前まで

米国ケンタッキー州ファレスファーム(後に歴史的名馬カーリンを生産することで知られる)の生産馬である。幼少期に蹄に感染症を患い、蹄の骨の4分の1が壊死して失われてしまった。さらに1歳時には、現役時代を通じて悩まされることになる右前脚関節炎をも発症。そんな状態の馬が高く売れるはずもなく、キーンランドセールにおいて本馬についた価格は僅か6千ドルだった。クリフォード・シグセン氏のウォールストリートレーシングステーブルス名義で競走馬となり、シグセン氏と共に本馬を購入したケヴィン・エイクルベリー調教師の管理馬となった。

競走生活(2歳時)

2歳9月にアリゾナ州フェニックスにあるターフパラダイス競馬場で行われたダート5.5ハロンの未勝利戦で、フラヴィオ・マルティネスⅢ世騎手を鞍上にデビュー。単勝オッズ2.3倍の1番人気に支持された。スタートから逃げる単勝オッズ3.2倍の2番人気馬エキゾチックヴァーノンを見るように先行すると、直線に入ってから先頭に立ち、一緒に先行していた単勝オッズ6.9倍の3番人気馬ソーシャライズドメディスンの追撃を1馬身差で封じて勝ち上がった。

翌月のターフパラダイス競馬場ダート6ハロンの一般競走でもマルティネスⅢ世騎手とコンビを組み、単勝オッズ1.8倍の1番人気に支持された。ここでも逃げる単勝オッズ9.2倍の4番人気馬ブッカーイーを見るように先行。直線入り口で先頭に立つと、好位から追い上げてきた単勝オッズ5.5倍の3番人気馬モークリスタルに3馬身差をつけて快勝した。

さらに12日後にはターフパラダイス競馬場でATBAセールスS(D6F)に出走。今回もマルティネスⅢ世騎手とコンビを組み、単勝オッズ1.6倍の1番人気に支持された。今回はスタートから逃げを打ち、向こう正面から徐々に後続との差を広げ始めた。直線でも後続を寄せ付けることはなく、2着となった単勝オッズ5.1倍の2番人気馬モークリスタルに10馬身差をつけて圧勝。勝ちタイム1分07秒2はコースレコードであるばかりでなく、2歳馬としての全米レコードでもあった。2歳時の成績は3戦全勝となった。

競走生活(3歳時)

3歳時は3月にアケダクト競馬場で行われたベストターンS(米GⅢ・D6F)から始動した。ここでは最終的に139戦して23勝を挙げるタフネス馬アングルオブパーシュートが単勝オッズ1.8倍の1番人気に支持されており、マイケル・ルッチ騎手が騎乗する本馬は単勝オッズ3.35倍の2番人気だった。スタートが切られると本馬は即座に先頭に立ち、後続馬を引き付けながら逃げを打った。そのままの態勢で直線に入ってくると二の脚を使ってゴールまで走り抜け、2着に入った単勝オッズ26.5倍の6番人気馬パットンジャックに3馬身差をつける鮮やかな逃げ切り勝ちを決めた。

その3週間後にはゴーサムS(米GⅡ・D8F)に出走した。ナシュアSの勝ち馬でスウェイルS2着のデヴィアスコース、グレイS・スウィンフォードS・コロネーションフューチュリティを勝っていた加国調教馬トーキンマンなどが主な対戦相手となった。ルッチ騎手が騎乗する本馬が単勝オッズ2.6倍の1番人気、デヴィアスコースが単勝オッズ2.7倍の2番人気、トーキンマンが単勝オッズ8.2倍の3番人気となった。スタートが切られると本馬と単勝オッズ59倍の9番人気馬キングスフィクションが先頭争いを開始した。向こう正面でキングスフィクションは後退していったが、4番手を追走していたトーキンマンが代わりに上がってきて、本馬に並びかけてきた。そのまま2頭が争いながら直線に入ってきたが、直線ではトーキンマンが本馬をどんどん引き離していった。本馬は他馬には抜かさせなかったが、勝ったトーキンマンに7馬身差をつけられて2着に敗れた。

本馬より5ポンド斤量が重かったトーキンマンに完敗したために、ケンタッキーダービーは断念となったようで、次走はケンタッキーダービー1週間前にガーデンステート競馬場で行われた芝8ハロンの一般競走となった。初の芝競走ではあったが、チェリーヒルマイルSの勝ち馬シャムフランシスコを抑えて、単勝オッズ1.4倍の1番人気に支持された。ドナルド・ミラー・ジュニア騎手が騎乗する本馬は、単勝オッズ21.8倍の5番人気馬ハウチーフを先に行かせて2番手を追走した。そして直線に入ってから抜け出すと、追い上げてきた単勝オッズ6.7倍の3番人気馬シャムフランシスコを1馬身1/4差の2着に退けて勝利した。

