スノーフェアリー

和名:スノーフェアリー

英名:Snow Fairy

2007年生

鹿毛

父:インティカブ

母:ウッドランドドリーム

母父:チャーンウッドフォレスト

息を呑むほどの素晴らしい豪脚を武器にエリザベス女王杯を2連覇し、英オークス・愛オークス優勝馬の実力を日本の競馬ファンにまざまざと見せ付ける

競走成績:2~5歳時に英愛日香仏で走り通算成績21戦8勝2着4回3着4回

英ダービーより1年早い1779年に創設された英国伝統の牝馬限定クラシック競走「ジ・オークス・ステークス」。200頭以上いる歴代の英オークス馬の中で真っ先に思い浮かぶ馬の名前を言ってくださいというアンケートを日本の競馬ファンに実施してみたら、どの馬が得票率1位になるだろうか。その最有力候補として挙がりそうなのが、本馬スノーフェアリーである。何しろ、英オークス馬の実力を私達日本の競馬ファンの眼前で2度に渡って見せ付けてくれた馬であり、しかもその2度とも実に印象深い勝ち方であった。現役時代後半は屈腱炎と戦いながらの競走生活だったにも関わらず、牡馬混合GⅠ競走でも安定して活躍して勝ち星も挙げており、その実力は歴代の英オークス馬の中でも上位に入る事はほぼ間違いない。

誕生からデビュー前まで

馬産団体ウインドフラワー・オーバーシーズ・ホールディングスの代表者クリスティーナ・パティノ夫人により生産された愛国産馬である。1歳12月のタタソールズセールに出品されたが、誰からも見向きもされなかったため、パティノ夫人は1800ユーロ(当時の為替レートで約22万5千円)を支払って買い戻す事になったという逸話は日本でも非常に有名である。

結局はパティノ夫人の所有馬のまま(馬主名義は彼女の馬主団体アナモイン・リミテッドとなっている)となった本馬は、本馬と並ぶ21世紀の英オークス馬の双璧と言えるウィジャボードを手掛けたエドワード・A・L・ダンロップ調教師に預けられた。担当厩務員は女性であり、キャサリン・ハンナ女史だった。

競走生活(2歳時)

2歳6月にニューベリー競馬場で行われた芝6ハロン8ヤードの未勝利ステークスで、ダラー・オドノヒュー騎手を鞍上にデビュー。単勝オッズ17倍で13頭立て9番人気という低評価だった。レースではスタートで出遅れて後方からの競馬となり、残り2ハロン地点から追い上げてくるも左側によれて追い込みきれず、レディパターンの2馬身1/4差3着に敗れた。本馬より短頭差前の2着にゴールしたブルーメイドンは後にネルグウィンSで2着して英1000ギニーにも駒を進めており、この内容でこの結果なら健闘したと言える。

次走は7月にリングフィールド競馬場で行われたオールウェザー6ハロンの未勝利ステークスだった。カースティ・ミルチャレック騎手騎乗の本馬は単勝オッズ4.5倍で9頭立て3番人気となった。スタート時の出遅れやゴール前の斜行といった目立つ失敗が無かった以外は前走と同様のレース内容であり、残り2ハロン地点で仕掛けて残り1ハロン地点では先頭に立ち、2着ベイビードッティに3馬身半差をつけて快勝した。

次走は8月にニューマーケット競馬場で行われたスポーティングベットドットコム牝馬S(T6F)となった。極めて人気は割れており、アダム・カービー騎手騎乗の本馬が単勝オッズ9倍でも18頭立ての1番人気タイだった。直線コースの多頭数競走なので馬群が3つに分かれてレースが進行。本馬は内側馬群の中団につけた。そして残り1ハロン地点で抜け出したが、真ん中の馬群から抜け出したシーズオーケーとの横一線の勝負に敗れて頭差の2着だった。

それから僅か1週間後には同じくニューマーケット競馬場で行われたスウィートソレラS(英GⅢ・T7F)に出走。ジム・クロウリー騎手騎乗の本馬は単勝オッズ10倍で10頭立て5番人気止まりだった。やはり馬群の中団につけた本馬だが、残り2ハロン地点で進路を失ってしまい、残り1ハロン地点で抜け出すも時既に遅く、1番人気に応えて勝ったロングラッシーズから3馬身1/4差の4着に敗れた(本馬が3着に敗れた未勝利ステークスで2着だったブルーメイドンがここでも2着に入った)。

それから3週間後にはグッドウッド競馬場で8月3度目の出走となるプレステージS(英GⅢ・T7F)に出走。エディ・アハーン騎手騎乗の本馬は単勝オッズ7倍で8頭立て5番人気だった。今回はスタートがあまり良くなく、最後方からの競馬となった。残り2ハロン地点から追い上げを開始すると、逃げるセントフロムヘヴン、先行したブルーエンジェル、中団から抜け出したムダーラーとの4頭横一線の勝負となった。しかし少し届かず、勝ったセントフロムヘヴンから短首差の3着に敗れた。

