ラーイ

和名:ラーイ

英名:Rahy

1985年生

栗毛

父:ブラッシンググルーム

母:グローリアスソング

母父:ヘイロー

競走馬としてはGⅡ競走を1勝するに留まったが種牡馬としては父ブラッシンググルームの後継種牡馬として大活躍した良血馬

競走成績:2~4歳時に英米で走り通算成績13戦6勝2着4回3着1回

誕生からデビュー前まで

米国ケンタッキー州ヒルンデイルファームにおいて、ジョン・シクラ・ジュニア氏により生産された。東欧のスロバキア出身であるシクラ・ジュニア氏は、幼少期に家族と一緒に共産党政権から逃れて加国に移住した。その時点において彼のポケットマネーは10ドルだったらしい。スロバキアにいた頃から馬が好きだった彼は1960年にトロント郊外に土地を購入してヒルンデイルファームと命名して馬産を開始。彼の馬産活動は瞬く間に巨大化し、1970年代には既にエドワード・プランケット・テイラー氏と並び称せられる加国の大馬産家となっていた。

彼は1983年に名馬主ネルソン・バンカー・ハント氏(1980年に銀の買占めに失敗してから資金繰りに苦しむようになっていた)から、1980年のエクリプス賞最優秀古馬牝馬・ソヴリン賞年度代表馬及び最優秀古馬牝馬グローリアスソングを800万ドルで購入した(この時点でグローリアスソングのお腹にいたのがメイセイオペラの父グランドオペラである)。そして既にケンタッキー州に本拠地を移していたヒルンデイルファームで繁殖生活を続けさせた。シクラ・ジュニア氏はグランドオペラを出産したグローリアスソングの次の交配相手として、当時は頭角を現し始めて間もなかったブラッシンググルームを指名。そして本馬が誕生したのだった。グローリアスソングの半弟には本馬より4歳年上のエクリプス賞最優秀2歳牡馬デヴィルズバッグがいるなど、血統的には申し分なく、幼少期からかなりの期待馬だった。

そんな本馬を1歳時のキーンランド7月セールで購入したのは、ドバイの首長シェイク・マクトゥーム殿下(シェイク・ハムダン殿下やシャイク・モハメド殿下の兄)であり、購入金額は200万ドルだった。英国マイケル・スタウト調教師に預けられた。

競走生活(2・3歳時)

2歳7月にドンカスター競馬場で行われた芝6ハロンの未勝利ステークスでデビューすると、2着マンレイに3馬身差で順当に勝ち上がった。次走は9月にケンプトンパーク競馬場で行われたサイレニアS(T6F)となり、主戦となるウォルター・スウェンバーン騎手を鞍上に、2着サングルに頭差で勝利した。続いてミルリーフS(英GⅡ・T6F)に出走。しかしここでは後にコロネーションSを勝つチェリーヒントンS2着馬マジックオブライフと、ジムクラックS2着馬で後の愛2000ギニー3着馬インティミデートの2頭に屈して、勝ったマジックオブライフから5馬身3/4差の3着に敗れた。次走のミドルパークS(英GⅠ・T6F)では、後にセントジェームズパレスSを勝ち英チャンピオンSで2着するパーシャンハイツ(本馬から4馬身差の3着)には先着したものの、フライングチルダースSを勝ってきたギャリックリーグの1馬身半差2着に敗退。2歳時を4戦2勝の成績で終えた。

3歳時は調整が上手くいかず、復帰は8月までずれ込んでしまった。復帰初戦は英国のローカル競馬場であるブライトン競馬場で行われたサウスコーストS(T8F)となった。古馬相手のレースだった上に、殆どの他馬よりも重い131ポンドという厳しい斤量が課せられたのだが、単勝オッズ1.5倍の1番人気に応えて、8ポンドのハンデを与えた4歳馬ケンタウリに3馬身差をつけて快勝した。

次走は同月にウインザー競馬場で行われたウインターヒルS(T8F22Y)となった。前走と異なり斤量面の不利も無く、単勝オッズ2.625倍の1番人気に支持された。前走と同じく馬群の中団好位を進んだのだが、直線に入ると全く伸びずに、勝ったハイバーニアンゴールドから13馬身半差をつけられた7着と惨敗してしまった。次走は9月にニューベリー競馬場で行われたアーリントンS(T8F)となった。今回は単勝オッズ3倍の1番人気となった。レースでは馬群の中団後方を追走し、直線に入ると猛然と前との差を詰めてきたが、一足先に抜け出したダルウィーシュに短頭差届かずに2着に敗れた。3歳時はこれが最後のレースとなり、この年は結局3戦1勝の成績に終わった。