次走はプリークネスS1週間前のイリノイダービー(米GⅡ・D9F)となった。この年にモルソンエクスポートミリオン・メドウランズCHとGⅠ競走を2勝するダービートライアルSの勝ち馬ピークスアンドヴァレーズ、ローレルフューチュリティの勝ち馬でレムセンS2着のウェスタンエコー、ルイジアナダービーの勝ち馬ペションヴィル、ホーリーブルSの勝ち馬でフラミンゴS・レキシントンS2着のロイヤルミッチ、ゴーサムSで3着だったデヴィアスコース、タンパベイダービーの勝ち馬ギャドズークなどの実力馬が出走していた。124ポンドのピークスアンドヴァレーズが単勝オッズ3.2倍の1番人気、117ポンドのウェスタンエコーが単勝オッズ5.3倍の2番人気、124ポンドのペションヴィルが単勝オッズ5.8倍の3番人気、117ポンドのロイヤルミッチが単勝オッズ6.5倍の4番人気で、ギャレット・ゴメス騎手が騎乗する117ポンドの本馬は単勝オッズ8.3倍の5番人気止まりだった。スタートが切られると本馬が先頭を狙ったが、単勝オッズ25.2倍の9番人気馬ギャドズークが競りかけてきて、激しい先頭争いとなった。四角でようやくギャドズークを振り切ったが、ここで後方から来たピークスアンドヴァレーズに差されると、そのまま追いつけずに2馬身差の2着に敗れた。

それから2週間後にはジャージーダービー(米GⅡ・T8.5F)に出走した。後にGⅠ競走マンハッタンHを勝つオプススマイル、ジェネラスS・トロピカルパークダービー3着のクラウディウス、サラナクSで2着してきたクリムゾンガードなどが対戦相手となった。女性騎手ジュリー・クローン騎手が騎乗する本馬が単勝オッズ2.6倍の1番人気に支持され、オプススマイルが単勝オッズ3.9倍の2番人気、クラウディウスが単勝オッズ4.8倍の3番人気、クリムゾンガードが単勝オッズ6.1倍の4番人気となった。スタートが切られると単勝オッズ39.5倍の8番人気馬パラガロズホープが猛然と先頭に立って大逃げを打った。一方の本馬は過去のレースと異なり、馬群の中団好位を追走した。そして向こう正面で2番手まで位置取りを押し上げると、直線に入ってすぐに先頭のパラガロズホープを抜き去り、2着に追い上げてきたクラウディウスに半馬身差をつけて勝利を収めた。

その後は2か月ほど休養し、7月のスワップスS(米GⅡ・D9F)で戦線に復帰した。ここでは、ケンタッキーダービー・ベルモントS・フロリダダービー・レムセンS・ファウンテンオブユースSを勝っていた3歳最強のサンダーガルチ、ハリウッドジュヴェナイルCSS・アファームドHの勝ち馬で後にサンタアニタHを勝利するミスターパープル、アーカンソーダービーの勝ち馬でオハイオダービー2着のダズリングフォールズ、イリノイダービー4着後にオハイオダービーを勝ってきたペションヴィルなどとの対戦となった。126ポンドのサンダーガルチが単勝オッズ1.9倍の1番人気、118ポンドのミスターパープルが単勝オッズ3.3倍の2番人気、122ポンドのダズリングフォールズが単勝オッズ8.1倍の3番人気、118ポンドの本馬が単勝オッズ10.4倍の4番人気となった。レースでは、サンダーガルチが2番手、ミスターパープルが4番手を追走し、クリス・マッキャロン騎手が騎乗する本馬はミスターパープルを見るように中団を追走した。道中でミスターパープルは競走中止。一方の本馬は直線入り口で先頭に立ったサンダーガルチを捕らえににかかったが、直線では逆に離されて、2馬身差の2着に敗れた。サンダーガルチから2馬身差なら健闘した部類に入るだろうが、サンダーガルチからは8ポンドのハンデを貰っていただけに、それほど威張れなかった。

9月のデルマー招待ダービー(米GⅡ・T9F)では、ウィルロジャーズH・シネマHの勝ち馬でアーリントンクラシックS2着のヴィアロンバルディア、オーシャンサイドSの勝ち馬でサンフェリペS3着のレイクジョージの2頭が強敵だった。ヴィアロンバルディアが単勝オッズ2.3倍の1番人気、レイクジョージが単勝オッズ4.5倍の2番人気となり、ルネ・ダグラス騎手が騎乗する本馬は芝競走にも関わらず単勝オッズ5倍の3番人気止まりだった。スタートが切られると単勝オッズ36.5倍の最低人気馬ネイティヴリージェントが先頭に立ち、本馬、ヴィアロンバルディア、レイクジョージは一緒に先行集団を形成した。向こう正面で本馬が真っ先に仕掛けて先頭に立ち、そのままゴールまで押し切って、2着レイクジョージに2馬身差で勝利した。

