ブラッシングジョン

和名:ブラッシングジョン

英名:Blushing John

1985年生

栗毛

父:ブラッシンググルーム

母:ラグリフ

母父:プリンスジョン

仏2000ギニー勝利後に米国に移籍してBCクラシックにおいてサンデーサイレンスとイージーゴアの対決に食い下がりエクリプス賞最優秀古馬牡馬を受賞

競走成績:2~4歳時に仏英米で走り通算成績19戦9勝2着1回3着2回

誕生からデビュー前まで

米国ケンタッキー州ノースリッジファームにおいてフランク・グローヴス氏により生産された馬で、米国の航空機メーカーであるガルフストリーム・エアロスペース社の代表だったアレン・E・ポールソン氏の所有馬となった。後にアラジシガーなどの所有馬として名を馳せるポールソン氏は、1983年に馬主となってまだ数年しか経っていなかったが、所有馬のエストラペイドが1986年のエクリプス賞最優秀芝牝馬を受賞するなど、既に馬主として成果を上げ始めていた。ポールソン氏は本馬を仏国に送り、フランソワ・ブータン調教師に預けた。

競走生活(2・3歳時)

2歳9月にロンシャン競馬場で行われたヴィユボン賞(T1600m)で、主戦となるフレデリック・ヘッド騎手を鞍上にデビューして、後にブラジルで種牡馬として活躍するレーブドレを首差の2着に抑えて勝利を収めた。次走のサンロマン賞(仏GⅢ・T1800m)では、2着トリティームトリに4馬身差、3着となった後のロワイヨモン賞の勝ち馬トゥルーリースペシャルにはさらに短頭差をつけて圧勝した。

しかし次走のクリテリウムドサンクルー(仏GⅠ・T2000m)では、勝ったワキリヴァーから5馬身差、2着に入った後の仏ダービー馬アワーズアフターからも4馬身半差をつけられた3着に敗退。2歳時の成績は3戦2勝となった。

3歳時は4月のフォンテーヌブロー賞(仏GⅢ・T1600m)から始動した。サンロマン賞2着後にコンデ賞を勝っていたトリティームトリが出走してきたが、本馬が2着トリティームトリに2馬身差で勝利した。

次走の仏2000ギニー(仏GⅠ・T1600m)では、レパーズタウンS・グラッドネスSの勝ち馬でテトラークS2着のカレアフォリー、ジェベル賞を勝ってきたシャインディ、トリティームトリ、フォンテーヌブロー賞3着のソヴィエトラッドなどが対戦相手となったが、本馬が2着フレンチストレス(後にパース賞・エドモンブラン賞・シュマンドフェルデュノール賞を勝ち、ジャックルマロワ賞で2着、イスパーン賞で3着している)に2馬身差で勝利した。

次走のジャンプラ賞(仏GⅠ・T1850m)では、仏グランクリテリウムの勝ち馬フィジャータンゴ、ヨーロピアンフリーHの勝ち馬ラピエール、フレンチストレス、前走4着のトリティームトリ、英2000ギニーで3着してきたベレフェラなどが対戦相手となった。しかしここでは直線の末脚が不発に終わり、勝ったラピエールから2馬身1/4差の4着に敗退した。ここから本馬の歯車は少し狂い始めた。

英国に遠征して出走したセントジェームズパレスS(英GⅠ・T8F)では、愛2000ギニー・テトラークSを連勝してきたプリンスオブバーズ、愛ナショナルSの勝ち馬で愛2000ギニー2着のカーウェント、ミドルパークS3着馬パーシャンハイツなどとの対戦となった。レースでは先行するもゴール前で失速して、勝ったパーシャンハイツから3馬身半差の4着に敗れた。