その後は10月にニューベリー競馬場で行われたリステッド競走ラドリーS(T7F)に向かった。それほど対戦相手のレベルは高くなく、ピペットという馬と本馬が並んで単勝オッズ4.5倍の1番人気に支持された。6戦目にして6人目の騎手となるパット・スマレン騎手が騎乗した本馬は、今までの後方待機策を捨てて先行策に走った。しかし残り2ハロン地点からものの見事に失速し、勝ったエレクトリックフィールから19馬身半差の9着と惨敗。2歳時の成績は6戦1勝に終わった。

競走生活(3歳時)

3歳時は5月にグッドウッド競馬場で行われたリステッド競走ハイトオブファッションS(T9F192Y)から始動した。このレースは1970年の英オークスを筆頭にヨークシャーオークスやコロネーションCなどを勝った名牝ルーペを記念して1972年にルーペSの名称で創設されたが、1982年の勝ち馬ハイトオブファッションが、アンフワインナシュワンネイエフ兄弟の母となった功績を讃えて2007年に改称されていた。2000年の英オークス馬ラヴディヴァインは改名前の同競走をステップに16日後の本番を勝っており、英オークスの最終切符として機能する場合が時折見られた。

この年は、コリーダ賞などを勝ったエローパの娘でゴドルフィンが期待するウェディングマーチという馬がランフランコ・デットーリ騎手を鞍上に参戦してきて、単勝オッズ2.875倍の1番人気に支持されていた。また、シャイク・ハムダン殿下も愛1000ギニー馬メサーフの娘ザーヒラを送り込んでおり、単勝オッズ4倍の2番人気となっていた。ラドリーSで本馬と並んで1番人気で3着だったピペットも前走英1000ギニー13着からの巻き返しを狙って参戦しており、単勝オッズ4.33倍の3番人気となっていた。そしてアハーン騎手が騎乗する本馬は単勝オッズ13倍で8頭立て5番人気の伏兵だった。スタートが切られると本馬は致命的な出遅れを仕出かしてしまい、最後方をとぼとぼと走る羽目になった。ところが残り3ハロン地点でアハーン騎手が仕掛けると、素晴らしい伸びを見せた。先に抜け出していたピペットを残り1ハロン地点で瞬く間にかわすと、そのまま3馬身差をつけて勝利した。

この印象的な勝ち方により、パティノ夫人は2万ポンドの追加登録料を支払って、16日後の英オークス(英GⅠ・T12F10Y)参戦を決定したのだった。対戦相手は、ムシドラSなど3戦無敗のアヴィエート、ブルーウインドSを勝ってきたアクダレナ、フェイルデンS勝ち馬ルムーシュ、リングフィールドオークストライアルS2着馬タイムピース、愛1000ギニー4着馬リメンバーウェン、チェシャーオークスを勝ってきたガートルードベル、ハイトオブファッションSで最下位に沈んだウェディングマーチを諦めたゴドルフィンが代わりに送り込んできたサッジャー(後にジェベルハッタ・ドバイデューティーフリー・ケープヴェルディS・バランシーンS勝ちとドバイで活躍)など13頭だった。中心馬不在の混戦模様であり、アヴィエートが単勝オッズ4.5倍の1番人気、アクダレナが単勝オッズ7倍の2番人気、ルムーシュが単勝オッズ7.5倍の3番人気、タイムピースが単勝オッズ8倍の4番人気、リメンバーウェンとサッジャーが並んで単勝オッズ9倍の5番人気と続き、本馬は単勝オッズ10倍の7番人気だった。

本馬の鞍上は、英国平地首位騎手を3度獲得していたライアン・ムーア騎手だった。スタートが切られるとアクダレナが逃げを打ち、アヴィエートは好位を追走。大外枠発走だった本馬は、ムーア騎手がスタート直後に抑えたために、最後方からの競馬となっていた。その位置取りは道中ずっと変わらず、タッテナムコーナーを回って直線に入ってきてもまだ15頭立ての14番手。ここでようやくムーア騎手が仕掛けると、馬群の間を縫って猛然と追い込んでいった。途中で何度か進路が塞がる場面もあったが内側に進路変更して突破。そして残り1ハロン地点では本馬と同じく後方待機策から直線の末脚に賭けたリメンバーウェンやメーズナーなどとの争いとなったが、ここからさらに末脚を伸ばした本馬が、2位入線のメーズナー(直線入り口の進路妨害で失格)に首差、3位入線のリメンバーウェン(2着に繰り上がり)にはさらに2馬身差をつけて優勝した。優勝賞金は20万ポンドであり、奇しくも追加登録料2万ポンドと単勝オッズ10倍が合致する結果となった。また、ムーア騎手は翌日の英ダービーもワークフォースで制覇しており、まさしく絶好調だった。