続くペガサスH(米GⅡ・D8.5F)では、一般競走を7馬身差で勝ってきたステークス競走初出走のゴーストリームーヴズ、これまた一般競走を勝ってきただけだったが2か月後にNYRAマイルHを勝ってGⅠ競走の勝ち馬となるフライングシェヴロン、イリノイダービーで10着に終わっていたデヴィアスコースの3頭だけが対戦相手となった。ジェリー・ベイリー騎手が騎乗する本馬が122ポンドのトップハンデでも単勝オッズ1.4倍の1番人気に支持され、113ポンドのゴーストリームーヴズが単勝オッズ4.1倍の2番人気、112ポンドのフライングシェヴロンが単勝オッズ5.3倍の3番人気、113ポンドのデヴィアスコースが単勝オッズ10.2倍の最低人気となった。スタートが切られるとフライングシェヴロンが先頭に立ち、本馬は2馬身程度離れた2~3番手を追走した。しかし四角で先に仕掛けて後続を引き離したフライングシェヴロンに直線で全く追いつくことが出来ず、5馬身1/4差をつけられて2着に敗れた。

次走は、ベルモントパーク競馬場で行われたBCスプリント(米GⅠ・D6F)となった。対戦相手は、ヴォスバーグS・アフィナミナンH・フォアゴーH・フィンガーレイクスバドワーザーBCSと4連勝中のノットサプライジング、メトロポリタンH・カウディンS・ブルックリンH・リヴァリッジSの勝ち馬でヴォスバーグS2着のユーアンドアイ、ランチョベルナルドH・エインシェントタイトルBCHなど6連勝中のトラックギャル、コモンウェルスBCSの勝ち馬ゴールデンギア、カーターH・トムフールS・フォアゴーHで各2着のアワーエンブレム(当馬よりも父のミスタープロスペクター、母のパーソナルエンスン、息子のウォーエンブレムのほうが有名か)、この年のアベイドロンシャン賞・メルトン賞・ゴールデネパイチェ・キングジョージS・セーネワーズ賞など勝ちカルティエ賞最優秀短距離馬に選ばれるヒーヴァーゴルフローズ、トゥルーノースH・ブージャムHを勝った他にフィラデルフィアパークBCHを3連覇(後に4連覇)していたフレンドリーラヴァー、ジュライC・モートリー賞・ダイアデムS・デュークオブヨークSの勝ち馬レイクコニストン、前年のジュライC・デュークオブヨークS・コーク&オラリーSの勝ち馬オウイントン、ランチョバーナードBCH・ラスフローレスBCHの勝ち馬デザートストーマー、ポトレログランデH・パットオブライエンHの勝ち馬リドジャスティス、スペクタキュラービッドBCS・スウェイルS・ファイエットSの勝ち馬ミスターグリーリーの12頭だった。中心馬不在の混戦模様であり、ノットサプライジングが単勝オッズ4.3倍の1番人気、ユーアンドアイが単勝オッズ4.4倍の2番人気、トラックギャルが単勝オッズ8.1倍の3番人気、ゴールデンギアが単勝オッズ8.5倍の4番人気、アワーエンブレムが単勝オッズ10.5倍の5番人気、ベイリー騎手が騎乗する本馬が単勝オッズ11.5倍の6番人気となった。

スタート直後は好位につけた本馬だったが、やがて他馬のスピードに付いていけずに後退。直線でも引き離される一方で、勝ち馬から27馬身差の13着最下位と惨敗してしまった。逃げ切って勝ったのは単勝オッズ15.5倍の10番人気馬デザートストーマーで、2着には2番手を追走した単勝オッズ32.5倍の最低人気馬ミスターグリーリー、3着にも単勝オッズ15.5倍の10番人気馬リドジャスティスが入るという大波乱となった。ミスターグリーリーは後に種牡馬として成功し、リドジャスティスは翌年のBCスプリントを勝ってエクリプス賞最優秀短距離馬に選ばれているから、結果的には順当だったと言えなくもなく、2歳時にレコードを樹立したと言っても、本馬にはダート6ハロンという距離はあまり合っていなかったようである。

