ドロッセルマイヤー
和名:ドロッセルマイヤー |
英名:Drosselmeyer |
2007年生 |
牡 |
栗毛 |
父:ディストーテッドユーモア |
母:ゴールデンバレエ |
母父:モスコーバレー |
||
人気で凡走、人気薄で好走し、生涯で挙げたグレード競走2勝がベルモントSとBCクラシックだったという大一番に強い馬 |
||||
競走成績:2~4歳時に米で走り通算成績16戦5勝2着5回 |
人気を集めると凡走し、人気が無くなると激走する癖馬というのは時々存在する。日本では「新聞を読める馬」ことカブトシロー、「気まぐれジョージ」ことエリモジョージ、「オッズを読む馬」ことダイタクヘリオスなどが代表例であるが、こうした馬は海外にも勿論いる。
その代表格が本馬である。9回出走したグレード競走では1番人気が3回、2番人気が2回、3番人気が1回、5番人気が1回、6番人気が1回、8番人気が1回だが、勝ったのは6番人気と8番人気の2回だけだった。しかもその2回はベルモントS・BCクラシックといずれも米国を代表する大競走であり、GⅡ・GⅢ競走では5戦全敗だった。勝ったレースの格からすると、日本では勝った重賞が菊花賞と有馬記念の2つだけだったメジロデュレン(GⅡ競走では4戦全敗。GⅢ競走には出走していない)に近いだろうか。
誕生からデビュー前まで
米国ケンタッキー州においてアーロン・ジョーンズ氏とマリー・ジョーンズ夫人の夫婦により生産された。母ゴールデンバレエはGⅠ競走2勝馬という事で血統的な期待が大きく、1歳9月のキーンランドセールにおいて、父ディストーテッドユーモアを種牡馬として繋養していたウインスターファームにより60万ドル(当時の為替レートで約6690万円)で購入された。そして、かつて歴史的名馬シガーを管理していたウィリアム・I・“ビル”・モット調教師に預けられた。
競走生活(2歳時)
2歳8月にサラトガ競馬場で行われた芝8.5ハロンの未勝利戦でケント・デザーモ騎手を鞍上にデビューした。スティーヴズキトゥンが単勝オッズ3.75倍の1番人気、エピキュリウスが単勝オッズ3.85倍の2番人気で、本馬は単勝オッズ7倍で9頭立ての4番人気だった。スタートが切られるとスティーヴズキトゥンが逃げて、エピキュリウスは後方からと、人気馬2頭が対照的な位置取りとなった。本馬はエピキュリウスの少し前を走っていたが、エピキュリウスの行き脚が良くないと見ると、少しずつ上がっていった。前方では逃げたエピキュリウスも四角で馬群に沈み、代わりに2番手を走っていた単勝オッズ8.2倍の5番人気馬シアトルミッションが直線入り口で先頭に立って押し切りを図った。そしてそれを本馬と単勝オッズ19倍の7番人気馬ワンスカイが追いかけた。ゴール前では接戦となったが、シアトルミッションが押し切って勝ち、本馬は3/4馬身差の3着に敗れた。
次走は9月にベルモントパーク競馬場で行われた芝8.5ハロンの未勝利戦となった。今回もデザーモ騎手とコンビを組んだ本馬が、ここでは単勝オッズ2.15倍で9頭立ての1番人気に支持された。スタートが切られると単勝オッズ5.2倍の2番人気馬イグジが逃げを打ち、本馬は4番手の好位を進んだ。しかし後にレキシントンSなどに勝利する実力馬であるイグジの逃げは非常に快調で、四角では後続をさらに引き離しにかかった。直線入り口3番手だった本馬はイグジを捕らえる事が出来ず、4馬身差をつけられて2着に敗れた。
その後はケンタッキー州に向かい、10月にキーンランド競馬場で行われたオールウェザー9ハロンの未勝利戦に出走。ロビー・アルバラード騎手とコンビを組んだ本馬は、今回は単勝オッズ3.8倍で9頭立ての1番人気に支持された。レースは単勝オッズ5.2倍の3番人気馬サイキックインカムと単勝オッズ5.4倍の4番人気馬ロンサムストリートの2頭が先頭を引っ張り、本馬は馬群の中団につけた、そして三角手前で仕掛けて直線入り口3番手から末脚を伸ばし、前を行くサイキックインカムとロンサムストリートの2頭を抜き去った。ところがここで本馬と似たようなレース運びをした単勝オッズ4.8倍の2番人気馬ハートビュートも同時に先頭に立っており、ゴール前の叩き合いでハートビュートに屈した本馬は頭差の2着に敗れた。
