フィレンツェ

和名:フィレンツェ

英名:Firenze

1884年生

鹿毛

父:グレネルグ

母:フロリダ

母父:ヴァージル

小柄な馬体ながら数多くのレースで同時代の牡馬達を蹴散らし、4年以上に渡り19世紀末の米国競馬のトップクラスで活躍した名牝

競走成績:2~7歳時に米で走り通算成績82戦47勝2着21回3着9回

誕生からデビュー前まで

米国ケンタッキー州レキシントンのエルメンドルフファームにおいて、同牧場の所有者ダニエル・スワイガート氏により生産された。1歳時に、米国の弁護士兼投資家だったジェームズ・ベン・アリ・ハギン氏(後の1897年にエルメンドルフファームを買収している)により2600ドルで購入され、ジェームス・マーフィー調教師に預けられた。

競走生活(2・3歳時)

2歳8月にサラトガ競馬場で行われた未勝利戦でデビューして3馬身差で勝利。その後は、オータムS(D6F)・ナーサリーS(D6F)を勝っている。オータムSとナーサリーSの2競走とも、後にウエストチェスターH・ロングブランチH・デラウェアH2回を勝つ牡馬ベルヴィデーレを2着に破っての勝利だった。クリテリオンS(D6F)では、牡馬ミルトンの2着だった。2歳時の成績は8戦5勝2着2回だった。

3歳になった本馬は、管理調教師がマーフィー師からマット・バーンズ師に交代となった。3歳時は、レディーズH(D10F)・カゼルH(D9F)・マーメイドS(D9F)・モンマスオークス(D10F)・フリーH・ウエストエンドホテルS(D12F)・ジェロームH(D14F)を勝利した。カゼルHでは、この年のチャレンジSの勝ち馬フラゲオレッタを2着に破っている。なお、カゼルHの創設はこの年であり、本馬は記念すべき第1回目の勝者となった。マーメイドSでは、同年のクリフトンS・マンハッタンHの勝ち馬レディプロミスを2着に破っている。ウエストエンドホテルSは、マーメイドSで本馬の3着だったアルミーとの2頭立てで勝っている。

ジェロームHも2頭立てだったが、唯一の対戦相手は、この年にベルモントS・カールトンS・ブルックデールS・米チャンピオンS・ウィザーズS・ブルックリンダービー・ユナイテッドステーツホテルS・スウィフトS・ストックトンS・バーネガットS・スティーヴンスS・スピンドリフトS・タイダルS・コニーアイランドダービー・ロリラードS・ブレッキンリッジS・ディキシーS・セカンドスペシャルSを勝つなど27戦20勝の成績を残す初代米国顕彰馬ハノーヴァーだった。性別の壁を超えた同世代最強馬対決は本馬が3馬身差で勝利したのだった。

米チャンピオンS(D12F)でも本馬とハノーヴァーは対戦しており、ここではハノーヴァーが勝利を収めて本馬は2着だったが、2歳年上のアメリカンダービー馬ヴォランテは3着に抑え込んでいる。スウィフトS(D7F)では、ハノーヴァーに加えて、最終的にセレクトS・ドルフィンS・セプテンバーS・ベヴェウィクS・カリフォルニアS・エクセルシオールS・ファーストスペシャルS2回・オリエンタルH・カルバーS・セントジェームズホテルSに勝つなど138戦89勝の成績を残す初代米国顕彰馬キングストンとの対戦となった。しかしこの距離は本馬にとっては不足だったようで、ハノーヴァーが勝利を収め、キングストンが2着、本馬は3着に敗れている。オムニバスS(D12F)でも本馬とハノーヴァーは対戦しており、ここではラガードが勝って本馬が2着、ハノーヴァーは3着だった。ポカホンタスS(D10F60Y)では、この年のケンタッキーオークス・アメリカンダービー3着馬ワリー、前年のスピナウェイS・アーリントンS・ハイドパークSの勝ち馬でこの年のアラバマSも勝つグリゼットの2頭に屈して3着だった。3歳時の成績は14戦8勝2着4回3着2回で、この年の米最優秀3歳牝馬に選出されている。

競走生活(4歳時)

4歳時は、モンマスC(D14F)・米チャンピオンS(D12F)・フリーホールドS(D12F)・グレートロングアイランドS・モンマスH(D12F)・バトルS・アヴェレージS(D9.5F)・マンハッタンH(D10F)・ハーヴェストH(D10F)・フリーハンデキャップスウィープS・フィレンツェS(本馬の功績を讃えて創設された現パーソナルエンスンSとは別競走)に勝利した。