次走のハリウッドダービー(米GⅠ・T9F)では、ヴォランテHを勝ちベイメドウズダービーで2着してきたヘルムズマン、ヒルプリンスS・レキシントンSなど3連勝してきたグリーンミーンズゴー、アーリントンクラシックS・セクレタリアトSの勝ち馬でホーソーンダービー2着のホークアタック、ロンポワン賞2着・仏2000ギニー・セクレタリアトS3着のプチプセ、ジャンプラ賞3着馬ラビーブ、スワップスS競走中止後にリローンチHを勝ちキーンランドBCS・ヴォランテHで3着していたミスターパープル、デルマー招待ダービー2着後は2戦着外だったレイクジョージなどとの顔合わせとなった。ヘルムズマンが単勝オッズ3.8倍の1番人気、コーリー・ナカタニ騎手が騎乗する本馬が単勝オッズ4.2倍の2番人気、グリーンミーンズゴーが単勝オッズ6.3倍の3番人気となった。スタートが切られると単勝オッズ43.5倍の10番人気馬レイクジョージが先頭に立ち、本馬はここでは馬群の中団好位を追走した。そして三角から四角にかけて上がっていき、先に抜け出したヘルムズマンと単勝オッズ16.2倍の7番人気馬ラビーブの2頭を直線で追いかけたのだが、最後まで全く追いつけずに、勝ったラビーブから5馬身差の3着に敗れた。3歳時の成績は10戦4勝だった。

競走生活(4歳時)

4歳時はケンタッキー州プレストンウッドファームの所有馬となり、マイケル・ディキンソン厩舎に転厩した。英国生まれのディキンソン師は、愛国の名伯楽ヴィンセント・オブライエン調教師が率いるバリードイル厩舎で学びながら障害競走の調教師として名を馳せた。1982年には1日で12勝(ギネス記録)を挙げたり、1983年のチェルトナム金杯では管理馬で上位5頭を独占(これもギネス記録)したりした。その後、ロバート・サングスター氏の勧めもあり、バリードイル式の調教方法を米国に広める目的で、1987年に渡米。米国でも成功し、異常に高い勝率(普通は高くても10%代だが、彼の場合は毎年平均25%。最も高かった2000年には35%だったという)を誇るようになっていた。その常人には理解できない活躍ぶりから、“The Mad Genius(狂気の天才)”という異名をとるほどだった。

ディキンソン師の調教を施された本馬は、4歳7月にベルモントパーク競馬場で行われたポーカーH(米GⅢ・T8F)から始動した。愛国際Sの勝ち馬でジャンプラ賞2着のダーネイ、前年の同競走とボーゲイH・アシーニアHなどを勝っていたカレス、ジャイプールHの勝ち馬グランドコンティネンタル、ジャイプールH・クリフハンガーH・ケルソHの勝ち馬マイティフォーラムなどが対戦相手となった。114ポンドのダーネイが単勝オッズ3.1倍の1番人気、113ポンドのステークス競走未勝利馬スムーズランナーが単勝オッズ5.8倍の2番人気、休養明けに加えて119ポンドのトップハンデが嫌われた本馬は単勝オッズ5.9倍の3番人気止まりだった。コルネリオ・ヴェラスケス騎手が騎乗する本馬は3~5番手辺りを追走した。そして直線入り口でいったんは先頭に立ったのだが、やはり休養明けが響いてかここから粘り切れず、いずれも序盤は最後方に陣取っていたスムーズランナーとマイティフォーラムの2頭に差されて、勝ったスムーズランナーから3馬身1/4差の3着に敗れた。

次走のフォースターデイヴS(米GⅢ・T8.5F)では、前年のハリウッドダービーで6着だったグリーンミーンズゴー、ピリグリムS・ローレルフューチュリティ・フォートハロッドS・レッドバンクH・ベルモントBCHの勝ち馬ダヴハント、ブーゲンヴィリアH・ハイアリアターフカップHの勝ち馬シグナルタップ、ソードダンサー招待H・ニューハンプシャースウィープS2回・ニッカボッカーHの勝ち馬でソードダンサー招待H2着のキリズクラウン、ロイヤルパームHの勝ち馬マーシーズエンスン、前年に日本の京王杯スプリングCを勝っていたドゥマーニ、ファイアクラッカーBCHの勝ち馬レアリーズン、サラナクSの勝ち馬デボネアダン、前走2着のマイティフォーラム、同6着のグランドコンティネンタルなどの有力馬が大挙して出走してきた。グリーンミーンズゴーが単勝オッズ3.4倍の1番人気、ジョン・ヴェラスケス騎手が騎乗する本馬が単勝オッズ5倍の2番人気、ダヴハントとシグナルタップのカップリングが単勝オッズ5.8倍の3番人気となった。スタートが切られると単勝オッズ27.25倍の最低人気馬デボネアダンが先頭に立ち、本馬は前走と同じく3~5番手の好位を追走した。そして直線入り口で先頭に立つと、追いかけてきたグリーンミーンズゴーを1馬身1/4差の2着に抑えて勝利した。