次走は11月にチャーチルダウンズ競馬場で行われたダート8ハロンの未勝利戦となった。デザーモ騎手騎乗の本馬は単勝オッズ1.9倍で、3戦連続で9頭立ての1番人気に支持された。ここでは馬群の中団好位から徐々に位置取りを押し上げ、三角手前では既に2番手までやってきていた。そして前を走っていた単勝オッズ4.3倍の2番人気馬ソルーティングストーマイを四角でかわして先頭に立つと、直線では後続をみるみる引き離し、2着オールドハンブルグに6馬身差をつけて圧勝した。
こうして4戦目にして未勝利を脱出したのだが、2歳時はこれが最後のレースとなった。
競走生活(3歳時)
3歳時は1月にガルフストリームパーク競馬場で行われたダート9ハロンの一般競走から始動した。デザーモ騎手騎乗の本馬が単勝オッズ1.9倍の1番人気で、後にファイアクラッカーHなどを勝つガイズリワードが単勝オッズ3.9倍の2番人気、未勝利戦を4馬身差で圧勝してきたベストアクターが単勝オッズ5.7倍の3番人気となった。スタートが切られると単勝オッズ63.3倍の最低人気馬ジェットセットインパパが大逃げを打ち、本馬が馬群の中団につけた。ジェットセットインパパの大逃げはレース中盤で終わり、入れ代わりにベストアクターが上がっていき、本馬も徐々に進出を開始した。そしてベストアクターと本馬がほぼ同時に先頭で直線に入ってきたが、ここから本馬がベストアクターを着実に引き離し、ゴール前で追い込んできた2着プリンスウィルアイアム(この8か月後にジャマイカHを勝ってGⅠ競走勝ち馬となっている)に1馬身3/4差をつけて勝利した。
その後はフェアグラウンズ競馬場に向かい、リズンスターS(GⅡ・D8.5F)に出走した。デザーモ騎手騎乗の本馬が単勝オッズ3.1倍の1番人気で、ベルモントフューチュリティSとシャンペンSで2着だったディスクリートリーマインが単勝オッズ3.5倍の2番人気、ルコントSを勝ってきたロンザグリーク(5歳以降に本格化してサンタアニタH・スティーヴンフォスターH・ジョッキークラブ金杯とGⅠ競走を3勝)が単勝オッズ4.7倍の3番人気という3強対決となった。スタートが切られるとディスクリートリーマインが加速して、テンプテッドトゥタピットやノーザンジャイアントを引き連れて先頭を引っ張り、本馬は馬群の中団につけた。そして三角で仕掛けて前との差を詰めようとしたのだが、ディスクリートリーマインが刻んだペースは最初の2ハロンが24秒6、最初の半マイルは48秒75という遅いものであり、先行馬勢は止まってくれなかった。本馬は直線入り口4番手から追い上げたが、結局前の3頭を全て捕らえられずに、勝ったディスクリートリーマインから1馬身3/4差の4着に敗れた。
次走はケンタッキーダービー最終切符を掛けたルイジアナダービー(GⅡ・D9F)となった。ディスクリートリーマインが単勝オッズ4.5倍の1番人気、デザーモ騎手騎乗の本馬が単勝オッズ5.5倍の2番人気、前走の一般競走で実力馬ファーストデュードに頭差で勝ってきたフライダウンが単勝オッズ7.5倍の3番人気、リズンスターSの5着馬ステイプットが単勝オッズ7.7倍の4番人気、ハッチソンSで2着してきたアリトルウォームが単勝オッズ7.9倍の5番人気、ケンタッキージュヴェナイルS・サザンウエストSで3着のミッションインパジブルが単勝オッズ8.1倍の6番人気、リズンスターSで6着に終わっていたロンザグリークが単勝オッズ8.7倍の7番人気という大混戦となった。スタートが切られるとアリトルウォームが逃げを打ち、ディスクリートリーマイン、ミッションインパジブルなどが先行、本馬はやはり馬群の中団につけた。そして四角で仕掛けて4番手で直線を向くと、アリトルウォーム、ディスクリートリーマイン、ミッションインパジブルの追撃を開始。しかしゴール直前でディスクリートリーマインを首差かわすのが精一杯で、勝ったミッションインパジブルから1馬身差の3着に敗退。