次走は愛オークス(愛GⅠ・T12F)となった。対戦相手は、メーズナー、英オークス2着後にプリティポリーSで4着してきたリメンバーウェン、英オークス5着後にプリティポリーSで3着してきたアクダレナといった英オークス出走組と、前走リブルスデールSを勝ってきたフィリーズマイル勝ち馬ヒバーイエブ、リブルスデールS2着馬エルダリルなどだった。ゴドルフィンの所属馬ヒバーイエブが単勝オッズ4.33倍の1番人気、前走に続いてムーア騎手が騎乗する本馬が単勝オッズ4.5倍の2番人気、メーズナーとリメンバーウェンが並んで単勝オッズ7倍の3番人気となった。

スタートが切られると人気薄のアイスエンプレスが先頭に立ち、本馬は馬群の中団やや後方、ヒバーイエブは本馬の少し後方からレースを進めた。ヒバーイエブには全く手応えが無くレース中盤からどんどん失速したが、対照的に本馬は手応えが抜群であり、レース中盤から徐々に加速。直線入り口7番手から爆発的な末脚を披露すると、残り1ハロン半地点で先行馬勢を一気にかわして先頭に立った後は独走。2着ミスジェーンブロディーに8馬身差をつけて圧勝した。

次走はヨークシャーオークス(英GⅠ・T12F)で古馬に挑戦。ここには前年の英オークス・愛オークスを制してカルティエ賞最優秀3歳牝馬に選ばれたサリスカも参戦してきて、2世代の英愛オークス馬対決となった。さらに、前年の英オークス・愛オークスではいずれもサリスカに屈したものの、その後にBCフィリー&メアターフ・ナッソーS2回を勝っていたミッデイも参戦。愛オークスで4着だったメーズナーや愛オークス最下位だったヒバーイエブの姿もあったが、本馬、サリスカ、ミッデイによる3強対決と言って良かった。前々走のミドルトンSで三度ミッデイを破って勝ち、前年のヨークシャーオークスと前走のコロネーションCで2着していたサリスカが単勝オッズ3.125倍の1番人気、リチャード・ヒューズ騎手が騎乗する本馬が単勝オッズ3.5倍の2番人気、ナッソーSの2連覇を果たしてきたミッデイが単勝オッズ3.75倍の3番人気となった。

ところがスタートが切られると一大事が発生。サリスカが発走を拒否してそのまま競走中止となってしまったのである。レースはランカシャーオークスを2連覇していた最低人気馬バルシバが先頭を引っ張り、ミッデイと本馬は共に馬群の中団につけた。残り3ハロン地点でミッデイが先に仕掛けると、本馬もそれを追って上がっていった。そして残り2ハロン地点で抜け出したミッデイを本馬が追う展開となったが、本馬には過去2戦で見せた爆発的な脚が無く、ミッデイに3馬身差をつけられて2着に敗れた。

その後は1992年のユーザーフレンドリー以来18年ぶりの牝馬勝利を目指して、英セントレジャー(英GⅠ・T14F132Y)に向かった。本馬以外の出走馬9頭は全て牡馬であり、グレートヴォルティジュールSを勝ってきた英ダービー3着馬リワイルディング、デリンズタウンスタッドダービートライアルS勝ち馬で愛ダービー・グレートヴォルティジュールS2着のミダスタッチ、ゴードンS2着馬ダンディーノ、ロイヤルロッジS勝ち馬でグレートヴォルティジュールS3着のジョシュアツリー(後に加国際Sを3回勝利)、キングエドワードⅦ世S2着馬アークティックコスモスなどが対戦相手となった。ゴドルフィン所属のリワイルディングが単勝オッズ2倍の1番人気、ミダスタッチが単勝オッズ7.5倍の2番人気、ダンディーノが単勝オッズ8倍の3番人気で、アハーン騎手騎乗の本馬は単勝オッズ9倍の4番人気だった。

スタートが切られるとコルシカが先頭に立ち、ミダスタッチやアークティックコスモスがそれを追って先行、本馬やリワイルディングは後方からレースを進めた。残り3ハロン地点でリワイルディングが仕掛けると本馬も上がっていき、残り2ハロン地点で本格的にスパートを開始。しかしリワイルディングには伸びが無く先行馬勢を捕らえる前に失速。本馬も英オークスや愛オークスで発揮したほどの脚は見られなかった。レースは外側から抜け出したアークティックコスモスが内側のミダスタッチとコルシカを抑えて勝利し、本馬はアークティックコスモスから3馬身差の4着に敗れた。