翌8月に出走したペンシルヴァニアガヴァナーズCH(T8.5F)では、フォートマーシーHの勝ち馬ウォーニンググランス、レッドバンクHの勝ち馬ジョーカー、前走11着のグランドコンティネンタルなどが主な対戦相手であり、出走馬の層は前走に比べて薄かった。フランク・アルヴァラード騎手が騎乗する本馬が単勝オッズ1.8倍の1番人気、ウォーニンググランスが単勝オッズ6.3倍の2番人気、ジョーカーが単勝オッズ8.6倍の3番人気、グランドコンティネンタルが単勝オッズ9.2倍の4番人気となった。今回の本馬はスタートがいまいちだったためか、序盤は後方を追走していた。しかし向こう正面から徐々に位置取りを上げていくと、直線入り口で先頭に立った後は独走。2着に粘ったグランドコンティネンタルに5馬身差をつけて圧勝した。

この辺りから陣営は本馬の目標をBCマイルに置いていたようである。ペンシルヴァニアガヴァナーズCHから2か月後にはケルソH(米GⅢ・T8F)に出走した。バーナードバルークHの勝ち馬でドラール賞2着2回・サラマンドル賞3着のヴォロシン、ベルリンブランデンブルクトロフィ・アーリントンH・ローレンスアーマーHの勝ち馬トーチルージュ、フォースターデイヴS7着後にソードダンサー招待Hで2度目の2着していたキリズクラウン、フォースターデイヴSで8着だったマイティフォーラムなどが主な対戦相手となった。120ポンドの本馬が単勝オッズ2.7倍の1番人気、116ポンドのヴォロシンが単勝オッズ3.65倍の2番人気、118ポンドのトーチルージュが単勝オッズ8.8倍の3番人気、115ポンドのキリズクラウンが単勝オッズ9.8倍の4番人気となった。スタートが切られるとキリズクラウンが先頭に立ち、ゲイリー・スティーヴンス騎手が騎乗する本馬は4番手の好位を追走した。そして直線入り口4番手から末脚を伸ばし、いったんは先頭に立ったが、ゴール直前で7ポンドのハンデを与えた単勝オッズ35.5倍の9番人気馬セイムオールドウィッシュにかわされて頭差2着に敗れた。

BCマイル(4歳時)

それでも前哨戦としてはまずまずの出来で、この年は加国のウッドバイン競馬場で行われたBCマイル(加GⅠ・T8F)に向かうことになった。この年のBCマイルには、英2000ギニー・クイーンエリザベスⅡ世S・セレブレーションマイルの勝ち馬マークオブエスティーム、愛2000ギニー・ジャックルマロワ賞・サンロマン賞の勝ち馬で仏2000ギニー・ムーランドロンシャン賞2着のスピニングワールド、クイーンアンS・チャレンジSの勝ち馬でセントジェームズパレスS・ロッキンジS・サセックスS2着のチャーンウッドフォレストという、欧州を代表する一流マイラー達が参戦しており、ウッドバイン競馬場が比較的欧州の競馬場に近い形態をしていたこともあり、欧州調教馬有利という前評判だった。他の対戦相手は、クイーンエリザベスⅡ世CCS・ニジャナSなど4連勝中のメモリーズオブシルヴァー、加プリンスオブウェールズS・キングエドワードBCHなどを勝っていた地元加国の実力馬キリダシ、ポーカーH勝利後にエディリードHで2着していたスムーズランナー、サンタアニタH・サンマルコスH・ローズオブランカスターS・オークツリーBCマイルHの勝ち馬アージェントリクエスト、前年のハリウッドダービー2着後にストラブS・サンフェルナンドSを勝ちカリフォルニアンSで2着していたヘルムズマン、6連勝で臨んできたテストS・バレリーナH・フォワードギャルBCS・メドウランズBCH・ヴァージニアH・ファーストレディHなどの勝ち馬でトップフライトH2着のチャポサスプリングズ、セイムオールドウィッシュ、前走ケルソHで本馬から首差の3着だったヴォロシン、同6着だったマイティフォーラム、フォースターデイヴSで6着に終わるも前走キーンランドBCSで同競走の2連覇を果たしてきたドゥマーニであり、本馬を含めて合計14頭による戦いとなった。

マークオブエスティームとチャーンウッドフォレストのカップリングが単勝オッズ2.25倍の1番人気、スピニングワールドが単勝オッズ8.95倍の2番人気、前走に続いてスティーヴンス騎手が騎乗する本馬が単勝オッズ9.45倍の3番人気、メモリーズオブシルヴァーが単勝オッズ9.6倍の4番人気、キリダシが単勝オッズ11.9倍の5番人気と続いていた。