競走生活(4歳時)

4歳時には米国ニール・ドライスデール厩舎に転厩して現役を続行。まずは5月にハリウッドパーク競馬場で行われた芝9ハロンの一般競走に出走したが、勝ったスプレンダーキャッチから6馬身半差の4着に敗れた。6月にはゴールデンゲートフィールズ競馬場で行われたダート8.5ハロンの一般競走に出走。初のダート戦だったが、2着ブルーガイに6馬身差をつけて圧勝した。

さらに7月にハリウッドパーク競馬場で行われたダート8ハロンのハンデ競走に出走。ここでは、次走のエクワポイズマイルHで2着するパラマウントジェットとの顔合わせとなった。パラマウントジェットの母スーザンズガールはエクリプス賞最優秀古馬牝馬に2度選ばれた名牝だった。エクリプス賞最優秀古馬牝馬の息子同士の対戦となったこのレースは、ゲイリー・スティーヴンス騎手騎乗の本馬がパラマウントジェットを5馬身差の2着に破って完勝した。

前走から12日後にはハリウッドパーク競馬場でベルニアH(米GⅡ・D8F)に出走した。このレースには、エルカミノリアルダービー・ジャマイカH・サンバーナーディノHを勝ち、前々走のマーヴィンルロイHでGⅠ競走初勝利を挙げてきたルールマンという強敵も出走していた。しかし結果は本馬が2着ホットオペレーターに10馬身差をつけて圧勝し、翌年のサンタアニタHなども勝つ強豪ルールマンはホットオペレーターからさらに3馬身差の3着に敗れた。

その後はしばらく間隔を空け、10月にサンタアニタパーク競馬場で行われたハロルドCラムザーシニアH(米GⅢ・D8.5F)に出走した。このレースにも強敵の姿があった。サンフェルナンドS・カーターHのGⅠ競走2勝に加えて、マリブS・サンパスカルH・ダービートライアルS・パロスヴェルデスH・ポトレログランデH・ビングクロスビーH・デルマーBCHも勝っていたオンザラインと、ミシガンマイル&ワンエイスH・エクワポイズマイルH・ナショナルジョッキークラブH・カンタベリーカップHを勝っていたプレゼントバリューがそれだった。結果はプレゼントバリューが勝ち、本馬は半馬身差の2着、オンザラインは3着だった。

次走のグッドウッドH(米GⅢ・D9F)では、先行して直線で押し切りを図るも、後方から並びかけてきたプレゼントバリューに競り負けて1馬身1/4差の2着に敗退。秋の結果次第ではガルフストリームパーク競馬場で行われるBCクラシックを目指す予定だったと思われるが、結果が出なかったため出走せず、結局このまま4歳時6戦3勝の成績で競走馬引退となった。

プレゼントバリューはBCクラシックに出走したが、勝ったサンデーサイレンスから11馬身差の4着に敗れており、本馬が出走していても勝ち負けに絡めた可能性は低そうである。獲得賞金総額は34万7767ドルで、購入金額200万ドルには遠く及ばず、競走馬としては期待に応えられたとは言い難かった。

血統

Blushing Groom Red God Nasrullah Nearco Pharos
Nogara
Mumtaz Begum Blenheim
Mumtaz Mahal
Spring Run Menow Pharamond
Alcibiades
Boola Brook Bull Dog
Brookdale
Runaway Bride Wild Risk Rialto Rabelais
La Grelee
Wild Violet Blandford
Wood Violet
Aimee Tudor Minstrel Owen Tudor
Sansonnet
Emali Umidwar
Eclair
Glorious Song Halo Hail to Reason Turn-to Royal Charger
Source Sucree
Nothirdchance Blue Swords
Galla Colors
Cosmah Cosmic Bomb Pharamond
Banish Fear
Almahmoud Mahmoud
Arbitrator
Ballade Herbager Vandale Plassy
Vanille
Flagette Escamillo
Fidgette
Miss Swapsco Cohoes Mahmoud
Belle of Troy
Soaring Swaps
Skylarking