結局賞金不足でケンタッキーダービーには出走できず、その後はドワイヤーS(GⅡ・D9F)に向かった。ケンタッキーダービーの翌週のレースだけに出走馬は非常に手薄であり、デザーモ騎手騎乗の本馬が単勝オッズ1.7倍の1番人気、ルイジアナダービーで9着に惨敗していたフライダウンが単勝オッズ4.6倍の2番人気、ベイショアS3着馬リマンドが単勝オッズ6.5倍の3番人気となった。レースは単勝オッズ29倍の6番人気馬ターフメロディが逃げを打ち、本馬は7頭立ての6番手を追走した。そして三角に入ると位置取りを上げて来たのだが、本馬の外側を物凄い勢いで駆け上がっていった1頭の馬がいた。本馬より後方、つまり最後方でじっくりと脚を溜めていたフライダウンだった。直線入り口で既に決定的な差を付けられた本馬は、その後も差を縮めることが出来ず、勝ったフライダウンから6馬身差の2着に敗れた。
ベルモントS
翌週には米国三冠競走第2戦のプリークネスSが控えており、ケンタッキーダービーと異なり出走頭数が少ないこのレースならば出ようと思えば出られた身ではあったが日程が厳しいためさすがに見送った。そしてその代わりに出走したのがプリークネスSから3週間後に実施された米国三冠競走最終戦のベルモントS(GⅠ・D12F)だったのである。
さてここで、この年の米国三冠競走の経緯を振り返っておく。ケンタッキーダービーは本馬と同じくウインスターファームの所有馬である2番人気馬スーパーセイヴァーが勝利を収めたが、スーパーセイヴァーは1番人気に推されたプリークネスSで8着に惨敗してベルモントSは回避。そのプリークネスSを勝ったのはケンタッキーダービーで1番人気を裏切る6着に終わった前年のエクリプス賞最優秀2歳牡馬ルッキンアットラッキーだった。しかしそのルッキンアットラッキーも米国三冠馬になる機会を既に失っていた事から、ベルモントSは回避となっていた。
ケンタッキーダービー馬もプリークネスS勝ち馬も不在のベルモントSになったわけだが、ケンタッキーダービー2着馬であるフロリダダービー勝ち馬アイスボックスと、プリークネスS2着馬ファーストデュードは参戦してきた。他にもフライダウン、レキシントンS3着馬アップタウンチャーリーブラウン、デルマーフューチュリティ2着馬でケンタッキーダービー4着のメイクミュージックフォーミー、ブルーグラスS勝ち馬ステートリーヴィクター、ロバートBルイスS2着馬デイヴインディキシー、ローンスターダービーを勝ってきたゲームオンデュード、ウィズアンティシペーションS・バーボンSとGⅢ競走2勝のインタラクティフ、ウィザーズS3着馬スパングルドスター、ルイジアナダービーで5着だったステイプットも出走してきて、本馬を含めて合計12頭による争いとなった。
アイスボックスが単勝オッズ2.85倍の1番人気、フライダウンが単勝オッズ6.2倍の2番人気、ファーストデュードが単勝オッズ6.9倍の3番人気と、この3頭だけが単勝オッズ一桁台。デザーモ騎手がこのレースに都合がつかなかった(ちなみに彼が本馬に乗ることは二度と無かった)ためマイク・スミス騎手に乗り代わった本馬は単勝オッズ14倍の6番人気で、最低人気のステイプットでも単勝オッズ27.25倍と、どの馬にも勝つチャンスがありそうな雰囲気だった。