ディキンソン師はあらかじめコースを念入りに下見して地図を作成し、スティーヴンス騎手にそれを手渡していた。スタートが切られると、キリダシが先頭に立ち、アージェントリクエストが2番手を追走。スピニングワールドは好位の5番手辺りを、マークオブエスティームは馬群のちょうど中間辺りの7~8番手を追走した。本馬はスタート直後こそマークオブエスティームより後方にいたが、向こう正面に入る手前で内側を突いて一気に上がっていき、三角に入る直前にはキリダシとアージェントリクエストの直後までやって来た。そして2番手で直線を向くと、前を行くキリダシに並びかけて叩き合いに持ち込み、すぐに競り落とした。そこへ後方からスピニングワールドが追撃してきたが、1馬身半差で完封して優勝。スピニングワールドとマークオブエスティーム(7着)をまとめて撃破した本馬の名前は世界中に知れ渡ることになった。4歳時の成績は5戦3勝だった。

故障による2年間の長期休養

翌5歳時も現役を続けたが、3月になって脚の腱を痛めた上に、6月には関節炎の状態が悪化。9月には今度は両後脚が不自由になり、2~3週間ほどまともに歩くことも出来なくなった。こんな状態になってしまっては、通常なら引退するのが当たり前だが、騙馬である本馬に繁殖入りの道はないため、陣営は時間がかかっても脚を治してレースに復帰する道を選んだ。

翌6歳時の1月に歩行運動を再開。翌2月に本格的な調教に復帰するはずだったが、ここで本馬の脚の腱が熱を帯びていることに気付いたディキンソン師は調教再開を断念した。なかなか調教に復帰できない本馬は、4月からディキンソン師がメリーランド州に所有していたタペタファームで放牧されていた。ここでは、ディキンソン師自身が所有していた9歳馬ビジネスインブーミン(愛称ブーマー)という馬と一緒にいつも遊んでいた。しかしこのブーマーは、なんと5年間もレースに出られないほどの状態から復帰して3勝を上乗せしていた馬だったのである。もし本馬とブーマーに人間のような感情があったならば、放牧中にブーマーの体験談を聞いた本馬が自らの復帰への意思を新たにしたところだろうが、馬だからそのような経緯があったかどうかは定かではない。もっとも、本馬は実際にとてもブーマーのことを気に入っていたらしく、ディキンソン師の人生のパートナーだったジョアン・ウェイクフィールド女史によると、本馬はまるで犬のようにブーマーに付き従っていたという。いずれにしてもディキンソン師は、ブーマーと同じことが本馬にも出来るはずだと信じて辛抱強く脚の回復を待ち続けたのだった。

この4月末に本馬の腱のスキャニング検査が行われた。その検査結果を踏まえて、本馬は歩行運動を再開。5月末には軽く走れる程度までになり、6月下旬には本格的な調教が出来る程度になっていた。順調に回復していると思われたのも束の間、7月上旬に再度行われた本馬の腱のスキャニング検査の結果はあまり良くなかった。それでもディキンソン師はあきらめずに、マッサージ、理学療法、氷嚢、レーザー照射などあらゆる手段を講じて本馬の脚を治そうとした。担当厩務員のミゲル・ピエドラ氏は、本馬の馬房で毎日6時間を過ごしたという。

復帰

9月頃になって本馬の脚の状態はようやく好転。メドウランズ競馬場に移動して本格的な調教が再開された。しかし2年近くもレースから遠ざかっていた本馬の体は硬く、7ハロンの走破タイムは1分30秒という遅いものだった。

もともとディキンソン師は本馬の現役続行における最大目標をBCマイルに据えており、11月7日にチャーチルダウンズ競馬場で行われることになっていたBCマイルに何とか間に合わせたいと考えていた。調教で走らなかったため、本番前に1度実戦を経験させる必要があると考えた彼は、10月8日にメドウランズ競馬場で行われるクリフハンガーSか、ベルモントパーク競馬場で行われる一般競走のいずれかを復帰戦として検討していた。しかし折り悪く両競走とも雨天で馬場状態が悪化し、本馬の脚には不適当になってしまったために回避。ディキンソン師は本馬が出走できそうな各地のレースを物色した。

その結果、10月11日にヴァージニア州のコロニアルダウンズ競馬場というマイナー競馬場で行われる芝9ハロンの一般競走への出走が決まった。遂に本馬が再びレースに戻ってくる日がやってきたのである。2年もの長期休養明けではあったが、さすがにBCマイル優勝馬だけあって、単勝オッズ1.6倍の1番人気に支持された。そしてこの頃はクレーミング競走をうろうろしていた、後のソードダンサー招待H・ターフクラシック招待Sの勝ち馬ジョンズコールが単勝オッズ3倍の2番人気だった。スタートが切られると単勝オッズ42.2倍の最低人気馬リングスパーロケットが先頭に立って後続を大きく引き離した。向こう正面でリングスパーロケットが早くも失速すると、2番手にいた単勝オッズ16.8倍の5番人気馬メルセデスサンが先頭を奪ってこれまた後続を大きく引き離した。一方、カルロス・マーケス・ジュニア騎手が騎乗する本馬は前2頭からかなり離れた3番手を追走していたが、三角に入ると進出を開始して、直線半ばで先頭に立った。そこへ後方からジョンズコールが追ってきたが、何とか凌ぎ切り、3/4馬身差で勝利した。