ブラッシンググルームは当馬の項を参照。

グローリアスソングは当馬の項を参照。→牝系:F12号族①

母父ヘイローは当馬の項を参照。

競走馬引退後

競走馬を引退した本馬は、所有権の半分をマクトゥーム殿下から購入した米国ケンタッキー州スリーチムニーズファームで種牡馬入りした。初年度の種付け料は1万5千ドルに設定された。この時期には父ブラッシンググルームの種牡馬としての名声は揺ぎ無いものになっており、本馬の種牡馬人気にも好影響を与えた。本馬は2年目産駒からGⅠ競走を11勝もした名牝セレナズソングを出して、一躍種牡馬としての名声を高めた。その後もファンタスティックライトなど数多くの活躍馬を出し、産駒のステークスウイナーは91頭に及んだ。産駒達の獲得賞金総額は9700万ドルに達し、1歳時の取引額200万ドルを全額取り戻して余りある成績となった。最盛期の種付け料は10万ドルであり、米国でもトップクラスの名種牡馬としての地位を確立し、スリーチムニーズファームの屋台骨を長年に渡り支え続けた。

産駒の距離適性は短距離から長距離まで幅広く、さらには芝とダートを問わなかった。仕上がりは早く、頑健で長期間走ることも出来るなど、特に弱点が見当たらない万能種牡馬だった。繁殖牝馬の父としても100頭以上のステークスウイナーを出し、ジャイアンツコーズウェイが大活躍した2000年には英愛母父首位種牡馬に輝いた。2009年、前年までは特に問題なかった受精率が極端に低下したため、同年の繁殖シーズン終了後の7月に種牡馬を引退した。その後も功労馬としてスリーチムニーズファームで余生を送っていたが、2011年9月に老衰に伴う合併症のため26歳で他界し、スリーチムニーズファームに埋葬された。後継種牡馬には恵まれていないが、ジャイアンツコーズウェイが種牡馬として大活躍しているため、本馬の血の影響力は健在である。

主な産駒一覧

生年

産駒名

勝ち鞍

1991

Mariah's Storm

アーリントンワシントンラッシーS(米GⅡ)・ターフウェイBCS(米GⅡ)・アクサーベンオークス(米GⅢ)・アーリントンオークス(米GⅢ)・アーリントンメイトロンH(米GⅢ)・フォールズシティH(米GⅢ)

1992

Exotic Wood

ゴーフォーワンドH(米GⅠ)・サンタモニカH(米GⅠ)・サンタマリアH(米GⅠ)・ラブレアS(米GⅡ)・ジェニュインリスクH(米GⅡ)・バッシュフォードマナーS(米GⅢ)

1992

Serena's Song

オークリーフS(米GⅠ)・ハリウッドスターレットS(米GⅠ)・ラスヴァージネスS(米GⅠ)・サンタアニタオークス(米GⅠ)・マザーグースS(米GⅠ)・ハスケル招待H(米GⅠ)・ガゼルH(米GⅠ)・ベルデイムS(米GⅠ)・サンタモニカH(米GⅠ)・サンタマリアH(米GⅠ)・ヘンプステッドH(米GⅠ)・ランダルースS(米GⅡ)・ジムビームS(米GⅡ)・ブラックアイドスーザンS(米GⅡ)・サンタイネスBCS(米GⅢ)・ピムリコディスタフH(米GⅢ)・フルールドリスH(米GⅢ)

1993

Hawksley Hill

アーケイディアH(米GⅡ)・エルリンコンH(米GⅡ)・サンフランシスコマイルH(米GⅡ)・チェリーヒントンS(英GⅢ)・ベイメドウズH(米GⅢ)・オークツリーBCマイルS(米GⅢ)

1993

Hurrahy

ロイヤルパームH(米GⅢ)

1993

Raw Gold

ランダルースS(米GⅡ)・サンタイネスS(米GⅢ)

1995

Early Pioneer

ハリウッド金杯(米GⅠ)・サンバーナーディノH(米GⅡ)

1995

Howbaddouwantit

ローレルダッシュ(米GⅢ)

1995

Tranquility Lake

ゲイムリーS(米GⅠ)・イエローリボンS(米GⅠ)・サンタバーバラH(米GⅡ)・クレメントLハーシュH(米GⅡ)・パロマーH(米GⅡ)・パロマーH(米GⅢ)・ウィルシャーH(米GⅢ)

