タルヤー
和名:タルヤー |
英名:Tulyar |
1949年生 |
牡 |
黒鹿 |
父:テヘラン |
母:ネオクラシー |
母父:ネアルコ |
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3歳になって開花し、英ダービー・エクリプスS・キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスSを制して英国調教馬の賞金記録を57年ぶりに更新する |
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競走成績:2・3歳時に英で走り通算成績13戦9勝2着1回3着1回 |
誕生からデビュー前まで
アガ・カーンⅢ世殿下と息子のアリ・カーン王子の両名により生産・所有された愛国産馬で、英国マーカス・マーシュ調教師(名伯楽として名高かったリチャード・マーシュ調教師の息子で、父のあとを継いでいた)に預けられた。主戦はチャーリー・スマーク騎手で、本馬の13戦中12戦に騎乗した。体高は15ハンド程度しかない非常に小柄な馬で、性格もおっとりしており、デビュー前は全くといってよいほど期待されていなかった。
競走生活(2歳時)
2歳5月にニューマーケット競馬場で行われたファーストスプリング2歳S(T5F)でデビューしたが、20頭立ての5番人気で、結果も人気どおりの5着だった。6月にアスコット競馬場で行われたヴァージニアウォーターS(T5F)が2戦目となったが、13頭立ての4番人気で、勝ったマルーンから5馬身差の3着と振るわなかった。8月にヨーク競馬場で行われたエイコムS(T6F)が3戦目となったが、ここでは22頭立ての7番人気で、レースでも何の見せ場も無く、アルキヌスの13着と惨敗した。4戦目は、9月にヘイドックパーク競馬場で行われたバギンズファームナーサリーH(T8F)となった。ここでは17頭立ての3番人気となり、3/4馬身差でようやく初勝利を挙げた。次走は、10月にバーミンガム競馬場で行われたカイントンナーサリーH(T8F)となった。ここでは17頭立ての1番人気に支持され、ここでも3/4馬身差の辛勝ながら2勝目を挙げた。次走は、同月にニューベリー競馬場で行われたホーリスヒルS(T7F60Y)となった。ここでも10頭立ての1番人気に支持されたが、エイチヴィーシーの1馬身差2着に敗退。
2歳時の成績は6戦2勝で、2歳フリーハンデにおいては、トップのジムクラックS・愛フェニックスSの勝ち馬ウインディシティから19ポンドも低い114ポンドの評価だった(もっとも、ウインディシティは英タイムフォーム社のレーティングにおいて2歳馬としては2015年現在でも史上最高値となっている142ポンドが与えられた史上最強クラスの2歳馬ではあった)。
2歳時における本馬の着順と当該レースの距離には明確な相関性が見られ、距離1マイルでは勝利を収め、距離7ハロンでは惜敗し、距離6ハロン以下では完敗している。このことからすれば、本馬は典型的な長距離馬であったと言えるようであるし、陣営もどうやら同感だったようである。
競走生活(3歳前半)
3歳時は4月にハーストパーク競馬場で行われたヘンリーⅧ世S(T7F)から始動した。ここではミドルパークS・コヴェントリーSの勝ち馬で後にセントジェームズパレスSにも勝利するキングスベンチという強敵が対戦相手となったが、本馬が2着トリムカリーに1馬身半差で勝利を収め、キングスベンチはさらに4馬身差の3着だった。
この後は翌月の英2000ギニーに向かうのが当然だったが、陣営は本馬の実力と距離適性にまだ疑問を抱いており、結局英2000ギニーは回避する事になった。この年の英2000ギニーは本命馬不在であり、フォンテーヌブロー賞を勝ってきた仏国調教馬のサンダーヘッドが、キングスベンチを5馬身差の2着に破って圧勝している。