これで本番の目処が立ったと感じたディキンソン師は、本馬をいったんタペタファームに戻した後、チャーチルダウンズ競馬場に送り出した。しかしタペタファームでは24時間使用できた芝の調教場が、チャーチルダウンズ競馬場では夜9時までしか使用できなかったため、他厩舎の所属馬の調教との兼ね合いで十分な調教が出来ず、ディキンソン師は本馬を早く連れて来すぎたと後悔したという。

BCマイル(6歳時)

それでもBCマイル(米GⅠ・T8F)参戦は正式に決まった。そのことがディキンソン師から発表されると、米国競馬界は驚きに包まれた。ディキンソン師はその高い勝率が示すとおり、管理馬を勝てるレースに出走させる場合が多く、冒険はしないタイプの調教師だったからである。本馬以外の出走馬は、前年にBCジュヴェナイル・ホープフルS・サラトガスペシャルS・ブリーダーズフューチュリティ・バッシュフォードマナーSなど8戦全勝の成績で2歳にしてエクリプス賞年度代表馬に選ばれていたフェイヴァリットトリック、愛2000ギニー・ムーランドロンシャン賞・クイーンエリザベスⅡ世Sを勝ちセントジェームズパレスSで2着していた現役欧州最強マイラーのデザートプリンス、3歳時のハリウッドダービーで本馬を破った後も走り続けてウッドバインマイル・アメリカンH・エルリンコンH・シューメーカーBCマイルS・サンシメオンHを勝ちETターフクラシックSで2着していたラビーブ、ターフクラシックSの勝ち馬ジョユーダンスール、ロンポワン賞を勝ってきたフライトゥザスターズ、ロッキンジSの勝ち馬でジャックルマロワ賞ではタイキシャトルの3着だったケープクロス、アーケイディアH・エルリンコンH・サンフランシスコマイルH・ベイメドウズH・オークツリーBCマイルSとこの年だけでグレード競走5勝を挙げていたホークスリーヒル、オークツリーターフCSを勝ってきたミリタリー、仏グランクリテリウム・シェーヌ賞・デズモンドSの勝ち馬で愛2000ギニー・ムーランドロンシャン賞・クイーンエリザベスⅡ世S3着のセカンドエンパイア、サセックスS・セレブレーションマイル・ジャージーSの勝ち馬でクイーンアンS・ジャックルマロワ賞2着のアマングメン、ヴィットリオディカプア賞・エミリオトゥラティ賞・ベルリンブランデンブルクトロフィーなどの勝ち馬ウェイキーナオ、オークツリーBCマイルHで2着してきたミスターライトフット、前年のBCマイルでスピニングワールドの5着だったアメリカンHの勝ち馬マゼランの13頭だった。

この粒揃いのメンバー構成の中では、前走がローカル競馬場における一般競走での僅差勝ちであり、2年間も一線級のレースから遠ざかっていた本馬に勝ち目は薄いと思われた。2年前のBCマイルで本馬に騎乗したスティーヴンス騎手も同感だったようで、過去に1度も乗ったことがない欧州調教馬アマングメンに騎乗した。そのため、本馬には過去にフォースターデイヴSの1度だけ騎乗経験があるジョン・ヴェラスケス騎手が騎乗した。2年前と同様にディキンソン師はコースを念入りに下見して、地図を作ってヴェラスケス騎手に手渡していた。

3歳時は2歳時ほどの勢いは無かったがそれでもジムダンディS・キーンランドBCマイルSなどを勝っていたフェイヴァリットトリックが単勝オッズ3.6倍の1番人気に支持され、デザートプリンスが単勝オッズ4倍の2番人気、ラビーブが単勝オッズ4.4倍の3番人気、ジョユーダンスールが単勝オッズ8.4倍の4番人気、本馬が単勝オッズ12.6倍の5番人気となった。

スタートが切られるとフェイヴァリットトリックが果敢に先頭に立ち、フライトゥザスターズが2番手、アマングメンが3番手を追走。本馬は好位の6番手で、その直後にデザートプリンス。ラビーブはさらにその後方で末脚を溜めた。向こう正面に入ったところで、4番手を追走していたケープクロスが先頭を奪い、さらに三角に入ったところでフェイヴァリットトリックが先頭を奪い返した。そして四角に入ったところで本馬が満を持してスパート。外側から一気に位置取りを上げると、直線に入ってすぐのところで先頭に立った。デザートプリンスはとっくの昔に圏外に去り、フェイヴァリットトリックとラビーブも伸びを欠く中、直線で本馬を追撃してきたのは、1頭だけぽつんと離れた最後方待機策から追い込んできた単勝オッズ16.3倍の7番人気馬ホークスリーヒルだけだった。直線半ばからは、内側の本馬と外側のホークスリーヒルの叩き合いとなった。後方から来たホークスリーヒルのほうが明らかに脚色は良く見えたのだが、ゴール前で恐るべき粘りを発揮した本馬が差し返し、頭差競り勝って優勝した。