モンマスCでは、1歳年上のケナーSの勝ち馬でトラヴァーズS・ジェロームH2着・プリークネスS3着のエルクウッドを2着に、前年のサバーバンHの勝ち馬でプリークネスS2着のユーラスを3着に破っている。米チャンピオンSでは、キングストンを2着に破っている。フリーホールドSでは、同競走を前年まで2連覇していた一昨年のプリークネスS・ジェロームH・ディキシーSの勝ち馬ザバードとの2頭立てだったが、2分34秒0のコースレコードで走破した本馬が勝利を収めている。ザバードはこれがこの年唯一の黒星で、このレースを最後に競走馬を引退している。なお、本馬とザバードはこれが初対戦ではなく、オーシャンS(D9F)でも戦っているが、ザバードが勝って、キングストンが2着、本馬は3着だった。

モンマスHでは、翌年のブルックリンHを勝つエグザイルを2着に破っている。アヴェレージSでは、サンフォードS・ヤングアメリカSの勝ち馬でケンタッキーダービー2着のレレックスを2着に、セントルイスダービー・シェリダンS・ドレクセルS・シープスヘッドベイHの勝ち馬でサバーバンH2着2回のテラコッタを3着に破っている。マンハッタンHでは、テラコッタを2着に、前年のプリークネスSの勝ち馬ダンボインを3着に破っている。グランドナショナルH(D12F)では、セントルイスフューチィリティS・アーリントンホテルS・キャピタルSを勝って前年の米最優秀2歳牡馬に選ばれたレースランドの2着だった。サバーバンH(D10F)では、エルクウッド、テラコッタの2頭に続く3着だった。4歳時の成績は22戦13勝2着6回3着3回だった。この年は米最優秀ハンデ牝馬に選出されたとする資料もあるが、この年は該当馬無しとしている資料もあり、はっきりしない。しかし米国競馬名誉の殿堂博物館のウェブサイトには選出されたと明記されている。

競走生活(5~7歳時)

5歳時は、モンマスC(D12F)・フリーホールドS(D12F)・ニッカーボッカーH(D11F)・ナヴェシンクS(D12F)・オミニウムH(D9F)・ニューヨークH(D12F)・フィレンツェSを勝利した。

モンマスCでは、レースランドを2着に破って2連覇を達成している。フリーホールドSでは対戦相手がいなかったために単走で難なく2連覇を達成している。ニッカーボッカーHではユーラスを2着に破っている。ニューヨークHでは、前年のグランドナショナルHで3着だった一昨年の同競走の勝ち馬カルーラーを3着に破っている。グランドナショナルH(D12F)では、前年と同じくレースランドに敗れて2着だったが、ラトニアオークスの勝ち馬ラヴィニアベルは3着に抑えている。連覇を狙った米チャンピオンS(D12F)では、1歳年下のスピナウェイS・ケナーS・ラトニアダービー・ミラーS・モンマスオークス・フォックスホールS・エクセルシオールSの勝ち馬ロサンゼルス、ユーラスの2頭に敗れて3着だった。5歳時の成績は21戦12勝2着6回3着3回で、この年は各資料において米最優秀ハンデ牝馬に選出されている。

6歳時は、フリーホールドS(D12F)・フリーハンデキャップスウィープS・コニーアイランドC(D12F)・ツインシティH(D10F)・ニューヨークH(D12F)を勝利した。

フリーホールドSでは前年と異なり、翌年のブルックリンHを勝つテニーという対戦相手が1頭だけいたが、一昨年に自身が計時した2分34秒0を更新する2分33秒25で走破した本馬が3連覇を達成している。コニーアイランドCでは、2分33秒0のコースレコードを計時して勝利している。ツインシティHでは、この年のジェロームH・ローレンスリアライゼーションSの勝ち馬トーナメントを2着に、ユーラスを3着に破っている。ニューヨークHでは、前年の同競走で本馬の2着だったリトリーブを再び2着に破って2連覇を達成している。マンハッタンH(D10F)ではレースランドの2着だったが、前年のウィザーズSの勝ち馬でベルモントS2着のディアブロ(翌年のブルックリンHを勝っている)は3着に抑えている。6歳時の成績は14戦7勝2着3回で、この年も各資料において米最優秀ハンデ牝馬に選出されている。

7歳時の成績は3戦2勝3着1回だったが、勝ち星のうち1つは、前年には出走しなかった米チャンピオンS(D12F)だった。ここでは、前年のケンタッキーダービー・クラークHの勝ち馬ライリーを2着に、レースランドを3着に破っている。本馬は4年連続で米最優秀ハンデ牝馬に選出されたとする資料があり、それが事実ならこの年も選ばれているはずだが、この年は該当馬無しとしている資料もあり、はっきりしない。しかし米国競馬名誉の殿堂博物館のウェブサイトには4年連続で選出されたと明記されている。ちなみに、本馬の現役当時は米国競馬の年度表彰は存在しておらず、本馬の米最優秀3歳牝馬や米最優秀ハンデ牝馬の選出は全て後世の人が遡及して決めたものである。7歳時を最後に競走馬を引退。獲得賞金総額は11万2471ドルで、ミスウッドフォードに次ぐ米国競馬史上2頭目の10万ドル牝馬となった。