一方の本馬は英2000ギニーの代わりに長距離戦のオーモンドS(T14F75Y)に出走。ここではテン乗りのダグラス・スミス騎手とコンビを組んだが、古馬勢を打ち破って、2着ニキフォロスに半馬身差で勝利した(3着馬は10馬身後方だった)。続くリングフィールドダービートライアルS(T12F)では単勝オッズ5倍という半信半疑の評価だったが、2着バガボンドに2馬身差をつけて勝利した。
そして駆け込み気味に本番の英ダービー(T12F)を迎えることになった。対戦相手は、英2000ギニー馬サンダーヘッド、サンロマン賞・グレフュール賞を勝ってきたシルネー、翌年のエクリプスS・クイーンアンSを勝利する英2000ギニー3着馬アーガー、オカール賞で2着してきた後のワシントンDC国際Sの勝ち馬ワードン、ダフニ賞・エドモンブラン賞の勝ち馬で仏グランクリテリウム2着・仏2000ギニー3着のフォーブル、デューハーストSの勝ち馬マーシャド、ディーSを勝ってきたトークロス、リッチモンドS・ソラリオSの勝ち馬ゲイタイム、ニューS・ジュライSの勝ち馬でリッチモンドS・ブルーリバンドトライアルS2着のボブメジャー、ロウス記念Sの勝ち馬でニューマーケットS2着のモナークモア、ジャンプラ賞の勝ち馬で仏グランクリテリウム3着のラヴァレンド、ホーリスヒルSで本馬を破った後にソラリオSで2着していたエイチヴィーシー、ニューマーケットSを勝ってきたチャベイダウン、チェスターヴァーズを勝ってきたサマーレイン、クレイヴンSの勝ち馬カラテペなど32頭だった。人気はかなり割れていたが、本馬が単勝オッズ6.5倍で堂々の1番人気の支持を受けることになった。スマーク騎手はかなり自信があったようで、レース直前(直後ではない)に記者席に「ほら、タルヤーだったでしょう?」という内容の電報を送っていた。レースでは2番人気のシルネーも同率2番人気のアーガーも馬群に呑まれて全然伸びてこない中、好位から直線ですんなりと抜け出した本馬が残り2ハロン地点で先頭に立った。そこに11番人気の伏兵ゲイタイムが外側から猛追してきたが、凌ぎ切って3/4馬身差で優勝した。全く期待されていなかった馬が3歳牡馬の頂点を極めた瞬間だった。
本馬は続いてエクリプスS(T10F)に出走。少々距離が短いかとも思われたが、単勝オッズ1.33倍という断然の1番人気に支持された。そして2着となった同厩馬メマンダーに3馬身差をつけて楽勝した。
さらに翌週には、創設2年目のキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS(T12F)に出走して、単勝オッズ4倍の1番人気に支持された。レースでは例によって好位を進むと、今回は本馬より先に抜け出して残り1ハロン地点で先頭に立ったゲイタイムに並びかけて叩き合いに持ち込んだ。2頭の叩き合いはゴールまで続いたが、本馬が競り勝ち、2着ゲイタイムに首差、3着ワードンにさらに1馬身半差をつけて優勝した。この勝利により本馬の獲得賞金総額は6万796ポンドに達し、1895年にアイシングラスが記録した英国調教馬の獲得賞金記録5万8655ポンドを実に57年ぶりに更新した(アイシングラスの記録は当時の世界記録でもあったが、1923年にケンタッキーダービー馬ゼヴが英ダービー馬パパイラスとの10万ドルマッチレースを制した時点で世界記録ではなくなっている)。
競走生活(3歳後半以降)
秋は英セントレジャー(T14F132Y)に出走して、単勝オッズ1.91倍という圧倒的な1番人気に支持された。レースでは3番手を進むゲイタイムから少し後方の好位を追走。直線に入ると大外に持ち出してスパートして一気に先行馬勢を抜き去り、2着キングスフォードに3馬身差をつける完勝を収めた。3歳時は7戦全勝の完璧な成績で、もし英2000ギニーに出走していたら英国三冠馬になっていたのではないかと言われた。
4歳時も現役続行する予定だったが、愛国ナショナルスタッドから25万ポンド(当時の為替レートで70万ドル。日本円換算で2億5200万円)という、サラブレッド競走馬としては当時の世界最高金額で購買の申し込みがあり、取引が成立したために4歳時には1度もレースに出ることなく競走馬を引退した。