スタートが切られるとファーストデュードが先頭に立ち、インタラクティフ、アップタウンチャーリーブラウン、ゲームオンデュードなども先行。本馬はフライダウンと共に5~6番手の好位につけ、本命馬アイスボックスはさらに後方からレースを進めた。そのままの体勢で三角に入ると、本馬は外側から加速して、逃げるファーストデュードの追撃を開始。本馬よりワンテンポ遅れてフライダウンも加速してきた。そして、ファーストデュード、インタラクティフ、ゲームオンデュード、本馬、フライダウンの順番で直線に突入した。まずはインタラクティフが脱落し、続いて本馬に外側から並びかけられたゲームオンデュードも競り落とされて脱落。そして残り半ハロン地点で本馬がファーストデュードをかわして先頭に立った。そこへフライダウンが強襲してきたが、凌ぎきった本馬が2着フライダウンに3/4馬身差、3着ファーストデュードにさらに首差をつけて優勝。ステークス競走初勝利をこの大一番で飾った。名伯楽モット師にとっては意外にもこれが米国三冠競走初勝利であり、名手スミス騎手にとってもベルモントS初勝利となった。
しかしこの後に脚部不安を発症したために3歳後半は棒に振ってしまい、3歳時の成績は5戦2勝となった。
競走生活(4歳時)
4歳時は3月にタンパベイダウンズ競馬場で行われたチャレンジャーS(D8.5F)から始動した。本馬以外に特筆できる実績を挙げていた馬はおらず、ルイス・ガルシア騎手騎乗の本馬が122ポンドのトップハンデでも単勝オッズ3倍の1番人気に支持された。しかしレースでは馬群の中団6番手を進むも、勝負どころの反応が悪くて直線入り口でも6番手のまま。直線でもあまり伸びずに、勝った単勝オッズ3.3倍の2番人気馬コリゼオから6馬身半差の4着と完敗した。
次走はスキップアウェイS(GⅢ・D9.5F)となった。前走で本馬を破ったコリゼオ、ウッドメモリアルS2着・プリークネスS3着のジャクソンベンド(後に短距離路線に転向してフォアゴーS・カーターHとGⅠ競走2勝を挙げている)、3連勝中のエスエスストーン、本馬とはルイジアナダービー以来の対戦となるロンザグリークといった辺りが有力馬だった。コリゼオが単勝オッズ3.2倍の1番人気、ギャレット・ゴメス騎手とコンビを組んだ本馬が単勝オッズ3.9倍の2番人気、ジャクソンベンドが単勝オッズ5.3倍の3番人気、エスエスストーンが単勝オッズ6.3倍の4番人気となった。スタートが切られるとコリゼオが先頭に立ち、エスエスストーンが直後の2番手、ジャクソンベンドが好位につけ、本馬は馬群の中団後方につけた。このまま後方にいては勝ち負けに絡めないため、向こう正面で仕掛けて三角では4番手まで上がってきた。しかしここから前との差を詰めることができずに、後方から来たロンザグリークに差された本馬は、結局上記に挙げた有力馬全てに先着されて、勝ったエスエスストーンから7馬身差の5着と完敗した。
次走はベルモントパーク競馬場で行われたワンカウントS(D10F)となった。5連勝でエクセルシオールSを勝利したインヘリットザゴールドが単勝オッズ2.15倍の1番人気に支持され、ホセ・レスカーノ騎手とコンビを組んだ本馬は単勝オッズ3.45倍の2番人気だった。スタートが切られると単勝オッズ5.6倍の3番人気に推されていたバードランが逃げを打ち、本馬は6頭立ての3番手につけた。そして向こう正面でバードランとの差を徐々に縮めて三角では並びかけた。そして本馬とバードランが争いながら直線に突入し、さらにゴールまで叩き合いが続いた。最後は本馬が競り勝って首差で勝利したが、斤量システムの関係により本馬はバードランより4ポンド斤量が軽かったから、勝ったと言っても今ひとつ自慢できなかった。
次走は、2008年から距離12ハロンに延長されたブルックリンH(GⅡ・D12F)となった。本馬が勝ったベルモントSと同コースで施行されるレースであり、引き続きレスカーノ騎手が騎乗する本馬が単勝オッズ2.25倍の1番人気に支持され、ブルックリンH・BCマラソンなどの勝ち馬エルダーファーとバードランが並んで単勝オッズ3.65倍の2番人気となった。スタートが切られると今回もバードランが逃げを打ち、エルダーファーが2番手、本馬が3番手を進んだ。しばらくしてエルダーファーが少し後退して本馬が2番手に上がり、三角手前でバードランの直後まで接近。しかしここからバードランが満を持してスパートすると、本馬は付いていけずに徐々に引き離されていった。結局バードランがそのまま逃げ切って勝利し、本馬は3馬身3/4差の2着に敗れた。