次走のムーランドロンシャン賞(仏GⅠ・T1600m)では、アスタルテ賞を勝ってきたガビナ(翌年のフォレ賞の勝ち馬)、プリンセスマーガレットS・フレッドダーリンSを勝っていたブルーブックといった同世代馬に加えて、BCマイル・英1000ギニー・仏1000ギニー・ジャックルマロワ賞2回・ムーランドロンシャン賞・イスパーン賞・サラマンドル賞・マルセルブサック賞とGⅠ競走で9勝を挙げていたミエスク、仏2000ギニー・サセックスS・フォレ賞・ジュライCとGⅠ競走で4勝を挙げていたソヴィエトスターという、1歳年上の名マイラー2頭が参戦してきた。ヘッド騎手がミエスクに騎乗したため、本馬にはジェラルド・モッセ騎手が騎乗した。今回の本馬は後方2番手を進み、直線で早めに仕掛けて残り400m地点で先頭に立ったが、瞬く間にソヴィエトスター、ミエスクの2頭に突き抜かれ、さらにはガビナにも差されてしまい、ミエスクとの接戦を制して勝ったソヴィエトスターから9馬身1/4差をつけられた4着と完敗した。

その後は米国に遠征して、チャーチルダウンズ競馬場で行われたBCマイル(米GⅠ・T8F)に挑戦した。サセックスS・クイーンエリザベスⅡ世S・リッチモンドS・英シャンペンSの勝ち馬でジャックルマロワ賞2着のウォーニング、英1000ギニー・仏1000ギニー・チェヴァリーパークS・アランベール賞の勝ち馬でコロネーションS3着のラヴィネラという同世代のトップマイラーに加えて、同競走初の2連覇を目指すミエスク、前年のベルモントSを筆頭にアーリントンワシントンフューチュリティ・ローレルフューチュリティ・ハスケル招待H・サプリングS・ファウンテンオブユースS・ピムリコスペシャルHを勝ちケンタッキーダービー・プリークネスS・フィリップHアイズリンHで2着していたダートの強豪馬ベットトゥワイス、この年のアーリントンミリオンS・シュマンドフェルデュノール賞・メシドール賞の勝ち馬ミルネイティヴ、カリフォルニアダービー・ロングエイカーズマイルHの勝ち馬でマーヴィンルロイH2着のシンプリーマジェスティック、アーケイディアHの勝ち馬モハメドアブドゥ、サラナクS・ラトガーズH・フォアランナーS・ギャラントマンSの勝ち馬ポーセン、キーンランドBCSを勝ってきたニッコロポロ、イングルウッドH・プレミエールH・バドワイザーBCHの勝ち馬でジョンヘンリーH・アメリカンH・バーナードバルークH2着のステインレンなど、路線違いの馬も含めて各方面から有力馬が集結していた。ウォーニングが単勝オッズ2.9倍の1番人気に支持された。本馬は単勝オッズ3倍の2番人気となったのだが、それは同厩(馬主は異なる)のミエスクとカップリングされたためであり、実際の前評判はもっと低かった。ヘッド騎手はやはりミエスクに騎乗したため、本馬には米国の名手パット・デイ騎手が騎乗した。レースでは馬群の中団後方を追走したのだが、三角に入る頃には既に手応えが無くなっており、連覇を達成したミエスクから実に27馬身も離された10着と惨敗してしまった(11着ウォーニングには一応先着した)。

本馬はこのまま米国リチャード・J・ランディ厩舎に転厩して、BCマイルで騎乗したデイ騎手を主戦として、米国ダート路線に活路を見出すことになった。

競走生活(4歳前半)

3歳時は6戦2勝の成績で終え、4歳時は3月にオークローンパーク競馬場で行われたダート8ハロンの一般競走から始動した。初のダート競走だったが、2着フリッペイブルに3馬身差で快勝した。

次走のレイザーバックH(米GⅡ・D8.5F)では、アーカンソーダービー・イリノイダービー・エセックスHの勝ち馬でケンタッキーダービー4着のプロパーリアリティ、ボードオブカヴァナーズHの勝ち馬リファーズリッジなどが対戦相手となったが、本馬が2着リファーズリッジに1馬身半差をつけて勝利を収めた。