獲得賞金総額は最終的に7万6417ポンド(何故か資料によって食い違いがあり、7万6413ポンドだったり、7万6577ポンドだったりする)に達し、これは6年後にバリモスにより更新されるまで英国記録だった。本馬の名は後にイギリス国鉄のディーゼル機関車D9015号の名称に使用されている。
血統
Tehran | Bois Roussel | Vatout | Prince Chimay | Chaucer |
Gallorette | ||||
Vashti | Sans Souci | |||
Vaya | ||||
Plucky Liege | Spearmint | Carbine | ||
Maid of the Mint | ||||
Concertina | St. Simon | |||
Comic Song | ||||
Stafaralla | Solario | Gainsborough | Bayardo | |
Rosedrop | ||||
Sun Worship | Sundridge | |||
Doctrine | ||||
Mirawala | Phalaris | Polymelus | ||
Bromus | ||||
Miranda | Gallinule | |||
Admiration | ||||
Neocracy | Nearco | Pharos | Phalaris | Polymelus |
Bromus | ||||
Scapa Flow | Chaucer | |||
Anchora | ||||
Nogara | Havresac | Rabelais | ||
Hors Concours | ||||
Catnip | Spearmint | |||
Sibola | ||||
Harina | Blandford | Swynford | John o'Gaunt | |
Canterbury Pilgrim | ||||
Blanche | White Eagle | |||
Black Cherry | ||||
Athasi | Farasi | Desmond | ||
Molly Morgan | ||||
Athgreany | Galloping Simon | |||
Fairyland |
父テヘランはボワルセルの直子で、アガ・カーンⅢ世殿下の所有馬として走り、現役成績は9戦6勝。セプテンバーS(第一次世界大戦中だったため、ニューマーケット競馬場で行われた英セントレジャーの代替競走)の勝ち馬で、ニューダービー(英ダービーの代替競走)とアスコット金杯で2着、英2000ギニーで3着と好走している。本馬が大活躍した1952年には英愛首位種牡馬を獲得している。本馬以外の主な産駒は、エクリプスSの勝ち馬ミステリー、愛オークス馬アマンテ、加国際CSSの勝ち馬エルバンディード、ドンカスターC・ヨークシャーC・グッドウッドCの勝ち馬レイズユーテンなどで、やはり全体的に長距離色が強い。
母ネオクラシーは現役成績5戦2勝、プリンセスエリザベスSの勝ち馬。繁殖牝馬としてはきわめて優秀であり、初子である本馬を筆頭に、本馬の半弟コベット(父ミゴリ)【プリンセスオブウェールズS・ラクープドメゾンラフィット】、半弟セントクレスピン(父オリオール)【凱旋門賞・エクリプスS・ギシュ賞】、半弟クリプトン(父プリンスビオ)【メシドール賞】などの活躍馬を次々と送り出した。セントクレスピンは後に日本に種牡馬として輸入され、エリモジョージ、タイテエムと2頭の天皇賞馬を出した。本馬の半妹アンドロメダ(父スターダスト)の子にはアンティクリア【伊1000ギニー・伊オークス】、孫には日本で走ったハクホオショウ【安田記念・カブトヤマ記念・札幌記念・オールカマー】、玄孫世代以降にはアワパラゴン【阪神障害S秋・東京障害特別秋・京都大障害秋】などがいる。また、ネオクラシーの半姉キュアノス(父ブルーピーター)の子にはディーモン【チェスターヴァーズ・カンバーランドロッジS】、玄孫にはタイムチャーター【英オークス(英GⅠ)・英チャンピオンS(英GⅠ)・キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS(英GⅠ)・コロネーションC(英GⅠ)】がいる。