一間隔を空けた本馬はムーア騎手と共に来日して、前走から2か月後のエリザベス女王杯(日GⅠ・T2200m)に参戦した。同競走はジャパンCなどと共に、海外の有力馬及び有力騎手の来日を促すために2008年に開始された国際競走シリーズのジャパン・オータムインターナショナルの1つに指定されており、特定の海外競走を勝った馬が参戦して入着すると報奨金が出る事になっていた(エリザベス女王杯の場合、勝てば1着賞金に並ぶ9000万円が加算される)。英オークスも報奨金対象指定競走に含まれており、陣営はエリザベス女王杯とジャパンCに登録して来日したのだった。

対戦相手は、阪神ジュベナイルフィリーズ・桜花賞・優駿牝馬・秋華賞を勝ってきた史上3頭目の中央競馬牝馬三冠馬アパパネを筆頭に、フローラSを勝って臨んだ優駿牝馬でアパパネと同着優勝していたサンテミリオン、ローズS勝ち馬で阪神ジュベナイルフィリーズ・秋華賞2着のアニメイトバイオ、日経新春杯・京都大賞典の勝ち馬メイショウベルーガ、京都牝馬S勝ち馬でヴィクトリアマイル2着のヒカルアマランサス、2年前のエリザベス女王杯優勝馬リトルアマポーラ、2年前の桜花賞馬レジネッタ、阪神ジュベナイルフィリーズ・日経新春杯の勝ち馬で前年の2着馬テイエムプリキュア、それに前走フラワーボウル招待Sを勝ってきた加国調教馬アーヴェイなどだった。史上初の3歳牝馬四冠馬を目指すアパパネが単勝オッズ2.7倍の1番人気、牡馬相手に活躍していたメイショウベルーガが単勝オッズ3.1倍の2番人気、アニメイトバイオが単勝オッズ7.2倍の3番人気で、欧州における高い実績を評価する意見と日本の馬場には合わないという意見が交錯していた本馬は単勝オッズ8.5倍の4番人気と、高いとも低いとも言えない微妙な評価だった。

スタートが切られると、前年の同競走や日経新春杯で大逃げを打って好走したテイエムプリキュアが加速して先頭に立ち、後続を8馬身ほど引き離す大逃げを打った。アパパネは5番手の好位、本馬はその後方7番手辺り、メイショウベルーガはさらに後方からレースを進めた。そのままの体勢で四角を回って直線に入ってくると、馬群の内側5番手だった本馬が凄まじい脚を繰り出し、残り300m地点で一瞬にして先頭に踊り出た。後方では本馬に瞬く間に置き去りにされたアパパネをメイショウベルーガが捕らえていたが、それとは別次元の競馬をした本馬が2着メイショウベルーガに4馬身差、3着アパパネにはさらに1馬身3/4差をつけて圧勝。海外馬として史上初のエリザベス女王杯優勝馬となった。

このあまりの凄まじいレースぶりを筆者は上手く表現できず、とにかく凄かったと書くしかない。本馬を評価していた人もそうでない人も揃って脱帽する強さであり、このレースに関して熱く語る風景が各地で見られた。ただ、レース直後にムーア騎手が外した上腹帯を手放した状態で検量に臨んだ事が発覚。日本中央競馬会は故意の不正ではない事と、上腹帯の重量では失格に該当する重量変動にならない事を理由として、厳重注意処分に留めたが、この件に関してはアパパネに騎乗していた蛯名正義騎手がツイッターで批判するなどの騒ぎとなり、せっかくの本馬の豪脚にみそをつける結果となってしまった。

2週間後のジャパンCでは、牡馬を含めても現役日本最強馬だと言われていたブエナビスタとの対決が期待されていた。しかし本馬は疲労の回復度合が思わしくなかったため回避。ブエナビスタとの対戦は結局実現しなかった。

疲労は比較的早い段階で取れたため、その後はジャパンCからさらに2週間後の香港C(香GⅠ・T2000m)へと向かった。前年の優勝馬で、仏ダービー・ガネー賞・プリンスオブウェールズS・ニエル賞なども勝っていたヴィジョンデタ、サンタラリ賞・仏オークス・ヴェルメイユ賞・ジャンロマネ賞の勝ち馬スタセリタ、ノアイユ賞勝ち馬で仏ダービー・パリ大賞2着のプラントゥール、本馬不在のジャパンCでローズキングダムの9着だったコンセイユドパリ賞・ドラール賞勝ち馬シリュスデゼーグル、ギョームドルナノ賞・ブリガディアジェラードS勝ち馬でエクリプスS2着のスリプトラ、EPテイラーSを勝ってきたレッガーヌ、ゴードンリチャーズSの勝ち馬グラスハーモニウム、香港ダービー・香港金杯などの勝ち馬コレクション、香港へ移籍してジョッキークラブCを勝っていた独2000ギニー馬イリアン、この年の香港ダービー勝ち馬スーパーサテン、香港に移籍していた英シャンペンS勝ち馬スーパーピスタチオ、香港チャンピオンズ&チャターC勝ち馬パッキングウィナーが対戦相手となった。欧州や米国と比べると日本のレースに対する注目度が高い香港だけに、前走の勝ち方を目の当たりにした地元ファンも多く、本馬が単勝オッズ2.5倍の1番人気に支持された。