1995

トキオパーフェクト

クリスタルC(GⅢ)・中日スポーツ賞四歳S(GⅢ)・OROカップ(盛岡)・早池峰賞(水沢)

1996

Fantastic Light

BCターフ(米GⅠ)・マンノウォーS(米GⅠ)・香港C(香GⅠ)・タタソールズ金杯(愛GⅠ)・プリンスオブウェールズS(英GⅠ)・愛チャンピオンS(愛GⅠ)・グレートヴォルティジュールS(英GⅡ)・サンダウンクラシックトライアルS(英GⅢ)・ドバイシーマクラシック(首GⅢ)

1996

Super Red

コノートC(加GⅡ)

1996

グラスワールド

ダービー卿チャレンジトロフィー(GⅢ)

1997

Apt to Be

阪神CH(米GⅢ)

1997

City on a Hill

ジュライS(英GⅢ)

1997

Deep Sleep

セーネワーズ賞(仏GⅢ)

1997

Designed For Luck

シューメーカーマイルS(米GⅠ)・オークツリーBCマイルS(米GⅡ)・アスコットH(米GⅢ)

1997

Tubrok

エヴァーグレイズS(米GⅢ)

1998

Dearly

ブランドフォードS(愛GⅢ)

1998

Noverre

サセックスS(英GⅠ)・英シャンペンS(英GⅡ)・ジュライS(英GⅢ)

1998

Tates Creek

ゲイムリーS(米GⅠ)・イエローリボンS(米GⅠ)・ダイアナH(米GⅡ)・ラスパルマスH(米GⅡ)・サンゴルゴーニオH(米GⅡ)・ジェニーワイリーS(米GⅢ)・ノーブルダムゼルH(米GⅢ)

1999

Golden Rahy

カールトンFバークH(米GⅢ)

2002

Allow

クイーンズランドオークス(豪GⅠ)

2002

Classic Campaign

ロバートFケアリー記念H(米GⅢ)

2002

Perfectperformance

ロイヤルロッジS(英GⅡ)

2002

Rahy's Appeal

トップフライトH(米GⅡ)

2002

Shining Energy

ゲイムリーS(米GⅠ)・サンクレメンテH(米GⅡ)

2002

T. D. Vance

米国競馬名誉の殿堂博物館S(米GⅡ)

2002

True to Tradition

ニアークティックS(加GⅡ)

2003

Alloway

クレオパトル賞(仏GⅢ)

2003

Dancing Forever

マンハッタンH(米GⅠ)・エルクホーンS(米GⅡ)

2003

Lewis Michael

ワシントンパークH(米GⅡ)・パットオブライエンH(米GⅡ)

2003

Racer Forever

クリテリオンS(英GⅢ)

2004

Dreaming of Anna

BCジュヴェナイルフィリーズ(米GⅠ)・サマーS(加GⅢ)・パッカーアップS(米GⅢ)・エンデバーS(米GⅢ)・ヒルズボローS(米GⅢ)・ミントジュレップH(米GⅢ)

2004

Legerete

マルレ賞(仏GⅡ)・ロワイヨモン賞(仏GⅢ)

2004

Rahystrada

リバーシティH(米GⅢ)・アーリントンH(米GⅢ)3回・ケンタッキーCターフS(米GⅢ)

2004

フライングアップル

スプリングS(GⅡ)

2005

Rio de La Plata

ジャンリュックラガルデール賞(仏GⅠ)・ヴィットリオディカプア賞(伊GⅠ)・ローマ賞(伊GⅠ)・ヴィンテージS(英GⅡ)・ストレンソールS(英GⅢ)

2005

Verdana Bold

シリーンS(加GⅢ)

2005

Walzertraum

バーヴァリアンクラシック(独GⅢ)

2007

Lady of the Desert

ロウザーS(英GⅡ)・ダイアデムS(英GⅡ)・プリンセスマーガレットS(英GⅢ)

2007

Pounced

BCジュヴェナイルターフ(米GⅡ)

2007

Retrieve

グローミングS(豪GⅢ)・ノーマンロビンソンS(豪GⅢ)

2008

Strong Suit

コヴェントリーS(英GⅡ)・レノックスS(英GⅡ)・チャレンジS(英GⅡ)・ジャージーS(英GⅢ)

2009

Malossol

パリオーリ賞(伊GⅢ)

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