ネオクラシーの母ハリナは現役成績7戦1勝だが、インペリアルプロデュースSを勝ち、ナッソーSで2着した活躍馬だった。ハリナはかなりの良血馬であり、その全兄にはアスフォード【ドンカスターC】、トリゴ【英ダービー・英セントレジャー・愛セントレジャー】、ハリネロ【愛ダービー・愛セントレジャー】、プリメロ【愛ダービー・愛セントレジャー】と活躍馬が多数いる。アスフォードとプリメロは共に本邦輸入種牡馬であり、特にプリメロは第二次世界大戦後の日本競馬界をリードした大種牡馬である。また、ハリナの全姉チョクロの玄孫には日本で走ったサクラショウリ【東京優駿・宝塚記念】が、ハリナの全妹アヴェナの孫にはナガミ【伊ジョッキークラブ大賞・コロネーションC】、曾孫にはモンテヴェルディ【デューハーストS(英GⅠ)】、玄孫世代以降にはジェイドハンター【ドンH(米GⅠ)・ガルフストリームパークH(米GⅠ)】、日本で走ったシンボリクリエンス【中山大障害春・中山大障害秋】、ビートブラック【天皇賞春(GⅠ)】などがいる。ハリナの祖母アセグレニーは愛オークス馬。→牝系:F22号族①
母父ネアルコは当馬の項を参照。
競走馬引退後
競走馬を引退した本馬は愛国ナショナルスタッドで種牡馬入りした。初年度の種付け料は600ギニーに設定された。本馬の種牡馬人気は絶大であり、英国や愛国のみならず、仏国、米国、独国、伊国など世界各国から繁殖牝馬がやって来た。あまりにも交配の申し込みが多いため、ナショナルスタッドのマネージャーが交配数制限を行う必要が生じるほどだった。種牡馬入り後3年目の1955年に、米国ケンタッキー州クレイボーンファームのアーサー・ブル・ハンコック氏が結成した種牡馬シンジケートが、本馬の購入をナショナルスタッドに打診してきた。24万ポンドで取引は成立し、本馬はクレイボーンファームに移動して種牡馬生活を続けた。米国における種付け料は1万ドルに設定された。しかし米国に移動後の本馬は体調を崩しがちとなり、満足な種牡馬生活を送ることはできなかった。欧州、米国のいずれにおいても、何頭かの活躍馬を出してはいるが、その期待に見合うだけの成果は遂に出せなかった。1972年に23歳で他界した。
日本には直子のタリヤートス(タケホープの母父)とジャヴリン(カツラノハイセイコの母父)が種牡馬として輸入された。米国では直子のバーレーンが障害用種牡馬として活躍した他に、欧州に残してきたメネレクが、ラグトレード、ハローダンディーの2頭の英グランドナショナル勝ち馬を筆頭に、愛グランドナショナルを制したビットオブアスカイト、ヘネシー金杯勝ち馬エイプリルセブンスなど多くの名障害競走馬を出した。また、メネレクは母父としても、チェルトナム金杯などを制したインペリアルコールを筆頭に、チャンピオンハードル2着馬ラージアクション、マーフィーズ金杯勝ち馬で中山グランドジャンプでも3着したジアウトバックウェイなど多くの名障害競走馬を出している。
主な産駒一覧
生年 |
産駒名 |
勝ち鞍 |
1955 |
Talmud |
愛ナショナルS |
1956 |
Cellyar |
ハネムーンH |
1956 |
Fiorentina |
愛1000ギニー |
1956 |
Ginetta |
仏1000ギニー・ムーランドロンシャン賞・アランベール賞 |
1957 |
Paris Pike |
ハリウッドオークス |
1959 |
Dingle Bay |
ハリウッドオークス |
1959 |
Pixie Erin |
サンタマルガリータ招待H |
1960 |
Mako |
米グランドナショナル |
1961 |
Castle Forbes |
エイコーンS・ソロリティS |
1962 |
Margarethen |
モデスティH |
1964 |
Serene Queen |
ギャロレットH |
1967 |
Resolutely |
ラスパルマスH |