この季節にはブルックリンH以外に距離12ハロンのダート競走が無かったためか、次走は同じ距離12ハロンと言っても芝競走であるソードダンサー招待S(GⅠ・T12F)となった。セクレタリアトS・マンハッタンH・ターフクラシック招待SとGⅠ競走3勝を挙げていたウィンチェスター、ガルフストリームパークターフH・ユナイテッドネーションズSとGⅠ競走2勝を挙げていたティークスノース、ウッドバインマイル・キングエドワードS・ニジンスキーSなどの勝ち馬ラーイズアトーニー、マンノウォーS3着馬ボイステロス(この2年後にマンノウォーSを勝っている)など芝の実績馬ばかりが対戦相手となった。本馬と同父のボイステロスが単勝オッズ3.4倍の1番人気に支持される一方で、芝では未勝利戦で2回走っただけの本馬は単勝オッズ7.4倍の5番人気に留まった。今回もレスカーノ騎手が騎乗する本馬は、スタートから逃げるラーイズアトーニーから1~2馬身ほど後方の2番手を追走した。しかし三角では早くも最後尾に落ちてしまい、勝ったウィンチェスターから10馬身差の7着最下位に終わった。
次走のジョッキークラブ金杯(GⅠ・D10F)では、ジムダンディS・トラヴァーズSを連勝してきたこの年のベルモントS2着馬ステイサースティ、ホイットニー招待H・ウッドワードSと続けて2着してきたサバーバンH勝ち馬フラットアウト、バードラン、前年のベルモントSで本馬の8着に敗れ去った後に1勝も挙げていなかったアイスボックス、クイーンズカウンティH勝ち馬でメトロポリタンH2着のロッドマンなど6頭が対戦相手となった。ステイサースティが単勝オッズ2.3倍の1番人気、フラットアウトとバードランのカップリングが単勝オッズ2.4倍の2番人気で、本馬は単勝オッズ9.7倍で離された3番人気だった。スタートが切られるとロッドマンが先頭に立ち、バードラン、ステイサースティ、フラットアウトと続き、レスカーノ騎手騎乗の本馬は5番手につけた。向こう正面でフラットアウトがじわじわと位置取りを上げていき、四角で先頭に立った。本馬はその段階では加速を始めていたが、直線入り口でもまだ5番手であり、直線一気の末脚に賭けた。そして残り半ハロン地点を過ぎた辺りから次々に内側の馬達を追い抜いたが、先頭のフラットアウトだけには届かず、2馬身1/4差の2着に敗れた。
BCクラシック
ベルモントS勝利以降にグレード競走で1勝もできない状況を憂いた馬主のウインスターファームはこの年限りで本馬を引退させる事を決定。せめて前年は出られなかったBCクラシック(GⅠ・D10F)に出走させてから引退させることにした。
この年のBCクラシックは、本馬が出られなかったケンタッキーダービーと同じチャーチルダウンズ競馬場で施行されていた。対戦相手はフラットアウト、前走3着のステイサースティ、前走6着のアイスボックスの他に、牝馬として史上2頭目のウッドワードS制覇を果たし、アップルブロッサムHやベルデイム招待Sなども勝っていたハヴァードグレイス、前年にBCジュヴェナイル・シャンペンSを制してエクリプス賞最優秀2歳牡馬に選ばれたアンクルモー、ナシュアS・レムセンS・ペンシルヴァニアダービーを勝っていたトゥオナーアンドサーヴ、前年のベルモントSでは本馬の4着だったが、この年はサンタアニタH・グッドウッドSとGⅠ競走2勝を挙げていたゲームオンデュード、この年のベルモントSを単勝オッズ25.75倍の10番人気で勝っていたルーラーオンアイス、トラヴァーズS2着馬ラトルスネークブリッジ、ホーソーン金杯Hを勝ってきたヘッドエイク、コックスプレート2回・アンダーウッドS・ヤルンバS・マッキノンSの豪州GⅠ競走5勝と、タタソールズ金杯・エクリプスS・愛チャンピオンSの欧州GⅠ競走3勝を挙げていた新国出身の名馬ソーユーシンクの計11頭だった。