ゴールの瞬間、実況を担当した名物アナウンサーのトム・ダーキン氏は「ダホス、カムズアゲイン!アンビリーバブル!」と絶叫した上で、「これはラザロ以来史上最大の復活劇です!」と伝えた。この「ラザロ」というのは、死後4日目にして友人だったイエス・キリストの力により蘇ったとされる、新約聖書に登場する人物名であるから、つまり本馬の勝利は2000年ぶりの奇蹟だと評されたわけである(さすがにイエス・キリストの復活と比較するのは遠慮したらしい)。NBCテレビのアナウンサーだったトム・ハモンド氏は、「私達はマイケル・ディキンソンを狂気の天才と呼んできましたが、まさしくそのとおりでした!いったいどこの世界に過去2年で1度しか出走していないのに2度目のブリーダーズカップ制覇を成し遂げる馬がいるでしょうか!」と叫んだ。ゴールの瞬間を呆然と見ていたディキンソン師は、記者席から駆け込んできたウェイクフィールド女史と一緒に大泣きしていた。11着に敗れたアマングメンを管理していたサー・マイケル・スタウト調教師は、ディキンソン師のところへと歩み寄ると彼の背中を叩き、一言“Maestro(伊国語で「巨匠、名人」の意味)”とだけ言い残して立ち去った。連覇ではないブリーダーズカップ同一競走2回制覇は史上初の快挙で、この後もBCフィリー&メアターフに2度勝利したウィジャボードしかいない。

その後、翌年のBCマイルを目指すことになっていたが、脚部不安が再発。さすがにこれ以上の現役続行は酷であるとして、奇跡の復活勝利を最後に引退することになった。

血統

Gone West Mr. Prospector Raise a Native Native Dancer Polynesian
Geisha
Raise You Case Ace
Lady Glory
Gold Digger Nashua Nasrullah
Segula
Sequence Count Fleet
Miss Dogwood
Secrettame Secretariat Bold Ruler Nasrullah
Miss Disco
Somethingroyal Princequillo
Imperatrice
Tamerett Tim Tam Tom Fool
Two Lea
Mixed Marriage Tudor Minstrel
Persian Maid
Jolly Saint Welsh Saint St. Paddy Aureole Hyperion
Angelola
Edie Kelly Bois Roussel
Caerlissa
Welsh Way Abernant Owen Tudor
Rustom Mahal
Winning Ways Fairway
Honey Buzzard
Jolly Widow Busted Crepello Donatello
Crepuscule
Sans le Sou ヴィミー
Martial Loan
Veuve Joyeuse ヴィエナ Aureole
Turkish Blood
La Canea Vatellor
La Cadette

ゴーンウエストは当馬の項を参照。

母ジョリーセイントは、パークS(愛GⅢ)・ボイリングスプリングスH(米GⅢ)に勝つなど、13戦3勝の成績を残した。本馬が2年に及ぶ休養中だった1997年に日本に繁殖牝馬として輸入されたが、本馬以外にはこれといった活躍馬を出すことなく、2000年に18歳で他界している。本馬の半妹ダリヴァーホス(父リヴァースペシャル)の子にリヴァープラウド【タタソールS(英GⅢ)】が、ジョリーセイントの半妹ツインアイランド(父スタンダーン)の子にタグラ【モルニ賞(仏GⅠ)・ジュライS(英GⅢ)・スプリームS(英GⅢ)】がいる。ジョリーセイントの祖母ヴーヴジュワユースの半兄にはローソ【伊ダービー】がいる他、ヴーヴジュワユースの祖母ラカデット【伊オークス】の半妹フラゲットの子にはエルバジェ【仏ダービー・サンクルー大賞】がいる。近親とは言えないが、デトロワカーネギーの凱旋門賞馬母子や豪州の名種牡馬ザビールも同じ牝系である。→牝系:F16号族①

母父ウェルシュセイントはコーク&オラリーS勝ちなど12戦7勝の成績を残し、4歳時には愛国の最優秀短距離馬に選ばれている。ウェルシュセイントの父セントパディはオリオール直子で、英ダービー・英セントレジャー・エクリプスSなどを制した一流競走馬。

競走馬引退後

競走馬を引退した本馬は、その後しばらくはタペタファームで過ごした。現在はケンタッキーホースパークでファンに囲まれながら幸福な余生を過ごしている。

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