その勢いを駆って、オークローンH(米GⅠ・D9F)に出走した。ガルフストリームパークH・サルヴェイターマイルHの勝ち馬でメドウランズCH・ドンH・ワイドナーH2着のスルーシティスルー、ベンアリH・フェイエットSの勝ち馬ホームビルダー、リファーズリッジ、前走3着のプロパーリアリティなどが対戦相手となった。しかしここでは、勝ったスルーシティスルーから2馬身差の4着に敗れた。

次走は、前年に30年ぶりに復活した米国の名物競走ピムリコスペシャルH(D9.5F)となった。復活2年目だったためにまだグレード格付けは無かったが、賞金総額は75万ドルと並のGⅠ競走を遥かに上回る高額であり、その賞金を狙って、スルーシティスルー、前走5着のプロパーリアリティ、フロリダダービー・ペガサスH・ジムダンディSの勝ち馬でプリークネスS2着・ベルモントS・トラヴァーズS3着のブライアンズタイム、フロリダダービー・ペガサスH・ドンH・ワイドナーH・エヴァーグレーズS・ホーソーン金杯・パターソンHの勝ち馬でベルモントS・トラヴァーズS・ドンH・ガルフストリームパークH・オークローンH2着のクリプトクリアランス、スワップスSの勝ち馬でサンタアニタダービー2着・スーパーダービー3着ののライブリーワン、ドンH・リグスH2回・ボルチモアBCH・ジョンBキャンベルHの勝ち馬リトルボールドジョン、ブルーグラスSの勝ち馬グラナカスなど多くの有力馬が参戦していた。単勝オッズ8倍で出走した本馬は、好スタートから好位を先行すると、逃げるスルーシティスルーやプロパーリアリティを直線で一気に差し切り、2着プロパーリアリティに2馬身差をつけて、1分53秒2のコースレコードを計時して快勝した。なお、プロパーリアリティは次走のメトロポリタンHや4走後のフィリップHアイズリンHを勝つ事になる。

その後は米国西海岸に向かい、カリフォルニアンS(米GⅠ・D9F)に出走した。マーヴィンルロイH・ジャマイカH・サンバーナーディノH・エルカミノリアルダービーの勝ち馬ルールマン、前走10着のライブリーワン、マーヴィンルロイHで2着してきた上がり馬サボナ、サンルイレイS3着馬パヤンなどが対戦相手となり、ここではサボナの1馬身3/4差2着に敗れた。

次走はハリウッド金杯(米GⅠ・D10F)となった。サボナ、前走3着のライブリーワン、同4着のパヤン、オークツリー招待H・カールトンFバークH・チャールズHストラブS・サンフアンカピストラーノ招待H・オカール賞・ラクープドメゾンラフィットの勝ち馬でハリウッドターフH2着のナスルエルアラブなどが出走していたが、本馬が単勝オッズ2.3倍の1番人気に支持された。レースでは人気薄のヘンベインがスローペースで先頭を引っ張り、本馬は先団につけた。そして直線に入ると堂々と抜け出して、2着サボナに3馬身半差をつけて完勝を収め、米国でもGⅠ競走タイトルを手にした。

競走生活(4歳後半)

その後は短期休養を経て、8月にアーリントンパーク競馬場で行われたアーリントンH(米GⅠ・T10F)に向かった。ここでは、前年のBCターフを筆頭にサンフアンカピストラーノ招待H・ハリウッドターフカップS・ハリウッドパークターフH・サンルイオビスポH2回・ゴールデンゲートH・サンマルコスHを勝っていたグレートコミュニケイターとの対戦となった。久々の芝競走ではあったが、今の本馬なら十分に対応できると思われ、グレートコミュニケイターを抑えて1番人気に支持された。ところが勝ったのはステークス競走未勝利馬のアンノウンクオンティティで、グレートコミュニケイターは4馬身3/4差の4着、本馬はさらに頭差の5着最下位に終わった。

その後は翌月のアーリントンミリオンSに出走する予定だったのだが、さすがにこれでは無理と判断されたようで、次走はアーリントンミリオンSの翌週に同じアーリントンパーク競馬場で行われたワシントンパークH(米GⅡ・D9F)となった。ここでは2着グラントリーに7馬身半差をつける圧勝劇を演じた。