スタートが切られるとパッキングウィナーが先頭に立ち、シリュスデゼーグルが2番手、スタセリタが好位、本馬やヴィジョンデタは最後方からレースを進めた。直線入り口でも本馬は13頭立ての12番手だったが、残り300m地点から馬群の隙間を突くと、ヴィジョンデタを置き去りにして豪脚一閃。残り200m地点から素晴らしい勢いで伸びて内側の馬達をごぼう抜きにすると、2着イリアンに首差で勝利した。

3歳時の成績は7戦5勝で、この年のカルティエ賞最優秀3歳牝馬に選ばれた(カルティエ賞の選考は米国のブリーダーズカップが終わって間もない11月上旬に実施されるため、本馬の受賞はエリザベス女王杯や香港Cの結果とは無関係である)。

競走生活(4歳時)

4歳時も現役を続行。当初はドバイシーマクラシックから始動する予定だったが、直前調教で右前脚に軽度の脚部不安を発症したため回避。本馬不在のドバイシーマクラシックは英セントレジャーで6着に終わっていたリワイルディングが勝利した。

英国に戻って養生し、6月にプリティポリーSで復帰する予定だったが、馬場状態悪化を理由に直前で回避。

改めて7月のエクリプスS(英GⅠ・T10F7Y)から始動した。対戦相手は僅か4頭だったが、前年の英ダービー・凱旋門賞を勝利してカルティエ賞最優秀3歳牡馬に選ばれたワークフォース、コックスプレート2連覇・アンダーウッドS・ヤルンバS・マッキノンSと豪州でGⅠ競走を5勝した後に愛国に移籍してタタソールズ金杯を勝ち、前走プリンスオブウェールズSでリワイルディングの2着してきたソーユーシンク、香港Cでは本馬の11着と惨敗するも前走プリンスオブウェールズSで3着していたスリプトラが含まれていた。ソーユーシンクが単勝オッズ1.67倍の1番人気、同コースで施行されるブリガディアジェラードSを勝って臨んできたワークフォースが単勝オッズ2.75倍の2番人気で、ジョニー・ムルタ騎手騎乗の本馬は単勝オッズ11倍の3番人気だった。

スタートが切られるとワークフォースのペースメーカー役だったジョエルS勝ち馬コンフロントが先頭に立ち、ワークフォースが2番手、ソーユーシンクが3番手で、本馬はスリプトラと共に最後方を進んだ。しかし直線に入っても全く伸びず、2着ワークフォースを半馬身抑えて勝ったソーユーシンクから9馬身1/4差の4着に敗退。香港Cで4馬身差をつけたスリプトラにも5馬身差をつけられてしまった。

次走はナッソーS(英GⅠ・T9F192Y)となった。前年のヨークシャーオークス勝利後にヴェルメイユ賞・ミドルトンSを勝ち、BCフィリー&メアターフ・コロネーションC・プリティポリーSで2着と安定して好走していたミッデイ、プライドS2回・プリンセスオブウェールズSなどを勝ってきたクリスタルカペラ、ネルグウィンS勝ち馬でコロネーションS3着のベアフットレディなどが対戦相手となった。3連覇を目指すミッデイが単勝オッズ2.5倍の1番人気、本馬に散々煮え湯を飲まされ続けたゴドルフィンの専属騎手デットーリ騎手が騎乗する本馬が単勝オッズ3.5倍の2番人気、クリスタルカペラが単勝オッズ5倍の3番人気だった。

レースではベアフットレディが逃げを打ち、ミッデイが3番手の好位、本馬はミッデイをマークするように5番手につけた。直線に入って残り2ハロン地点でミッデイが先頭に立つと本馬もそれに並びかけようとした。しかし残り1ハロン地点で右側によれて失速。体勢を立て直した時には既に遅く、勝ったミッデイに2馬身差をつけられて2着に敗れた。