フラットアウトが単勝オッズ4.6倍の1番人気、ハヴァードグレイスが単勝オッズ5.1倍の2番人気、ソーユーシンクが単勝オッズ6.3倍の3番人気、前走ケルソHを完勝するなど2歳時の輝きを取り戻してきたアンクルモーが単勝オッズ6.4倍の4番人気で、この4頭が単勝オッズ一桁台。5番人気以下は、単勝オッズ10.9倍のトゥオナーアンドサーヴ、単勝オッズ12.8倍のステイサースティ、単勝オッズ15.2倍のゲームオンデュード、単勝オッズ15.8倍の本馬、単勝オッズ18.2倍のルーラーオンアイスと続いており、本馬は8番人気の低評価だった。
過去4戦で本馬に騎乗したレスカーノ騎手がトゥオナーアンドサーヴに騎乗したため、本馬にはベルモントS以来2度目のコンビとなるスミス騎手が騎乗した。スタートが切られるとゲームオンデュードが先頭に立ち、アンクルモー、ステイサースティ、ソーユーシンク、トゥオナーアンドサーヴなども先行。ハヴァードグレイスは馬群の中団6番手、フラットアウトは馬群の中団後方の8番手につけ、本馬はフラットアウトから4馬身ほど離された9番手を進んだ。三角までは各馬の位置取りがそれほど変わらず、本馬も向こう正面で前との差を詰めたものの、位置取りは相変わらず9~10番手だった。三角から四角にかけて各馬が一斉にスパートして、馬群が横に広がった状態で直線に突入した。直線に入っても先頭を維持していたゲームオンデュードの逃げ脚は快調で、フラットアウト、ハヴァードグレイス、ソーユーシンクといった人気馬勢はなかなかそれを捕らえられずにいた。しかしここで後方外側から1頭の馬がやって来た。8番手で直線に入ってきた本馬だった。直線半ばでもまだ7番手だった本馬だが、ここから次々に有力馬勢を抜き去ってきた。そして最後にはゲームオンデュードをもかわして先頭に踊り出ると、2着ゲームオンデュードに1馬身半差、3着に追い込んできたルーラーオンアイスにさらに1馬身差をつけて優勝。ベルモントS以来のグレード競走2勝目をこの大一番で挙げた。ベルモントSとBCクラシックを両方勝った馬はエーピーインディに次いで史上2頭目だった。上位3頭は8・7・9番人気馬であり、人気馬勢は完全に総崩れになった。
また、本馬のBCクラシック勝利には幾つかの因縁があった。まず、鞍上のスミス騎手は前年のBCクラシックで19戦無敗のゼニヤッタに騎乗して2着に負けており、その雪辱を果たす勝利となった事。次に、2着に敗れたゲームオンデュードに騎乗していたのが女性騎手シャンタル・サザーランド騎手だった事である。現役米国最高の女性騎手として活躍していたサザーランド騎手は、実はスミス騎手の元恋人だった。2人は6年間ほど付き合っており、婚約もしていたのだが、このBCクラシックの1年半ほど前に喧嘩別れしていた。女性騎手として初のBCクラシック制覇を元婚約者に阻止されたサザーランド騎手の心中はいかばかりだっただろうか。AP通信の記事によると、ゴール直後にサザーランド騎手が「何の冗談ですか」とスミス騎手に語りかけたところ、スミス騎手は「うーん」と言葉に詰まったという(ただし映像ではそういった様子は確認できなかった。ルーラーオンアイスに騎乗していたゴメス騎手が本馬に近寄ってきてスミス騎手と握手をかわした場面はあったが、サザーランド騎手はゲームオンデュードを本馬に近づけようとしなかった)。
一方の本馬に関してはこの勝利を受けて現役続行の意見も出たが、冷静に判断したオーナーサイドは引退を撤回せず、4歳時7戦2勝の成績で引退した。
競走馬としての特徴と馬名に関して
本項の最初に筆者は本馬を、カブトシロー、エリモジョージ、ダイタクヘリオス、メジロデュレンといった日本馬達に準えたが、この日本馬4頭は全て気性面に極めて問題があったのに対して、本馬には気性の激しさはあまり見られず、むしろのんびりした性格だったという。その点においては、本馬を癖馬と評するのは当たっていないかもしれない。