次走はメドウランズCH(米GⅠ・D10F)となった。パンアメリカンH・ロングブランチS・ランプライターH・ドミニオンデイHの勝ち馬で前走フィリップHアイズリンH3着のミセレクト、ピムリコスペシャルHで8着だったスルーシティスルー、同11着だったリトルボールドジョンなどが対戦相手となった。今まで本馬に乗ってきたデイ騎手は1歳年下の名馬イージーゴアの主戦でもあり、来るべきBCクラシックではイージーゴアに乗ることが確定的だったため、ここから本馬にはアンヘル・コルデロ・ジュニア騎手が騎乗する事になった。しかし新コンビの初戦は、勝ったミセレクトから20馬身差の7着と振るわない結果に終わった。

それでも、ガルフストリームパーク競馬場に向かい、BCクラシック(米GⅠ・D10F)に挑戦した。対戦相手は、ベルモントS・カウディンS・シャンペンS・ウッドメモリアルS・ホイットニーH・トラヴァーズS・ウッドワードS・ジョッキークラブ金杯・ゴーサムSの勝ち馬でBCジュヴェナイル・ケンタッキーダービー・プリークネスS2着のイージーゴア、ケンタッキーダービー・プリークネスS・サンタアニタダービー・スーパーダービー・サンフェリペHの勝ち馬でベルモントS2着のサンデーサイレンス、ブルーグラスS・ジムビームS・ペンシルヴァニアダービーの勝ち馬でフロリダダービー2着のウエスタンプレイボーイ、ピムリコスペシャルH4着後に2度目のホーソーン金杯を勝っていたクリプトクリアランス、この年にミシガンマイル&ワンエイスH・エクワポイズマイル・グッドウッドH・カンタベリーカップH・ハロルドCラムザーシニアH・グッドウッドHとGⅢ競走6勝を挙げていたプレゼントバリュー、ミセレクト、前走3着のスルーシティスルーの7頭だった。このレースは、米国三冠競走で激戦を演じてきたイージーゴアとサンデーサイレンスの完全決着の場と目されており、この2頭以外の馬は全てその他大勢扱いだった。イージーゴアが単勝オッズ1.5倍の1番人気、サンデーサイレンスが単勝オッズ3倍の2番人気で、3番人気のウエスタンプレイボーイは単勝オッズ17.9倍、4番人気のクリプトクリアランスは単勝オッズ19.9倍、5番人気のプレゼントバリューは単勝オッズ20.3倍、そして本馬は単勝オッズ22.5倍の6番人気だった。

スタートが切られるとスルーシティスルーが先頭に立ち、本馬は少し離れた2番手を進んだ。サンデーサイレンスが3~4番手の好位で、イージーゴアはさらに離れた6番手につけた。スルーシティスルーが刻んだペースは最初の2ハロン通過が22秒2というかなり速いものだったが、本馬は頑張って2番手を走っていた。向こう正面半ばでイージーゴアが加速してサンデーサイレンスに並びかけようとすると、サンデーサイレンスもやはり加速した。それとほぼ同時に本馬も加速して、三角でスルーシティスルーを一気にかわして先頭に立った。そのまま先頭で直線に入ってきたのだが、すぐに外側からサンデーサイレンスに並びかけられた。残り1ハロン地点でサンデーサイレンスにかわされ、残り半ハロン地点では外側から追い込んできたイージーゴアにもかわされたが、イージーゴアを首差抑えて勝ったサンデーサイレンスから1馬身1/4差の3着に入った。4着馬プレゼントバリューは本馬から9馬身3/4差をつけられていたし、上位2頭がいずれも米国競馬史上に名を残す名馬である事を考慮すると、価値ある3着だったと言える。