その後は愛チャンピオンS(愛GⅠ・T10F)に向かった。エクリプスSから直行してきたソーユーシンク、独国のGⅠ競走ダルマイヤー大賞2着馬で愛国際S2回・アメジスト2連覇・メルドS2連覇など愛国GⅢ競走8勝のフェイマスネーム、クリテリウムドサンクルー・デリンズタウンスタッドダービートライアルSの勝ち馬リサイタル、愛2000ギニー・クリテリウム国際の勝ち馬ロデリックオコナーなど牡馬5頭が対戦相手となった。ソーユーシンクが単勝オッズ1.25倍の断然人気で、本馬は単勝オッズ7倍の2番人気だった。

レースはロデリックオコナーが先頭、ソーユーシンクが2番手で、デットーリ騎手が手綱を取る本馬はソーユーシンクを徹底マークするように3~4番手の好位につけた。そして直線に入ってすぐの残り2ハロン地点でソーユーシンクが先頭に立つのを見計らってから仕掛けると、外側からソーユーシンクに並びかけようとした。しかし最後までソーユーシンクを抜くことは出来ず、半馬身差の2着に敗れた(3着フェイマスネームは6馬身後方だった)。

その後は凱旋門賞(仏GⅠ・T2400m)に向かった。ソーユーシンク、エクリプスS2着後にキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスSで2着していたワークフォースの2頭に加えて、サンタラリ賞・仏オークス・サンクルー大賞・コリーダ賞・フォワ賞の勝ち馬で本馬とカルティエ賞最優秀3歳牝馬の座を争ったサラフィナ、前年のBCマイルで同競走3連覇を達成した超名牝ゴルディコヴァの半妹で、ギョームドルナノ賞・ヴェルメイユ賞を連勝してきた仏オークス2着馬ガリコヴァ、仏ダービー・ニエル賞の勝ち馬リライアブルマン、英セントレジャーを勝ってきたマスクドマーヴェル、パリ大賞勝ち馬メオンドル、愛ダービー・セクレタリアトSの勝ち馬で英ダービー2着のトレジャービーチ、コロネーションC・レーシングポストトロフィーの勝ち馬セントニコラスアビー、ベルリン大賞・バーデン大賞を連勝してきた伊オークス馬デインドリーム、それに日本からも天皇賞春・産経大阪杯の勝ち馬ヒルノダムール、前年の凱旋門賞で2着していた宝塚記念・セントライト記念の勝ち馬ナカヤマフェスタが参戦してきた。サラフィナが単勝オッズ5倍の1番人気、ソーユーシンクが単勝オッズ5.5倍の2番人気で、引き続きデットーリ騎手が騎乗する本馬は単勝オッズ15倍の8番人気だった。

スタートが切られるとトレジャービーチが先頭に立ち、本馬、サラフィナ、ソーユーシンクといった面々は馬群の中団を進んだ。本馬は直線に入る少し前から加速して、その勢いのままで直線に入ってきた。しかし本馬と同じく中団でレースを進めたデインドリームが残り300m地点から鮮やかに抜け出して5馬身差で圧勝し、先行して粘った単勝オッズ67倍の15番人気馬シャレータ(ただし翌年にヨークシャーオークスとヴェルメイユ賞を勝っている)にも首差届かなかった本馬は3着に敗れた。上位3頭は全て牝馬であり、牡馬勢は本馬から半馬身差の4着だったソーユーシンクが最上位だった。

本馬は引き続き英チャンピオンS(英GⅠ・T10F)に出走した。ソーユーシンク、ミッデイ、スリプトラ、前年の香港Cで本馬の7着に敗れていたシリュスデゼーグルに加えて、この年のキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスSを勝っていたナサニエル、英チャンピオンS2連覇・エクリプスS・英国際Sなどを勝っていた欧州10ハロン路線の雄トゥワイスオーヴァー、ストレンソールS・アークトライアルを連勝してきたグリーンデスティニーも参戦してきた。ソーユーシンクが単勝オッズ2.75倍の1番人気、ナサニエルが単勝オッズ6倍の2番人気、本馬とミッデイ、それにキラヴーランSなど3戦無敗のドバイプリンスが並んで単勝オッズ9倍の3番人気となった。

スタートが切られるとナサニエルが先頭を伺い、今回はオリビエ・ペリエ騎手が騎乗した本馬は、馬群の中団内側でレースを進めた。残り3ハロン地点から徐々に加速していくと5番手で直線に入ってきたが、残り2ハロン地点で完全に進路が塞がってしまった。残り1ハロン地点で外側に持ち出したが、本馬の前を走っていたソーユーシンクとシリュスデゼーグルの2頭に差をつけられ、シリュスデゼーグルの1馬身1/4差3着に敗れた。