本馬は体高こそ15ハンドと小柄だったが、非常に頑健な馬として有名だった。主に距離10ハロン以上のレースを中心に走っており、スタミナが豊富な馬だったようである。同時代にはハノーヴァーやキングストンといった強豪牡馬がいたが、本馬はそれらと互角に渡り合い、ハノーヴァーは3回、キングストンは2回下している。本馬の82戦中69戦は牡馬相手のレースであり、牝馬相手には敵はいなかったようである。本馬の主戦を務めた殿堂入り騎手のジェームズ・マクローリン騎手は、ミスウッドフォード、インプベルデイムアートフルパンザレタリグレットといった19世紀末から20世紀初頭の米国の名牝の中でも本馬がナンバーワンであると語った。本馬の馬名は書籍や新聞等においては“Firenzi”とも記録されている事が多いようである。

血統

Glenelg Citadel Stockwell The Baron Birdcatcher
Echidna
Pocahontas Glencoe
Marpessa
Sortie Melbourne Humphrey Clinker
Cervantes Mare
Escalade Touchstone
Ghuznee
Babta Kingston Venison Partisan
Fawn
Queen Anne Slane
Garcia
Alice Lowe Defence Whalebone
Defiance
Pet Gainsborough
Topsy Turvy Mare
Florida Virgil Vandal Glencoe Sultan
Trampoline
Tranby Mare Tranby
Lucilla
Hymenia Yorkshire St. Nicholas
Miss Rose
Little Peggy Cripple
Peggy Stewart
Florence Lexington Boston Timoleon
Sister to Tuckahoe
Alice Carneal Sarpedon
Rowena
Weatherwitch Weatherbit Sheet Anchor
Miss Letty
Birdcatcher Mare Birdcatcher
Colocynth

父グレネルグは英国から米国に競走馬として輸入された馬で、現役成績18戦10勝、トラヴァーズS・チャンピオンS・マチュリティS・ブレックファストS・ボウイーSを勝ち、ベルモントSで2着している。種牡馬としては1884・86・87・88年と4度の北米首位種牡馬に輝く成功を収めた。グレネルグの父シタデルはストックウェル産駒だが、競走馬としてのキャリアはよく分からない。

母フロリダの競走馬としてのキャリアも良く分からない。本馬の1歳年下の全妹フルーレットの子にはブーツ【サバーバンH】、リトルケルト【カーターH】、曾孫にはマエディック【サンフォードS・ホープフルS・グランドユニオンホテルS】が、牝系子孫には米国顕彰馬キャリーバック【ケンタッキーダービー・プリークネスS・カウディンS・レムセンS・フラミンゴS・フロリダダービー・ジェロームH・メトロポリタンH・モンマスH・ホイットニーH】がいる。

フロリダの1歳年上の半姉リリーアール(父グレネルグ)のの子にはカオス【ベルモントフューチュリティS】、ルビコン【ジェロームH】、孫にはラッシュ【ケンタッキーオークス】が、フロリダの1歳年下の全弟には19世紀有数の名馬ヒンドゥー【ケンタッキーダービー・トラヴァーズS・クラークH】が、フロリダの7歳年下の半妹フロス(父モルトメール)の孫にはアフマダ【カーターH】、レースキング【メトロポリタンH】がいる。→牝系:F24号族

母父ヴァージルは米国産馬で、平地と障害の両方で走り、平地では3歳時に8戦して6勝を挙げているようであるが、障害における競走成績はよく分かっていない。種牡馬としては1885年の北米首位種牡馬になっている。ヴァージルの父ヴァンダルはグレンコー産駒。

競走馬引退後

競走馬を引退した本馬は、ハギン氏が所有するカリフォルニア州サクラメント郊外のデルパソスタッドで繁殖入りした。現役時代に同馬主同厩だったサルヴェイターと主に交配され、まずまずの繁殖成績を収めた後、1902年3月にデルパソスタッドにおいて18歳で他界した。1981年に米国競馬の殿堂入りを果たした。本馬の牝駒フィエーゾレ(父ゴールドフィンチ)の牝系子孫からは、ポールジョーンズ【ケンタッキーダービー・サバーバンH】、ペトリファイ【メイトロンS・アーリントンラッシーS】などが出ており、21世紀現在も細々とではあるが続いている。

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