本馬はこのレースを最後に競走馬を引退。4歳時10戦5勝の成績で、この年のエクリプス賞最優秀古馬牡馬に選出された。

血統

Blushing Groom Red God Nasrullah Nearco Pharos
Nogara
Mumtaz Begum Blenheim
Mumtaz Mahal
Spring Run Menow Pharamond
Alcibiades
Boola Brook Bull Dog
Brookdale
Runaway Bride Wild Risk Rialto Rabelais
La Grelee
Wild Violet Blandford
Wood Violet
Aimee Tudor Minstrel Owen Tudor
Sansonnet
Emali Umidwar
Eclair
La Griffe Prince John Princequillo Prince Rose Rose Prince
Indolence
Cosquilla Papyrus
Quick Thought
Not Afraid Count Fleet Reigh Count
Quickly
Banish Fear Blue Larkspur
Herodiade
Grafitti Graustark Ribot Tenerani
Romanella
Flower Bowl Alibhai
Flower Bed
Fictitious Abernant Owen Tudor
Rustom Mahal
Mermaid Blue Peter
Sonsie Wench

ブラッシンググルームは当馬の項を参照。

母ラグリフは不出走馬だが、その産駒には、本馬の半姉ナイトファイア(父キャノネイド)【カリフォルニアジョッキークラブH(米GⅢ)】や、日本で走った半弟インディードスルー(父シアトルスルー)【3着京成杯三歳S(GⅡ)】がいる。ナイトファイアの子にはアマルハヤティ【パッカーアップS(米GⅢ)・ニジャナS(米GⅢ)】が、本馬の半姉シャマリタン(父シャム)の子には日本で走ったエイシンワシントン【CBC賞(GⅡ)・セントウルS(GⅢ)・2着スプリンターズS(GⅠ)】がいる。

ラグリフの母グラフィッティは現役成績30戦12勝。ブラックヘレンH(米GⅡ)・レディーズH・ラトロワンヌS(米GⅢ)・ミストロピカルHの勝ち馬で、CCAオークス・マザーグースS・ケンタッキーオークスなどで2着した活躍馬。ラグリフの半妹グラフィティギャル(父プロント)の孫にラッキーロベルト【ホープフルS(米GⅠ)】が、グラフィッティの半妹パントマイムの孫にアプトスター【エイコーンS(米GⅠ)】、牝系子孫にロイヤルダイアモンド【愛セントレジャー(愛GⅠ)】がいる。→牝系:F1号族④

母父プリンスジョンは当馬の項を参照。

競走馬引退後

競走馬を引退した本馬は米国で種牡馬入りした後に、早田牧場やマルゼン橋本牧場により購入されて、1998年から日本で種牡馬生活を送った。初年度は94頭の繁殖牝馬を集めたが、2年目は64頭、3年目は41頭、4年目は23頭、5年目は10頭、6年目の2003年は1頭と、交配数は右肩下がりだった。2002年に早田牧場が経営破綻した後の2004年に種牡馬を引退。その後の消息は不明であり、前年の2003年に屠殺が発覚したファーディナンドと同じ運命を辿ったと思われる。

米国の産駒成績も今ひとつだったが、日本における産駒成績はそれ以上に振るわず、全日本種牡馬ランキングでは2003年の124位が最高だった。

主な産駒一覧

生年

産駒名

勝ち鞍

1991

Jaggery John

フォアランナーS(米GⅢ)・ファイアクラッカーH(米GⅢ)

1992

Blushing Heiress

ウィルシャーH(米GⅡ)・パロマーH(米GⅢ)

1994

Blushing K. D.

ケンタッキーオークス(米GⅠ)・ファンタジーS(米GⅡ)・モンマスBCオークス(米GⅡ)・フェアグラウンズオークス(米GⅢ)

1997

Walkslikeaduck

デルマーダービー(米GⅡ)・ベイメドウズBCダービー(米GⅢ)

1998

John Little

エクセルシオールBCH(米GⅢ)

1999

セトノウルトラ

兵庫ダービー(園田)・菊水賞(園田)

2001

シルクメイジャー

はがくれ大賞(KJ2)

2002

ベルモントミサンガ

ノースクイーンC(H2)

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