過去4か月間で5戦という過密日程だった本馬だが休みは与えられず、再びムーア騎手と共に来日してエリザベス女王杯(日GⅠ・T2200m)に参戦した。ヴィクトリアマイルでGⅠ競走5勝目を挙げ、これを勝てば中央競馬牝馬限定GⅠ競走完全制覇となるアパパネ、秋華賞・クイーンSを勝ってきたアヴェンチュラ、阪神ジュベナイルフィリーズ・デイリー杯2歳S・チューリップ賞など4戦無敗のレーヴディソール、この年の優駿牝馬勝ち馬エリンコート、七夕賞・小倉記念・府中牝馬Sと重賞3連勝中のイタリアンレッド、ローズS・クイーンC勝ち馬で桜花賞2着、優駿牝馬・秋華賞で3着のホエールキャプチャ、翌年のエリザベス女王杯勝ち馬レインボーダリア、前年の同競走で9着に終わっていたサンテミリオンに加えて、海外からは英オークス・独オークス・英チャンピオンズフィリー&メアSを勝っていたダンシングレインも参戦してきた。この年5戦全敗の本馬だったが、前年の豪脚を忘れられないファン達により単勝オッズ2.7倍の1番人気に支持された。そしてアヴェンチュラが単勝オッズ4.8倍の2番人気、故障休養明けのレーヴディソールが単勝オッズ7.3倍の3番人気、アパパネが単勝オッズ10倍の4番人気となった。

スタートが切られるとシンメイフジが先頭に立って大逃げを打ち、大きく離された2番手にホエールキャプチャ、アパパネが4番手、アヴェンチュラが中団で、大外枠発走の本馬は18頭立て14番手からの競馬となった。そのままの体勢でレースが進行し、直線に入ると大逃げから粘るシンメイフジに残り100m地点でホエールキャプチャ、アパパネ、アヴェンチュラが襲い掛かっていった。しかし次の瞬間、ホエールキャプチャとアパパネの間から突然1頭の馬が飛び出してきた。四角で内側を上手く回って直線入り口を10番手で迎えていた本馬だった。一瞬にして前4頭をかわすと、2着アヴェンチュラに首差をつけて優勝。1999年のメジロドーベル、2004年のアドマイヤグルーヴに次ぐ史上3頭目(海外馬では勿論初)のエリザベス女王杯2連覇を達成した。

前年とは全く異なるレースぶりだったが、直線入り口ではどこにいるのやら分からないような状況からいきなり姿を現して瞬時にして先頭に立った内容は、やはり印象的なものだった。

その後は香港に向かい、今回は香港Cではなく香港ヴァーズに登録していたが、直前調教で左前脚に屈腱炎を発症したために回避して長期休養入りした。4歳時の成績は6戦1勝だった。

競走生活(5歳時)

復帰したのは前走から9か月が経過した5歳8月の事であり、復帰初戦は牝馬限定競走ジャンロマネ賞(仏GⅠ・T2000m)となった。対戦相手は、前年の凱旋門賞で9着だったガリコヴァ、ファルマスS・アルクール賞勝利・ガネー賞2着と牡馬相手に活躍していたジオフラ、プリティポリーS・ミドルトンSなどを勝っていたイジートップ、一昨年の英オークスで本馬の8着に敗れたものの前年のファルマスS勝ち馬を勝ち前年のジャンロマネ賞と前走ナッソーSで2着していたタイムピース、ファルマスS3着馬シユーマなどだった。ジオフラが単勝オッズ3.25倍の1番人気、ガリコヴァが単勝オッズ3.75倍の2番人気、本馬が単勝オッズ5倍の3番人気だった。

スタートが切られると最低人気馬テンプラが先頭を引っ張り、ガリコヴァが先行、ジオフラは中団、ムーア騎手騎乗の本馬は後方からレースを進めた。やはり後方からの末脚に賭けたイジートップが直線入り口で仕掛けて残り200m地点でタイムピースをかわして先頭に立ったが、残り400m地点から仕掛けた本馬がイジートップを上回る末脚を披露し、3/4馬身かわしてトップゴールした。

これでムーア騎手と共に出走したレースはGⅠ競走ばかり6戦全勝となったように見えたが、後の11月になって薬物検査で抗炎症剤の陽性反応が出た事が判明して失格処分(イジートップが繰り上がって勝利)となり、結果的にムーア騎手のコンビで勝てなかった最初で最後のレースとなった。本馬が引っ掛かった薬物は屈腱炎の治療のために用いられたもので、それが体内から完全に消えないうちにレースに出たために発生した事態だった。