ベルモントSもBCクラシックも鞍上はスミス騎手であり、彼はこの2戦以外に本馬に乗っていないから、騎手との相性の問題だった可能性も強い。また、後方から競馬を進める事が多かったのも、なかなか勝利まで至らない理由の1つになっていたと思われる。
馬名はロシアが誇る世界的作曲家ピョートル・チャイコフスキーの名作バレエ音楽「くるみ割り人形」の登場人物であるドロッセルマイヤー老人に由来する。母父父ニジンスキー(伝説的名バレエダンサーの名)→母父モスコーバレー(モスクワのバレエ)→母ゴールデンバレエと繋がってきたバレエ関係の名前が付けられたわけである。
血統
Distorted Humor | フォーティナイナー | Mr. Prospector | Raise a Native | Native Dancer |
Raise You | ||||
Gold Digger | Nashua | |||
Sequence | ||||
File | Tom Rolfe | Ribot | ||
Pocahontas | ||||
Continue | Double Jay | |||
Courtesy | ||||
Danzig's Beauty | Danzig | Northern Dancer | Nearctic | |
Natalma | ||||
Pas de Nom | Admiral's Voyage | |||
Petitioner | ||||
Sweetest Chant | Mr. Leader | Hail to Reason | ||
Jolie Deja | ||||
Gay Sonnet | Sailor | |||
Gay Rig | ||||
Golden Ballet | Moscow Ballet | Nijinsky | Northern Dancer | Nearctic |
Natalma | ||||
Flaming Page | Bull Page | |||
Flaring Top | ||||
Millicent | Cornish Prince | Bold Ruler | ||
Teleran | ||||
Milan Mill | Princequillo | |||
Virginia Water | ||||
Golden Jewel Box | Slew o'Gold | Seattle Slew | Bold Reasoning | |
My Charmer | ||||
Alluvial | Buckpasser | |||
Bayou | ||||
Miss Storm Bird | Storm Bird | Northern Dancer | ||
South Ocean | ||||
Sun Lover | Nasomo | |||
Sunshine Gino |
父ディストーテッドユーモアは当馬の項を参照。
母ゴールデンバレエは現役成績10戦6勝、ラスヴァージネスS(米GⅠ)・サンタアニタオークス(米GⅠ)・サンタイネスS(米GⅡ)・レイルバードS(米GⅡ)に勝利した名牝。ゴールデンバレエの半妹にはギルデッドジェム(父スマーティジョーンズ)【ラスフローレスS(米GⅢ)】がいるものの、本馬とゴールデンバレエ以外に近親からはGⅠ競走勝ち馬は出ておらず、牝系としてはあまり優秀とは言えない。→牝系:F10号族①
母父モスコーバレーはニジンスキー産駒で、現役成績は4戦2勝。デビューからレイルウェイS(愛GⅢ)など2連勝して迎えたジムクラックS(英GⅡ)でレース中に故障してデュラブの8着に敗れ、その後長期休養を経て復帰したが、1戦して勝てずに引退した。種牡馬としてはGⅠ競走勝ち馬を3頭出したが全て牝馬であり、後継種牡馬には恵まれないまま2008年に26歳で他界した。
競走馬引退後
競走馬を引退した本馬は所有者であるケンタッキー州ウインスターファームで種牡馬入りした。初年度の種付け料は1万7500ドルとなっている。