次走となった9月の愛チャンピオンS(愛GⅠ・T10F)の段階では、ジャンロマネ賞失格処分は出ていなかった。対戦相手5頭は全て牡馬であり、前年の英チャンピオンSでは5着だったが、この年はエクリプスSを勝ちキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスSで2着するなど好調を維持していたナサニエル、前年の凱旋門賞5着後にBCターフを勝ちコロネーションCの2連覇も果たしていたセントニコラスアビー、愛ダービー2着馬ボーントゥシー(凱旋門賞馬アーバンシーの最後の子である)、ロイヤルロッジS・UAEダービーの勝ち馬ダディロングレッグス、バリサックスS・デリンズタウンスタッドダービートライアルS勝ち馬で愛ダービー3着のライトヘビーがその内訳だった。ナサニエルが単勝オッズ2.625倍の1番人気、負傷療養中のムーア騎手からデットーリ騎手に乗り代わった本馬が単勝オッズ2.875倍の2番人気、セントニコラスアビーが単勝オッズ4倍の3番人気となった。

スタートが切られるとセントニコラスアビーのペースメーカー役としての出走だったダディロングレッグスが後続を大きく引き離して先頭に立ち、ナサニエルが2番手、本馬は4番手、セントニコラスアビーが5番手につけた。残り2ハロン地点でナサニエルが先頭に立つと、本馬もそれを追ってスパートを開始。残り1ハロン地点でナサニエルに並びかけていった。そしてナサニエルを競り落とすと、そのまま2着ナサニエルに1馬身1/4差をつけて、2分00秒92のコースレコードを計時して勝利した。ダンロップ師は後に本馬が競走馬を引退する際に、屈腱炎を克服して勝ったこの愛チャンピオンSが間違いなく本馬最高のレースだったと述べた。

次走は凱旋門賞の予定だったが、左前脚の屈腱炎が再発したために回避した。

5歳時を2戦1勝で終えた本馬は、翌6歳時も現役続行の予定だったが、またしても左前脚の屈腱炎が再発したためにレースに出る事無く、2013年7月に現役引退が発表された。

パティノ夫人が1800ユーロ(約22万5千円)で買い戻した本馬だが、最終的な獲得賞金総額は391万1804ポンド(引退時点の為替レートで約5億8700万円)に達していた。

血統

Intikhab Red Ransom Roberto Hail to Reason Turn-to
Nothirdchance
Bramalea Nashua
Rarelea
アラビア Damascus Sword Dancer
Kerala
Christmas Wind Nearctic
Bally Free
Crafty Example Crafty Prospector Mr. Prospector Raise a Native
Gold Digger
Real Crafty Lady In Reality
Princess Roycraft
Zienelle Danzig Northern Dancer
Pas de Nom
Past Example Buckpasser
Bold Example
Woodland Dream Charnwood Forest ウォーニング Known Fact In Reality
Tamerett
Slightly Dangerous Roberto
Where You Lead
Dance of Leaves Sadler's Wells Northern Dancer
Fairy Bridge
Fall Aspen Pretense
Change Water
Fantasy Girl Marju ラストタイクーン トライマイベスト
Mill Princess
Flame of Tara アーティアス
Welsh Flame
Persian Fantasy Persian Bold Bold Lad
Relkarunner
Gay Fantasy Troy
Miss Upward

インティカブは当馬の項を参照。

母ウッドランドドリームは現役成績11戦1勝。ウッドランドドリームの半兄にはビッグバッドボブ(父ボブバック)【フュルシュテンベルクレネン(独GⅢ)】がいる。ウッドランドドリームの祖母パーシャンファンタジーの従兄弟にはペルダー【伊グランクリテリウム(伊GⅠ)・伊2000ギニー(伊GⅠ)・ガネー賞(仏GⅠ)とオース【英ダービー(英GⅠ)】の兄弟がいる。近親にはパタヴェリアン【アベイドロンシャン賞(仏GⅠ)】とエイヴォンブリッジ【アベイドロンシャン賞(仏GⅠ)】の快速兄弟、日本で走ったテンザンセイザ【京都新聞杯(GⅡ)・京阪杯(GⅢ)】もいる。→牝系:F1号族⑥

母父チャーンウッドフォレストはウォーニング産駒で、現役成績は11戦4勝。クイーンアンS(英GⅡ)・チャレンジS(英GⅡ)を勝ったが、セントジェームズパレスS(英GⅠ)・サセックスS(英GⅠ)・ロッキンジS(英GⅠ)ではいずれも2着だった。競走馬引退後は愛国で種牡馬入りしたが、2001年6月に脚の骨折のため9歳で夭折している。

競走馬引退後

競走馬を引退した本馬はパティノ夫人所有のまま愛国アイスランモアスタッドで繁殖入りした。初年度はパティノ夫人の所有馬だったレーシングポストトロフィー2着馬イルーシヴピムパーネルと交配された。その直後の2014年7月には本馬の現役最後のレースとなった愛チャンピオンSを施行するレパーズタウン競馬場において等身大の本馬の銅像が作られ、お披露目の際には本馬も自分の像の前に立って記念写真に収まった。翌年に初子となる牝駒が誕生している。

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